「あれ、ともねえどこ行った?」
「にゃ? ……そういや、いないね」
さっきまで俺の後ろをトコトコついてきていたとも姉の姿が、
いつの間にか見えなくなっていた。
ねぇねぇが背伸びをして、辺りをきょろきょろと見回す。
「……いないにゃー」
背の高いともねえは、人混みに紛れても大抵頭ひとつ抜け出すから、
雛乃姉さんよりはずっと見つけやすいはずなのだが、
俺とねぇねぇがどんなに捜しても、とも姉らしき人影は見あたらない。
「ともねぇー!」
俺は人目もはばからず、大声で呼んでみた。
「いたら手ェ挙げてー」
しかし、ともねえの手は上がらない。
「いかん、完全にロストだ」
「もえは人混み苦手だからねー」
その苦手な人を強引に引っ張り出してきた張本人が、
まるで人ごとのように言った。
「こんなことなら携帯電話買わせておくんだった……」
ともねえは、携帯電話を持っていないのだ(友達少ないから)。
「まあ子供じゃないんだし、平気でしょ」
「そうは言っても……」
「大丈夫、きっとそのうち見つかるよっ」
彼女らしい超楽観的な意見を述べて、ずんずん進み始めるねぇねぇ。
「ま、待ってよ」
今日のお出かけのメイン目的は、ねぇねぇの買い物である。
ねぇねぇが出かける際、たまたま家にいた俺とともねえが、
強引に引っ張ってこられたというわけなのだが。俺としては、
「ともねえとデートができるかも」という淡い期待があったればこそ、
こうしてわざわざ都心まで出てきたのであり。
このままともねえと離ればなれになってしまうのは嫌だった。
やっぱり心配だしね。


「ねぇねぇ、俺やっぱりともねえ捜すよ」
「えー」
うっ、あからさまに不満そうな表情だ……。
むむ、こんな格闘の達人を怒らせたくはないぞ。
「大丈夫だって、荷物持ちはキッチリやるからさ。
買い物終わったら電話してよ。じゃっ」
「にゃっ、待ちなさいよくーやー」
捕まったらそのまま引きずられそうなので、
俺は聞こえない振りをして急いでその場を離れた。
ねぇねぇには、後で謝り倒すしかあるまい。
まああの人のことだから、美味いケーキでも
(もしかしたらマタタビでも……)プレゼントすれば、
すぐに機嫌を直してくれるだろう。
ともあれ、買い物が終わるまでに手早くともねえを見つけよう。
もし早めに発見できれば、デートする時間も作れるかもしれないし。
「よしっ」
ぐっと拳を握った。
俺はまず、もと来た道を逆行することから始める。
はぐれたことに気づいたともねえが、
通った道に戻ろうとする可能性に賭けてみたのだ。
雑踏をかき分けかき分け、俺はずんずん進む。
ともねえは、(本人の意思はともかくとして)いろんな意味で目立つ人だから、
それほど難なく見つかるだろうと俺は高をくくっていた。
……が、しばらく行ったところで。
「あ、いた」
あまりにもアッサリと見つかったときには、さすがの俺もびっくりした。
「まだ5分しか経っていないぞ……」
ともねえは、一目で「迷ってます」といった様子だった。
あっちへうろうろ、こっちへふらふら、
まるでお上りさんだ(ほとんどそれに近いが)。
何だか面白そうなので、俺は物陰に隠れて少し観察してみることにした。


