「そうですか・・・残念ですね」
「うむ・・・それでな、一度は店を閉める前に我らに来て欲しい、とのことであった」
「わかりました・・・次の休みにでも、伺いましょう」
「・・・姉さんも姉様も・・・何の話?」
「ああ、昔の知り合いが営んでいる小料理屋があったのだが、この度店仕舞いすることになった、と挨拶にみえたのだ」
「その小料理屋というのが、お母様のとても気に入られていた店で、私や姉さんは、ときどき連れて行ってもらったことがあるのよ」
「へぇ・・・そんなお店があったんだ」
「巴はまだ小さすぎたので、結局連れては行かなかった・・・のだったかな」
「あの店がなくなると聞いたら、お父様も残念がるでしょうね」
「そうよなぁ・・・また間の悪いときに外国にいるものよ」
「とりあえず、お父様には私から連絡だけはしておきます」
「よろしく頼む。あと、空也?」
「なんです姉さん?」
「他のものには黙っているように。特に瀬芦里には、な」
「ああ・・・母親が違うから、ってやつ?気を使いすぎじゃないかな・・・」
「かもしれぬが、あれはああ見えてナイーブであるからな・・・」
「わかりました」
「私が明後日休みなので・・・その日でいいですか、姉さん?」
「うむ。よきに計らえ」

「いらっしゃいませ。ようおいでくださいやした、雛乃お嬢様、要芽お嬢様」
「あいや、この度はまことに残念至極な仕儀と相成りましたが・・・」
「まあ、依る年波には勝てませんや。跡継ぎもいやせんし、ここらが引きどきってね」
「でも、ご主人まだお元気そうではないですか」
「ははは、お嬢様方がお見えになるってんで、ちぃとばかし気ぃ入れてやすからね」
「ご主人、その・・・お嬢様というのは・・・少しばかり気恥ずかしいのだが」
「何を仰いやす。あっしにとっちゃあ柊の旦那様奥方様は大恩人。そのお嬢様ぁいくつになったってお嬢様、ですがね」
「そういうもの、でしょうか」
「さいですよ・・・さ、今日はお嬢様方の貸切、腕によりをかけやすからね、じっくりと味わってってくださいよ!」

「ああ・・・この味・・・懐かしいわ・・・」
「うむ・・・これは・・・母上が好物であったな・・・」
「そういえば・・・これもお母様が好きだった・・・」
「お気づきに?今日はね、凛様のお好きだったもので揃えてやすんで」
「そうでしたか・・・わざわざ、ありがとうございます」
「ああ、よしてくださいよぅ。これしきのこと、凛様にいただいたご恩と比べりゃあなんてこたぁ」
「・・・しかし、この店がなくなってしまえば・・・この味も、もう消えてしまうのか・・・」
「お母様、よく言ってましたね・・・美味しい料理は人を幸せにできる・・・人を幸せにできることほど立派なことはないのよ、って」
「うむ・・・あなたたちも、人を幸せにできる人間になりなさい・・・とも、な」
「・・・」
「・・・そうだわ・・・ご主人、この中で私たちでも作れそうなものはないかしら?作り方を覚えたいのですけど」
「うむ、それはよい思いつき!ご主人、いかがであろう?」
「・・・不思議ですねぇ。やっぱり、母娘ってぇことですか」
「・・・不思議、とは?」
「凛様がねぇ・・・仰いましたよ。娘たちが大きくなったら、この味を教えて嫁に行かせてやりたいから作り方を教えろってね・・・」
「お母様が・・・」
「・・・そのようなことを、言われたか・・・」
「多くの人を幸せにするのも立派だが、、美味しいもので好きな男にささやかな幸せを与えられる、それもまた立派なことだ、ともね」
「是が非でも・・・覚えねばならなくなったなぁ、要芽」
「はい・・・お願いできますか、ご主人」
「へい・・・喜んで」

「あー・・・皆ももう知っておろうが、今日の夕餉は我と要芽の二人で用意した。心して食すように」
「いやー、正直、ひなのんと要芽姉で何ができるか心配だったんだけど、美味しそうだよねーコレ」
「さすがお姉様、お料理も完璧ね・・・」
「では・・・いただきます」
「いただきます」
・・・・・・・・・
「・・・ど、どうであるか?」
「・・・ちゃんと、できてるわよ、ね?」
「うん!美味しいよこれ!」
「ホント!あっさりしてるようでちゃんとコクがあって!」
「こっちのは・・・うん、コレもイける!」
「なんていうか・・・懐かしいような、暖かい味、だね・・・」
「そうか・・・そうか!これはな、柊家縁の・・・言わば柊家秘伝の味であるのだ」
「そ、そうなんだ・・・雛乃姉さん、要芽姉さん、作り方を教えて」
「うむ・・・巴にも、いずれ、な」
「・・・いずれ?」
「瀬芦里、巴、高嶺、海・・・貴方たちが、いつかお嫁に行くときに・・・この味を伝えます」
「うむ。お前たちが、本当の幸せを見つけたとき・・・そのときに、な・・・」

「要芽、今日はご苦労であったな」
「姉さんも、お疲れ様でした」
「ときに、要芽・・・お前ももう・・・自分の幸せを求めてよいのではないか?」
「私は、もう充分幸せですよ。今のままが・・・姉さんこそ、お先に」
「我もな・・・今のままが、一番幸せなような気がしている」
「ふふ・・・そうですね・・・姉さん、久しぶりにちょっと飲りませんか?」
「うむ、よいな・・・ん?どうした空也。もう寝たかと思っていたが」
「いや、なんだか寝付けなくて・・・姉さんたちこそ、まだ起きてたんですか?」
「ちょうどよかった・・・空也、お銚子2、3本、つけてちょうだいな」
「うむ・・・で、少し付き合え」
「はあ・・・あの、何か話しでも・・・?」
「別に何というわけではない・・・ただ、いま少し我らの傍に、な・・・」

(作者・名無しさん[2004/05/31])

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