戸惑い


瞳子は、目の前にいる人物を見て足を止めた。その人は、確かに瞳子の知っている人物だったから。
二つに分けた髪。瞳子とそれほど変わらない体型。全体から感じるのほほんとした雰囲気。
間違いなくあれは紅薔薇のつぼみ、福沢祐巳さまだ。
その足取りは非常にゆっくりだったので、どうせすぐに見つかってしまうのだからと思い仕方なく瞳子は声をかけた。
「・・・祐巳さま、ごきげんよう。」
「あれ、瞳子ちゃん。ごきげんよう。」
祐巳さまは人懐っこい笑みを浮かべて振り返る。子犬の尻尾のような軽い髪の房を揺らして。
「今日も手伝いに来てくれたの?演劇部の方は大丈夫?」
足を止めて、祐巳さまは瞳子が追いつくのを待った。
このまま廊下を真っ直ぐ行って中庭に出れば、やがては薔薇の館に着く。
放課後のこの時間、祐巳さまと瞳子の目指している場所はきっと同じだろう。
だからそれに気が付いた祐巳さまは、いかにも心配そうに尋ねてきたのだ。
その様子がなんとなく気に入らなくて、瞳子は無愛想に言い放った。
「部活の方もしっかり活動しています。だからこうして薔薇の館へ向かっているんです。つまらない事聞かないで下さい。」
「・・・うん、そっか、それもそうだよね。」
安心したように、祐巳さまは笑う。
・・・言わなければ良かったかもしれない、と瞳子は小さくため息をついた。
悪態をついた瞳子にでさえこんな風にして笑いかける祐巳さま程、不快だと感じるものはないのだから。
祐巳さまに言葉を返すことはせず、瞳子は歩き出した。
後から慌ててついて来る祐巳さまに追いつかれないように、少しだけ早足で。

祐巳さまの事は嫌いじゃない。少なくとも以前よりは。
けれどその替わりに、あの顔を見る度にモヤモヤとした嫌なものが胸に生まれるようになった。
それが何なのかは分からない。ただ、心地良いものではない事だけは確かだ。
でも。それじゃあ、どうしてあの時瞳子は『生徒会の学園祭準備を手伝う』なんて言ったのだろう。
――薔薇さま方のお役に立ちたいから。
――祥子お姉さまの傍に居たいから。
なんとなく頭に浮かんだいくつかの自分への言い訳は、細川可南子や祐巳さまの近くへ自分からわざわざ出向くような
真似をしなければならない面倒なデメリットを吹き飛ばす程の威力を持っているとは、残念ながら到底思えなかった。
・・・それじゃあ、どうして。
思考はいつも堂々巡りで、すぐに答えが出る事は当分ないだろうと瞳子は思っている。
それでも瞳子は、今日も薔薇の館へと足を運ぶのだ。
祐巳さまが細川可南子との賭けに勝ったあの日、何故か焦燥感にかられた思いを忘れる事は出来なかったから。

「そういえば、今日は可南子ちゃん用事があるとかで帰ったみたいだね。
掃除の時間に偶然乃梨子ちゃんに会って聞いたんだけど。」
中庭に出て数歩歩いた時、思い出したように祐巳さまが弾んだ声を出した。
「・・・そうなんですか。」
さして興味も湧かない話題だったから、瞳子は顎を引いて小さく相槌を返す。
「うん、だから瞳子ちゃんが来てくれたのは凄く助かるよ。」
「別に祐巳さまの為に来ている訳じゃありませんから。」
ほら、また。後悔するって分かっているのに、どうしてこうも憎まれ口をたたいてしまうのか。
「それでも助かるのは本当だから。来てくれてありがとう。」
いつの間にか横に並んでいた祐巳さまは、柔らかく笑って瞳子の顔を見つめる。
「・・・。」
複雑な気分のまま何も言えないでいる瞳子を気にも止めないで、祐巳さまがふと空を仰いで口を開いた。
「ちょっと風が冷たくなってきたなぁ・・・もう秋だね。」
なんとなく祐巳さまに倣って、瞳子も空を見上げてみる。
「あぁ・・・えぇ、本当ですね。」
そこで頬に当たる空気が確かに冷たいと、今年になって初めて瞳子は感じたのだった。


