することもなく過ごす休日の昼過ぎ
部屋のドアをノックしてきたのは瀬芦里だった。
「要芽姉?ちょっと・・・頼みがあるんだけど」
またお金かしら、と思ったけれど、顔を見るとそうではないらしい。
いつもの陽気さは影を潜め、いたって真剣な顔で・・・
目元が・・・赤く、腫れている・・・
泣いていた・・・?
「どうしたの」
少し躊躇った後
照れるようにして、瀬芦里が口を開く。
「あのさ・・・お葬式に着ていくような服、貸してくれないかな」
・・・なるほど。
瀬芦里は、見た目よりもずっとナイーブで、傷つきやすい娘だと
一緒に暮らしているうちに、なんとなくわかっていた。
ただ、傷ついた自分を人に見られることを嫌う。
たとえ、家族である私たちにでも。
だから、親しい人が亡くなったりすれば、一人どこかで涙を流すのだろう。
どこか、私に似ているような気がした。
「・・・どなたか・・・亡くなったの?」
興味があったわけではなかったが、何となく聞いていた。
「うん・・・今、電話があってさ」
うなだれて
今にも泣き出しそうな顔で
目をそらして、ぼそぼそと喋る。
「そう・・・ちょっと待って、すぐに出してあげる」
衣装ケースから、黒の上下を一揃い取り出した。


服を手にとって、ふと思い出す。
この前、これに袖を通したのは
あの人が、逝ってしまったときだった・・・
やめよう。
もう思い出さないと決めたはずだ。
思い出しかけたものを、目をつぶり、また心の底に仕舞い込む。
「サイズが合えばいいけど・・・」
「ありがと・・・」
・・・こんな瀬芦里は、見ていたくない。
だけど、なんと声をかけてやればいいのかわからない。
「・・・車、出してあげましょうか?」
「いいよ、大丈夫」
「でも、それスカートよ?それじゃバイクには乗れないで・・・」
バイク、と言った途端、瀬芦里の肩がビクンと震える。
「バイクには!」
一瞬、声を荒げ、そしてまたすぐに元の沈んだ顔に戻る。
「・・・バイクには・・・今は、乗らないけど・・・」
その反応で、なんとなく事情はわかった気がした。
よく話していた、バイク乗りの仲間たち。
その中の誰かが・・・なのだろう。
「・・・だったら、車、出してあげるから・・・ね?」
黙ったままうなずく瀬芦里に服を渡し
私も簡単に身繕いを始めた。


駅に向かう車の中で
隣に座った瀬芦里が、ぽつりぽつり、話しはじめる。

新しくバイク仲間に加わった、年下の少年のこと。
甘えん坊で、瀬芦里によく懐いていたこと。
弟のように可愛がっていたこと。
いつしか求められー許しー与えたこと。
その少年に、空也の面影を重ねていたこと。
そして、それに気づかれたこと。
少年が、ムキになって、空也の影を消そうとしていたこと。

「アイツは・・・私に、認めてもらいたかったんだ・・・一人の男として」
「速く・・・アタシより速く、走れるように・・・そしたら・・・アタシが振り向くと思ったのかな」
「速くなくてもよかったんだ・・・ただ・・・ずっとそばにいてくれたら・・・」
「ずっとそばにさえいてくれたら・・・誰かの替わりじゃないアイツを・・・いつか・・・」

私と同じだ。
失ってしまうところまで、同じ。
彼に心惹かれているようで、本当は空也の面影を見ているだけで
彼はそれに満足できずに、一人の男として認められようとして
地位と名声を求めて旅立って
何一つ手に入れることなく、逝ってしまった。
私を残して。

面影を重ねていただけのはずなのに
失って、その大きさに気づく。
いくら姉妹だからといって、そんなところまで、似なくてもいいのに。
瀬芦里を不憫に思い、そして自分自身を哀れんでいた。


駅に着いた。
切符を買いに行く瀬芦里の背中を見て
なぜか不安に駆られ、声をかける。
「瀬芦里」
「・・・なに?」
「その・・・何時頃、帰るの?」
このまま、瀬芦里が帰ってこないような、そんな気がして
だけど「帰ってくるの?」とは聞けなくて
そんな尋ね方をした。
「・・・わからない・・・ゴメン、わかんないよ・・・」

