朝、いつも通り朝食の片づけを終えた俺は、玄関掃除のために外へ出た。
すると、門のところに、どこかで見たことのある人影が見えた。
「あ、不審者発見。」
「ひどいですよー空也さん、不審者だなんて」
姉様の事務所の事務員、いるかちゃんが立っていた。
「冗談だよ、いるかちゃん。ところで、なにしてるの?こんなところで」
今日は仕事はないって言ってたけど。
「えっと、今日はお姉様のことで」
「えっ、お姉様にまたなんかひどい事された?」
「違いますよー。ちょっとした事務手続きで来たんですよ」
あえて“また”とつけたのだが、否定されなかった。ちょっと悲しかった。
そこで冗談で、
「え、辞めるの?」
「ひどいですー!」
即答で否定の声が帰ってきた。
「しょうがないですね。空也さんには特別に教えちゃいましょう」
いるかちゃんは、ちょっとふくれていたが、すぐいつもの顔に戻って話を続けた。
「実は、お姉様が・・・」
「フンフン」
「新しい」
「ウンウン」
「車を買っちゃったんですよー!」
「・・・へ?」
「だから、新しい車を買っちゃったんですよ」
一瞬俺は黙ってしまった。
「うちにあったの?そんなお金」
「なんでも、翔さんがほぼ全額出したらしいですよ」
バカだあのオヤジ。


いるかちゃんの話はこうだ。
ある日、姉様以外全員出払っていて、たまたま姉様が部屋で車のパンフを見ているところにオヤジが帰ってきたらしい。
「ただいまー!誰か居ないのかーい?」
「なんですか、お父様」
「おお!愛しき我が要芽よ!!お前だけは出迎えにきてくれると信じていたぞ!」
「それで、どうしたんです。こんな明るい時間に帰ってくるなんて」
「まあ、ちょっと忘れ物取りにね」
「そうですか」
「ところで、要芽はなにしてたんだい?」
「私は、別に・・・」
「なに、隠さなくたっていいじゃないか?」
はぐらかしたが、かなりしつこく聞かれたらしい。
それで、仕方なく車のパンフやら本やらを見てたことを言ったらしい。
「車、新しいの買うの?」
「まだ、買うと決めたワケでは・・・」
「ようし、パパがお前のために買ってあげよう!どんな高いのでも買ってやるぞ!」
かなり早合点である。
「なにがほしいんだ、どれがいいの?」
しつこく迫ってくるオヤジをさっさと会社に戻そうと、冗談半分で、ある車を見せたらしい。
「これが、一番いいと思ってます」
「・・・・・・」
さすがにオヤジもそれを見て黙ったらしい。
何しろ値段がぶっ飛びな値段だそうだ。
「で、お姉様、いくらするやつ見せたの?」
そういるかちゃんにたずねると、
「それが、7000万円くらいのらしいんです」
「7000万!?」
いくらなんでも、冗談でそれはないでしょう、姉様。
そりゃあ、オヤジだって黙るよ。


オヤジは、それを見てから3分くらい黙り込んでしまったらしい。
「どうしたんです、お父様?」
「・・・要芽、ホントにこれ?」
「ええ」
姉様はそう聞かれて、即答したという。これで仕事に戻るだろうと。
「・・・・・・」
「・・・お父様?」
「・・・よぉし、わかった!なんと言っても、お前の頼みだ。買ってあげよう!!」
「え!?」
姉様が面食らったのは当然である。
まさか、本気にするとは思ってもいなかったからだ。
「あの、お父様」
「いいや!なにも言うな、要芽。いい女にはいい車が必要だ。お前のような美人にはこれくらいの車でないと釣り合わんからな!いやぁ、パパとしたことがうっかりだよ、はっはっはっは!」
と、かなり気前のいいようなセリフに聞こえるが、
「声が震えて、目も潤んでたわね。普通あんな冗談、真に受けないわ」
と、姉様はいるかちゃんに言ったそうな。
でも、言うほうも言うほうですよ。
しかし、さすがバカオヤジ。姉様のことになると、親バカぶりを存分に発揮だな。
それでも普通は冗談だと思うけどな。


「で、それが今日届くの?」
「はい。私は受け取りの時の説明やらなんやらのために来たんです」
「ふーん。」
「で、どこのどんな車なの。いるかちゃん」
「それが」
「うんうん」
「わからないんです」
「は?」
「お姉様、いくら聞いても教えてくれないんです。あまりしつこく聞くと弄ばれちゃいますし」
「は、ははは。それはまいったなあ」
うーん、驚かすつもりかな。
「まあ、来てからのお楽しみってやつだね」
「そうですね」
そんな話をしていると、大きなトラックとセダンがうちの前で止まった。
「すいません。柊さんのお宅はこちらですか?」
セダンから降りてきた、スーツを着た人が聞いてきた。
「はい、そうですが」
「そうですか。代理店のものですが、ご注文のお車、お届けにあがりました」
「わざわざご苦労様です」
「いえいえ。ところで、受け取りは代理人の方がすると伺っておりましたが代理人の方は・・・」
「わたしです」
と、いるかちゃんが代理店の人に言った。
そのまま、いるかちゃんと代理店の人が話し始めたので、俺はトラックのほうに目を向けた。
トラックから、さらに2人降りてきて、トラックの後ろを開けた。
トラックの羽の部分も開き、車の大まかなシルエットが見えた。
スポーツカータイプかな?
ゆっくりと車を降ろし始める。


