卒業間近


どんなに願っても、時間は止められない。
あっという間に過ぎる月日を感じたくないと目を瞑っても、耳を塞いでも。時は無情に過ぎていくのだ。
だけど、それでも今この瞬間の空間に永遠に身を置いていたいと思うのは、やっぱり馬鹿げた考えなのだろうか。
こんな事を口に出したら、お姉さまは一体どういう顔をするんだろう。


「祐巳、どうかしたの? 」
「え・・・あ、うわっ! 」
名前を呼ばれて、ハッと顔を上げる。
すぐ近くにお姉さまのお美しい顔があって、思わず椅子から転げ落ちそうになった。
そんな祐巳の様子を見て、お姉さまは整った眉を怪訝そうに顰めた。
「そんなに驚かなくてもいいじゃない。 」
「い、いえ、ちょっと考え事をしてて・・・。あれ?由乃さん達は?? 」
慌てて辺りを見渡す。だけど、薔薇の館の会議室には祥子さまと祐巳以外誰一人としていなかった。
今日は早めに仕事が終わって、確か皆で雑談をしていた筈・・・なんだけれど。
いつの間にか令さまや由乃さん達もいなくなっている。
「今さっき皆帰ったでしょう。祐巳だって挨拶していたじゃない。
最近気温が暖かくなってきたからと言って貴女の頭まで暖かくなってしまったの? 」
呆れ顔のお姉さま。いつもならすぐに謝る所だけれど、今日はなんとなくそんな気になれなかった。
冬の足音が遠ざかっていく。それはつまり、お姉さまの卒業が段々と近づいている事を意味しているのだから。
「・・・そうかもしれませんね。 」
ひんやりとした感覚が欲しくて飲みかけの紅茶が入ったカップに触れる。
紅茶を入れてからは大分時間が経っていた筈だったから。
それなのに、期待に反してカップはまだ心なしか暖かさを保っていたものだから、祐巳は大きくため息をついた。

きっとまだ、それ程重要視する事ではないのかもしれない。
学園祭が終わって、これから生徒会選挙や三年生を送る会など大きな行事が待ち構えている。
特に生徒会選挙なんて、自分にとっては今後の人生に関わってくるくらいの重要度を占めていた。
だから、その先にあるお姉さまの卒業に今から心を囚われている訳にはいかないのだ。
・・・ところが祐巳がそんな理屈についていけるほどの気質を持った人間ではない事が、また問題なのだけど。
「祐巳。 」
パタン、と小さく音がする。祐巳はお姉さまに再び目を向けた。
すぐ隣にいたものだから、否応無しに至近距離で見詰め合う形になる。
「・・・。 」
お姉さまは、驚く程に穏やかな目をしていた。祐巳の心を、すべて見透かしているかのような真っ直ぐな視線。
そんな目を見ていられなくて、あやふやに視線を机の上にずらす。そこにはティーカップと文庫本が一冊置いてあるだけだった。
どうやら先ほど聞こえたのは、お姉さまの読んでいた文庫本が閉じられた音だったらしい。
「どうしたの。何か言いたい事でもあるの? 」
それはとても優しい声で。何でもないだなんて、口に出す余地さえくれなかった。
「お姉さまは、リリアンの大学部には進学されないんですよね。 」
「・・・えぇ、そうよ。 」
初めてその事を聞いた時は、そんなにショックを感じはしなかった。
お姉さまが外部の大学を受験される事は前から予想していた事。
それなのに時間が経つにつれて、お姉さまがこの学園からいなくなる事の恐怖が怒涛のように押し寄せてくるのだった。
「お姉さまがいなくなってしまうなんて、とても考えられなくて。こうやって一緒に過ごせるのもあと少しなんだって思ったら
なんだか凄く悲しくなって・・・。このまま時が止まればいいのにって・・・。」
祐巳は小さく俯いた。お姉さまがいなくなる。言葉にするだけでこんなにも辛いなんて。
お姉さまの暖かい手が、祐巳の頬を滑った。
細長く綺麗な人差し指が、冷たい何かを拭う。そこで初めて、祐巳は自分が泣いてるんだって事に気が付いた。

馬鹿みたい、って思った。
まだ先のことだというのに。
子供をあやすように頭を優しく撫でてくれるお姉さまの手は、今確かにここにあるというのに。
お姉さまが傍からいなくなってしまう事を一人で先走り勝手に想像して、一人で勝手に泣いて。
「私が卒業したら、祐巳と私は他人になってしまうのかしら。 」
小さく呟いたお姉さまの声に、祐巳は驚いて顔を上げた。
「私が卒業したら。祐巳との思い出が全て消え去ってしまうのかしら。 」
微笑みながら言葉を紡ぐお姉さまが、ひどく悲しそうに見えたから。堪らなくなって、祐巳は叫ぶようにして言った。
「違います!そんな事は、有り得ません・・・! 」
「そうね。 」
お姉さまの手が、祐巳の頭から離れる。
「私が祐巳の中からいなくなるなんて、それと同じくらいに有り得ない事だわ。 」
「お姉さま・・・。 」
「祐巳と私を繋いでいたのは、姉妹の関係やこの学園だけではないでしょう?例えこの場所から私が去ったとしても
貴女と過ごした時間や思い出は決して消える事はないのよ。時間は過ぎるだけじゃなくて、積み重なっていくものだわ。」
その通りだった。
お姉さまと一緒に過ごした時間が、今の私達を構成する役割を果たしてくれた。多分、これからもきっとそう。
「私は、時間が止まればいいなんて思った事は一度だってないわ。過去があって今があるからこそ
この先も祐巳と一緒に居る事が出来るのだもの。卒業したら、私が祐巳の中からいなくなるなんて思わないで。 」
お願いだから。小さく呟いたお姉さまの声は、少しだけ震えていた。
「・・・ごめんなさい、お姉さま。 」
椅子から立ち上がって、お姉さまの細い身体を抱き寄せる。
背中に腕が回るのを感じながら、祐巳は何度も何度も謝った。

