一月一日、早朝。
 地平線の辺りがやっと夜の闇を裂いて赤々としてきた。
 屋根の上で初日の出を見るのは、私の毎年の恒例。
 一緒に日の出を待っている近所の猫達も、吹き抜ける風に流石に寒そうに震えている。
 「寒いかにゃ?よしよし、もう十分ぐらいで日が昇ると思うから、
それまで私に付き合ってよ。」
 去年はモエをたたき起こして日の出を屋根で見ようと誘ったけど、
あまりの寒さにモエは正月早々鼻風邪を引いてしまったので、
今年はひなのんにそれを禁止されている。
 「せろりよ!屋根の上にいるのか?」
 ひなのんのことを考えていたらちょうど、庭のほうからひなのんの声がした。
 屋根にはいつくばって下のほうに顔を出すと、
 「ほぅ、やはりそこにいたのか。」
ひなのんが庭から私を見上げていた。
 「ちょっと待ってね。いま梯子下ろすから。」
 と梯子を下ろそうかと思ったけど、やっぱり私がひなのんを抱えて上ったほうが早そうだな。
 一回庭に下りて、ひなのんを抱えあげる。
 「これ!せろりよ、我は梯子さえ下ろしてくれれば自分で登れるわ!」
 「まーまー、飼い虎にまたがる戦国の武将、ってしちゅえーしょんで我慢してよ。」
 「おお、そういう捉え方もあるか。よし、せろりよ、屋根まで一っ飛びだ!」
 「あいよ、まっかせてー!」
 軽く地面を蹴って、屋根の上まで上がる。
 「我を抱えているのに屋根まで本当に一っ飛びとは、やるなぁ。」
 「ひなのんは軽いからね。さー、あそこに座れば落ちる心配はないよ。」
 特等席までひなのんを案内する。
 猫達も人肌恋しいのか、ひなのんと私に擦り寄ってきた。
 「おーおー、お前達、瀬芦里がいつも世話になっているな。」
 ひなのんが寄って来た猫の頭をナデナデしている。
 なんかすっごくほほえましいにゃー。
 「それにしても屋根の上は寒いな。」
 「じゃあ、私がジャケットで包んであげるよ。」
 後ろから体を密着させて、ひなのんを着ているスカジャンで包み込む。


 「こっ、これ!やめぬか!」
 「こうしていれば暖かくてちょうどいいじゃない。あー、ひなのんの愛を感じるよ。」
 「呆れたやつよ・・・ほれ、もう日が昇るぞ。」
 地平線からゆっくりと太陽の輝く縁が現れた。
 ひなのんも私も猫達も、何も言わずにそれを見つめる。
 しばらく見つめて太陽が顔を出し切った頃に、風がびゅうと吹き抜けた。
 「うむ、いい初日の出であったな。気はちと早いが、来年もここに来て良いか?」
 「もっちろん。ひなのんなら大歓迎だよ。でも、まずは今年一年、よろしくね。」
 「そうであったな。よろしくなせろり。」
 ・・・

 モエが昨晩のお酒がなかなか抜けなかったらしく、今日の朝ごはんはウチにしては少し遅め。
 それでもみんな起きてきて、お正月料理をむさぼる。
 おせち料理にお餅にお雑煮・・・お正月は最高だにゃー。
 「ところで、今日は久しぶりに親父殿が帰ってくるという連絡があった。
 我は親父殿が帰ってくる前に神社に行って舞の準備をせねばならんから、
親父殿が帰ってきた後に皆で神社に来てくれ。」
 私の誕生日だから帰ってくるのかな?
 ・・・ちがうか。お正月だからに決まってるよね。
 「みんな、年賀状が来てるよ。」
 モエが袋いっぱいに年賀状を詰めて居間に入ってきた。
 それぞれに年賀状を分けると・・・
 「やっぱりショウと要芽姉が一番多いね。」
 「私は一枚も出していないのだけれどね。」
 「で、次がなぜかうみゃ。何だか外国らからいっぱい来てるみたいだね。なんで?」
 「それは企業秘密だよ〜。」
 「んでひなのん、私とタカ、クーヤと続いて・・・。」
 「あぅ・・・私、歩笑ちゃんから一枚だけ・・・。」
 「モエもいつかたっくさんもらえる日が来るって!」
 「それに重要なのは数ではないわよ。巴。」
 「要芽姉それイヤミ。」
 ・・・