色は黒、か。姉様らしいや。
車がトラックから降ろされ、俺らの前に止められた。
俺は、正面から見ようと、車の前にまわった。
そこで俺は、ボンネットにあるエンブレムを見て驚いた。
「フェ、フェ○ーリ!?」
俺は驚いた、いや、驚かずにはいられなかった。
あのフェ○ーリ、である。それが今、目の前にある。
しかもこれ、立ち読みした雑誌に載ってた限定モデルってやつか?
よく手に入ったな。たまにはやるな、バカオヤジ。
俺はまじまじと見た。
内装も黒。メーターがアクセントな感じで赤だった。
「ドライブ好きなのは知ってるけど。まさか、これで・・・」
そんなことを考えてる俺のとこに、いるかちゃんと代理店の人が来た。
「どうですか?」
「いや、あの・・・、すごいとしか」
「あとで、じっくり乗ってみてください。良さがわかりますよ」
「はあ」
そういって、いるかちゃんの方を向いた。
「こちらが、車のキーですので」
「はい、わかりました」
「それでは」
そういって、キーをいるかちゃんに渡して、代理店の人は帰っていった。


「・・・・・・」
玄関先に立つ俺といるかちゃん。
「いるかちゃん」
「はい?」
「お姉様、これ、どう使うって言ってた?」
「とくになにも」
「そ、そう」
「フェ○ーリって今までに見たことある?」
「これが初めてです」
再び黙る2人。
「空也さん」
「なに?」
「ちょっと乗ってみましょうか」
「・・・はい?」
かなり大胆なことを言ったぞ。
「いるかちゃん、それはマズいよ」
「大丈夫ですよ。エンジンをかけなければいいんですから」
「そりゃあ、そうだけど・・・」
「大丈夫ですよ、座るだけですから」
「うーん・・・。まあ、いっか」
「じゃあ、開けますねー」
ガチャ。
「うわー。ドアが上に開きますよー」
「ふむ、ガルウィングか」
「じゃ、先に私が座ってみますねー」


そういっているかちゃんは、運転席のシートに座った。
「うーん、前がよく見えませんねー」
「ははは。いるかちゃんじゃ、ちょっとシートの位置が低いかもね」
「でも、座り心地がいいですねー」
「じゃ、俺は助手席に」
助手席側のドアを開けて、シートに座った。
「あー、確かに。いい座り心地だなぁ」
「なんか、私と空也さんの位置が逆な気もしますねー」
「確かに、いるかちゃんがこれ運転するところ、想像できないなあ」
「もう。空也さん、今日は失礼なこと言い過ぎですよ」
「ごめんごめん」
「でもー」
「ん?」
「やっぱり、エンジンかけたくなっちゃいますねー」
「え!?」
さっき言ったことと話、違ってませんか、いるかちゃん?
「まずいってそれは。ダメだって」
「大丈夫ですよ。かけるだけですから」
「でも」
「えーと、キーを回して、スタートボタンを押すっと・・・」
「おーい」
いるかちゃんは俺が止めるのも聞かず、エンジンを始動させた。
「ポチッと」
キュルルルル、ブォン!
「・・・わりと音、静かですねー」
「そうだね。って、いるかちゃん。もういいんじゃないかな?」
「んー、せっかくですから、ふかしてみますねー」
「なんですと!?お、音でお姉様が・・・」


「えいっ」
ブォオン!
「ひゃー。やっぱりすごい音ですね」
「そ、そうだね。ね、もう、いいでしょ。いるかちゃん?」
「んー、ちょっと運転したいですね」
「ナ、ナンダッテー!?」
あり得ない、かなりあり得ない。大胆すぎるよ、ていうか無謀だよ、いるかちゃん。
「大丈夫ですよ。この周りを軽く走ってくるだけですから」
「いやデモね、世の中には、やっていいことと、超えちゃいけない線が・・・」
「空也さん、日本語おかしいですよー」
「でもね、あの・・・」
「それじゃ、いきますよー」
グッ。
あれ、いるかちゃん。アクセル全開?てことは・・・。
キュルルルル!!
「のわー!!」
案の定、思いっきりホイールスピンして、俺らを乗せたフェ○ーリは動き出した。
ひょっとしているかちゃん、ハンドル握ると性格変わるのか?!
それから10分後・・・。
無事に何事もなく家の前に帰ってきた。
「楽しかったですねー、空也さん」
「そ、そうだね・・・」
「どうしたんですかー、元気ないですよ?」
「そ、そんなことないよ・・・」
かなりご機嫌ないるかちゃんと、少し疲れた俺がそこにあった。
「さ、お姉様が起きないうちに元の位置に止めますよー」