人と人との繋がりは、どうしたら確かめられるんだろう。
言葉や思い出だけじゃなくて、たとえ抽象的でももっと深い何か。
それは触れられる物では決してないし、自分の目で確認する事だって出来はしない。
―大切なものは目に見えない。
何処かで聞いたフレーズ。
でも、もしも触れられる事が出来たなら、ちゃんと目で見る事が出来たなら。
それ以上幸せな事って、きっとないんじゃないかなと思う。
祐巳はお姉さまを抱きしめたまま、そんなような事を話した。一つ一つの言葉にありったけの気持ちを詰め込んで。
未来が今の積み重ねだというならば、今だけしかお姉さまと交わす事が出来ない言葉は一つだって逃したくはないから。
お姉さまは、黙ったまま祐巳の話を聞いてくれていた。
頷きすらしなかったけれど、ちゃんと耳を傾けてくれているって祐巳には分かっていた。
祐巳が話し終わって、再び沈黙が戻ってきた頃にようやくお姉さまは顔を上げる。
その表情は先程のような悲しいものではなかったけれど、いつもみたいな余裕のある顔でもなかった。
「・・・お姉さま?あの・・・」
「ねぇ、祐巳。」
何を考えているのか全く想像がつかなかったので声をかけようとしたら逆に遮られる。
「私は、なくはないと思うの。私と祐巳の繋がりを、確認できる方法。」
「はぁ・・・。例えば、どんな。」
そんな便利な方法があるのなら、是非ともお聞きしたい。
けれど本当にそんなものがあるとは思えなくて、半信半疑で祐巳は尋ねた。
するとお姉さまは小さく笑って、こう言った。
「確かめて、みる?」
って、まさかお姉さま。

次の瞬間、お姉さまが祐巳の後頭部に手を持っていったかと思うと、ぐいっと引き寄せられる。
「わ。」
そして驚く暇もないくらい、素早く唇を塞がれた。お姉さまの、整った薄い唇で。
「ん・・・。」
下唇、上唇を交互に何度か啄ばまれる。こうすると、祐巳が何も言えなくなる事をお姉さまは知っていた。
最後に唇全体を含むように吸われると、すでに抵抗なんて文字は頭から吹き飛んでいた。
ようやく祐巳の口が解放されたので、頭がボーっとしたまま抗議してみる。
「・・・ちょっとずるいんじゃないですか、お姉さま。」
「どうして?最初に私をいじめたのは祐巳の方でしょう。」
長い睫毛を伏せて、浮かべた笑みを消さないままお姉さまは祐巳のタイを手馴れた様子でほどく。
・・・いじめた?いつ、誰がそんな事を。
「な、なんのことですか。」
「さぁ。自分で考えたらどうかしら。」
くるり。
突然お姉さまが立ち上がったと思うと体を反転され肩を押さえ込まれて、あっという間に置かれている状況が逆転した。
お姉さまが今まで座っていた椅子に祐巳が座らされて、お姉さまは今まで祐巳が立っていた位置に。
「思い知らせてあげる。」
冷たい指先で首筋を撫でられて、ぞくりとする。
「・・・え?」
お姉さまは腰を屈めて、祐巳の頬にお姉さまの睫毛が触れるほど顔を近づけた。
シャンプーの甘い香りが鼻腔をついて、妙にドキドキする。
「祐巳から私がいなくなるなんて有り得ないってこと、思い知らせてあげるわ。」
耳元で囁かれ、お姉さまの声は吐息と共に祐巳をくすぐった。

