ごそごそ。
私は今、家にある蔵の中で、今度の考古学のレポートに使えそうな資料が無いか探している。
この柊の家は古くからこの土地にあるらしく、そうなると家の蔵からも面白いものが見つかるんじゃないかと思ったから。
蔵を探し始めてから約三十分。
手前のほうにはお父さんが趣味で集めた骨董品がいくつもあったけど、どれも今回のレポートの参考にはなりそうもなかったから、今はもう少し奥を探している。
見上げると、荷物が詰まれた上のほうに、木製の小箱が一つある。
「なんだろう。あの箱・・・」
似たような箱はいくつも見てきたのに、あの箱に妙に惹かれるのは何でだろう?
中身、何が入ってるんだろう。
「と、届くかな。」
少し背伸びをすれば届きそうだ。
「も、もう少しで・・・届いた!ん?うわっ。」
ぐらり
どーん
荷物がいくつか倒れてきた拍子に私も尻餅をついてしまった。
「いたた・・・。」
「何だ今の音は?巴か?大丈夫か?」
お昼を食べ終わって縁側でまったりしていた雛乃姉さんが、蔵の戸口のところから声をかけてくれた
「あはは、大丈夫だよ雛乃姉さん。」
そう雛乃姉さんに答えてから、手元に落ちてきた小箱をみる。
ずいぶんと古そうだ。
箱の表面に何か書いてあるけど、達筆すぎて読めない。
何でか分からないけど、どうしてもこの箱の中身が見たい。
手が自然に箱の蓋へと導かれてる気がする。
蓋を開けてみると、
「・・・指輪?」


かわいい、とは思わないけど、はめてみたくなった。
左手の薬指に指輪をはめる。
一瞬、沖縄にいる空也のことが頭に浮かんだ。
「あは。けっ、結婚指輪。」
自分で言っておいて何だけど、恥ずかしい。
頭に血が上ってくるのが分かる。
くらくらしてきて、感覚が麻痺して、視界もぼやけてきた・・・って何かおかしい!
ばっ。
急いで指輪をはずすと、頭がすっきりして、視界もクリアになった。
まさか、この指輪のせい?
「モエー!どこー?晩御飯まだー?早くしないとツインテール焼いてたべちゃうぞ〜!」
えっ?
セロリ姉さんの声で我に返る。
蔵の中から外を見ると、もうとっぷりと日が暮れていた。
そんなはずは・・・。さっき雛乃姉さんが声をかけてくれたときは、午後も早いうちだったのに。
箱に戻した指輪を見つめていると、高嶺の悲鳴が聞こえてくる。
しまった!夕飯の買い物もまだだった!
急いで蔵から出て、居間で高嶺のツインテールを引っ張っていたセロリ姉さんを見つける。
「セロリ姉さん早まらないで!こっ、これから買い物にいって来る。」
「え〜!これからなの?じゃあもうこのツインテールのことはあきらめてね。」
「ちょっと、いい加減に離しなさいよ!巴姉さんも早くこの猫どうにかして!」
「あぅ、高嶺っ!耐えて!お姉ちゃん、すぐ帰って夕飯作るから!」
「巴お姉ちゃん、ゆっくりでいいからね〜(・3・)」
急いで支度をして、ラスカルにまたがった。
そういえばあの指輪、なんだったんだろう?
今度お父さんが帰ってきた時、聞いてみようかな。
あぅ、それより商店街、まだ開いてるお店あるかな。
私はエンジンを噴かして商店街へ急いだ。