瞳子は、目の前に持ち上げた書類に目を通す振りをして横目で隣を見た。
すると横に座っていた祐巳さまもこちらを見ていたらしく、不運にも目が合ってしまう。
慌てて視線を逸らした瞳子を気にする風でもなく、祐巳さまは口を開いた。
「ごめんね、瞳子ちゃん。私の担当が残ってるからって瞳子ちゃんまで付き合わせちゃって。」
「いえ、私はこの後用事もありませんでしたから。」
そう、今日一番の不運はこの状況にある。
何故ならば、薔薇の館の会議室には祐巳さまと瞳子の二人しか存在しないからだ。気まずいったらない。
今日は細川可南子だけじゃなく、祥子お姉さまも家の用事で少し顔を出しただけですぐに帰ってしまい
黄薔薇姉妹も今日は部活で休み。
残る白薔薇姉妹は普段から真面目に仕事をこなしていたから、今日の分の仕事は一時間足らずで終えて仲良く帰宅した。
『瞳子は祐巳さまの仕事手伝ってあげなよ。』
数十分前の乃梨子さんの言葉を思い出す。
余計な事を、と思わないでもなかったけれど。確かに祐巳さまが担当している仕事の内容を把握しているのは
細川可南子と瞳子しかいなかった。だからきっと乃梨子さんの配慮は当然のものであり、他意はないのだ。多分。
「・・・?」
ふと、瞳子は自分の髪の毛に何かが触れている事に気が付く。
「・・・な、なにするんですっ!?」
それが祐巳さまの手だったから、心臓が縮まったんじゃないかと思う程驚いた。
慌ててその手を振り払うと、祐巳さまはキョトンとして言った。
「何って、髪の毛にゴミがついてたから取ってあげようと思ったんだけど。」
「そんなもの自分で取りますから、結構です!」
躍起になって自分の頭をパタパタはたいていると、祐巳さまは小さく息を漏らして笑った。
「そこじゃないって。」
再び祐巳さまの腕が、瞳子に伸ばされる。だけど瞳子は、どうしても触って欲しくなくて顔を背けた。
「じっとしてて。」
それを祐巳さまが、彼女にしては珍しく有無を言わさぬような力強い口調で咎める。
仕方なく、瞳子は目を閉じて俯いた。
嫌だったのは、認めたくなかったからだ。
祐巳さまの顔が、すぐ近くにある。瞳子の髪に、祐巳さまの手が触れている。
それだけで、こんなにも胸が苦しくなるということを。


胸の奥で隠れるようにして渦巻いていた感情に、気が付かない振りをしていた。
あんな人を好きになるわけがないと、認められない想いを封じ込めていた。
瞳子が嫌味な態度を取って、祐巳さまが少しだけ傷ついた顔をして去って行く。
二人の関係は、それ以上でも以下でもない。それで良かった筈なのに。
――髪に付いているゴミを取るだけじゃなかったんですか?瞳子は心の中で文句を垂れた。
あれから祐巳さまは、ずっと瞳子の髪を丁寧に撫でている。どうしてそんな行動を取るのかまったく理解出来なかった。
分からないと言えば。黙って祐巳さまの好きにさせている自分自身も。
けれど祐巳さまの指が髪の毛一本一本に触れるだけで、体の中で轟いている何かがどんどん
大きくなっていくものだから耐え切れず瞳子は口を開く。
「・・・いつまでそうしているおつもりですか。」
低い声だった。怒っている訳でもないのに、不自然なくらいに低い声だった。
髪に触れる手はそのままに、不意に祐巳さまは瞳子の顔を覗き込む。
さっきよりも距離が近づいて祐巳さまの吐く息が頬にかかった。
お願い、やめて。
痛いくらいにギュッと目を瞑ると、耳に心臓の音が鈍く響く。
「うーん・・・瞳子ちゃんが笑ってくれるまで、かな。」
「!」
弾かれたように顔を上げる。祐巳さまは、陰りのない微笑みを浮かべ瞳子を見つめていた。
「だって瞳子ちゃん、さっきからずっと泣きそうな顔してるから。」
「・・・っ。」
心臓の音が聞こえなくなって、目の前が真っ暗になる。