 朝ご飯を食べ終わって、皆で初詣用の晴着に着替える。
 昼前にひなのんが人力車で神社に出て行ってしばらくすると、ショウが居間に現れた。
 「要芽!愛するパパのご帰還だぞ!気温が上がるほどの熱い抱擁をパパに!」
 ちぇっ、帰ってきて一言目が要芽姉かよ。
 「さて、お父様も帰ってきたことだし、早速雛乃姉さんの所へ行きましょうか。」
 「おお!要芽よ!正月からスルーとはお前、なかなかやるな。」
 要芽姉がショウをスルーして居間を出て行く。
 皆もそれについてぞろぞろと居間を出て行った。
 私は寒いからぎりぎりまでコタツから出たくないともたもたしてると、
居間にショウと二人っきりになってしまった。
 「家族全員にスルーされるとはな。それにしても晴着姿、フフフ・・・あっ。」
 おっ、ショウが私に気が付いたみたい。
 「・・・・・・・・・」
 「・・・・・・・・・」
 「・・・・・・・・・ゴホン!瀬芦里、行くか?」
 「っ!ふーんだ!」
 なに!?今の間は!?しかも目が泳いでたし!
 すっごく腹立つー!
 さっさとコタツから出て要芽姉の後を追って居間を出た。
 後ろでショウが何か言った様な気がしたけど、無視無視。
 ・・・

 神社に向かう途中、晴着姿のホナミとぽえぽえも合流。
 「オジサマも要芽ちゃんも、あけましておめでとうございますっ☆」
 「あら、自称女優が元日からふらふらと仕事もなく初詣とは。女優としてはよほどヒマな様ね。」
 「むっ、お正月特番は皆年末に収録するんだもーん。それに・・・」
 「姉さん、お正月から喧嘩、よくない。お年玉没収するよ。」
 ぽえぽえが一触即発のホナミを横からなだめた。
 「歩笑ちゃん厳しい・・・。要芽ちゃん、この勝負はまた今度よ!」
 「望むところよ。いつでも相手してあげるわ。」


 「それにしても犬神のお嬢さん二人はいつ見ても美人だな。
 ピーナッツとはどっちがいつごろ結婚する予定なのかな?」
 瞬間、私を含め五人の鋭い視線がキッとショウに集中する。
 「・・・お父様、余計な事は言わないでください。」
 「うぅぅぅぅ・・・要芽たちの視線が痛い。相変わらずのブラコンぶりだな。
 ・・・あっ・・・瀬芦里だけはパパの味方だよな!?」
 「・・・しーらない。」
 なにさ、さっきの事で私に媚売ってるってのが丸わかりじゃん。
 誰が味方なんかしてやるもんか!
 ・・・あーあ、なんかすっきりしないな。
 ・・・

 神社は予想通り初詣に来た人であふれかえっている。
 「む、向こうのほうに舞台みたいのがあるよ。雛乃姉さんが踊るところかな?」
 背の高いモエは人ごみの中で探し物をするのに便利だ。
 私たちが舞台の前に陣取るとほぼ同時に、舞台の周りに人が集まりだした。
 間もなく淡い青の着物に身を包んだひなのんと数人の奏者が舞台に上がって、
笛の音と共にひなのんが踊りだした。
 水が流れるように舞台をするすると澱みなく、
笛の音に乗って舞台を縦横無尽に動くひなのん。
 ふえ〜、思わず見とれちゃうなぁ。
 いつもはちみっ子でカワイイひなのんがこの時だけは年相応に見える。
 舞台の周りの観客も、ひなのんの見事な踊りに声がでない。
 ひなのんは昔は病気で寝たきりだったのに、
今はこんな風に人を踊りで、普段は霊媒で感動させる事ができる。
 皆に世話になった分人の役に立ちたいってずっと言ってたひなのんは
地域の人から尊敬されて、こうやって踊りを見せて、見事に夢を叶えたわけだ。
 ・・・夢かー。
 ふと見ると、ショウが私の隣でニコニコしながら舞台の上のひなのんを見つめている。
 夢、ねぇ。
 ・・・


