「聞くがよい、皆の衆。」
それは、柊家のいつも通りの夕餉の一時だった。
六人姉妹の長女、雛乃が食事前の挨拶をする。
「重大な知らせである。」
雛乃は柔らかな銀髪をちょいとつまんだ。
雛乃はその年齢不相応な幼い外見とは裏腹に、口調がかなり仰々しい。
自宅にいる時は和服姿で、お茶とせんべいと時代劇が大好きな長女。
話だけをすれば、かなり年齢がいっていると思われてもおかしくはないであろう。
「喜べ、皆の衆。」
そう言って、雛乃は懐から紙束を取り出した。
「熱海温泉、二泊三日湯けむりの旅ご招待!」
大声で読み上げると、紙束を高々と掲げた。
「商店街の福引の一等賞であるぞ!」
「ふっ。」
「でかしたひなのん!」
「・・・おめでとう。」
「雛乃姉さん、さすがね!」
「やったね空也!温泉旅行だって!」
「むが、く、苦しい、お姉ちゃん・・・。」


食卓が一斉に歓声と拍手に包まれる。
どこかズレた反応をしている人もいるようではあるが。
「まぁ待て、・・・実はな、一つ大きな問題点があるのだ。」
騒ぐ妹達を制し、雛乃は続けて紙束をばらし、福引の賞品の券を数えた。
「1,2,3,4・・・4枚しか無いのだ・・・。」
柊家には6人の姉妹と一人の末っ子の弟がいる。併せて7人。
旅行に行けるのは4人。
場が静まり返り、姉妹達と一人の弟はお互いに視線を送り合い、静かに牽制しあう。
「私は行けないわ。ちょっと大きな仕事が入ってね、泊りがけでやる事になりそうなの。」
長くしなやかな黒髪をかきあげ、次女の要芽が残念そうに告げた。
「ま、本来なら断る所だけれど、今回は報酬がね・・・ふふ。」
要芽はニヤリと不敵な微笑を浮かべた。
「で、あるか。ならばそちらに励むが良い。無理はするでないぞ、要芽。」
「はい、姉さん。」
「良い返事である。飴をやろう。」
「・・・ありがとうございます。」
雛乃は機嫌が良い時やご褒美に飴を差し出す習慣がある。相手は選ばないようだ。
沖縄から帰った空也にも既に見慣れた光景であったが、常にクールな要芽が素直に飴を受け取っているのを見てつい頬を緩めた。


「あと二人かぁ・・・どうする?私は行く気マンマンだよ。」
つまみ食いをしようとしては雛乃に目で制されつつも、三女の瀬芦里が低い声で呟いた。
既にその青い瞳には闘志がギラギラと燃えたぎっている。
たとえ骨肉の争いになろうとも温泉行きへの切符を手にするつもりのようだった。
「我も体がだいぶ良くなってきたし、出来ることなら行きたいものだが。」
「はいはーい!あとは私と空也で、これで4人ね!」
柊家の1番下の妹、六女の海が空也の手首を掴んで持ち上げ、溌剌と叫んだ。
「な、なんで俺の手をあげさせるの?」
「え?だって空也が行きたいって言うから。」
空也は何も言っていなかったが、海はけろっとした顔で答えた。
「ふざけんじゃないわよ!イカは家に篭ってスミでも吐いてなさい、スミでも!」
赤いツインテールが特徴的な五女の高嶺がヒステリックに喚く。
ちゃぶ台に手をついて身を乗り出し、今にも空也に飛び掛って蹴り飛ばしそうである。
「・・・高嶺、食事の席よ。」
要芽が鋭く言うと、高嶺はすぐに姿勢を正した。
「ご、御免なさい・・・。」
家の中でのヒエラルキーもあるのだろうが、要芽に憧れ、目標視している高嶺は要芽には大人しく従う。
少なからず対抗意識を燃やす部分もあるのだろうが、まだまだ上品な大人の女には遠いようである。


「わ、私は家で留守番してるよ、庭の事とかあるし・・・。」
男を含めても一家一番の長身。身体は大きいのに引っ込み思案な四女の巴が遠慮がちに言った。
雛乃と同じく、巴も見た目と中身のギャップが激しい。
180cmの長身で颯爽とバイクを駆るその姿は、そこらの男顔負けであるのだが、部屋の中はぬいぐるみだらけ。
家事全般を担当し、大学にも通い、いじめられ役で、一家の苦労人でもある。
特に瀬芦里や、巴からすると妹にあたる高嶺でさえもが、何かにつけて巴をからかって遊んでいる。
しかし、当の巴はそんな事を一切不満にも思わず、口にも出さない。
そんないつも通りの日常の中にいられる事を幸せに思っており、皆仲良く、が巴の信条なのであった。
「また遠慮しておるな巴。ふむ・・・そうだな、ここは平等にくじ引きで決めようではないか。・・・が。」
また一瞬場が静まり返る。
「その前に食事が冷めてしまう。済ませてからにしようではないか。『いただきます』」
『いただきます』
唐突に挨拶を済ませ、待ってましたとばかりに皆が箸を握り、皿の上に盛られた料理に手を伸ばす。
「にゃ、この唐揚げうまい!」
瀬芦里が言い終わる頃には、皿の上の唐揚げがほとんど無くなっていた。
「こらイカ!あんたにあげる焼きソバは無いのよ!あんたは刺身のツマでも食ってなさい!」
「お、俺が作ったのに・・・。」
空也が伸ばした箸を高嶺が器用に弾き飛ばし、刺身の皿からツマの大根を掴んで空也の皿に盛る。
偏食家の要芽を雛乃は許さずに厳しく諭し、巴は箸を伸ばしても隣に座った瀬芦里に先手を取ってつままれてしまう。
こんな騒々しい光景が、柊家のいつもの夕食であった。