瞳子は、自分のプライドの壁が崩れ落ちていく音をその瞬間に聞いたような気がした。


一番初めに持った祐巳さまの印象は最悪で、瞳子にとっては憎むべき存在でしかなかった。
祥子お姉さまの事を抜きにしても、あんな風にへらへら笑えば何でも済むと思っているような人間は
絶対に自分とは合わないと思っていた。
祐巳さまがそういうタイプの人でない事が時間が経つにつれて分かってきても。
むしろそれに吸い寄せられている自分が居たとしても。
自覚するくらいプライドの高い瞳子は、その事実を認めてしまう訳にはいかなかったのだ。
祐巳さまが大嫌いでした。でも段々彼女の人間性が見えてきて、いつの間にか好きになっていました。
そんなもの、瞳子自身が許せる訳がない。
だから祐巳さまに対する想いに蓋を閉めて、気付くまいと、あんな人を好きになるわけがないと、封印の呪文までかけたのだ。
それなのに。
いとも簡単にその蓋を開けてしまったのは、紛れもない祐巳さまだった。
後はもう、溢れ出るような思いが瞳子の中を駆け巡るだけで、瞳子はただそれを傍観するしかない。
こんな風な激情を感じるのは初めてで、恐怖すら覚える。出来る事ならば逃げてしまいたい。
でも、もう引き返すことは出来ない。
だから、瞳子が祐巳さまを好きだと言うならば、言い逃れが出来ないくらいの確証が欲しいと思った。
それさえあれば、瞳子は自分の気持ちに素直になれる筈だから。


「・・・瞳子ちゃん?」
祐巳さまの不思議そうな声に、瞳子はふと我に返る。
「どうしたの、大丈夫?」
顔がすぐ近くにあったので、考えるより先に瞳子は勢いに任せて乱暴に祐巳さまの唇に自分のそれを押し付けた。
とても雰囲気があるとは思えなかったけれど、それでもキスはキスだ。
瞳子にそんな事をされるとは夢にも思ってなかったであろう祐巳さまは絶対派手に驚くだろうと思っていた。
だけど祐巳さまは、唇を合わせている間も、唇を離した後も、まるでそうされる事が分かっていたかのように
静かに瞳子を見つめているだけ。
「・・・祐巳さま。」
「・・・うん。」
苦々しい表情で呟く瞳子に、祐巳さまは曖昧に頷いて答えた。
「確かめたいことがあるんです。協力してもらえませんか?」
「確かめたいこと・・・?」
他にも方法はあったかもしれない。
けれど手放しに祐巳さまを好きだと言えるようになるには、今の瞳子にはこれしか思いつかなかった。

瞳子は立ち上がって自分のタイを手早く解いた。その様子を見て、初めて祐巳さまが狼狽し始める。
「と、瞳子ちゃん!?何してるの?!」
目を丸くして。口を馬鹿みたいに開けて。良い気味だ、と瞳子はせせら笑った。祐巳さまはもっと困ればいい。
必死に抑えてきた気持ちを無責任に解き放ったのは、祐巳さまの方なんだから。
「何だっていいんです。祐巳さまが私に触れてくれればそれで。」
随分と大胆になったものだと自分でも思う。
でも、瞳子は楽になってしまいたかっただけだ。
目を逸らしてしまいたいと思っている自分を、祐巳さまに引き寄せて欲しかっただけだ。
「瞳子ちゃん・・・。」
立ち上がってから躊躇いがちに乱れた瞳子のタイを直そうと伸ばされる祐巳さまの手を両手で握って頬に寄せた。
「・・・お願いですから。」
懇願するように見つめると、祐巳さまの大きな瞳が少しだけ揺れた。

