「…雛乃姉さん、ちょっといいー?」

朝食が終わると、テレビで時代劇の再放送。雛乃姉さんの日課だ。
俺も煎餅を囓りながらつき合っていると
姉貴が何か嬉しそうな顔でやってきた。

「ん?なんだ、たかね。もうすぐ上様が黒幕の正体を知るところなのだが」

「えっと、すぐすむんだけど」

「まあ、コマーシャルまで待て」

「要芽お姉さまが、出かける前に来て欲しいみたいなんだけど……」

……そういえば、今日は要芽お姉さま、まだ出かけてなかったな。
ねぇねぇもともねえもいるし、姉貴も海お姉ちゃんも学校は休みなのか
なぜか全員まだ家にいる。
平日のこの時間帯で、珍しいことだ。

「かなめが?……ふむ、やむを得んな。かなめは、部屋にいるのか?」

「ええ、雛乃姉さんのこと、待ってます」

「そうか……なにごとであるか知らぬが
 可愛い妹の頼みとあらば仕方あるまいな。
 くうや、ちと行ってくるぞ」

そう言うと、姉貴の後をついて姉さんは居間を出ていった。
だが、じきに戻るような話だったのになかなか戻ってこない。
とっくに越後屋と悪家老は『成敗!』されてしまった。
何やってんだ?と思っているうちに
大勢の足音が近づいてきた。


「じゃーん!お待たせくうや〜!」

なぜか俺の前に勢揃いする柊姉妹……
いや、連れ去られた雛乃姉さんだけ見えない。

「お待たせ、って何が?それに、雛乃姉さんは?」

「ふふ……さあ、お披露目ね」

要芽姉様がそう言うと、みんなの後ろから
押しやれらるように一人前に出てくる。

「……あれ……誰?お客さん?」

野球帽を目深にかぶっていて顔は見えない。
派手なジャンパーにトレーナーとジーンズ。
お客さん、というよりは
近所の男の子を引っ張り込んだような……

「……たわけ、誰が客か」

……はい?
どう見てもその辺の男の子にしか見えないソイツが雛乃姉さんの声で……

「我だ、我!まったく……我の顔、見忘れたか!?」

「え……ええええええええ!?」

いや、そりゃ驚く。普段和服姿しか見てないのに
こんなボーイッシュな格好して帽子で顔まで隠されたらわかるわけがない。

「ぬうううう、だから我はイヤだと申したのだ!」


いっせいに雛乃姉さん以外の姉の視線が俺に集中する。
言葉はないが、何を要求されているかは明らかだ。
うまく誉めないと、きっと姉様や姉貴に酷いめに遭わされる。

可愛い……いや、子供っぽく扱うのはマズイ。
綺麗……いや、そういう衣装じゃないしな。
ん〜……よし。

「いや、驚きました。雛乃姉さんは何を着ても似合いますね」

「そ……そうか?似合うか、これ?」

「ええ、普段の和服姿も素敵ですが
 こういう…アクティブな格好もまた違った魅力が」

「そうか……ふふ、また新たな魅力を見つけてしまうとはな。
 我ながら、自分の魅力が恐ろしいぞ」

雛乃姉さん、ご機嫌です。
姉さんの後ろに立つお姉ちゃんズも納得してくれた様子。

「ジャンパーは、私が選んだのよ」

「ジーンズは私ね」

「お姉ちゃんはトレーナー選んだよ〜」

「帽子はワタシだにゃー」

「わ、私は今は履いてないけどスニーカーを選んだんだ」

そっか……みんなで選んだんだな、これ。


「でも、雛乃姉さんの誕生日、明日ですよね?」

「そうね、一日早いのだけれど。
 ところで空也、あなたも何か雛乃姉さんに
 渡すものがあるのではなくて?」

あ。そうか…
昨日、姉様が夜くれたものがある。
渡されたときは、なんでこんなものを姉様が、と
不審に思っていたけど……

今なら、その使い道がわかる。

「雛乃姉さん、俺からも……ちょっとあるんだ、待ってて」

「くうやも、か?そうか……楽しみであるな」

姉様に感謝しつつ部屋まで戻ると
机にしまったものを取り出し、急いでまた居間へ。

「ん?なんだ、手ぶらではないか?」

「いえいえ……はい、雛乃姉さん、これ」

差し出すのは、2枚のチケット。

「……これは……遊園地の券ではないか?」

「雛乃姉さん。明日、俺とここに遊びに行きませんか?」

「……我のために、いろいろ準備してくれたのだな。
 ありがとう、お前たち……明日は、楽しませてもらうとしよう」


そして、次の日の朝。

朝食の時から雛乃姉さんは
昨日贈られた服に身を包んでウキウキしていた。

「…それでな、マルのやつがすねてしまって…」

心も弾み、言葉も弾む。

「さあ、食べたらすぐに出かけるぞ!用意は良いか、くうや?」

「はい、いつでも」

「うむ!実はな、我は遊園地というものは初めてなのだ。
 じぇっとこーすたー、というものがあるのだろう?
 それに、めりーごーらうんど、とか、ごーかーと、とか……」