 舞が終わり舞台袖の仮設控え室で着替えようとした時、
 「ひなのん、踊りカッコよかったよー!」
と、せろりを先頭に妹達と犬神姉妹、それと親父殿が入ってきた。
 「さすが俺の姉さん。周りに自慢したくなっちゃうよ。」
 「ふふふ、そうであろ?正月早々、我のふぁんが増えてしまうかもなぁ。」
 「でもホント、見事だったわー。今度ワタシにも踊り教えてよ。雛乃ちゃん。」
 「私も教えて欲しい・・・。小説のネタになるかもしれないし。」
 「うむ、我が教えてやれる事はすべて教えてやろう。だが、我は厳しいぞ。」
 「とりあえず、私たちがあまりここに長居しては姉さんも着替えづらいと思うわ。
 私達は外で待ってますから、着替え終わったら一緒にお社にお参りしましょう。姉さん。」
 気を使った要芽が部屋を出て行くと、それに続いて皆も出て行く。
 と、一度部屋を皆と一緒に出た親父殿が、我が着替え始めた途端に
辺りを気にしながら部屋に戻ってきた。
 「むー!親父殿、いくら我が魅力的だからと言って、
自分の娘の着替えを覗くのは止めて欲しいものだな。」
 「うっ、こりゃ失礼。」
 親父殿はぴょんと小さく跳ねて我に背中を向け、壁を見つめたまま話し続ける。
 「雛乃よ。」
 「なんであるか?」
 「ワシが今回帰ってきたのは、年末も帰ってこれなかったしお正月ぐらい家で、
って言うのも勿論あるんだが、ほら、元日はアレの誕生日だろう?」
 「親父殿、照れがあるとはいえ自分の娘をアレ扱いは感心せぬな。」
 「あ、ああ。瀬芦里の、な。」
 「で、どんな相談があるというのだ?」
 「うぅぅ、ワシより威厳があるところ、亡き妻にそっくりだな。
 って言うかよくワシが相談があるってわかっ・・・」
 「照れがあるのはわかるが、早く本題を話して欲しいのだ。」
 「う、うむ。で、一度瀬芦里とちゃんとコミュニケーションをとろうと思っていたから
誕生日は良い機会だなって思ったんだが、帰ってきて初っ端でちょっとしくじってな。
 どうしたら良いと思う?」


 「ふふふ、親父殿らしいか悩みよな。
もう着替えも終わったから、こっちを向いてもいいぞ。」
 親父殿がぴょんとこちらに向き直る。
 「それに関しては我にいい『あいであ』があるぞ。」
 「ほうほう、さすがわが娘と言うところか。で、どんな?」
 「取りあえず、ほなみとぽえむを連れて来てはくれぬか?」
 「犬神のお嬢さんたちだな?よしわかった!」
 ・・・

 ひなのんが控え室から出てきてみんなでお社へ。
 なんでかさっきからショウとホナミが見当たらない。
 ぽえぽえはいるのにね。
 ・・・まぁいいや、ショウなんてさ。
 私とひなのんが並んでお賽銭箱にお金を投げる。
 お社に向かって二回礼をし手を二回叩いた後、手を合わせ目を瞑る。
 「(今年も美味しいものが食べれると良いにゃー。
・・・あと・・・ショウとの事もお願いネ。)」
 最後に一回礼をした後に目を開けると隣でひなのんがニコニコしていた。
 「願い事はすんだのか?」 
 「まぁねー。ひなのんは何をお願いしたの?」
 「ふふふ、野暮な事を聞くでない。」
 「そだね、ごめん。」
 二人でお社を離れようと振り返ると、お社に並ぶ列の後ろのほうから
 「『あーれー!』」 
と間の抜けた悲鳴が聞こえてきた。
 悲鳴のしたほうを見てみると
 「『あーれー、オジサm・・・お代官様、おやめくださいン☆』」
 「『ふはははは!恨むなら、借金を返さないお前の親父を恨むんだな!』」
 「・・・なんでショウとホナミが時代劇みたいな格好して遊んでんの?」
 ショウが紋付袴で出店で売ってるような安っぽいちょんまげのヅラを被って、
ホナミを『襲って』いる。


 んー、何のつもりかは知らないけどさ、演技するならもうちょっとうまk
 「『せろりさん!悪代官が罪のない町娘に無体を働いておるぞ!やってしまいなさい!』」
 ひなのんも急にワケの判らない事を言い出した。
 「えっ?悪代官?どう見てもショウ・・・」
 「『悪代官からおほなを助け出してきなさい!』」
 「『おほな』って響きがいやらしいにゃー。それに意図がよくわからんよ。」
 「ええい!じれったい!『ごっこ』だ!
 皆で『時代劇ごっこ』をやって遊ぼうというのだ!親父殿と遊んで来い!」
 えっ・・・それってもしかして・・・
 「私に気を使ってくれてるのかにゃ?」
 「良いから行くのだ!『せろりさんよ、悪代官を懲らしめてやりなさい!』」
 痺れを切らしたらしいひなのんが私の背中を、あの小さな手で、力強く、ぐいと押し出した。
 「・・・わかった。いっくよー!」
 人の波をかき分けショウのところまで駆けて行く。
 「『まてまてまてまてまて〜!この瀬芦里さんが来たからには好きにはさせないよ!悪代官っ!』」
 私が二人の目の前で構えを決めて言うと、ショウがにやりと笑って
 「『フフフフ、ワシもただ年貢を搾取して生きていたわけではないぞ!
 各地を回って鍛え上げた剣の技術、見せてくれよう!こい!』」
 言いながらショウがお土産木刀をつかんで一歩踏み込んできた。
 これは少しは楽しめそうだね。
 ・・・