頬を撫でられて、祐巳さまが目を細めて顔を近づけてくる。反射的に目を瞑ると、すぐに唇に暖かい感触が広がった。
優しいキス。さっき瞳子がした乱暴なものとは、全然違う。
「ん・・・。」
下唇を弱く噛まれて、瞳子は小さく声を漏らした。瞳子の反応を窺ってから、祐巳さまは露わになった瞳子の首筋に唇を落とす。
「肌、白いんだね。私とは大違い。」
「・・・あ・・・。」
鎖骨をなぞる祐巳さまの舌がくすぐったくて、瞳子は小さく身を捩った。
「机に座ってくれる?」
この先は立ったままじゃやりにくいと思ったのか、祐巳さまは瞳子から身を離して机を指差した。
「・・・はい。」
促されるままに机の上に座る。その様子を見届けてから、祐巳さまは困ったように笑った。
「・・・なんかいつもと別人みたい。」
「・・・無駄口叩いてないで、さっさとして下さい。」
瞳子はそっぽを向いて不機嫌そうに呟いた。普段瞳子が素直じゃないなんて、そんなの自分でよく分かっている。
一瞬首を傾げていた祐巳さまが、瞳子の強い視線に負けて諦めたように瞳子の足の間に身を入れた。
「瞳子ちゃん。本当にいいの?」
瞳子は首を縦に振った。確認なんていらない。
祐巳さまが瞳子をもっと強く繋ぎ止めてくれたのならば、もう迷わなくて済むんだから。
「・・・。」
祐巳さまは黙ったまま瞳子をゆっくりと机に押し倒した。


気付いてしまったからには逃げることも出来ない。だけど、今の瞳子には自分の気持ちに正直になる事も出来ない。
それならばいっその事、身も心も全て祐巳さまに捧げて、祐巳さまの事が好きなんだと認めざるを得なくして。
この深い闇のようなジレンマから、解放されればそれでいいと思った。

祐巳さまは瞳子の胸を、まるで壊れ物を扱うかのように優しく包み込んだ。
服の上からでも充分に分かる手の平の暖かさが、悲しいくらいに愛しかった。
「・・・そんなのじゃ駄目なんですっ・・・。」
瞳子の上に覆い被さっている祐巳さまの背中に手を回して、急かすように制服をギュッと掴む。
それだけでは足りない。もっと、もっと強く祐巳さまを刻み付けて欲しい。
「・・・。」
その言葉に応えるように、少しずつ瞳子の胸を包む五本の指が動き出す。
胸の形が変わるまで手の動きが強くなってくるのと比例して、瞳子の息遣いも荒くなっていく。
「んぁ・・・あぁ・・・っ。」
「そんなに強く制服掴んだら皺になっちゃうよ。」
耳元で祐巳さまが囁いた。慌てて気付かない間に入っていた手の力を抜く。
「・・・別にいいんだけどね。なんだか何かに耐えてるみたい。」
「別に耐えてなんか・・・。」
至近距離で祐巳さまと目が合う。何かを探っているように思えて、瞳子は軽く祐巳さまを睨んだ。
祐巳さまは苦笑しつつ、瞳子の額に張り付いていた前髪を指で梳く。
いつの間に汗なんか掻いていたのだろうと、ぼんやり思った。
「・・・やっ!」

瞳子がボーっとしていると、不意に耳に妙な感触が走る。耳朶を噛まれたのだと分かるまで、そう時間はかからなかった。 だけど人に耳を齧られるのも初めてだったので、思わず一際大きな声が口を飛び出してしまったのだ。
「嫌?やっぱりやめる?」
それを拒絶を意味してるのだと思った祐巳さまが、不安そうに瞳子を覗き込んだ。
「少し驚いただけです。・・・続けて下さい。」
「・・・うん。」
瞳子のスカートを捲くり上げながら、祐巳さまは浮かない面持ちで頷いた。

祐巳さまが乗り気じゃない事くらい、分かっていた。
いつも自分を冷たくあしらっていた下級生が突然こんな事を頼んできたら、誰だって不思議に思うだろう。
それでもこうして瞳子の頼みを聞いてくれているのは、単なる祐巳さまの優しさか。
それとも、瞳子の必死な様子に負けたのか。
・・・そんな事はどっちでもいいのかもしれない。 別に祐巳さまに好きになって欲しいわけじゃなかった。
今瞳子が欲しているのは、祐巳さまが好きだと素直に認められる自分なのだから。
「ん・・・。」
祐巳さまの舌が再び首筋を滑り、左手で瞳子の太股を撫でる。
「・・・ん・・・ぁ・・・ゆみさっ・・・!」
瞳子の首筋に祐巳さまの睫毛が触れて、唇が触れて、舌が瞳子の肌をなぞる度に震え上がるような快感が体の奥から上ってくる。

