空也が私のものになってくれてもう三ヶ月が過ぎた。
 この三ヶ月で空也は、私の氷のように冷たかった心を徐々に溶かしてくれた。
 気が付けばうだるように暑かった夏はいつの間にか終わり、
庭の葉もすっかり色づいて久しい。
 秋の心地よい風を受けながら縁側で空也に膝枕をしていて、
ふとある事を思い出した。
 「ねぇ、空也。」
 「ん?どうしたの姉様?」
 「私、この時期にあなたと叶えたい夢が、もう一つあったわ。」
 「何?言ってみなよ。」
 「あなたと、二人っきりで紅葉深い山へ赴いて、
この季節を全身で感じてみたいわ。
 それにあなたの気分転換にもちょうど良いと思うの。」
 空也はお父様からの仕事の引継ぎの前準備が少しずつ、
しかし徐々に具体的になってきた事について、最近塞ぎ込む事が多い。
 空也は引継ぎについて知れば知るほど、自分の能力で会社を
うまくやって行けるかどうか、先の見えない不安に押しつぶされそうだと言う。
 その度に私を頼ってくれるのは嬉しいけど、
私もいつまでも空也が思い悩んでいるのを見たいわけではない。
 こういう意外に脆い所が、血は繋がってないにしろ、
姉弟なのだと不謹慎ながらも嬉しく思ってしまう。
 「・・・そうだね。俺も最近少しずつ忙しくなってきたし、
姉様もこれから年末で忙しくなるだろうから、
その前にどこかに出かけるのも良いかもしれないね。」
 「私は一番近い次のお休みが水曜にでも取れるのだけど、
その日はどうかしら?
平日だから、他の観光客も少ないでしょうし。」
 「そうだね。じゃあその日に紅葉を見に行こうか。」
 「・・・ありがとうね。空也。」
 私は膝の上から私を見つめている空也に、軽い口付けをした。


 当日、私達は某県の紅葉が有名な山に二人っきりでやってきたが、
 「うわぁ・・・すごい霧だね。」
朝からの生憎の曇天に加え、現地は濃霧に包まれ、周りの山々は酷くぼやけて見える。
 「でも、せっかく来たと言うのに、このまま帰るのももったいない話ね。
霧のおかげで人もほとんどいないみたいだし、とりあえず山頂までの
ロープウェイに乗ってみましょう。」
 厚い雲に日の光がさえぎられ、その上この濃霧、更に標高が高いために気温が低く、
話すたびに口から白い息が漏れる。
 空也の手を取り、ロープウェイの案内が出ているほうに足を進める。
 地面のしめった落ち葉を踏む音が、薄暗い陰鬱な雰囲気に拍車をかける。
 そんな中でも繋いだ手から伝わってくる空也の体温が心地よく、
私を安心させてくれる。
 プラットホームに着くと、この曇天と濃霧のためよほどヒマなのか、
券売機の前には私達以外他の客は誰もいなかった。
 買った切符でプラットホームに入り、ゴンドラが降りてくるのを待つ。
 待っている間空也が私の顔を見ずに、前を向いたまま話し始めた。
 「あのさ、姉様。俺、最近ずっと考えてるんだけど・・・。」
 「どうしたと言うの?」
 「うん、姉様は俺の事励ましてくれるし、
他のお姉ちゃん達も大丈夫だって言ってくれるけど、
やっぱり俺、親父の会社継ぐの、どうも自信が無いんだ。」
 そのことについてはこの三ヶ月間、幾度となく話し合った。
 しかし、この問題にはちょっとやそっと話し合っただけでは、
簡単に答えが見つかるものではないと私もよく分かっている。
 「・・・そうね、とりあえずゴンドラが来たみたいだから、
まずはアレに乗ってからにしましょう?」
 ゴンドラがプラットホームに入ってきて、係員がゴンドラのドアを開ける。
 私が先に中に入り空也の手を引き、ゴンドラの端の座席に腰掛ける。
 間もなくゴンドラが動き出したが、中に居るのは私と空也だけだ。
 ちらと窓の外をうかがうと、相変わらずの霧でほとんど何も見えない。


