俺は旅猫。
 名前はまだ無い。
 俺が普通の野良と違うのは、一箇所にとどまらないこと。
 今までも、日本中のあらゆる所を回ってきた。
 どんなに居心地がよくても留まらない。
 それがオレのポリシー。

 もうそろそろ人間たちは夕飯の準備の時間。
 この時間にエサをおねだりすると、結構成功率が高い。
 今日もどこぞの家にでも入り込んで、まんまにありつこうか。
 よし、この大きな家にしよう。

 家の塀に上って、住人が帰ってくるのを待つ。
 流石に俺でも玄関のドアを開けることはできない。
 それにしても、塀の上のこの犬みたいな気持ちの悪い
置物はなんだろうか?

 少しすると胸の大きな女が帰ってきて、家に入ろうとしている。
 「にゃーん。」
 俺が鳴き声を出すと、ドアに鍵を差し込んでいた女が振り返る。
 「あらん♪鎌倉みたいなところでも、
やっぱり野良猫っているのね。
猫ちゃん、お腹すいているのかしら?」
 女が近寄ってきて、俺を塀から下ろし、そのまま抱きかかえる。
 「にゃーん。」
 「そうなの。私はご飯とか作れないけど、
妹の歩笑ちゃんが何とかしてくれるわよ☆!」
 女に抱きかかえられたまま、家の中に入る。
 この女、胸がふかふかで気持ち良い。


 女が俺をキッチンまで連れて行くと、そこで料理している
ゴスロリに身を包んだ女の子に俺の事を見せた。
 「あ、姉さん。お帰り。」
 「ただいま!歩笑ちゃん、ホラホラ見てー!」
 「ネコ・・・。」
 「お腹がすいてるみたいなの。
歩笑ちゃん、この子に何か出してあげてくれない?」
 「いいよ。私が支度している間、姉さんはこの子の体を洗ってあげて。」
 「ごめんね歩笑ちゃん、ワタシ、これから(オンラインゲームの)仲間と
(冒険に)出かけなくちゃいけないの!
って事で任せるわね。チャオ!
・・・っとそれから、私たちのご飯ができたら呼んでよね☆!」
 女は俺のことをキッチンへ置いて、二階に上がっていってしまった。
 「ごめんね、ネコさん。
私の姉さん、気分屋さんだから。
お風呂へは、私たちがご飯食べ終わったら入れてあげるね。
とりあえず、今はコレを・・・。」
 女の子は俺の目の前にネコまんまを出す。
 ふふふ、これこれ、コレがたまらないんだよな。
 いっただきマース!
 「にゃーん!」
 パクリ―――――――――――――――――!!!!!!!
 ネコまんまを口に含んだ瞬間、体中が燃えるように熱くなる。
 なっ、何だこれは!
 とてつもなく か ら い !
 「フギャーー!」
 俺は急いでキッチンの窓から外に飛び出す。
 「あ・・・ネコさん!・・・しまった。辛いまんま出しちゃった。」
 女の子が何かキッチンの中で言っているが、そんなことはどうでも良い。
 この家は危険だ。
 向かいの家でご飯にありつくことにしよう。
 ・・・


 向かいの家の塀を乗り越え庭に入り込むと、しめた!
 雨戸が空いていて、家の中に簡単に入ることができた。
 まずは目の前の部屋からだ。
 俺は障子戸ぐらいなら器用に開ける事ができる。
 開けて中に入ると手前に白いフェレットが、奥に小さな和服姿の女の子が座っている。
 しめしめ、人間の小さい子供、しかも女の子は、
俺のようなカワイイ猫には弱いからな。
 ちょっとゴロゴロすればすぐエサをくれるだろう。
 女の子がこっちを見る。
 「ふむ!これは珍しい客人が来たものよの。
遠慮しないで入るがいいぞ。」
 どうやら追い出される雰囲気ではないな。
 早速、女の子のひざの上に載り、ゴロゴロと甘える。
 コレでお菓子は確実にゲットだな。
 と、女の子が突然立ち上がった!
 「ぶれいもの!いくら客人といえでも、この柊家第四十七代将軍、
柊雛乃の膝の上に座るとは、無礼千万!手打ちにいたす!」
 女の子の膝の上から転げ落ちる俺。
 女の子は扇子を刀に見立てているのか、腰から扇子を抜き、高々と掲げている。
 フェレットは女の子にすがりより、何か言っている。
 「ギュッギュルギュ〜!(上様!お怒りは分かりますが、なにとぞ、なにとぞ
この田舎者をお許しください〜!)」
 「ええい!ならぬならぬ!手打ちじゃ!手打ちにいたす〜!」
 俺は訳が分からず部屋から飛び出した。
 障子戸の向こうから声が聞こえる。
 「ふむぅ・・・。ごっこ遊びとはいえ、我の迫力ある演技に驚いて逃げてしまったか。
あれが映画ぷろでゅーさーの飼い猫で、飼い主にすごい役者がいるなどとタレ込まれては、
困るなぁ、まるよ。ふふふふ。
我に映画出演のおふぁーがきたら、どうすればよいのだ?」
 ごっこ遊びか、変だと思ったぜ。
 とりあえず、エサをもらえる雰囲気ではないな。
 他の部屋を回ってみるか。


