今日はあの人の命日。弟に似た、あの人の命日。
私は彼に、離れ離れになった弟の姿を見た。いや、彼が弟にそっくりだったのだ。
仕草も、性格も、顔も、雰囲気も、何もかもが弟にそっくりだった。
だからつきあっていたが、次第に弟ではないことに気づかされた。やはり、彼は弟にはなれなかった。
当然と言えば、当然のことだろう。
弟が帰ってきたとき、私達は別れてしまうのだろうかと思った。
しかし、例え弟にはなれないとはいえ、私は彼が好きだった。
心の底から、彼のことを愛していたのだ。
…でも、彼は私一人を置いて死んでしまった。
飛行機事故で、あっけない最後を迎えてしまった。
それから数年が経ち、弟は帰ってきた。
私は弟に嫌われようと寝込みを襲い、恐怖を植えつけた。
しかしそれでも、弟は私にくっついてきた。
心の氷を溶かされた私は、弟のことを心底愛するようになった。
しかし、ここで一つの疑問が生まれた。
今の私を、死んだ彼はどう思っているのだろう。
ただ弟に似ているというだけで、彼とつきあっていた軽薄な女と思っているのだろうか。
それとも、私のことを祝福してくれているのだろうか。
今日は墓参りに行くので、その時にでも彼に聞いてみよう…


私はお参りの準備を素早く済ませた。
車のドアを開けると、雛乃姉さんと空也が見送りにやってきた。
「それじゃ雛乃姉さん、行ってきます。」
「うむ。」
「あれ、要芽姉様。どっか行ってくるんですか?」
「ええ…空也、あなたは来なくていいから。」
「???…はぁ…?」
道の途中で花を買い、一人で墓地まで向かった。
静まり返った、誰もいない墓地。
私は彼の墓の前まで行き、水をかけてから線香と花を供えた。
手をあわせて目を閉じていると、ふと後ろから声がした。
「要芽さん…かい?」
私は声のする方向に振り向いた。
摩周君と同じぐらいの身長で、がっしりとした体をした男性に、私は見覚えがあった。
「あ…あなたは…お兄さん?」
「ああ、やっぱり要芽さんだ。久しぶりだね。」
「こちらこそ、ご無沙汰しています。」
「どうだい、久しぶりに会ったんだし、ちょっと話でもしないか?喫茶店にでも行こう。俺のおごりだ。」
「はぁ…ありがとうございます。」


彼には一人の兄がいた。7つ歳が離れている、非常に仲のいい兄弟だった。
お兄さんが大学を卒業した頃、両親が交通事故で亡くなり、お兄さんが彼の学費を負担していた。
弟思いの、優しいお兄さんだ。
彼がお兄さんに私を紹介したとき、お兄さんは本当に嬉しそうだった。
その分、彼が亡くなったときの落胆ぶりはかなりのものだった。
自殺してしまうのではないか…冗談ではなく、本当にそう思った。
「毎年、命日になると花があったけど…やっぱり君だったんだね。いつか会えると思ってたよ。」
「ええ…」
正直なところ、あれから私はあまり会いたくなかった。
どんな顔をしてお兄さんに会えばいいのかわからなかった。
「結婚したって聞きましたけど…今日は一緒じゃないんですか?」
「ああ。なんとなく…ね。
 君はどうなんだい?結婚したのか、それともいい人が見つかったのか。」
「え…ええ…その…」
やぶへびだったか。触れてほしくないところに話題がついてしまった。
彼の中に見た空也の幻影、それを私は追いかけていただけなのかもしれない。
それをお兄さんに知られるのが怖かった。
所詮弟は代わりだったのかと思われたくなかったのだ。
相手の怒りを買うのではないか、その恐れが私を取り囲んでいた。
沈黙の中、お兄さんが口を開いた。
「実はこの前、偶然君を街で見かけてね。
 一緒にいた彼が君の弟さんなのかな、凄く僕の弟に似ていたのを覚えているよ。
 あまり仲がよさそうだったから、声をかけないでいたんだけどね。」
「…!」
「どうなんだい、彼が君の弟なのかい?」
「え…あ…はい…」
私は力なく答えた。見られてしまった…お兄さんに…


お兄さんは私をどう思っているのか。やはり私のことを軽蔑しているのだろうか。
何か話そうとしても、全くノドの奥から声が出てこない。
お兄さんは話を続けた。
「弟がね、生前に言ってたんだよ。君の弟のことを。」
「…え?」
「会話していると、君がいつも君の弟の話をしていたってね。
 そのときの君の顔が、一番嬉しそうな顔なんだって言ってたよ。」
やはり打ち明けるべきだろう。
隠し通せるものではない。いっそ、打ち明けてスッキリしたほうが、お互いのためだ。
「…あの…私…」
「…?どうしたんだい?」
「実は…弟は血が繋がってないんです。それで私…今、あの子のことを愛しているんです。」
「…」
「私は…彼に弟の姿を見たんです。私たち姉弟はワケあって離れ離れになって…とても寂しくて…それで…
 ずるいですよね、私はあの人のことを…」
「いいんだよ、要芽さん。アイツはそのことを知っていたからね。」
「…!」
「アイツは俺に言ったよ。『要芽はもう一人の人間を愛している』ってね。
 その時は一体何のことかわからなかったけど、今の君の言葉で理解できたよ。」
気づいていたとは思わなかった。身代わりにされていたのを知って、私のことを…
「ごめんなさい、ごめんなさいお兄さん!私は…私は…」
「君はアイツが怒っていると思っているのかもしれない。でもそれどころか、アイツは逆に笑っていたよ。」
「…ど、どうして…」
「アイツはこう言ったんだ。『僕が死んでも、彼女は一人ぼっちじゃない、愛する人がいる』と。
 なんとなくだけど、自分が死ぬのを予感していたかもしれない。
 現にそれを聞いたのが…死ぬ1週間前だったんだ。病気でもなんでもないというのに、不思議なものだな。」
「彼がそんなことを…」
「ああ。君は心配することはないよ。
 アイツは幸せだったんだ。君に出会えて、本当によかったんだと思うよ。」


彼は私が空也を愛していることに気がついていた。
それでも、彼は私のことを誰よりも愛し、心配し、大切にしてくれた。
今になって、彼の本当の愛を知ったようだった。
彼の気持ちを大切に、私はこれからも空也を愛していくことを心に誓った。
それが彼にとっての一番の手向けになると思ったからだ。
お兄さんと別れ、車を走らせて家に向かう。
私の心は何か満ち足りた気分だった。
言葉で言い表すことはできないが、何かつまっていたものがスッと消え去ったかのようだった。
「あら、空也と巴じゃない。」
「あ、要芽姉様。」
「お帰りなさい、要芽姉さん。」
墓地からの帰りの道で、買い物に出かけていた空也と巴に偶然出会った。
買い物は済ませた後だったので、ついでに乗せて帰ることにした。
その車中で、空也は質問をしてきた。
「ねえ、要芽姉様。今日はどこに行っていたの?」
「く、空也…あの…」
「いいのよ、巴。…お墓参りよ。大切な人の…ね。」

(作者・シンイチ氏[2005/04/27])

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