あのとき
私も、どこかに行ってしまいたかった。
誰も知らないところで、一人になりたかった。
一人になって、何がしたいというわけでもなかったが
とにかく、一人になりたかった。
だけど
姉さんもいて、妹たちもいて
どこに行くこともできなかった。
そして
それは、結局のところ、私にとってもよかったのだと思う。
家族に囲まれて暮らすことで
少しずつ、癒されていったのだから。
だけど、瀬芦里は違う。
一人になりたくなったら、ぷい、とどこかに消えてしまうだろう。
だけど、それは何も解決してはくれない。
帰ってきなさい。
貴方のために。そして、私のために。
そんな思いを込めて、もう一度瀬芦里に呼びかける。


「駅に着いたら・・・電話して。何時でもいいから。迎えにくるから・・・」
「要芽姉・・・」
「待ってるから・・・寝ないで、待ってるから、ね」
少し
ほんの少し、間をおいて
瀬芦里が、少しだけ、笑った。
「うん・・・ありがと・・・電話、するね」
帰ってくる。
瀬芦里は、帰ってくる。
それがわかって、私も少しだけ、笑った。

瀬芦里からの電話は、結局日付が変わった後だった。
他の姉妹を起こさないようにして家を出る。
駅前で待っていた瀬芦里は、何か気まずそうだった。
「あの・・・遅くなって、ごめん・・・」
「いいのよ」
帰ってきてくれただけで、今は十分。
「さ、帰りましょう」
「うん」
最初に部屋に入ってきたときよりは
いくらか元気を取り戻しているように見える。
帰りの車の中では、瀬芦里はほとんど何も話さなかった。
家について、車を降りるときになって初めて口を開く。
「要芽姉?」
「・・・なに?」
「今日・・・要芽姉の部屋で寝てもいい?」
甘えるような、目が見ている。
「・・・いいわよ」


ベッドの中で
しばらく二人、互いに見つめ合い、じっとしていた。
二人とも、下着だけの裸だったが
抱き合うことに躊躇はなかった。
瀬芦里は、堪えている。
その顔に手を伸ばし、ささやく。
「・・・いいのよ」
その一言で、堰を切ったように
瀬芦里は私の胸で、声を上げて泣いた。

あの日
誰かの胸にすがって泣きたかった私が
誰の胸にもすがれずに泣くこともできなかった私が
今、泣いている。
泣きじゃくる瀬芦里を抱きしめて
私も、あの日の私のために泣いた。
ひとしきり泣いた後、瀬芦里はただ一言
「ごめんね、心配かけて」
と漏らした。
聞かれたわけでもなかったが
なぜか誰にも話さなかった、私に起こったことを話した。
瀬芦里は、黙って聞いていた。
話し終えたとき、瀬芦里が尋ねる。
「要芽姉は・・・空也が戻ってきたら、どうするの?」
「・・・どうもしないわ」
「・・・アイツ、まだ・・・要芽姉のこと、好きだよ」
「いらないわ・・・もう・・・」


嘘だ。
だけど、愛してくれたものを、愛しているものを失うことには
もう耐えられない。二度と。
弟なら。
弟のままなら。
何があっても、弟は弟だ。変わらずに、失わずに、ずっと。
そうしよう。そういう関係でいよう。
今。そう、心に決めた。
「貴方はどうなの?」
「アタシはもう・・替わりの誰かは好きにならない。帰ってきたら・・・きっと、空也を好きになるよ」
「そう・・・」
瀬芦里は、私とは少し違う。
少し、羨ましかった。
「ねえ、瀬芦里?」
「なに?」
「もし・・・空也とうまく行かなくても・・・いなくなったりしないでね」
もう
失くしたくない。誰も。
瀬芦里が、胸の中でうなずく。
「うん・・・そばにいるよ、ずっと・・・」
今まで
なんとなく瀬芦里との間にあった壁が
全部取り払われた気がした。
微睡みながら、抱きしめる。
私の、大事な妹を・・・


(作者・◆Rion/soCys氏[2005/04/15])

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