 「ショウもなかなかやるね。」
 境内の地面に仰向けに倒れたショウを見下ろして言う。
 人であふれるお正月の神社の境内でチャンバラごっこをしたものだから、
私たちの周りには人だかりが出来ている。
 「やはりお前は元気がよすぎるようだな。パパはもうくったくただよ。」
 ショウは私の放つ攻撃をよけきれないものの、最小のダメージで済むようにさばいていた。
 でも、勝ったのは私。


 私はまだぜんぜん元気だけど、ショウは息を切らせてぜいぜい言っている。
 「瀬芦里よ。」
 「なーに?」
 「こっ、今度は、今度は釣りとか、そういうパパにも勝ち目のあるので勝負しような。」
 「・・・しょーがないな。いいよ。約束しよ。」
 私がしゃがみこんでショウに小指を差し出す。
 「ユビキリ。」
 「う、うむ。」
 ショウが私の小指に自身の小指を絡めて・・・
 「「ゆーびきーりげんまん・・・うーそついたらはりせーんぼーんのーますっ!指切った!」」
 「約束破ったら、本当にハリセンボン飲ますかんね。」
 「うむ。パパはこの約束に命を懸けるぞ!」
 「にひひひ。ありがとうね。」
 ショウに笑いかけると、少しだけショウの顔が赤くなった。
 「これ!何勝手にまとめに入っておるのだ!我はまだ最後の台詞を言っていないぞ!」
 人ごみを掻き分けて、ひなのんが私達の所までやって来た。
 「にゃっ、これは失礼・・・。」
 ひなのんはごほんと咳払いをして・・・
 「『おほなよ、無事であったろうな?』」
 「『はい、瀬芦里様に助けていただきましたのでっ☆』」
 人ごみにまぎれていたホナミが、一歩前に出て言った。
 それを確認したひなのんはショウのほうに向き直って、胸を張って言う。
 「『悪代官よ、これを見よ!』」
 ひなのんは懐から雛印の印籠を取り出して、ひざまずくショウに見せ付ける。
 「『ははーっ!』」
 「『これに懲りて、二度と罪のない領民に手を出すでないぞ!』」
 「『へへーっ!』」
 「『せろりさんもよくやったぞ。』
 ふふふ・・・『これにて、一件落着、であるな。』」
 ビシッとひなのんが扇子を開いてポーズを決めると、周りから拍手が沸き起こった。
 なーんか今年は、一味違う年になりそうだね。もちろん、いい意味でね。
 ・・・


 「おおっ!私は大吉だよ!」
 「むぅ・・・ワシは末吉か・・・微妙だな。瀬芦里よ、取り替えてくれないか?」
 「やーだよーだ。」
 時代劇ごっこに一段落付いて観客がはけた後、親父殿とせろりはおみくじを引いている。
 我がニコニコとおみくじに一喜一憂する二人を見つめていると、ぽんと我の肩を誰かが叩いた。
 「どうやらうまく行ったみたいねっ☆
 どうだったかしらっ?私の演技力っ。」
 「私のシナリオもうまく行ったみたいでよかった・・・。」
 ほなみとぽえむが仲良く並んで立っていた。
 「うむ、二人とも、大儀であったぞ。お前達姉妹の協力なくしては、
あの『ごっこ』も成功しなかったろうな。飴をやろう。」
 「あらン、ありがとうございますっ!」
 「ありがとう。雛乃さん。」
 「姉さんから飴をたった一個貰ったぐらいで調子に乗らないで欲しいわね。」
 いつの間にか隣に立っていた要芽が、ふと横槍を入れてきた。
 「っ!要芽ちゃんは相変わらずと言うか、正月から暗いのね。」
 「ただ明るくしていれば良いと思ってる図 太 い 性格の人間とは違うのよ。」
 「むっ、ふ、太いって言ったわねー!」
 「あら、私は体重の話などしてないないのだけれど。」
 「お前達、正月から不快であるぞ。止めよ!」
 我が一括すると、二人は、
 「すみませんでした。姉さん。」
 「ごっ、ごめんなさーい。」
と言って海のようにしぼんでしまった。
 まったく、何時までたってもこやつ等は我がいないと纏まらぬな。
 それにごっこ遊びのついでにせろりと親父殿の悩みも解決してしまう我の手腕!
 ふふふ、我はこれからも皆のまとめ役、お姉さんとしてがんばらねばなるまいなぁ。
 今年も忙しい年になりそうであるな。


(作者・SSD氏[2006/01/01])

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