タイが解かれて大きく開いた襟元から、ゆっくりとお姉さまの手が差し込まれる。
普通に椅子に座っているだけだから、自分の制服に手を突っ込まれているのがばっちり見えて、恥ずかしくなって顔を背ける。
祐巳がそんな風に思っている間に、お姉さまの手は下着に到達していた。
いつもなら、いきなり直接胸に触れられる事はない・・・んだけれど。
今日のお姉さまの気分はいつもとは違うらしく、ブラは邪魔だと言わんばかりにずらされた。
小ぶりな祐巳の乳房を、下の方からすくうようにして揉まれる。
自分で触ってみても何とも思わないのに、どうしてお姉さまにされるとこんなにも体がうずくのだろう。
「ぁ・・・ん・・・おねえさま・・・。」
縋るようにお姉さまの顔を見上げても、お姉さまは黙って薄い笑いを浮かべているだけ。
段々固くなってきた小さな胸の突起の周りを円を描くように撫でて、そのまま突起を擦られると、思わず大きな声が漏れた。
「や、あぁっ・・・!」
「片方だけしかしてあげられないけれど、祐巳はこれで充分みたいね。」
顔は見れなかったけど、きっとお姉さまは苦笑しているに違いない。
確かに襟元から入るのは、腕一本くらいだろう。
不意に制服から腕が抜き取られて、お姉さまは祐巳から離れた。
「お姉さま・・?」
「馬鹿ね、そんな顔しないの。椅子を持ってくるだけだから。」
祐巳が腰掛けている椅子のすぐ横に別の椅子をくっつけて、お姉さまはそこに座った。
目線が同じ高さになると、すぐに祐巳の肩に腕が回って今度は深く口付けられる。
「んん・・・む・・・。」
舌を絡めとられ、祐巳の舌の上をお姉さまの生暖かい舌が滑る。
口の中で唾液が波を打って時折離れる唇と唇の間からぴちゃぴちゃと水音が漏れた。
それを聞くのが恥ずかしくて、祐巳は自分からお姉さまの唇を貪った。離れることがないように。
「・・・んんっ!!」
太股の内側を揉むようにして優しく摩られて、促されるままに足を開く。
スカートをたくし上げられ、既に濡れて染みを作っているショーツの中に、長い指が侵入してくるのが分かった。
それと同時に、お姉さまの唇が離れた。

くちゅ。
「・・・・っ!」
少しそこに触れられただけで、声にならないくらいの快感が駆け巡る。
「もうこんなになっているの?」
「やぁ・・・っ!」
可笑しそうに、お姉さまが言う。やっぱり、今日はいつもより意地悪だ。
何度か割れ目を往復した後、人差し指と中指が、並んで膣の中へと伸びる。
充分過ぎるくらいに濡れていたから、そこはすんなりとお姉さまを受け入れた。
「あぁ・・・んぁ・・・。」
「ねぇ、祐巳。謝ってもらうだけじゃ分からない。もっとちゃんと言って頂戴。」
「あっあっ・・・ゃ・・・ぁあ!」
指が、規則正しい動きで祐巳の膣を出たり入ったりする。
引き抜かれる度に、深く挿し込まれる度に甘い声が口から飛び出す。
聞きたくなくても、ぐちゅぐちゅと厭らしい音が耳にまとわりついて離れない。
同時に親指の爪で蕾を引っ掛かいてくるものだから、気持ち良すぎて頭がおかしくなりそう。
それなのに、そんな祐巳の事はお構いなしにお姉さまは問い掛けを辞めない。
祐巳が喋れなくなっている事くらい、分かっているくせに。
「私の卒業が、私達の終着点なの?時が過ぎれば、祐巳は私がいらなくなってしまうの?」
「ち、ふぁ・・・ぁん!ちがっ、ああ!」
「ちゃんと言って。」
きつめの声。いつだって祐巳を奮い立たせてきた、大好きなお姉さまの声。
「・・・一緒にいたいんです!お姉さまが卒業してもずっと一緒にいたいんです!」
怒鳴っているのと同じくらい大声で祐巳は一気に喋った。
だってそうでもしないと、ちゃんと話せる状態ではなかったから。
その言葉に、お姉さまは本当に嬉しそうに微笑んで祐巳の頬に口付けた。
「・・・祐巳、大好きよ。愛しているわ。」
指の動きが加速して、蕾を責める指の力も強くなる。
「いっ・・・ぁ!ぁん!ぁぁっ!ああああっ!!」
祐巳の体がびくりと震える。
全身の力が抜けて、祐巳はぐったりとお姉さまに体を預けた。


「これで分かったかしら。」
自信たっぷりなお姉さまの言葉に、祐巳は椅子を雑巾で拭いていた手を止めて顔を上げた。
「はぁ・・・。」
お姉さまは優雅に椅子に腰を掛け文庫本に目を落としたまま、形の良い口の端を持ち上げる。
あんな事をした直後なのに、人間というのはこうも平然としていられるものなのか。
・・・いや、お姉さまはちょっと普通の人とは違う所があるからそれでいいのかも。
「私が祐巳を。祐巳が私を必要とする限り、私達が離れることはないのよ。」
文庫本から目を外し、祐巳を見やってお姉さまがマリア様のように微笑む。
お姉さまの言葉が嬉しくて、自然と祐巳の頬も緩んだ。
「そうですね。・・・その通りです、お姉さま。」
お姉さまの卒業は、確かに淋しいし悲しい。
だけど未来には未来のお姉さまが、両手を広げて祐巳を待ってくれている。
それは、今のお姉さまが教えてくれた確かな真実。
だから祐巳は、過ぎ去る時間なんてもう怖くはないのだ。


言い訳。
学園祭が終わったら、冬本番です。冬の足音はちっとも遠ざかっていません
そこら辺は見逃してくれると助かります・・・。


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