夕食が終わって少し経った頃。
彼女は一人、せわしなく動いていた。

いっちに、さんし。
ごーろく、しっちはっち。
すーはー、すーはー。
脈拍、正常。呼吸器にも乱れなし。
顔が熱いような気がするけど、この際無視。
アイツの部屋の取っ手を掴む。

・・・・・あ〜、まただ。決心が鈍ってきた。

きびすを返す。そのまま早足で遠ざかっていく。
どくんどくんと心臓が脈打っている。
その有り様に、まるでウブなガキみたいだと彼女は思った。
だけど。
だけど、それでもやっぱり言わなきゃ駄目だよね、とも思っている。
足を止め、振り返る。もう一度さっきの場所へ。
そして彼女――柊高嶺は、先ほどと同じことを繰り返す。
言わなきゃダメ。でも恥ずかしい。いやケジメは付けなきゃ。でも・・・。
そんな考えがループして、未だに一歩を踏み出せない。

何故こうなったのか。何が彼女をこうしたのか。
――少しだけ、時間は逆上る。


その日の朝。珍しく彼女は早起きしていた。
大学も休みということもあり、朝から暇を持て余していた彼女は
何気なく文庫本を読んでいた。
―――恋愛小説である。
この手の本が嫌いという訳ではない彼女は、昼までゆっくりと部屋で読む。
そして、物語が佳境を迎え、主人公が告白しようとするシーンで、
彼女はふと思ったことをそのまま口にしてしまう。
「そういえばアタシ、空也にそういうのしてないな・・・」
自分自身のその台詞に、「あっ」と呻いて顔を紅潮させてしまう。
その後すぐに「な、なんでアタシがバカイカに」などと否定の言葉を
一人叫ぶが――都合よく柊家には誰もいない――すぐに沈黙してしまう。
読みかけの本を伏せ、そわそわと自室を歩く。考え事をしていた。

恋愛小説に触発されるというのも馬鹿げた話しだが、告白――というか、
好き≠ニいう言葉はきちんと伝えるのが筋だと思う。
一応、そう、『一応』アタシ達は恋人なんだし、筋は通さなきゃ。
空也でさえ正面からキッパリと、す、好きって言ってくれたんだし。
姉であるアタシがそれを言えないはずが無い。否、絶対言える!
そうよ何を迷う必要があるの?アタシはただ筋を通すだけ。
文字にするとたった二文字じゃない。
馬鹿らしい。ちゃっちゃと言って終わらせよう。
あ〜もう!さっさと帰ってきなさいよバカイカ!!


これがつい先ほどまでの彼女。
―――それが今や、


「あ〜、う〜、な、何て切り出そう・・・」
こんな状態である。
例えるなら、
『初めて好きな人をデートに誘う時の恋愛初心者』
といった心境か。
そんなことではいけないと思い、頬を両手で強く叩く。
「・・・よし」
覚悟は決まった。
高嶺は戸に手をかける。
(アタシ空也が好き、アタシは空也が好き)
言葉を反芻する。何度も何度も。
その時がきたら、よどみなく言えるように。
こんな時まで完璧さを求めるのが彼女という性格であった。
(アタシは空也が好き、アタシは空也が――好き!)
最後の一歩を踏み出す。どこまでも彼女らしく、思い切っていく。
「イカ、入るわよ!!」

「あ、姉貴?どうしたの、そんな鬼気迫る表情で」
「いーからアンタは黙ってそこに座ってなさい!
いーい、一度しか言わないからよーく聞くのよ!
アタシは、アンタのことが―――」


(作者・FspZBvIC0氏[2005/10/28])

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