大学から帰ってくるなり、アタシはイカの部屋へ向かっていた。
気分はすこぶる悪い。
原因は、身の程をわきまえずにアタシに迫ってくるデブで不細工なゲス野郎。
「ホンッとにアイツったら、何考えてんのよ!!」
こういうときは、イカでもいじめてスカッとするに限る。
だが。
「あ……」
部屋の前まで来たとき、アタシの足は力なく止まる。
アタシとしたことが……、失念。
空也は一週間前に武者修行だとかいって、父さんとどこかに行ったんだっけ。
あのバカが居なくなって、せいせいしたと思うときもある。
でも。
「あのバカ……、アンタが居なけりゃどうやってストレス解消すればいいのよ……」
これが、アタシが口にできる精一杯のホンネ。


空也が柊家に来たのは、何年前のことだっただろうか。
ある日のこと、父さんが小さな男の子を連れてきて、今日からこの子が弟になる、と
言われたとき、正直アタシは少し嬉しかった。
家族が増えるのは悪いことじゃなかったし、何より、華奢な体の線に整った顔立ち、
そして、一際輝く瞳が印象的だったから。
とくん、と心臓が波打つ。それは空也に惹かれた瞬間だと、思う。
だけど、良かったのはそれまでだった。

空也は姉様しか見ない。
空也は姉様しか見ない。
いつも、いつも。
アタシの方を見ないで、姉様ばかり見る。
無性に、腹が立った。今はこれが、「嫉妬」というものだと少しは解るけど。
小さい頃のアタシには解らない。だから束縛するために、原始的手段に訴えた。
殴る。蹴る。おやつを横取りする。
あらゆる手段を使って、空也を服従させた。
すぐ泣いて、癪に障るということもあるけど。
その時だけは、空也はアタシのことを見るから。

でも、いじめればいじめるほど、空也はアタシから離れる。
2人ともまだ幼かった。心中なんて察せられるはずもなく。
空也はアタシから離れていく。
いじめをさらに酷くする。
空也はさらに離れていく。
悪循環だった。
そのうち、アタシは空也を憎むようになった。


でも、しばらくして空也は沖縄に行ってしまった。
アタシにはいじめる人が居なくなった。
最初の数ヶ月間は、あの軟弱なのが居なくなってせいせいした、と思っていた。
でも。
その後、空虚感を感じた。
その空虚感は収まることなく、日に日に増大していく。
それが何なのか、アタシにはわからなかった。
だから、それを確かめるために。
大学で心理学を専攻することを決めた。

心理学を勉強して、あの気持ちが何なのか少し見えてきた気がする。
でも、空也が帰ってきたとき、アタシは前と同じく、空也をいじめてしまった。
そこで気づく。
どうやら、アタシにはあのキャラがお似合いのようね。
あれで照れを隠し、空也を束縛することがアタシの愛情表現。
だからアタシの傍には、空也が居なければ駄目なのよ。
だから。今また空也がどこかへ行ってしまったのは、非常に寂しい。
他の誰にも言えないけど。

「空也……、さっさと帰ってきなさいよ……」
誰にも聞かれちゃいけない言葉を呟き、アタシは部屋へ戻った。


10ヶ月後。
帰ってきた空也を迎えに、アタシは駅まで出向いた。
駅に着いて程なく、少しだけ日焼けして逞しくなった空也を見つけた。
相変わらず、マヌケな顔だけは変わってないけど。
それは少しだけ誇らしいが、再会はやっぱり気恥ずかしい。
それに、アタシにはこのキャラしかない。それが一番合っている。
だから、今までのアタシで接する。
「あ、マヌケな表情(カオ)してる弟発見」
そう言って、指を指してみる。
そして、二言三言交わした後。
「ただいま、姉貴。逢いたかった!」
抱きつかれた。
瞬時に頭がスパークして、何がなんだか解らなくなる。
その中で、やっぱりアタシは空也が好きだ、ということを再認識して照れくさくなり。
「あ、暑苦しいでしょうが、このヴォケがっ!汗かいちゃうでしょ、さっさと離れなさいよ!うっとうしい!!」
10ヶ月間の万感の想いを込めて。

ドカッ

あたしはイカを蹴る。

〜END〜


(作者・名無しさん[2005/08/26])

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