「ねぇ、く〜や。何か食べたいメニューあるかな?
 お姉ちゃん、知りたいな〜」

 唐突に、彼女は居間に押し入ってくるなり、眼鏡を光らせた。

「……どうしたのさ、海お姉ちゃん」
「だ〜か〜ら〜、く〜やが食べたい物を聞いてるの〜」

 柊家六女、海の猫なで声に、空也は身を振るわせた。
 今感じた悪寒を経験したことは何度かあった。

 例えば、柊の家に帰ってきて早々、憧れの要芽お姉様にレイプされた時とか、
 遠い沖縄の地で、帆波ねぇやに皮剥かれて童貞奪われた時とか。
 これ以上は割愛するが、この時空也が感じたイヤな予感は、それらに類するものだった。

「食べたいものなんて、ないよ、ウン。アリマセンヨ」


「……そう? 巴お姉ちゃんが、今晩のメニュー何にしようか悩んでたから、
 一肌脱いじゃおうと思ったのにな〜。しぼむ〜」

「えっ!? 料理って、ともねぇが作るの?」
「そうだけど? どうかしたのく〜や」

 意表を突かれたとばかりに仰け反る空也に向け、海が小首を傾げた。

「ううん、別になんでもない。それより、ともねぇにおでんが食べたいって伝えてくれる?」
「さっき、く〜やは食べたいものがないって言ってたよ〜な〜」
「気が変わったの。とりあえず、俺はおでんが食べたいんだ」

 冷や汗混じりに答える空也。
 海はそんな弟を愛しげに見た後、

「わかった。巴お姉ちゃんに伝えておくよ〜。まかせといて〜!」

 にっこりと、極上の笑みを浮かべたのだった。

 場所は厨房。
 そこでは、一人の少女が何やら調理器具を散乱させていた。

「くーやの食べたい今晩のメニューはおでん!
 お姉ちゃん、腕によりと愛をタップリ込めて、凄いおでん作っちゃうもんね〜!」

 簡潔に説明すれば、先ほど空也に聞かせた巴の話は全部フェイク。
 恐るべきは策士・海。単純かつ、効果的な姦計である。

「おでんといったら、牛筋、ゆで卵、竹輪に大根、御揚げかな?」

 ネットで調べたレシピを見ながら、
 上機嫌で冷蔵庫から掘り出した材料を並べる海。

「調味料は、愛! やっぱり最後はこれだよね〜」

 早くもレシピに一言も書かれていない材料を述べるあたり、
 お先真っ暗である。

「ゆで卵っていうんだから、卵を茹でればいいんだよね〜。
 ……あれ、でも、卵ってどうやって茹でるんだろう?」

 厨房をキョロキョロと見回した海の視界に、ある物体がよぎった。

「そうだ! コレを使えばいいんだ〜」

 海が卵を持って駆け寄ったのは、電子レンジだった。
 一家に一台、頼りになる万能料理具。

 海は電子レンジを開けると、そこに卵を三個ほど放り込んだ。
 躊躇など微塵も感じられない蛮行だった。

「あと一分待てば、アツアツゆで卵の出来上がり〜。
 その間に、他の具財を用意しよーっと」

 エプロンを身に纏うと、片手に握った出刃包丁を大根に振り下ろした。
 皮も剥かれていない大根が、見る見るうちにぶつ切りにされていく。
 それを、海は次から次へと水を張った鍋の中に放り込んでいった。

「愛の力は偉大だね〜」

 海が得意げに言葉を発したその瞬間、

 ――電子レンジが、爆発した。

「……」

 流石の海も、絶句して、出刃包丁を取り落とした。眼鏡もずり落ちた。
 電子レンジは、蓋を爆風で弾き飛ばした後、もうもうと煙を噴き上げ続けている。

「ゆで卵って、意外とスリリングな料理なんだ。お姉ちゃん、びっくり」

 爆発は予想していなかった。
 海は、電子レンジが卵を綺麗に茹で上げてくれると信じて疑っていなかったのだ。

「いまのは何の音であるか!」
「ちょっとちょっと、何よこの臭い!」
「あぅ……」
「にゃー、アタシの餌場が滅茶苦茶だーっ!」
「何事かしら……」

 そこへ、今の音を聞きつけた海の姉たちがぞろぞろ押し入ってきた。

「うみ、なんであるかこの凄惨な調理場は。何があったのか、正確に申してみよ」
「えっとね〜、くーやのために、おでん作ってあげようと思ったの〜」

 とりあえず、凄惨な調理場を六人総出で掃除し終えた後(主力は巴のみ)、
 その場で、柊六人姉妹は雁首揃えて正座していた。

「うみゃを厨房に立たせるなんて、クーヤもいい度胸してるねー」
「あぅ……」
「あのイカデビル、海に料理させるなんて、頭脳腐ってんじゃないの!?」

 姉たちが、三者三様の意見を口にする。
 といっても、聞こえるのは空也への非難だけなのだが。

「高嶺、空也をここへ連れてきなさい」
「わかりました、要芽姉様」

 数分後、高嶺に連れられて、ハテナ顔の空也が台所に入ってきた。

「くうや、そこへ座れ。我から、少し話がある」
「……ど、どうしたの、姉さん」
「聞く所によると、うみにおでんを作らせたのは、くうやということらしいが」
「ええっ!?」

 呻く空也に、巴と海を除く姉たちの烈火の如き視線が注がれた。

「異議あり! お、俺はともねぇが作るって聞いたから、おでんをリクエストしたわけで……」
「ふむぅ……弁護人、何か意見は」

 雛乃が、手に持った扇子を次女・要芽へと向ける。

「今晩の食事は空也の担当でしょう。少し考えれば、海の虚実に気付くはずよ。
 気付けないような愚鈍な弟は、情状酌量の余地なし。
 弁護側は、以上です」

「よしよし。判決、有罪。くうやには、せろりの部屋にて蟄居を命ずる」

 冷然と言い放つ裁判長。
 その無慈悲な宣告を受けた空也の両脇を、高嶺と瀬芦里が固めた。

「待って、止めて、苛めないで! 僕、何も悪いことしてないよぅ!」
「幼児退行したって無駄無駄! おとなしく罰を受けなさいよ!」
「極刑にゃー。島流しにゃー」

 二人に連れられて、ずるずると引き摺られていく空也。

「ともねぇー、助けて正義の味方―っ!」
「あぅ……」

 悲しげな弟の叫びに、しかし正義の味方は為す術を持たなかった。
 ただ、哀憫に満ちた瞳でグリーンマイルを歩く弟の姿を見守る。

「海お姉ちゃーんっ! 海お姉ちゃーんっ!」
「くーや……無力なお姉ちゃんを許してね」

 悪な笑みを浮かべた二人の姉の手によって、地獄へと放り込まれる前に、
 空也は怨敵を忘れえぬよう、泣き崩れる海の姿を盲目にしっかりと焼き付けた。
                        ――BADEND

(作者・名無しさん[2004/03/21])

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