足の間に祐巳さまの体が入るくらいに大きく足を広げて。スカートを捲り上げられて、太股を執拗に撫でられる。
「ぁあ・・・!」
快感と背徳感に包まれて、自分が自分じゃなくなっていくような感覚さえして、これで良いんだと瞳子は内心で安堵した。
ついに太股を撫でていた祐巳さまの手が、瞳子のショーツに到達する。
ショーツに手をかけたまま祐巳さまが首筋から顔を離し、瞳子の頬に軽く口付けてから口を開いた。
「・・・怖くない?」
「・・・平気です・・・。」
それは嘘だった。
相手が例え祐巳さまでも、誰にも触らせた事のない部分に触れられるのは、凄く怖かった。
いつも得意な演技も出来なくて、それを悟られないようにする為に祐巳さまを抱き寄せて顔を見られないようにする。
「・・・瞳子ちゃん。」
祐巳さまが瞳子の頭を撫でて呟いた。もしかすると、気付かれてしまったのかもしれない。
瞳子が微かに震えてしまっていた事に。

「瞳子ちゃん、やっぱりもうやめよう。」
祐巳さまの重く強い口調に、瞳子は祐巳さまの肩に押し付けていた顔を上げた。
スカートから祐巳さまの腕が抜き取られる。ついでに腰まで捲くられていたスカートも下ろされた。
見上げると祐巳さまが、至極真面目な表情で瞳子を見つめていた。
「・・・どうして。」
呆然と呟いた瞳子の顔に、祐巳さまが唇を寄せる。
舌先で目元を舐められたと思ったら祐巳さまが顔を離して、いつもみたいに困ったように微笑んだ。
「瞳子ちゃんが泣いてるから、ね。」
その言葉が何故かあまりにも暖かくて、瞳子は下唇を噛んで静かに目を閉じた。睫毛が涙で少しだけ濡れた。


――祐巳さまに拒まれた。
その事実がそれ程ショックでもなくて、むしろ安心している自分を瞳子は不思議に思った。
「少しは落ち着いた?」
「・・・はい。」
祐巳さまが淹れてくれた紅茶を一口飲んで、瞳子は頷く。
あれから数十分くらい時間が経って、荒れていた瞳子の心も随分と落ち着いた。
「そっか、良かった。」
不快だと思っていた祐巳さまの笑顔が、今はすんなりと好ましく思える。
きっと瞳子の言う事を聞いてくれたのも、最後の最後で瞳子を拒んだのも、祐巳さまの優しさだったのだろう。
そして自分はその優しさに救われたのだ。
その証拠に、『素直にならなければいけない』という強い思いは先刻よりも大分薄れていた。
「瞳子ちゃんに何があったのか分からないけど・・・私で良かったら何でも話して。無理するのは良くないよ。」
祐巳さまの心配そうな表情に、瞳子は思わず苦笑する。
鈍過ぎる。瞳子があれ程の事をしたにも関わらず、やっぱり祐巳さまはまったく瞳子の気持ちに気付いていない。
瞳子が何かに悩んでいて、自暴自棄になって手近な先輩にあんな事を頼んだのだとでも思っているのだ。
「もういいんです。もう悩みは解決しましたから。」
瞳子はなんだか馬鹿馬鹿しくなって、クスクスと笑った。
「本当?もう無茶したら駄目だよ。」
「・・・やめて下さい。」
祐巳さまはニコリと微笑んで瞳子の頭を撫でた。頬が熱くなったけれど、瞳子は悔しくなってその手を振り払う。
もしかしなくとも、こんなにも鈍い人の為に瞳子が素直になってあげる必要なんて、まったくないのではないか。
突然態度が豹変した瞳子に祐巳さまは一瞬キョトンとしたけれど、すぐにまた笑顔に戻った。
「うん、そっちの方が瞳子ちゃんらしい。」
「・・・祐巳さまには適わないですね。」
祐巳さまの真似をして、瞳子も困ったように笑った。
・・・本当に、馬鹿馬鹿しい。
蓋はもう閉める事は出来ないけれど、好きだと気付いてしまった自分を取り消す事は出来ないけれど。
このまま認めてしまうなんて悔しすぎる。
絶対祐巳さまになんか素直になんてなってあげるものか。これからが女優松平瞳子の見せ場なのだ。
込み上げてくる暖かい想いを噛み締めながら、瞳子はマリア様に誓った。

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