「こっ、これで全部箱は出たかな?」
 「そうね…大体こんなものではないかしら?
 ……いえ、巴、まだ牛車の箱が出てないわ」
 「牛車だね。探して見るよ。…奥のほうにあるのかな?」
 かなめとともえが我の部屋に来て、雛人形を飾る準備に追われている。
 まだ木箱に入ったままの人形や飾りなどが、部屋の床に並べられている。
 我は、と言えば二人が準備に忙しいのを、お茶をすすりながら見ている。
 我も手伝おうとは思ったのだが、かなめに言わせれば、
 「今夜は姉さんの誕生日の前夜なのですから、私たちに任せてください」
 そういえば我は今まで雛人形の飾り付けを手伝った覚えがない。
 幼い頃はほぼ寝たきりだったし、元気が出てからは妹達が我に気を使って
飾り付けをすべてやってくれる。
 我に気を使いながらも楽しそうに飾り付けをしている母上や妹達を見て、
我も元気になれたらと、幼心に羨ましかったものだ。
 「母上、我も飾りつけがしたい」
 と言うと、母上は決まって少し困ったような、しかし優しい笑顔で我の頭をなで、
 「元気になったら、皆で一緒に飾り付けしましょうね。
 だから雛乃、がんばって」
 と返したものだ。
 我は元気になったが、母上はとうの昔に亡くなってしまった。
 皆で一緒に……この先この約束が守られることはなさそうだ。
 我のすぐ膝元の「お雛様」と書かれた木箱が目に付いた。
 ふと木箱を手に取り蓋を開けてみると、樟脳の匂いと共にお雛様が顔を覗かせた。
 「久しいな。今年も無事にお前の顔が見れて、嬉しき事よな」
 思わず呟いてしまった。
 幼い頃はお雛様の顔を見るたびに、
 「今年もまた一年生きながらえた……来年もお雛様を見ることは出来るだろうか?」
 と、安堵すると共に、先の見えない不安に駆られたものだ。


 本来ならば居間に飾られるべき雛人形が、毎年我の部屋に飾られるようになったのは、
普段寝たきりだった我を元気付けようと、誰かしらが言い出した結果だろう。
 三月三日は確かに我の誕生日であるが、女子(おなご)の日でもある。
 だから毎年お雛様を、床に臥し見上げながら、
雛人形を独り占めしてしまった様な気がして、妹達にどこか申し訳ない気がしていた。
 皆のおかげで、我は昔からは考えられないほどに元気になった。
 だからこれからは雛祭りは、不安や申し訳なさにあふれた日ではなく、
明るく楽しい、希望に満ち溢れたものにしていきたいと思う。
 「あっ、牛車、あったよ。隅のほうに落ちていたよ」
 ともえが探していた牛車を見つけたらしく、押入れから嬉しそうに声を上げた。
 「そう、なら早速箱から出して、飾り付けをしてしまいましょう」
 「かなめよ、飾りつけは少し待て。我から提案があるのだが」
 我がお雛様の木箱を元に戻し言うと、かなめが我を見て聞いて来た。
 「提案ってなんですか?姉さん?」
 「うむ、毎年我が家では雛人形を我の部屋に飾っていたが…
今年からは居間に飾ろうではないか」
 「……何故です?」
 「三月三日は我の誕生日でもあるが、その前に女子の祭りだ。
 せっかくこれだけ女子がそろっているのだ。
 我の事を祝うのはそこそこで良いから、明日はくうや以外は無礼講、皆で騒ごうではないか。
 その為には居間に雛人形が飾ってなければ、おかしいであろう?」
 「姉さんがそうおっしゃるなら、賛成です」
 「あは、じゃあ私、明日張り切って料理作るよ」
 「ともえよ。我が言った事を聞いていたのか?」
 「あぅ? 聞いていたつもりだけど…」
 「女子の日なのだから、料理なんぞくうやにすべて任せておけ」
 「でっ、でも…」
 「それとも何か? 我やかなめには付いてない物が、お前には付いていると言うのか?」
 「うぅぅ……」
 ともえは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
 「ふふふ、冗談だ。兎に角、お前には明日、ずっと我の相手をしていてほしいのだ」
 「う、うん。そういうことなら、わかったよ」


 「それでは早速、人形を居間に持って行きましょう」
 と、言って、かなめが木箱をいくつか抱えて立ち上がった。
 「かなめ、まだ話は終わっておらんぞ。そのままでいいから聞け」
 「はい、すみませんでした。姉さん。」
 「あー、あのな、我にも飾り付けを手伝わせろ。
 我はもう昔のように病弱ではないのだ。
 ……我も妹達に混じって、和気藹々と人形の飾り付けをしてみたいのだぞ」
 我がそう言うと、かなめは目をゆっくりと閉じ、
我の言葉を反芻するように時間をかけてから、 
 「……そうですね。では、一緒に飾り付けをしましょうか。雛乃姉さん」
 と、柔らかな笑顔で我に微笑みかけた。
 そんなかなめの笑顔を見ると、一瞬、母上が我に微笑みかけているような錯覚に陥った。
 ………………………………
 膝元に置いた「お雛様」の木箱を再び抱え上げて、「四人」で居間に向かう。
 もう少しで我のささやかな夢がかなうと思うと、居間までの距離が長く感じられた。


(作者・SSD氏[2006/03/03])

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