「あぅ……」
ともねえは、どこを捜しても俺達の姿が見えないので、とても困っているようだ。
どっちに向かうか決めかねて、右往左往するだけのともねえ。
通行人にぶつかったりするたびに、ぺこぺこと謝っている。
そんなともねえに、馴れ馴れしく話しかけるひとりの男がいた。
高級そうなスーツ姿。整髪料でピッチリ固めた髪型。
一目で俺は、そいつに生理的な嫌悪感を覚えた。
その男は、指輪がぴかぴか光るイヤらしい手をともねえの肩に置くと、
何やら熱心に話し始めた。
大げさな身振り手振りで、しつっこくともねえを口説きながら、
とある薄汚いビルの中に誘おうとしている。
「やばい!」
俺は飛び出した。
近づくにつれ、だんだん会話が耳に入ってくる。粘っこい、不快な声。
「……だから、君なら絶対成功するってば〜。
モデルだよ、モデル。有名になりたいでしょ?」
「あぅ……そんなこと言われても……」
「大丈夫! このボクに任しておいてよ。絶対損はさせないからさぁ」
……下らないインチキ勧誘野郎が。汚い手でそれ以上ともねえに触るな。
「ささ、入って。ここが事務所だよ」
「く、くうや……」
「ん? 誰それ?」
「俺だよ」
言うや否や、ともねえの肩口をなで回す汚らわしい手を、思い切りたたき落とした。
「痛ッ……何しやがる!?」
「それはこっちの科白だ。ともねえから離れろ、この下衆!」
「……んだと、この野郎!」
逆上した男は、俺に向かって猛然と殴りかかって来た。
が、曲がりなりにも世界中を修行して回ってきた俺に、
チンピラ程度のパンチが通じるはずもない。


「フッ……」
余裕で(かなり必死で)拳をかわした俺は、必殺の膝を、
相手の鳩尾にたたき込んだ。
……わけではなく、とっさにしゃがみ込んで、ひょいと足を引っかけた。
「うわ……っ」
男は鈍い呻き声を上げて、そのまま顔から地面に突っ込んだ。
ビチンと痛そうな音がした。
「こっちだ、ともねえ!」
すかさず俺は、ともねえの手を引いて駆けだした。
こういう輩は、下手に相手をせず、さっさと退却するに限る。
オヤジとの海外生活で学んだ、「俺流」サバイバル術であった。
俺達は、男やその仲間たちに見つからないように、わざと人混みの中を通って、
とある百貨店の店頭まで逃げてきた。
「はぁ……はぁ……」
「大丈夫? ともね……わぷっ」
最後まで言えなかったのは、俺の顔がいきなり、
ともねえの豊かな胸にぎゅっと押しつけられてしまったからだ。
ああ、なんて柔らかくて、温かいんだぁ……
……じゃなくて。
「とっ、ともねえ?」
俺が慌てて顔を離すと、ともねえが、
何故か少し怒ったような顔で俺をにらんでいた。「めっ」という感じだ。
「空也、心配したんだぞ」
「………は?」
な、何をですか?
「私から離れちゃ、駄目じゃないか」
「え、え?」
いや、ともねえ、離れたのは俺の方じゃなくて。
「これだから空也は目が離せないよ」
「………」


ともねえの天然ボケが、久々に炸裂した。
こうなっては、下手に逆らっても仕方ないので、
俺は素直に「ごめんなさい」をした。
そうしたら、ともねえはにっこり笑って、頭をなでなでしてくれた。
ともねえの優しい手つき。とても心地いい。
やがてともねえは、俺の頭を撫でながら、こう提案した。
「空也、手繋ごうか」
「……え?」
「ほら」
そう言って手を差し出すともねえは、とても嬉しそうににこにこ笑っている。
どうも、冗談ではなさそうだ。
「と、ともねえ、さすがにそれは恥ずかしいよ……」
「どうして? 姉と弟なんだもの、恥ずかしいことなんて何もないよ。
それに手を繋いでないと、また空也が迷子になっちゃうかもしれないじゃないか」
「で、でも」
「とやかく言わないの。お姉ちゃんの言うことは聞くものだよ」
「わっ」
俺の手が、大きくて温かなともねえの手に包まれた。
ともねえ、珍しく今日は積極的だ……。
こうして俺たちは、ねぇねぇと合流するまでの短い時間ではあったけれど、
二人仲良く手を繋いで歩いたのだった。
「ともねえとデートしたい」って考えていた俺だけれど、
これって多分「デート」とはちょっと違うんだってことは分かっているけれど、
でも、こういうのも悪くないな、と思った。

……だって、なによりさ。
「空也、こっちだよ」
こうして「お姉ちゃん」の顔しているともねえは、また格別にいいんだ。





(作者・towa氏[2005/08/06])

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