お、お父さん。ちょっと、見てほしい物があるんだけど。」
「んー?なんだ?婚約者の写真でも見せて、パパにどう思うか判断してほしいのか?
ならばあえて写真を見る前に否!と言っておこう。
しかしがんばって説得するお前を見て、ワシも最終的には折れて・・・」
「あぅ。ちっ、違うよ。これ、なんだけど。」
今日は久しぶりにお父さんが帰ってきた。
とは言っても、帰ってきたのは夜の九時過ぎで、明日も早くに出て行ってしまうらしい。
ちょうど二人っきりになったので、例の指輪について聞いてみることにした。
あの日、夕飯の片付けも終わった後に部屋に戻ると、指輪の箱が机の上に乗っていた。
蔵の中から持ち出した記憶は特になかったのに。
それでさらに興味を惹かれてしまったんだ。
「ん〜〜〜。ダメだな。」
「えっ?」
「こんなセンスの無い指輪を贈る男なんて、パパ、賛成しかねる!」
「ちっ、違うって!この指輪、家の蔵で見つけたんだ。お父さんのじゃないの?」
「ワシはこんな指輪、知らんぞ。買った覚えも無いしな。欲しいのか?それ。」
「そういうわけじゃないんだけど・・・。」
「ま、気に入ったなら巴、お前にやろう。家の蔵にあったんなら、ワシの物といっても間違いじゃないからな。」
「ありがとう。」
「さてと、じゃあパパはほかの娘達(特に要芽)とも親子の愛情の確認にでも行ってくるからな。」
お父さんはそういうと、意気揚々と二回へ上がって行った。


それから私は、指輪を右手薬指にはめて生活した。
この間みたいにめまいが起こるかと思って、はめる時はちょっと不安だったけど、もうあんなことは起こらなかった。
最初は姉さん達や妹たちにからかわれたけど、不思議と外す気にはならなかった。
ちょっと指輪が大きめって事もあって、台所で水仕事するときは無くさないように外したりしてた。


居間のテーブルの上に料理を並べていく。
すると間もなく、みんなが集まってきた。
「「いただきます。」」
「ふにゃ〜、モエの作る晩御飯はおいしいにゃ〜。」
「あぁ!それはアタシのエビフライよ!勝手に食うなぁ!」
「タカがエビフライ食べたらダメだよ。共食いになっちゃうよ?」
「ならないわよ!返せー!このどら猫が!」
「しょうがないなー。ほい。」
セロリ姉さんが高嶺のお皿に尻尾だけ返した。
「やったね!高嶺お姉ちゃん。それ食べたら、自慢のツインテールにさらに磨きがかかるかもよ〜。」
「くぅ〜。この馬鹿コンビがぁ〜!」
高嶺が私のほうを見る。
「巴姉さんは、もう十分大きいんだから、食べなくても平気よね〜。エビフライ、頂戴。」
私が返事をする前に、高嶺が私のお皿からエビフライを持っていく。
「あぅ・・・。そんなにもって行くの?」
「何か文句でもあるの?アタシおなかが減って死んじゃいそう・・・。」
「そっ、それはダメだ!もっと持っていっていいよ。」
「うまうま。タカのエビフライ、うまうま。」
「あぁ〜!巴姉さんからもらったエビフライまでぇ!」
「高嶺、セロリ。そんなに食べちゃったら巴がかわいそうでしょう?私のを少し分けてあげるわ。」
そう言って要芽姉さんは私のお皿に野菜を移していく。
「あは、あ、ありが・・・」
キンキンキン・・!


え?
なんだろう?耳鳴りがする。
ドクン、ドクンドクッドクッドクドク。
動悸も激しくなって、全身を血が駆け巡るのを感じる。
体が、熱くなる。箸を持つ手にも汗がにじみ出てくるのが感じられる。
・・ンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!
行かなきゃ!
バッと立ち上がり居間を出ようとすると、雛乃姉さんに呼び止められた。
「巴!どこに行くのだ?まだ食事にあまり手をつけてないではないか。」
振り返ると、みんなが箸を止めて私のほうを見ている。
「・・・私、行かなきゃ!」
それだけ言って、ラスカルの所まで走った。
「ほれ、セロリ、高嶺。巴が泣いて走っていってしまったではないか。少々やりすぎよの。後で巴に謝っておくのだぞ。」
「は〜い。」
「す、すみませんでした。雛乃姉さん。」
「それから要芽、お前もどさくさにまぎれて・・・」


