「ほら歩笑ちゃん、今夜は私の誕生日会で、
その主役が飲めといっているのだから、遠慮せずにもっと飲みなさいな。」
 ペンギンのオーナメントがきらきらと輝く居間で、今夜は要芽姉さんのお誕生日会。
 みんなからのプレゼントとぺんぎんの砂糖菓子の付いたミント味の
ケーキに気分をよくした要芽姉さんが、歩笑ちゃんにたくさんお酒を飲まそうと
無理やりグラスにお酒をついで絡んでいる。
 帆波さんは瀬芦里姉さんと向こうで摩周さんに絡んでいて気が付いてないみたいだ。
 「要芽さん、私・・・もうそろそろ・・・限界・・・」
 あぅ・・・歩笑ちゃん、だいぶ酔ってるみたいだ。
 それでも要芽姉さんは歩笑ちゃんの肩を抱いて、耳打ちする形で
注いだお酒を飲むように言っている。
 あっ、要芽姉さん、今、歩笑ちゃんのグラスに何か粉を・・・。
 「かっ、要芽姉さん。」
 思わず立ち上がって、要芽姉さんの目の前まで来てしまった。
 「あら、歩笑ちゃん、巴も私達と飲みたいみたいよ?」
 「巴さん・・・。」
 要芽姉さんに寄りかかっている歩笑ちゃんが、トロンとした目で私を見る。
 「あぅ・・・要芽姉さん違うんだ。姉さん、いっ、今、歩笑ちゃんのグラスに・・・」
 そこまで私が言いかけると、要芽姉さんの目線が鋭くなり、私の台詞を低い声でさえぎった。
 「巴、良いから座りなさい。」
 「えっ、でも・・・」
 「私は座りなさいといったのよ。」
 うぅ・・・クロウより怖い。
 私は仕方なく要芽姉さんの隣に座った。
 「巴のグラス、空ではないの。ほら、歩笑ちゃんのグラスから一口いただきなさい。」
と、要芽姉さんは目のうつろな歩笑ちゃんの手からグラスを取って、私に差し出した。
 このグラスには要芽姉さんが入れた粉・・・多分睡眠薬が入ってるハズ。
 要芽姉さんは多分、私から眠らせてその後でゆっくり歩笑ちゃんを・・・。
 あぅ・・・でもそう言ってる間にも要芽姉さんの視線が怖い。
 「巴・・・飲まないのなら、私が口移しで飲ませてしまうわよ。フフフ・・・。」
 歩笑ちゃんのグラスのお酒を要芽姉さんが一口含んで、私に顔を近づけてきた。
 も、もうだめだ。ごめんよ、歩笑ちゃん・・・。


 すべてをあきらめた瞬間、海が要芽姉さんに後ろから必殺の一言を放った。
 「ごきぶり〜!」
 「っ!!(ゴクリ」
 要芽姉さんは相当驚いたらしく、
 「の・・・飲んでしまったわ・・・。」
 口に含んでいたクスリ入りのお酒を自分で飲んでしまったらしい。
 「あっ、ごめんね〜要芽お姉ちゃん。驚かせちゃったかな〜?
 ゴキブリじゃなくて、 五 期 ぶ り に外国人投手、
ツイン・T・柊の登板って言いたかったんだよ〜。」
 見ると、海はゲームのコントローラを握り締めて、高嶺と野球ゲームをしているらしい。
 「なーんでアタシが外国人投手なのよ!しかも今作ったばっかりじゃないそのキャラ!」
 向こうで騒いでいる二人を尻目に、要芽姉さんが小さな声で、
 「さすが海・・・。空也の差し金ね。後で、ぎゃふn・・・Zzz・・・」
それだけ言うと眠ってしまった。
 それに驚いていると、空也が後ろから私の肩をぽんと叩いた。
 「ともねえ、ねーたんを助けてくれようとしたんでしょ?」
 「そ、そのつもりだったんだけど・・・。空也が海に頼んで、私たちを助けてくれたのか?」
 「うん、とても俺じゃあ無理な状況だったからね。さすが海お姉ちゃんって感じだよね。」
 「海は私と違って、き、機転が利くんだな・・・。
 それより歩笑ちゃんを、私の部屋に運んで寝かせてあげなきゃ。」
 デロデロに酔わされた歩笑ちゃんを私の部屋に敷いた布団に寝かせてあげてから居間に戻り、
ゲームをやり続けていた海にお礼を言った。
 「海、あ、ありがとうな。私と歩笑ちゃん助けてくれて。」
 「アレくらい、簡単だよ〜。くーやの頼みとあれば、親兄弟とだって刺し違える覚悟だよ〜。」 
 「さ、刺し違えるのはダメだ。」
 「冗談だよ。あ、それと要芽お姉ちゃんには、私特製の気つけ薬飲ませておいたから、
もう五分もしないうちに目が覚めるはずだよ〜。」
 「海は凄いんだな。」
 「巴お姉ちゃんがダメすぎるんだよ〜。」
 「あぅ・・・。」
 結局、その後目を覚ました要芽姉さんに、私はしこたま飲まされて酔いつぶれてしまった。
 ・・・