食事を済ませ、後片付けを終え、7人は再び居間に集まった。
要芽は行かない事に決まっていたのだが、面白そうだと言ってそのまま居間で皆の様子を眺めていた。
「では、始めるとしよう。赤い線の入っていない割り箸がハズレであるぞ。」
それぞれが思い思いの割り箸を掴み、皆で息を合わせて引き上げた。
「当たりを引いた者は挙手せよ。」
雛乃、瀬芦里、高嶺、海が手を挙げた。
外れを引いたのは巴と空也だった。周囲の反応を見ると、巴と空也は目を見合わせて苦笑した。
「あら〜クーヤはハズレかぁ、残念残念。」
瀬芦里は笑みを浮かべて空也の背中をぽんぽんと叩いた。
「ふふん、残るべきが残るって感じになったわね。せいぜい頑張って留守番しなさい。」
そう言うと高嶺は立ち上がり、実に嬉しそうに満面の笑みを浮かべて空也を見下ろした。
こんな姉に対して空也は、本当に根性の曲がった人だと思い、ため息を漏らした。
「空也可哀想〜アレの分上げるから一緒に行こうよー。」
海は空也の腕に抱きつき、高嶺を指差して言った。
「いや、折角だけど遠慮しとくよ、姉貴だし。」
「やらないわよ!ていうか『姉貴だし』って何よ、『姉貴だし』って!そもそも姉をアレ呼ばわりすんなっ!」
鋭く、かつ的確な高嶺の突っ込みが入れられる。
なんだかんだで、高嶺も周りからはからかわれる事が多かった。


「でも公平にクジ引いたんだし、気にせずに楽しんできなよ。」
「空也・・・立派になって・・・お姉ちゃん嬉しいよ?」
そう言うと海は人目もはばからずにいつも通り空也を抱きしめにかかる。
が、雛乃がぴしゃりとそれを抑えた。
「そこまでだ。・・・出発は明朝。それぞれ自分の部屋に戻って支度を済ませておくが良い。」
では解散、と扇子を閉じ、雛乃を始め姉妹達はぞろぞろと自分の部屋に戻っていった。
居間に残ったのは外れを引いた二人のみが残った。
「あは・・・結局留守番になっちゃったね。」
巴は和やかに笑った。
「まぁ、運が悪かったって事だね。でも一緒に残ったのがともねえで良かったよ。」
空也がそう言うと、巴は一瞬表情を翳らせ右手の薬指を見やった。
そこには、一つの指輪があった。
再び視線を空也に戻し、巴は頷いた。
「あいつらの事もあるし・・・もし一緒に旅行に行ってたら、あいつらが出てきた時に、た、助けにいけないかもしれない。」


巴には、たとえ家族であっても言う事の出来ない秘密があった。
ひょんな事から、彼女は常人の歩まざる道を歩む事になってしまったのだ。
右手の薬指にはめられた指輪。その指輪は、遥か昔の遺産であるらしい。
クロウと呼ばれる謎の怪物と戦うための力が、それには封じ込められていた。
そして、そのクロウと呼ばれる者は、空也達の家の近くに出没する。
巴も空也も、その存在と何度かの対峙を経験した。
運命というのは時として非情なものである。
巴が身に着けた指輪は体と一体化してしまい、外す事が不可能だったのだ。
彼女は、力を持つことを義務付けられてしまった。
たとえそれが巴の望まぬ物であったとしても、手放す事すら出来ない。
更に、空也がクロウとの戦いに巻き込まれ、瀕死の重傷を負った。
幸い、彼女自身の血を分け与え、自らのしもべとする事で救う事は出来たのだが、また一つ、残酷な現実が突きつけられた。
----自分が守らなければ、家族が殺されてしまう。
巴は争い事を嫌っている。しかし、家族を守る為には強力な怪物と戦わなくてはならない。
とても常人で渡り合える相手ではない。巴が力を使わなければ対抗できない。それほどの相手である。
人ならざる領域に踏み込みつつある事を不安に思いながらも、巴はあくまでもそれを表に出さない。
「・・・あんまり考え込むと、悪い方向に向かっていっちゃうよ。もっとりラックスしようよ。」
空也は俯く巴の肩に優しく手を置いた。
ただ一人巴の秘密を知っている空也は、そんな姉の心境を思いやり、支えになろう、時には守ろうと努力している。
そんな姉と弟は、皆の目に見えない所で仲が良かった。

(作者・名無しさん[2004/11/19])

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