ガタッ!
「い、いるかちゃん!?」
「はぅ!ちょ、ちょっと乗り上げてしまいましたね」
「ちょっとって・・・。買って早々、傷ものにしちゃ・・・」
「だ、大丈夫ですよ。すぐ元に戻しますね」
こっちが大丈夫じゃない。
いるかちゃんが車をバックさせた。
ゴッ。
あれ?今、「ゴッ」って音がしましたよ。いるかちゃん?
「はぅ!い、今の音は・・・」
「い、いるかちゃん。それ以上は言わなくていいよ・・・たぶん」
いるかちゃんは乗り上げていたことを忘れていた。
うちの家の前には歩道があり、歩道と車道の境目がちょうど段差になっている。
当たったとしたら、左フロントのバンパーだろう。
「と、とりあえず、早く止めて」
「ら、らじゃーです」
と言って、さらにバックさせた。その直後、
ゴンッ!!
「あ・・・」
2人、声がかぶった。
今度は、後ろに立っていた電柱にぶつけてしまったのだ。
2人とも、無言で車を降りた。
いるかちゃんが、その場に座り込んでいた。
「はうぅー、どうしましょうー。このままじゃ、お姉様に虐められちゃいますー」
俺が、ぶつけたところを確認すると、見事ブレーキランプのところが割れていた。
「これは、ダメだな」
「そこを何とか!空也さん、何とかなりませんか!?」
「何とかっていわれても、修理自体は簡単だけど部品がないことにはどうしようも・・・」
「なーに2人で騒いでんの?」


「わっ!」「はわわっ!」
いつの間にか、俺たちの後ろにねぇねぇが立っていた。
「わっ、これフェ○ーリじゃん。どしたの、これ?」
「お姉様がオヤジに買ってもらったらしいんだ、と言ってもオヤジが早合点したんだけど」
「いいなー要芽姉。ショウもあたしに買ってくれないかなー」
「でも、もう一台これクラスの車買ったら、あのバカオヤジ破産しちゃうよ・・・って、そんなこと言ってる場合じゃなあぁい!」
「うにゃ、なんかしたの?」
「じつは、かくかくしかじか・・・」
「ふんふん・・・。マズいねそれは」
「何とかなりませんか〜、瀬芦里さん」
既に半泣き状態のいるかちゃんが、ねぇねぇにすがる。
「何とかって言われもにゃ〜。素直に謝ったら?」
「それで許してくれたら、いいんだけどなぁ」
「そんなわけないでしょう」
「あ・・・」
「そ、その声は・・・」
振り返ると姉様が立っていた。
「お、お姉様!私、今すぐこの事件の犯人を捜して参ります、では!」
「逃げるなよ」
「あうぅ〜」
立ち去ろうとしたいるかちゃんは、ソッコーで捕まえられた。
「まったく、いつまでたってもこないから来てみれば、こんな事をしてるとはね・・・」
「あ、あの、お姉様、その、これはですね・・・」
「いるか、あなた運転免許証というもの、もってたかしら?」
「うっ」
いるかちゃん、無免かよ!
「お仕置きが必要ね」
「はうぅ〜」
なんというか、当然の結果だった。


「私の部屋に来なさい。たっぷりかわいがってあげるわ」
「お姉様・・・」
「それと・・・」
そういって、姉様が俺の方を向いた。
「空也」
「は、はい!」
「空也がそばにいながらこんなことになるなんて、あなたにも少し責任があるわ」
マズい、このままだと俺もお仕置きか!?
俺が顔を強ばらせていると、
「ふふ、そんなに怯えなくてもいいわよ。空也には軽い罰を与えるから」
「は、はい・・・」
姉様は、俺の頬を撫でながらそういった。
お仕置きではなかったが、罰が与えられることになった。
「自分の部屋にいなさい」
そういって姉様は、いるかちゃんを引きずって家の中へ入っていった。
軽い罰、とは言ってたけど、なんだろう。
想像するのが怖いので、俺はさっさと自分の部屋に向かった。
その後、部屋に来た姉様が、俺にさせたこと。それは・・・


「あの〜、もういいでしょうか?」
「まだよ」
マッサージをさせられていた。
すでに2時間。
「姉様、すごくこってますよ」
「ここ3週間、休む暇がなかったから仕方がないわね」
確かに連日、深夜に帰ってくることが多かった。
睡眠時間も少し削ってたみたいだから、かなりきつかったのだろう。
「もういいわ。ありがとう」
「い、いえ・・・」
さすがに腕がダルい。
「ふふ・・・。空也も混ざる?」
「い、いえ!遠慮しておきます!」
「そう。残念ね」
そうはいっていたが、姉様の顔は残念そうな表情の中に微笑みが隠れていた。
もし俺も参加したら、いるかちゃん共々ひからびるかもしれん。
いるかちゃん、ごめん。
その晩、柊家にいるかちゃんの声が響いたとか響かなかったとか。

(作者・◆uq4J1ypP0c氏[2005/03/23])

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