 「で、どうして自信がなくなったのかしら?」
 隣に座る空也の顔を覗き込み、やさしく聞く。
 空也は未だに私の顔を見ずに、前を向いたまま話し始める。
 「うん、俺さ、この間親父から話を聞いて、いつも馬鹿にしてはいるけど、
やっぱり親父ってすごいんだな・・・って思ってさ。
 会社経営って、社員だけじゃなくてその家族への責任もかかわってくるしさ、
ここぞとばかりの決断力、先見の明、その他もろもろ。
 俺にはとうてい出来そうもない事ばかりだよ。ほら、俺頭悪いし。
 伊達に親父も良い大学出てないよ、と、思ったんだ。」
 「会社経営は勉学の良し悪しではないわ。」
 「そうなんだけど、さ。この先不安で不安でしょうがないんだ。」
 「・・・」
 重苦しい沈黙がゴンドラの中を支配する。
 私はどうやったらこの子の重荷を少しでも軽くしてあげる事ができるだろうか?
 ・・・今までどんな難しい問題にぶつかってもすぐに答えを見つけ出した私にも、
この答えを見出すのは難しい。
 だから私は、今私にできる事をするしかない。
 空也の顎に手をかけやさしく顔をこちらに向けさせて、
そのままゆっくりと、やさしくキスをした。
 やさしく唇に触れるだけの、しかし長い口付け。
 唇を離して、そのまま空也の顔を私の胸にうずめさせた。
 私は空也の頭を撫でながら子供に言い聞かせるように話す。
 「ごめんなさいね。空也。
 私にもあなたの悩みの答えを、今すぐ見つけ出す事はできないわ。
 でもね、どんな結果になろうとも、私はいつもあなたのそばにいるわ。
 あなたにも、私のそばにいて欲しい・・・。私達に必要なのは、それだけなの。
 あなたがお父様の会社を継ぎたくないなら、一緒に逃げても良いとは
前にも言ったでしょ?アレは本気よ。
 でも、あなたが辛くても、先の見えない不安にかられてもがんばると言うなら、
私は全力であなたを支え、ついていくわ。
 私もあなたも、お互いがいなくてはこの不安だらけの世の中、生きていけないもの。
 どんな困難や先の見えない不安があっても、お互いに支え合って一緒に生きていきましょう?」


 私がそこまで言うと、空也は私の胸から顔を離してゴンドラの正面を見据えた。
 「・・・もうそろそろ山頂に着くみたいだね。」
 つられて私も前方を見ると、山頂側のプラットホームが見えた。

 ゴンドラから降りると、冷たい風が吹き抜けた。
 「姉様、見て!」
 先にプラットフォームから出て展望台に向かった空也が、私を誘っている。
 空也が心なしか興奮しているようだ。
 何かと思って展望台に出ると―――
 「・・・綺麗ね・・・」
 厚く空を覆っていた雲の隙間から太陽の光が漏れ、
辺りを包んでいた霧はいつの間にか晴れていた。
 赤や黄色に染まった山々が、太陽の光を受けて静かに輝いている。
 いまやこの展望台からは、あたりの山々の美しい光景が一望できる。
 しかしこの展望台にいるのは、私と空也だけ。
 空也に身を寄せ、再び手を繋ぐ。
 すると空也が繋いだ手に力を込め、私の目を見て言う。
 「姉様、さっきはありがとう。
 でも、さっき姉様が言ってくれたことと、この景色を見たら、
あんな事で悩んでた俺が馬鹿みたいに思えたよ。
 今なら、・・・姉様と歩む未来が見えるような気がする。」
 そう言った空也の目には、強い意志のこもった光が見えた。
 「・・・そう。では私もあなたと共にその道を歩む事にするわ。」
 その目の光は太陽の光が映りこんだものなのかもしれない。
 でも、空也のその目を見ると・・・
 「風が冷たいね。姉様。」
 「・・・そうね。でも・・・」
 この先どんなに辛い事があっても二人で歩んでいける、
そんな気持ちが心に強く沸いた。


(作者・SSD氏[2005/11/07])

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