本当に嬉しそうだ。
まあ、初めてじゃ無理もないかな。
俺も頑張ってエスコートしよう。

朝食を終えると、食後の一服もそこそこに支度をする。
出がけに、姉様がコッソリと現金を渡してくれた。

(今日は多少の無駄遣いは、許します……しっかり、ね)

……俺にではなくて
雛乃姉さんに向けられた優しさなのかもしれないけど
それでもなんとなく嬉しかった。
皆に見送られて、家を出た。

「行ってらっしゃーい」「気をつけてねー」


遊園地のゲートをくぐると
雛乃姉さんがいきなり走り出す。

「くうや、あれがじぇっとこーすたーだな!?
 一番はあれに乗ると決めておったのだ!」

……走ってる雛乃姉さんなんて初めて見た。
いや、それを言うなら
こんなにはしゃぐ雛乃姉さんを見ることも初めてだ。
まるで、子供の頃に帰ったみたいな……

子供の頃。
雛乃姉さんの子供時代は
病床に臥せってばかりだった。
雛乃姉さんの年齢で、遊園地に来るのはこれが初めてなんて
普通の子供時代を送っていたらあり得ない。

そう。
俺が、俺たちが贈るものは
やり直しの子供時代なんだ。
おそらくは、何も楽しい思い出のない雛乃姉さんへ
今、健康を取り戻した雛乃姉さんへ
子供の頃の気持ちに戻ってもらって楽しんでもらいたい。
それが、俺たちのプレゼントだ。

「どうした、くうや?
 ボヤボヤしていると、おいていくぞ」

「あ、うん……今行くよ」

あわてて追いかける。
そうだ……頑張らなきゃな、俺も。


色々な乗り物に乗った。
アトラクションも楽しんだ。
お昼ご飯はベンチでともねえの手作り弁当を食べた。
ソフトクリームやポップコーンを頬張った。

雛乃姉さんは終始ご機嫌で
いつになくはしゃぎ回り、動き回っていた。
そうこうするうちに、日が暮れ始める。
閉園まではまだ時間があるけど
夕食もあるし、何か乗るとしたらあと一つぐらいかな。

「くうや、次はあれに乗るぞ!」

指さされたのは、大きな大きな観覧車。

「高っ!」

見上げるだけで目眩を起こしそうだ。

「こういうものは……恋人同士が乗るものであるそうだな?」

少し顔を赤くした雛乃姉さんが俺に尋ねる。

「じゃあ、俺たち乗ってもいいですね」

「……うむ!」

チケットを買い、かすかに揺れるゴンドラに乗り込む。
窓から外を眺めていた雛乃姉さんが
不意にぽつりとつぶやいた。

「……こういう子供時代も、あったかもしれぬのだな」


雛乃姉さんがくるりと俺に振り返る。

「今日は、我に『子供の頃の楽しい思い出』を
 皆で贈ってくれたのであろう?
 我も……今日一日は、子供に返ったつもりで遊ばせてもらった」

「……お気づきでしたか」

「うむ。皆の気持ちは、嬉しく思うぞ……だがな」

雛乃姉さんのバックに、ゴンドラの窓から夕日が射し込む。
赤く染まった空を背景に、優しく微笑む。

「我は、あの頃も幸せであったよ」

「!」

「たとえどこにも行けずとも、ずっと臥せっていたとしても
 我には……お前や、妹たちがいたのだからな」

やっぱり……この人を好きになって、よかった。心からそう思う。

「姉さん……キス、してもいいですか?」

「ぬ、なんだいきなり……ふふふ、我の魅力に我慢できなくなったか?
 だが……わざわざ尋ねるのは野暮というものであろう?
 こういうものに乗るのは……恋人同士、なのだから」

揺れるゴンドラの中、雛乃姉さんの隣に移り、そっと抱き寄せて唇を重ねる。
しばらくそうしていた後、姉さんがそっと囁いた。

「……今度は皆で来よう……皆がいれば、我は幸せだ……」


(作者・Seena ◆Rion/soCys氏[2006/03/03])

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