 廊下をうろちょろしていると、突然ある部屋の戸が開いた。
 中からはお下げの眼鏡っ娘が俺を見ている。
 「・・・」
 「に、にゃーん?」
 何だこの娘、俺を見ても無反応、というか、何か考えているようだ。
 数秒奇妙な睨み合いが続いた後、眼鏡っ娘が俺を抱き上げて叫んだ。
 「高嶺お姉ちゃーん!すごい発明したから、見せてあげるよ〜!」
 どこからともなく返事が返ってくる。
 「アタシ今テレビが良いところだから、それどころじゃないわよ!」
 「すっごくすっごく良いものだよ〜!
高嶺お姉ちゃんが小さいって悩んでた ア レ が〜、大きくなるかもよ〜!」
 間もなく、廊下をドタドタと走ってくる音と共に、赤いツインテールの娘がやってきた。
 「海!今すぐその発明品、アタシによこしなさい!」
 「はい、コレだよ〜。」
 と、眼鏡っ娘は俺をツインテールに渡す。
 「なっ、何よコレ。ただのネコじゃないの。
コレが胸が大きくなる発明品だって言うの?」
 「にゃ、にゃーん?」
 「誰も胸が大きくなるなんて言ってないよ〜。」
 眼鏡っ娘はそう言うと、部屋に戻り、扉を閉めてから扉越しに、
 「嘘をついた妹を許すことで、高嶺お姉ちゃんの人間の器が大きくなるんだよ〜。」
 と言った。
 「ちょっ!海!アンタアタシに嘘ついたのね!
開けなさいよ!せっかく楽しみにしてたテレビ見てたのに!
それにアタシは人間の器、小さかないわよ!」
 ツインテールは俺を床に放って、扉をドンドンとたたき出した。
 「その猫は、高嶺お姉ちゃんがどうにかしてね〜。」
 やれやれ、この二人からはエサはもらえそうにないな。
 素直にキッチンを探すとするか。


 しめた!
 案の定、キッチンでは若い男とでかい女が夕飯の支度をしている。
 俺の得意の猫なで声で、注意を引いてやろう。
 「にゃ〜ん!」
 男のほうが俺に気がつく。
 「ともねえ、迷いネコだ。」
 「あぅ、本当だ。かっ、かわいいなぁ。」
 「お腹減ってるんじゃない?」
 「にゃん!」
 そうだ!俺は今腹ペコなんだ!
 エサよこせエサ!
 「でも、ちょっと汚れてるね。」
 「じゃあ、私たちはネコさん、ナ、ナデナデしたらまずい、かな?」
 いや、ナデナデはしなくて良いんだって!
 エサさえくれれば、俺はそれで良いの!
 「じゃあさともねえ、もう後仕上げだけだし、俺だけでもできるから、
そのネコ、洗ってあげたら?」
 「えっ!いいのか!?でっ、でも、空也が家事やってるのに
私がネコさんと遊んでるなんて、悪いよ。」
 「良いから良いから。」
 「あぅ。やさしいんだな、空也。
じゃあネコさん、お風呂場いこっか。」
 女はエプロンをはずして俺を抱き上げると、
キッチンから離れていく。
 「ミーミー。」
 俺のご飯が、俺のご飯が遠ざかっていく・・・。

 風呂場では女がごしごしと洗ってくれる。
 ・・・まぁ、風呂は嫌いじゃないからな。
 だがどうせなら腕まくりだけじゃなくて、脱いで欲しかったぜ。


 女がごしごしと俺を洗いながら、何かぶつぶつ言っている。
 「なんかこうしていると、犬のマルを思い出すなぁ・・・。
うっ・・・ぐすっ・・・えぐっ・・・・・・。」
 なぜだか突然泣き出しやがった。
 こう言う時に、媚を売っておけば後でもらえるエサも豪華になるってもんよ。
 「にゃ〜〜〜ん。」
 「慰めてくれるのか?やさしいんだな、お前。」
 ふふふふ、コレで豪華なご飯ゲット確実だな。

 風呂から出て、女が俺をドライヤーで乾かしてくれる。
 そのまま女が俺を抱えて廊下を歩いていると、
玄関の戸が空いて長い黒髪の女が入ってきた。
 「ただいま巴。・・・って猫?」
 「あ、要芽姉さん、お帰りなさい。
うん、この子、ウチに迷い込んだみたいなんだ。
これからご飯、あ、あげようかと思って。」
 黒髪の女は俺をジロジロと凍りつくような視線で見回す。
 「・・・私がエサをあげておくわ。
巴は早く晩御飯の支度を終えなさいな。」
 黒髪の女がでかい女から俺をひょいと取り上げる。
 「あぅ、わ、分かった。じゃあ、後はよろしくね。」
 でかい女がキッチンへ消えていった。
 ちょっと待ってくれ!
 せっかく媚を売ったのに!
 「ニャハーン・・・。」
 「何?私じゃ不満だと言うのかしら?」
 黒髪女が俺の背中をそっと撫でる。
 ゾクリとした。
 これは言うことを聞いておいたほうがよさそうだ。
 「にゃん!にゃん!」
 「そう。良い子ね。」
 黒髪女は俺を縁側に置くとどこかへ消え、すぐに皿と何かの箱を持って戻ってきた。


 その箱には『ドックフード』と書かれている。
 皿にカラカラと乾いた音が響く。
 おい!待ってくれ!俺はこの無機質なドックフードが嫌いなんだ!
 「お父様用のドックフードだけれでも、これで良いわよね。」
 「にゃ、にゃーん・・・。」
 この女の言動からは、命令を聞かざるを得ない雰囲気が伝わってくる。
 仕方がない、贅沢は言ってられないし、食うか。
 ボリボリボリボリ・・・。
 まずい。
 「フフフ・・・たまにはこう言うのも良いわね。」
 女が俺の横に腰かけ、俺を撫でながら言う。
 さっき撫でられたときはゾクリとしたが、
今は何だか暖かさが手から伝わってきて心地よい。
 一瞬、ここの家に飼われている俺のイメージが頭をよぎる。
 だが俺は旅猫、エサさえ貰ったらクールに去るのが俺のポリシー。
 俺は縁側から中庭へ、中庭から塀の上へとジャンプする。
 「あっ。」
っと呟いた女のほうを振り返り、お礼を一応言っておく。
 「にゃーん。」
 女は俺を少しの間見つめると、エサ皿と箱を持って家の中へ消えていった。
 食事の後は屋根で一休みが最高に気持ち良い。
 すでに日が沈んで、月が出ている。
 それをボーっと見ていると、地元の猫の集団がこちらにやってくる。
 面倒なことにならなきゃ良いが。
 「にゃにゃー(おい、お前見かけない顔だな。)」
 「にゃーにゃんにゃ(俺は旅猫、風来坊なのさ。)」
 「にゃんにゃにゃにゃにゃん(知ってるか、ここのシマに
無断で入ったやつの顛末がどうなるか。)」
 「にゃんにゃ(さぁな。)」
 一応強気に出るが、相手は数が多い。


 どうするか・・・隙をついて逃げるのは難しそうだ。
 と、そこへ金髪の人間の女が屋根伝いに走ってきた。
 「お前達!またシマ争いで喧嘩しようとしてたね!」
 なぜだか、この女の言ってる人間語が、
猫と話しているかのようにはっきりと理解できた。
 「にゃ、にゃにゃん(あ、姐御!ちがうんです!)」
 「違うも何もないでしょ!猫同士の争いはご法度!
私がこのシマにいる限り、それを破ったら、どうなるか分かってるよね〜。」
 女がぽきぽきと指を鳴らす。
 「にゃにゃんなう〜。にゃ!?(も、勿論分かってます!オイラたちも、
仲良くしようとしてたところでゲス。な!?)」
 「にゃん、なーう(あ、ああ、そうだな。)」
 俺も思わずそう答えてしまった。
 妙な迫力があるぜ。
 金髪の女が話しかけてくる。
 「なーお前、ここに住み着くつもり!?
ならさ、この瀬芦里さんに任せておけば、ここでの生活は保障されたも同然だよ!」
 「なーう、にゃんにゃなーう(姐さん、ありがたいですが、俺は旅猫。
なので今夜も次の街目指すのみでございます。)」
 「そっか、じゃあ止めはしないよ。元気でね!」
 ・・・実はちょっとだけ止めて欲しかったりする。
 この家と向かいの家は、騒がしいがちょっと居心地がよかったからな。
 家の中からでかい女の声が聞こえる。
 「み、みんなー!ご飯できたよー!」
 しかし俺は旅猫。
 どんなに居心地がよくても、一箇所に留まらないのが俺のポリシー。
 さて今夜はどこで寝ようかな。 


(作者・SSD氏[2005/10/19])

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