 そういえば海は昔から凄かった。
 パーティーの時の歩笑ちゃん救出のお手並みも凄かったけど、それだけじゃない。
 不器用なところもあるけど、空也が絡むと料理以外で出来ない事はほぼない。
 海が空也のことで特にがんばるようになったのは、お母さんが亡くなってからだ。
 私が中学を出るころには、すでに海の貯金は500万は軽く超えていたし、
今では、コンピュータから世界中の株や為替を使ってお金を稼いでいるらしい。
 海は常に空也の為に成長しているイメージがある。
 私はどうだろう?
 夢だった獣医の道からも『逃げて』しまって、結局覚えたのは家事ぐらいだ。
 一人でやると決めたクロウ退治も、結局空也に手伝ってもらってしまっている。
 ・・・海みたいになりたいな。
 海みたいに、一つの意志を貫く事のできる、強い人に成長したいな。
 「――もねえ?ともねえ!?」
 「あぅ?」
 「ともねえ、どうしたのさ。ボーっとして。人にぶつかっちゃうよ。」
 見回すと、いつもの商店街で両手にビニール袋をたくさん提げて立っていた。
 そういえば、空也とお正月用の料理の材料の買出しに来たんだった。
 クリスマス気分がすっかり抜けて、歩行者天国になった商店街は人でぎゅうぎゅうだ。
 店々は商品の陳列棚を車道にまで出して、魚介類や肉などが凄く安い値段で売られている。
 「何考え事してたの?」
 「いや、なんでもないんだ。なんでも。
 それより、早く帰らなくちゃな。ま、まだ大掃除も始めたばかりだし。」
 人並みを掻き分けて商店街を出ると、海が向こうから走ってきた。
 「あっ、ともねえ。海お姉ちゃんだ。」
 「く〜や〜!そんなに荷物持って、大丈夫?」
 「ありがとう海お姉ちゃん。大丈夫だよ。」
 「ん〜、でも私はくーやが心配だよ〜。く〜やの、半分持ってあげるね〜。」
 海はそう言うと空也の手から下がっている袋を半分ひったくった。
 「巴お姉ちゃん、明日以降、年末の買出しとかの時は私に声かけてかまわないから〜。
 そうしないと、く〜やが大変な思いしてかわいそうだよ〜。」
 「あは、わかったよ。海にも声かけるようにする。」
 これだとどっちがお姉さんだかわからないな・・・。


 三人で買い物袋を提げて海岸通を歩いていると、吹く風の冷たさに思わず身がすくむ。
 「あぅ・・・さ、寒いな。空也、大丈夫か?私の上着、貸そうか?」
 「確かに寒いね。でも上着は大丈夫だよ。俺が借りたらともねえが寒いじゃない。」
 「だよね〜。くーやは気遣いが出来て偉いね〜。
 そんなやさしいくーやには、お姉ちゃんがカイロあげるよ〜。」
 海がそう言って手をフルフルと振ると、大量のカイロが海のコートの袖口から出てきた。
 出てきたカイロをいくつかシェイクして、空也の体に貼り付けていく海。
 「くーや、どう?暖かいかな〜?」
 「うん、海お姉ちゃんありがとう。」
 「お安い御用だよ〜。」
 「お姉ちゃん!」
 「くーやー!」
 ガシッ!っと海と空也が抱きしめあう。
 確かに海は空也のことを甘やかしすぎかもしれないけど、これも海がお母さんから
空也のことを頼まれた責任感から、海はこうまで空也に尽くすんだろうな。
 私には責任感とか、使命感が足りないから何もかも中途半端なのかな?
 何だかよくわからなくなってきちゃった・・・。