動悸がまだ止まらない。
春先とはいえ、まだ夜にバイクにジャケットも着ないで乗るのは寒いのに、体もぜんぜん冷えない。
それに、私はどこに向かっているんだろう?
体が向かうべき場所を知ってるように、自然にハンドルを切る。
それにだんだん、耳鳴りも強くなってくる。
海岸通りに出た。
「ん?な、なんだろう、あれ。」
砂浜のほうを見ると、人影が二つ。
そのうち一つはもう一つの影より頭四つ分ぐらい大きい。
あそこだ!
ラスカルを道路脇に止めて砂浜へ走って降りた。
「えっ?」
思わず声が漏れた。
男の人が一人、うつ伏せで倒れていて、側には鳥の頭をした人が立っている。
男の人の周りの砂は、より黒かった。
死んでる?
ガクンとひざをついてしまった。
その音に、鳥頭が私のほうを見た。
鳥頭は私のほうを見ながらも、男の人のほうに歩んでいく。
鳥頭の影が倒れている男の人の上に不自然に伸びて、ざわざわと波立ったかと思うと
「お、男の人が、きっ、消えた?」
その私の声に答えるように、鳥頭がシャーっと威嚇するように口をあけた。
動悸と耳鳴りがさらに激しくなる。
こっ、殺される。
鳥頭が私のほうに歩み寄ってくる。
逃げなきゃ!
立ち上がろうとしたその時
『・・・クロウ・・・』
「え?」


私のお腹の底辺りから、声が響いてきた。
いつの間にか耳鳴りが止まっている。
『戦え』
「えっ?だっ、だれ?」
その間にも鳥頭は近寄ってくる。
『クロウ・・・戦え・・・纏身・・・』
クロウって、あの鳥頭のこと?
それに戦えって?
逃げなきゃいけないのに、体がしびれて動かない。
クロウも目の前に立って腕を振り上げた。
ダッ、ダメだ。殺される!
『纏身しろ』
「纏身っ!」
わけもわからず叫んだ。
クロウの手が振り下ろされるのが見えた。
ドーーーーーン!
「クウェァーーーー!」
?どうなってるんだ?何でクロウの手が無くなってるんだ?
それに
「なっ、何これ?」
私の手が、紫色のごつごつしたものに変わっていた。
いや、手だけじゃない!
足も!
体も!
顔も!
「い、いやぁ!」
『ジガ・・・戦え・・・クロウを・・・倒せ!』
「やだぁ!たっ、戦うなんて!」
「ジ・ガァーーーーーーーー!」
クロウが私のほうに駆けてくる。


『倒せ、・ぉせ、タォせ、たぉ・、殺せ!』
「まっ、まって!何で傷付け合わなきゃいけないんだ!なっ、仲良く・・・」
ガッ!
クロウが片腕でパンチを入れてきた。
すんでのところでそれを払いのけた。
すごい勢いなのに不思議と、手が痛くない。
続けてクロウがパンチや蹴りを何発も入れてくる。
「クワァァァアア!」
「まって!あぅ!い、嫌だ。戦うなんて!殺すなんて!」
『殺せ!・・・も家族・・・れた。倒せ!殺せ!』
え?今、家族って・・・。
家族・・・。
その時、雛乃姉さんや要芽姉さん、セロリ姉さんに高嶺、海、そして沖縄の空也の顔が浮かんだ。
さっきの男の人は、このクロウに殺されたのかもしれない。
だとしたら、だとしたら、クロウがみんなを襲わないとは限らない!
嫌だけど、人殺しとはいえ、怪物を殺すのは嫌だけど、家族が殺されるのは
「もっと嫌だ!」
バチン!
「クァ?」
クロウの一撃を、今まで以上に強くはじいた。
その衝撃で、もう一本のクロウの腕も吹き飛んだ。
格闘技なんて遊びでセロリ姉さんが教えてくれたぐらいしか知らないのに、頭の中で、私の放つ一撃がクロウにあたる映像がイメージできる。


スッ。
「はあぁぁぁぁ・・・」
構えて、拳に力をためた。
「ゲガァァァァァアァアアア!」
クロウが最後の抵抗という感じで、猛突進してきた。
「てやぁぁああああ!」
ドグチァッ!
クロウのお腹ど真ん中に当たり、クロウは吹っ飛んで光を放って・・・
「ゥェェェェエ・・・」
ドゴオオォォン
爆発の後、奇妙に光る粉が舞い、風に吹かれて消えた。
「こっ、殺しちゃった。」
ぽすっ。
力が抜けて、再びひざを砂浜についた。
「あ、あは、これじゃあ、わ、わたしも、同じじゃないか。か、怪物だよ。姿も、こんなになっちゃったし。」
ふらりと立ち上がって、テトラポットの陰にうずくまった。
こんな姿じゃ、見つかったら大変だ。
なんで、こんなことになっちゃったんだろう?
もう、元の姿に戻れないのかな?
もう、家族には会えないのかな?
これからも、ずっと戦っていかなきゃいけないのかな?
「うう・・・。うえぇぇええぇ。ぐすっ。うぇぇええええん・・・」


