午前の家事も終わってお昼の準備を始める前に、
居間で雛乃姉さん、ともねえと俺でお茶を飲んでまったりしていると、
急に背筋がぞくぞくっと寒くなり、体が震えた。
 「むっ、くうやよ、風邪でも引いたのか?」
 「いや、そういうわけじゃあないんだよ。なんか嫌な予感がしたんだ。」
 「い、嫌な予感?」
 「うん、なんかもうそろそろ面倒の種がやってくるような予感・・・」
 と言い終わらないうちに、玄関先から居間までよく通る声が響く。
 「チャオー☆空也ちゃん!あっそびーましょっ!」
 「この声は、帆波さんかな?」
 「そのようであるな。」
 「・・・こんな休日の早い時間、って言ってももうすぐお昼だけど、
ねぇやが起きてやってくるなんて・・・。何かあるな。」
 とは言ってみたものの、このままねぇやを玄関に放置しておくわけにも
行かないので、ともねえが迎えに出た。
 玄関のほうからねぇやの声だけが響いてくる。
 「あらっ、巴ちゃん、今日も健康そうでいいわねっ。」
 何だあの近所のおばさんみたいな台詞。
 間もなくともねえがねぇやを居間まで誘導して来て、
 「す、座っててください。お茶、入れてきます。」
 と言って台所に引っ込んでいった。
 ねぇやは居間に入るなり、雛乃姉さんに元気に挨拶をする。
 「おはようございますっ!雛乃ちゃん。」
 「うむ!おはよう。元気の良い挨拶だなほなみよ。遠慮せずに座るが良いぞ。」
 ・・・人に気に入られるような事は覚えるの早いんだよな。ねぇやって。
 座布団の上に座りながらちらりとこちらを見るねぇや。
 「空也ちゃんも、チャオ☆」
 「おはようねぇや。ねぇやにしては珍しいんじゃない?
 休日の午前中に、しかも歩笑ねーたんが家にいないのに起きてるなんて。」
 今、ねーたんは四日ほど前から三泊四日でどこぞに新作のための取材旅行に行っていて、
ここ三日ほどねぇやは家で一人だったのだ。
 晩御飯などはウチに招待したりはしてたんだけど・・・。


 「そーなのよ!今日はそのことで相談があって来たのよン。」
 ・・・やっぱり、相談事があったんですか。
 「ほら、今日の夕方に歩笑ちゃん帰ってくるじゃない?
 で、歩笑ちゃんは家を出る前、私にちゃんと部屋を片付けて置くようにって
言って出て行ったんだけど・・・。」
 「ちゃんとやってない、だからねーたんが帰ってくる前に手伝ってほしい、と。」
 「あら、ワタシがここまでしか話してないのに、よくわかったわね。」
 いや、ねぇやの性格と今の話の流れから考えれば、姉貴でもそのくらい想像つくよと、
これは心の中にとどめておく事にした。
 「一人で片付けられないほど、ひどい状態なのか?」
 「いや、雛乃姉さんはねぇやがどのくらいものぐさかよく知らないから、
そんな事がいえるんだよ。」
 「ふむぅ!それはけしからんな・・・。」
 むぅと眉をひそめる雛乃姉さん。
 それにあわててねぇやが反応する。
 「まっ、まぁまぁ!雛乃ちゃんのお説教はとりあえず事態が収拾ついたらご拝聴するわネ。」
 「で、あと何時間ぐらいで、ぽっ、歩笑ちゃん、帰ってくるんですか?」
 お茶を持ってきたともねえが話に加わる。
 なぜかねーたんの名前を言う時に顔を少し赤らめていた。
 「そうねぇ、さっき電話で午前中はもうちょっと取材して、
午後の三時ぐらいに新幹線乗るって言ってたから・・・だから・・・
あと七時間ぐらいかしら☆」
 とびっきりの笑顔でねぇやが答える。
 「・・・流石に七時間もあれば何とかなるだろうけど、
ともあれ膳は急げだ!行くよねぇや!」
 「あン!まだお茶にてつけてないのに、空也ちゃんったら強引!」
 俺はねぇやの手を引っ張って急いで犬神家へ向かった。


 ねぇやが玄関の戸に鍵を指して、ガタガタやっている。
 「どうしたの?鍵が壊れたとか?」
 「おっかしーわね。鍵は開いたはずなんだけど、開かないのよ。」
 「えっ?ちょっと貸してみて。」
 ねぇやにどいてもらい、俺が戸の前に立って取っ手に手をかける。
 戸を横に滑らそうとするが・・・
 「ほっ!やっ!・・・びくともしないよ。」
 「何か得体の知れない存在が、向こうから開かないように抑えてるのかもしれないわね。」
 「何その微妙におっかない発言。」
 「しょうがないわね・・・お勝手から入りましょう。」
 早速家の裏手に回り、勝手口の鍵を開けるねぇや。
 ねぇやがドアを開けた瞬間、ボトボトとドアの内側からものがあふれてきた。
 勝手口から台所の中を覗くと――
 「何で台所の床が物で埋まってますのん?」
 台所の床が様々な物であふれんばかりに覆われて見えなくなっていた。
 足の踏み場もないというのはこう言うことを言うんだな。
 「ちょっといろいろ遊んだり怠けたりしてたら、こうなっちゃったのよ。
 って言うか、ワタシもこの家にこーんなに物があるなんて、びっくりだわ☆」
 「まさか家中こんな調子なんじゃ!?」
 不安になった俺は勝手口から家の中に入り、台所を抜けてリビング、
それから家中を回るが、どこもかしこも物が落ちてないところが無かった。
 玄関にいたってはスキーのストックがつっかえ棒の様な形になって戸に引っかかっていた。
 玄関で途方に暮れていると、追いついてきたねぇやが後ろから
 「あン、そのストックはね、今度の歩笑ちゃんのお仕事が終わったら、
一緒にスキーにでも行こうかと思ってイメージトレーニングしてたのよ。
 勿論、その時は空也ちゃんも一緒よ☆」
 呆れてものも言えない。


 「・・・ねぇや。」
 「何か知らン?」
 「ねぇやの部屋だけならまだしも、
何で家中がこんなに物で埋まってるの!?」
 「だってー、片付けるの面倒くさいしー。
 いつもは歩笑ちゃんがやってくれるんだけどねー。」
 情けない。
 ねぇやは前々から面倒くさがりだとは知ってたけど、
今回ほど情けないと思った事は無い。
 コレはやはりねぇやには今日、この掃除をやり遂げさせないとダメだな。
 「ねぇや!」
 「なっ、なによぅ。」
 「ねぇやは玄関から片付け始めて!俺はダイニングから始めるから。
 七時間あれば十分かと思ったけど、家中となるとぎりぎりかな・・・。
 兎に角!始めっ!」
 「は〜い。」
 やる気のなさそうな声を上げたねぇやがしぶしぶ動き出したのを確認して、
俺はダイニングへ向かった。

 ダイニングで俺は、まず落ちてる物をあるべき部屋ごとに分類し、
とりあえず床が見えるようにする事に。
 なぜダイニングに便所のすっぽんが・・・。
 いろいろとダイニングに不釣合いなものが床に落ちていたりしたが、
床が見えた後はごみを掃除機で吸って、床を雑巾で拭いた。
 三十分と言う奇跡的なスピードでダイニングの掃除を終えた俺は、
そのまま隣のキッチンの掃除を始める。
 流しに溜まった出前のどんぶりなどを洗い、片付けに拭き掃除。
 こちらも三十分ほどで終了。
 さすが俺、普段柊の家で鍛えられてるだけある。
 さて、ねぇやは玄関のほううまくやってるかな。


 玄関を覗くと、ねぇやがこちらに背を向けた形でしゃがみこみ、
なにやら考え事をしているようだ。
 辺りを見ると、全く片付いてない。
 片づけが進んでないのに考え事とは、よほど重要な事を考えているのだろう。
 「ねぇや、何考え込んでるの?」
 ねぇやのすぐ後ろに立つと、かがみこんだねぇやの目の前に、
下駄箱の中の靴がほぼ全部が玄関に並べられているのが見えた。
 「あら、空也ちゃん。あのね、靴の整理から始めようと思ったら、
靴を見ているうちに買った時の事とか思い出しちゃってねー。
 ついつい感慨深くなっちゃったの。」
 俺はあくまで笑顔を崩さずに話を続ける。
 「へー。わかるわかる。買った時のことが印象深かったりすると、
そういうこともあるよね。
 で、今掃除開始から何分立ったか知ってる?」
 「そうねぇ・・・十分ぐらいじゃないかしら?」
 「六十分だよ!一時間かけても、ぜんぜん片付いてないじゃない!」
 「えっ、まさかー。空也ちゃんったら、冗談がうまいのねっ。」
 と言いながらも少し表情が驚いているねぇやが携帯電話を取り出し、
ディスプレイに表示されている時計を見て飄々と言う。
 「あら、ホント!
 でも今十二時七分で区切りが悪いから、半まで休憩しましょっ。
 ワタシも、それからがんばるわねっ!」
 俺は――キレた!
 「ねぇや!」
 「ひぃっ、おっ、驚かさないでよ空也ちゃん。」
 「俺はねぇやはタダの面倒くさがりなだけで、人には害を及ぼさないから
今まで黙認してきたけど、今回ばかりは説教させてもらうっ!」
 「やだ〜。お説教きらーい。」
 こそこそと逃げようとするねぇやの両肩をつかんで、
ねぇやにドアップで訴えかける。


 「ねぇや!戦わなくちゃ、現実と!」
 「うぅぅ・・・」
 「ねぇやはいつもいつも『明日からがんばる』とか
問題を先延ばしにしようとするけど、俺はあえてこう言う!
『明日って、今さ!』
 それに今のこの状態でねーたんが帰ってきたら、
結局はねーたんが家中片付ける事になるでしょ!?
 疲れて帰ってくる妹に、そんな仕打ち出切るの!?」
 「空也ちゃん、痛い・・・。」
 気が付くとねぇやの肩を思いっきり力を込めてつかんでいた。
 「あっ、ご、ごめん、ねぇや。」
 あわてて肩をつかんでいた手を離す。
 「ううん、確かに空也ちゃんの言う事も正しいわね。
 ワタシ一人が面倒くさいのは人に迷惑かけないけど、
面倒くさいからって歩笑ちゃんにまで迷惑はかけられないわ。
 やっぱりワタシ、今からがんばるっ!」
 ねぇやがガッツポーズをとり、気合を入れた。
 やっぱりねーたんの話を出したのが利いたのかな。
 何だかんだ言って、妹思いなんだよな。
 早速玄関の片付けに着手したねぇやがふと俺に振り向いて、
 「でも、ワタシにお説教かました罪は重いわよ〜。覚悟しておいてねっ。」
 ・・・やはり何か理不尽だ。

 その後ともねえがおにぎりを差し入れしてくれて、
そのまま手伝ってくれる事になった。
 その甲斐あってか、ねーたんが帰ってくる予定の
二時間ほど前には家中が何とか片付いた。
 「やっと終わったわね〜。まさか我が家がこんなに広かったとは思わなかったわ。」
 「何とか終わって、よ、よかった。
まだ、歩笑ちゃん帰ってくるまで、時間ありそうですね。」
 「そうだね。ねーたん帰ってきて俺達がいたら気を使わせそうだから、
明日になったらまた来るよ。ねぇや。」


 ともねえが先に玄関から出て行き俺も靴を履くために玄関にしゃがみこむと、
ねぇやが玄関まで見送りにやってきた。
 「空也ちゃん、今日はいろいろ、ありがとうねっ☆」
 「いいよ。姉弟じゃない。いつでも呼んでよ。」
 「じゃあ、今度から私の部屋片付ける時も、手伝ってね。」
 「それはダメです。」
 「み〜み〜。」
 「そんな風に鳴いてもダメです。」
 「ふん、空也ちゃんのケチンボ!」
 そう言いながらも俺を見送るねぇやの表情は、達成感にあふれていた。


 「ほぅ、それは大変であったなぁ。」
 柊家に戻ってみんなで夕食。
 俺とともねえから報告を受けて、雛乃姉さんが感心している。
 「あは、で、でもずいぶん散らかってたから、良い運動になったよ。」
 ともねえ、何気なく酷い事言ってますから。それ。
 「それにしてもあの女、自分の部屋ばかりか家までもごちゃごちゃにするとは。
 自己管理がなってない証拠ね。」
 「かなめよ、そういいながら野菜を端によけるお前もどうかと思うのだが。
 ほれ、コレもそれもあれも食べよ。農家の方に申し訳が立たないだろう。」
 「厳しいんですね・・・姉さん。」
 雛乃姉さんと姉様のいつものやり取りで場が和んだ時、
玄関からのよく通る声が居間に響いた。


 「空也ちゃ〜ん、たすけて〜。」
 「この声は、帆波!」
 「どっ、どうしたんだろう?」
 「俺、出てくる。」
 箸をおいて玄関まで走り玄関の戸を開けると、
ねぇやが眉毛をハの字にして抱きついてきた。
 「うわっぷ、どうしたの!?」
 「たったさっき歩笑ちゃんが帰ってきたんだけど、部屋が汚いって怒られたの。」
 「そんなはずは・・・だってあれだけ片付けたじゃない。
 ・・・まさかねぇや、この二時間で部屋、散らかしたんじゃないだろうね?」
 「ワタシは普通に歩笑ちゃんの帰りを待ってただけなのっ。
  毛布に包まってお菓子を食べ食べ音楽聴いて、
何冊か雑誌読みながらオンラインゲームしてただけなのにー。」
 ・・・ねぇやがこの二時間でどのくらい部屋を散らかしたのか想像にたやすい。
 何だか今日の努力があまり報われて無いようで力が抜ける・・・。
 「それはねぇやが悪いです!って言うかいい加減俺を放して。」
 「ウウン!空也ちゃん冷たい!」
 「いや、こんな抱きつかれてるところ、姉様にでも見られたら・・・。」
 「あら、空也楽しそうじゃない。帆波とイチャイチャできて。」
 俺の背後から要芽姉様の氷のような冷たい声が聞こえた。
 かろうじて首を回し振り返ると、姉様が手に持った箸を片手でバキバキと折っていた。
 姉様の周りの空気がぐにゃりとゆがんでいるのが見える。
 「アラ、要芽ちゃんチャオ!」
 「なぜお前がここにいる。」
 「あン、要芽ちゃんまで冷たくしなくて良いじゃない。」
 「目障りよ。とっとと消えてくれないかしら。」
 姉様から放たれる殺気が一段と強くなった。
 やれやれ、今夜はまだまだコレから一波乱有りそうだな。


(作者・SSD氏[2005/11/30])

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