 今日はもう大晦日。
 やっとの事で大掃除も昨日終わり、おせち料理も
明日の瀬芦里姉さんの誕生日用の好物も何とか造り終えた。
 初詣には元日の明日、雛乃姉さんが神社で舞を披露する事になってるから、
それを見に行くついでに家族みんなで行こうと言うことになっている。
 今年もあと数時間というところになって、コタツから首だけを出していた瀬芦里姉さんが、
急に思い出したように
 「そうだ!もう今年も後数時間だしさ、ホナミからもらった沖縄のお酒、
今年中に飲み切っちゃおうよ!」
と言うと同時に台所に消えて、次の瞬間には酒瓶とお猪口を持って居間に戻ってきた。
 「あら、そういえばアレが引っ越して来た時に持ってきたのが、まだ残っていたわね。」
 「じゃあみんなにお猪口配るよー。モエはこれね。」
と、瀬芦里姉さんが私に渡したのは湯呑み。


 「何で他のみんなはお猪口なのに、わ、私だけ湯呑みなの?瀬芦里姉さん。」
 「モエはお酒飲めない人だから、今年中に飲めるようになろうね、
っていう瀬芦里お姉さんの気遣いだよ。」
 やさしい口調とは裏腹に、何か威圧的なものを感じる。
 「ねぇねぇ、そのお酒、甘くて口当たりもよくて飲みやすいけど、
すっごく後からクる度数の高いお酒だよ。ともねえにこんなに飲ませたら・・・」
 「じゃあ、クーヤが代わりに飲むかにゃ?」
 「ともねえ、がんばって!」
 「あぅ・・・。」
 ・・・ 

 瀬芦里姉さんに湯呑みいっぱいにお酒を注がれてからどのくらい経ったろう?
 湯呑み一気を強制されてから、頭のなかに靄がかかったみたいだ。
 世界がぐるぐると回る中、除夜の鐘がゴ〜ン、ゴ〜ンって聞こえるって事は、まだ年内かな?
 あれ?でも除夜の鐘って年またぐんだったっけ?
 ぼやける視界でテレビを確認すると、『逝く年去る年』で11:40と表示されてる。
 よかった、まだ年を越してはないみたいだ。
 分けわからなくなってるうちに年越しとか嫌だもんね。
 見回すと、姉さん達も妹達も、思い思いの事を話してニコニコ笑っている。
 ・・・海は空也と楽しそうに飲んでいる。
 「ねーねーモエ!もうそろそろ年越しソバゆでてよー。」
 瀬芦里姉さんが私の肩をつかんで揺さぶる。
 「と、とひこひしそあだね・・・。あは、わかった。今しゅんひふるよ・・・。」
 あぅ?舌が回らない・・・。
 「あちゃー、モエがべろべろに酔っちゃったよ。」
 「あなたが無理やり巴に飲ませたんじゃない。」
 「ちぇー。要芽姉だって一気コールしてたじゃん。しょうがないな、クーヤ、お願いね。」
 「あいよ。わかった。みんな食べるよね?」
 「く〜や〜、お姉ちゃんも手伝うよ〜。」
 「お姉ちゃん、気持ちだけで十分だよ。」
 「ぷちしぼむ〜。」
 海と話していた空也が立ち上がって居間を出て行った。