「モーエー!どーこいったー?」
あれ?寝ちゃってたのかな?
まだテトラポットの陰、って言うことは、あれは夢じゃなかったんだ。
「巴姉さーん!」
「おっかしーなー。確かにこっちからモエの匂いがしたんだけどなぁ。」
セロリ姉さんと、高嶺の声だ。
探しに来てくれたのかな?
自分の手を見てみる。
でも、もうこんな姿じゃ・・・あれ?戻ってる。
「あ、あそこに巴姉さんのバイクがあるわよ!」
「よしっ!砂浜に下りてみよう!」
顔も、手も、足も!戻ってる!
ジャリッ。
なんだろ?お腹の辺りから・・・
服の上からお腹を触ってみると
「うわっ、お腹辺りと、背中は・・・」
まだ直ってなかった。
右手を見ると、指輪がなくなっている。
どこいったんだろ?なくしちゃったのかな?
そう思った瞬間
シュイン
指輪が薬指から浮き出てきた。
「なっ、何これ!外さなきゃ。」
はっ、外れない!
うそ!
あんなにユルユルだったのに!
「おっ、モエはっけーん!」
あっ、セロリ姉さんに見つかった!
引っ込め!
シュルン、ズブズブ・・・


ほっ、本当に引っ込んじゃった。
今のでなんとなく分かった。
多分今夜起きた一連の出来事は
「この指輪のせい?」
「モーエ!心配したんだぞ!こんなところで、って、かなり目が真っ赤だね。」
「ちょっと〜、アタシをおいていかないでって言ってるでしょ〜。」
「あっ、セロリ姉さん。たっ、高嶺も。」
「もう、巴姉さん、心配かけないでよ。急に飛び出していって。」
「私たちだけじゃなくて、要芽姉もうみゃもモエを探してたんだよ。ひなのんは家で捜索本部長ね。」
「えっ・・・?い、今、何時ぐらい?」
「十二時になるところよ。もう、落ち込むのは勝手だけど、迷惑はかけないでよね。そりゃあ、アタシが姉さんのエビフライ取ったのは悪かったけど・・・。」
「タカ、そうじゃないでしょ。」
「うう・・・。分かってるわよ!ごっ、ごめんなさい。巴姉さん。」
二人の顔を見る。
セロリねさんは飄々と、高嶺は何でか申し訳なさそうに私を見ていた。
すると、自然に涙が出てきた。


「うっ、ぐすっ、うえぇぇぇぇぇぇぇ・・・」
「ありゃりゃ、またタカがモエを泣かした。ひなのんにちーくろ!」
「何でアタシなのよ!元はと言えばあんたがアタシのエビフライ・・・」
ああ、そうだ。
私はみんなを守らなきゃいけないんだ。
この日常を、奪われるわけにはいかない。
そのためには、戦わなきゃ。
弱音なんか、言っていられない。
「えぐっ、えぐっ。」
「さー、モエ。もう戻ろ。いつまでもこんなところにいると、風引いちゃうよ。」
「うっ・・・ぐすっ。うん。」
「巴姉さん。」
「ん?ど、どうしたの?」
「帰りはー、巴姉さんの後ろに乗って帰っていいかな?セロリ姉さんの後ろ、怖いんだもん。」
「あぅ、そっ、それはダメだ!」
背中とお腹に触れられるわけにはいかない。
「えー、なんで?まだ怒ってるの?」
「怒ってはいないけど・・・お、お姉さん命令。」
「わ、分かったわよ。それくらいの命令、罪滅ぼしに聞いてあげるわ。でも、これでもうおあいこよ!」
「ほれ、タカ、行くよ。帰りも風にしてあげるよ。モエも、帰ろ!」
「うんっ!」
この先何が起ころうとも、私は絶対に、家族を皆を守ってみせる。
そして私は、ラスカルにまたがり、家に帰った。

(作者・SSD氏[2005/03/31])

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル