朝。
彼女はゆっくりと目覚める。
季節は夏。彼女にとっては忘れられない季節。
彼女がようやく、前へ進みだせた季節。
それは、そんな彼女のお話。


「ん・・・」
眠気が無くなり、私は目を覚ます。
だけどまだ起きたくない。二度寝するほど眠たくはないけど、
まだ横にはなっていたい
そういった時は、隣で寝ている弟の顔を見ることにしている。
それは今の私の日課と言ってもいい。
「ふふ・・・可愛い」
弟―――空也の寝顔を見て、思わず呟く。
人差し指で、プニプニと頬をつつく。
ムニャムニャと反応する空也が、とても愛らしかった。


空也のオンナになって、はや数日。
私達は、いつも一緒だった。
出かけるのも一緒、ご飯も一緒、入浴も一緒、就寝も一緒。
前の私からは想像も出来ない。
空也がただ傍に居てくれるだけで幸せだった。
今の私にとって、空也こそが全て。
空也はただそこにいるだけで、世界から他の全てを奪うくらいに愛しかった。

姉と弟がそういう関係になるのは、世間体としては悪い印象しか無いと思う。
おそらく何も知らない赤の他人は皆引いてしまうだろう。
でも、それでも私は思う。
私と空也なら乗り越えられるだろう―――と。


「ただいま」
いつもの時間通り、私は帰ってくる。
昨日までなら、いの一番に空也が出てくるのだけれど、
「お帰りなさい、要芽姉さん」
――出迎えに来たのは巴。空也ではなかった。
「巴、空也は?」
「あぅ、い、今家にいないんだ。帰ってくるの遅くなるみたいだから、
夕飯はいらないって電話がさっきあった」
「・・・・・そう。わかったわ」
心持ち気分を落として言ってしまう。
空也がいないというだけでこうも気落ちしてしまうとは・・・
まあ、夕飯が一緒に出来なかった分、今晩はたっぷり甘えさせてもらおう。
就寝の時間までには、さすがに帰ってくるだろうし・・・・・。

そう思っていたのだけれど、結局その日は空也は私の部屋に来なかった。


次の日の朝。
「あ、お姉様、おはようございます」
朝おきてすぐに着替えて居間へと向かう途中、高嶺と会った。
「おはよう高嶺。少し聞きたいのだけれど。
・・・・・空也は居間かしら」
空也の名前が出た時に、あからさまに動揺する高嶺。
「あ、え〜っと、い、イカは朝早くから出かけました!
今日も遅くまで帰らないみたいです!」
あまりにも言い訳臭い台詞に、私は思わずムッとして、
「高嶺。アナタ・・・何を隠しているの?」
「ヒィッ!かかか、隠してません!アタシは何も隠してません知りませーん!」
そう叫びながら逃げてしまった。
「まったく・・・一体どうなっているの?」
まさか追いかけるわけにもいかず、とりあえず一人愚痴る。
どうやら私に対して何か秘密があるらしい。・・・多分空也が。
何を秘密にしているのかは分からないけど・・・気に入らない。
今日空也が帰ってきたら、その辺りを問いただしてみよう。

だけど、それから数日、私と空也は会話はおろか顔すら見ることはなかった。
周りに問いただしても要領を得ない答えばかり。
しだいに私は空也に対して怒りを覚えていった。


―――そんなある日。

ジリリリリリッ!!!
バンッ!
急になった目覚しを、勢いよく止める。
時間を見る。・・・・・なんだ、まだ5時――。
「――!起きなきゃ」
布団を跳ね除け、慌ただしく着替える。
何故空也は朝早くから姿を消すのか。
家族の誰に聞いても答えは返ってこないので、私自身で調べてみることにした。
どうやって調べるか。実に簡単なこと。
空也の後を追えば良いだけだ。
こういったプライベートなことに、事務所の者を使いたくない。
探偵などはもってのほかだ。
だからあくまで私個人で。私だけでやらなきゃいけない。
そういった訳で、早朝になるよう目覚しをセットし、
今起きた訳ではあるが…
「・・・眠い」
こればかりは、やはりどうしようもない。だけど、何とか我慢しよう。

車庫に身を潜めること10分。玄関が開く音がした。
―――空也だ。外行きの服を着ている。街のほうにでも行くのだろうか。
んっ、と伸びを一つしてから歩きはじめる。向かう先は・・・駅だ。
私は気付かれないように後を追いはじめた。


何駅か乗り継いで、ようやく街に着く。私達の家からは
かなり離れた位置にある街だ。
待ち合わせでもしているのだろうか。噴水のある公園で空也は
ベンチに座り、しきりに時間を気にしている風に見える。
15分くらいたったか。一人の女が空也の座るベンチへと近づいていく。
あれは確か・・・・・みや―――
「は、はは・・・・」
自嘲気味に笑ってしまう。やはり私は愚かだった。
私なんかが幸せになれるはずがない。改めて思い知らされた。
姉と弟では、ここまでが限界だったんだ。これ以上は無理なんだ・・・

裏切られたという想いは無い。「やはり私には無理なのか」という想いだけが
私を支配する。・・・・・私のココロが、絶望に塗り替えられていく。
そして私は迷走する。出口は見えず、入り口すら忘れた迷路の中に・・・

どうやって家まで帰ったのかは覚えていない。
ただ、足がすごく痛くてしょうがなかった。
そして―――それ以上にココロが痛かった。
部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。
そのベッドは、私の想いを包み込んでくれるかのように、
優しく、柔らかく、暖かかった。
私は、今この時だけ全てを忘れたかった。


暗い闇の中、一人の男の子が私に話し掛けてくる。
「・・・えさま・・・・・姉様・・・・・・」
聞き覚えのあるその声に、私は瞼を開ける。
「くー・・・・や?・・・・・・そっか、私、夢を見てるんだ・・・」
「夢じゃないってば。いや寝てるところ起こしちゃったのは悪いと思うけど
勢いのあるうちに言っておきたいな、って思って」
はっきりと聞こえたその声に、私の意識は一気に覚醒する。
「く、空也?どうして・・・・私の部屋に?」
しどろもどろになって言ってしまう。どうしてここに来るのだろう。
だって私はもう用済みの女なのではないのか。
空也にはもう、京という女性がいるのだから。
それとも・・・・はっきりと私に言いに来たのだろうか。
「う、うん・・・姉様に言いたいことがあって」


私は・・・・・俯いてしまった。これから聞かされる言葉を聞きたくないと思った。
私はまた一人になってしまうのか
私はまた帰る場所が無くなるのか
受け入れようとしたはずだった。認めようとしたはずだった。何を?
現実を。
怖い・・・・・怖い!その現実が怖い!受け入れたくない、認めたくない!!

いつの間にか頬が濡れていた。
・・・・・怖くて、悲しくて、泣いてしまっていた。
部屋の電気はついていない。暗いままだ。
だから、泣いていることを空也に気付かれることは無い。
それは救いなのか。それとも忌むべきことなのか。
私が涙を流していることを空也が分かれば、
その先の台詞を言うことはないかもしれない。
そんな考えまでよぎってしまう。
暗い想い、汚い気持ち。それでも・・・・・・私は、

「私は離れ『これ受け取って下さい!!』たくない!!」

重なる二人の声。思わずお互いを見てしまう。
空也は何か小箱を両手で前に差し出していた。


「・・・・あれ?姉様??」
「くうや・・・・・これ・・・・・」
「え?あ、これは・・・・・姉様、開けてみて」
空也からそれを受け取り、ゆっくりと開ける。・・・・・・・そこには
「ゆび、わ・・・・?」
「うん。えっと・・・エンゲージリング」
そういって、照れくさそうに、
「ちょっとさ、アルバイトしてたんだ。よく考えたら
姉様にプレゼントとかしたことないって思って。だからさ、
どうせなら思い切って婚約指――ちょ、姉様?」

私は泣いた。恥じも外聞も無く泣き続けた。
今の私は綺麗に泣けないくらい、嬉しかった。


「ごめん姉様、なんか誤解生むような真似して」
「・・・・いいの、もう」
散々私が泣いた後、空也は今までのことをゆっくりと話してくれた。
朝早くから夜遅くまでアルバイトをしていたこと。
指輪はどれがいいか友人に見たててもらったこと(京だけじゃなかった)
・・・・全部私が勘違いしていたかと思うと、とても恥ずかしい。
あれ?そういえば・・・・・
「空也、高嶺は何か知っているような感じだったけれど」
空也は苦笑して、
「ほら、なんか姉貴ってそういうのに結構敏感じゃない。
だから先に言っといたんだ。それと口止めもね」
「なるほどね。・・・・・それは高嶺だけ?」
「そ。もしかしたら海お姉ちゃんも気付いてるかもしれないけどね。
・・・・・できれば誰にも知られずに済ませたかったんだ。俺がバイトし
てるって分かったら、プレゼントのことも分かっちゃうかもしれないし」
姉様鋭いからね、と小さな声で空也は付け加える。・・・・なるほど。
「私、やっぱり馬鹿ね。ずっと変なことばかり考えていたわ」
「いや、俺も誤解を招くようなこと―――っと!」
最後まで言わせずに、空也の胸に飛び込む。
私の居場所。私の空間。
ただそこにいるだけで、私はなによりも幸せになれる。
―――私は強くなれる。

全ては私の誤解から始まったことだった。結局私は空也に支えられてばかりだ。
だから私は強くなりたい。
姉として。恋人として。
空也を・・・・・・・彼を支えられるオンナに、私はなりたい。
そう、私はもう、彼の妻なのだから―――

END


(作者・9/K0rhtc0氏[2005/09/29])

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