 空也が今から出て行って、海は今一人だ。
 ・・・せっかくだから、年が明ける前に、
なんで海はあんなに意志が強いのか聞いてみようかな。
 今なら酔いに任せていろいろ聞けそうな気がする。 
 コタツから出て立ち上がり、反対側に座ってる海の隣まで歩いていく。
 「巴お姉ちゃん、何か用〜?」
 きょとんと私のことを見上げている海の隣に座る。
 「海、聞きたいことが、あ、あるんだ。」
 ろれつが回らないから、いつも以上にゆっくり話す。
 「海は何で、そんなに、意志が、強いんだ?」
 「何のこと〜?」
 「海は、く、空也のことになると、何でも凄く、がんばるじょないか。
 わ、私なんか、何でも中途半ぴゃで獣医の道もあひらめたひ、一人でやるって決めは事も
けっきょきゅは空也に手伝ってもらっへ、ともだひもひないひ、お酒ものめないひ・・・」
 「巴お姉ちゃん、最後のほう何言ってるかわかららないよ〜。落ち着いて。」
 「ご、ごめん。興奮したんだ。と、兎に角、私も、海みたいに強い意志が欲しいなって・・・。」
 「なんだ〜、そんな事か〜。簡単な事だよ。」
 「か、簡単な事?」
 「私がくーやのことで一生懸命になれるのは〜、くーやの事が好きだからだよ〜。
 理由はそれだけ。それ以外に理由なんて必要ないよ〜。」
 海はにっこりと笑って、話を続けた。
 「私は巴お姉ちゃんが何を悩んでるのかよくわからないけど、巴お姉ちゃんだって
大好きな人いるでしょ?ただその人たちのためにがんばれば良いんじゃないかな〜?」
 「大好きな人・・・」
 勿論、それは私の周りにいるみんなだ。
お父さんも姉さん達も妹達も、帆波さんも歩笑ちゃんも、空也も。
 「私は海や高嶺、瀬芦里姉さんに要芽姉さん、雛乃姉さんにお父さん、歩笑ちゃんや帆波さん、
勿論空也にも喜んでもろおうって、がんびゃってるけど、でっ、でも、
それっえ意志が強いっへ事になるおかなぁ?」
 「さぁ?私にはよくわからないよ。
 でも〜、少なくとも私は今の巴お姉ちゃんに十分感謝してるよ〜。
 今、急に巴お姉ちゃんが変わらなくちゃいけないって事はないんじゃないかな〜?」


 海にそう言われると、急に体が軽くなったような気がした。
 確かに海の言う通り、皆の事を好きで大事にしたいって思い続けてそれを実行すれば、
意志を貫いてる事になるのかもしれない。
 何だか海に教えられちゃった。
 これじゃあ本当にどっちがお姉さんだか、わからないな。
 でも、ありがとう海。
 ぐいっと湯呑みに残ったお酒を一気に口の中に流し込んだ。
 「おっ、モエ飲むねー。」
 「ともえよ、そんなに酔っているのに大丈夫なのか?」
 「うん、だいじょふだよ。来年も、この気持ちをわふれない様にひようって、思って。」
 「これは少しも大丈夫ではないわね。」
 「まったく、ヒッ!巴姉さんは相変わらず・・・ヒッ!お酒弱いわね。」
 「高嶺お姉ちゃん、しゃっくりしながら言っても説得力ないよ〜。」
 「年越しソバが出来たよー!」
 空也がお盆にどんぶりソバを乗せて居間に入ってきた。
 そのまま空也がみんなに配膳して、私の前にもどんぶりがドンと置かれる。
 ソバから立ち込める湯気を通して見るみんなの、幸せそうな笑顔。
 私はずっと皆の事を好きでいよう。
 この気持ちをずっと大切にしよう。
 除夜の鐘の音と共に、心にしみこませておこう。
 みんなにソバがいきわたり、雛乃姉さんがすくっと立ち上がった。
 「それでは皆の者、今年も残すところ数分だ。いろいろあったが、来年もよろしくな。
 それでは年越しソバをありがたく頂くとしようか。」
 「「「いただきます!」」」
 来年もよろしくね。みんな。
 「そうだ、巴お姉ちゃん。」
 「なに?」
 「さっきの会話、全部ちゃんと録画も録音できてるから、
恥ずかしい思いをしたい時はいつでも言ってね〜。」
 「あぅ・・・」
 今年ももう残すところあと一分だ。
 来年もいい年だと良いな。


(作者・SSD氏[2005/12/31])

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