MDNO


ヴィヴィオの規則正しい寝息が耳朶を擽る。緩々と腕を持ち上げて頬を撫でても、反応はない。完全に夢の世界へと旅立ったようだ。
危ない危ない。もう少しで、娘を寝かし付けている自分まで睡魔に負ける所だった――。
振り切るように小さく頭を振って、フェイトは軽やかにベッドから降り立つ。

逸る気持ちを抑えてリビングへ向かうと、ソファに腰掛けているなのはの後姿が確認出来た。
「なのは」
「フェイトちゃん。ヴィヴィオは?」
「もう寝たよ、ヴィヴィオの寝顔見てたら、私まで眠くなっちゃった」
なのはの横へ座り、苦笑を浮かべ肩を竦める。
そんなフェイトの様子に、なのはは呆れたように唇を尖らせた。
「お風呂も入ったんだし、そのまま一緒に寝ちゃえば良かったのに。フェイトちゃん、疲れてるんだよ。そうだ、ちょっと待ってて」
暖かいミルクでも入れてくると腰を浮かせかけたなのはの二の腕を咄嗟に掴んで引き寄せる。
バランスを崩してよろけるなのはの腰に、空いた左手を回して抱え込む。
「びっくりした…もう、フェイトちゃんってば」
必然的に、フェイトの膝に浮かせた腰を再度落ち着かせる羽目になったなのはは、フェイトの胸に手を添えて、上目遣いでフェイトを睨んだ。
「ミルクなんかいらないよ。それより、もっと欲しいものがあるんだ」
頬を膨らませる彼女が可愛らしくて、フェイトは囁く様に笑みを零す。
「なあに?」
あまりにも可笑しそうにするフェイトに、なのははつられて吹き出した。
頬にかかったフェイトの金色の髪をそっと耳にかけるなのはの指を捕まえて、フェイトはそれに口付け、舌を伸ばす。
「なんだと思う?」
「んー……。わかんない」
ちろりと舐め上げられた指先が擽ったいのか、くすくすと笑いながら身を捩ったなのはの肩を逃がすまいとソファに押し付けた。
覆い被さるフェイトと、完全に動きを封じられたなのはの視線がぶつかり合う。ふと、二人の間にじゃれ合いの雰囲気が掻き消えた。
「じゃあ、教えてあげるね」
「うん、教えて」
なのはは、両腕を上げてフェイトを誘う。
迎えられるがままに身体を寄せ、何度味わっても飽きる事のない、その唇に自分のそれを合わせた。
甘い唾液で喉を潤わせ、呼吸すら出来ない程に奥まで舌を差し入れると、くぐもった声が耳に届く。
お互いの零した唾液が口の周りを濡らしたけれど、気にする暇などなかった。
「フェ…イトちゃ…」
下唇を吸ったままに自分の上着のシャツを脱ぎ捨てようとボタンに指を掛ける。
けれど、気が急いているのか何故か上手く外れない。僅かな苛立ちを感じて、フェイトはようやくなのはの唇を解放した。
「…ん、フェイトちゃん」
ボタンを外す事に専念し始めたフェイトに、頬を桃色に染めたなのはが声を掛けるが、それを早くしろという意味に取ったフェイトは構わず無視をする。
「フェイトちゃんってば」
「…どうしたの?」
シャツの袖をくいくいと引っ張られ、ようやくフェイトはなのはと向き合った。
「今日はもう駄目だからね」
「は?」
「だから、今日は駄目なの。フェイトちゃん、知ってると思ってた」
「えっと……駄目って何が?」
両手の人差し指で×を作り、照れるなのはの言っている意味が理解出来ない。
「昨日から、その…あれが始まっちゃったから、今日はえっち出来ないの」
「……」
ぽかんと開いた口が塞がらない。理解出来ても、納得は出来る筈もなかった。
あんな風にフェイトを誘っておいて、何たる仕打ちだろうか。
それとも日頃の忙しさにかまけて、なのはの月経周期をすっかり失念していた自分が悪いのだろうか。
いや、いい。この際、そんな事もうどうだっていい。
混乱するフェイトを不審な目で見つめていたなのはの頭を両手でがっちりと固定して、はっきりと宣言する。
「大丈夫だよなのは。私はそんなの、ちっとも気にしな――」
「ぜったい、嫌」
「お風呂場でなら――」
「い・や」
「で、でも!!だって、次にまたこんな風にゆっくり出来るのいつになるか分からないし……私、なのはに触りたいよ……」
「フェイトちゃん……」
潤んだ瞳で見つめると、なのははハッと息を呑んだ。それを好機とばかりに、だからさせて下さい、と殊勝に頭を下げてみる。
「……フェイトちゃん、ちょっと黙ってて」
けれどあっさりと却下された。
「でもなのは…」
「怒るよ」
「はい…」
いよいよ怒気を孕み始めたその声色に、フェイトはしょんぼりと肩を落とした。
運が悪かったと諦めるのは容易ではないけれど、それが原因でなのはに嫌われてしまっては元も子もない。
なのはの甘い吐息。
汗でしっとりと湿った白い肌。
フェイトの指先を締め付けるなのはの中の、あの柔らかい感触――。
どうしても今ここで感じたかった記憶が蘇る。
外したばかりのボタンを下から止め直しながら、寂しさで視界が滲むのをフェイトは止められなかった。
ぽろぽろと零れ落ちる涙のせいで、ボタンを止めるのに四苦八苦しているフェイトを見兼ねたなのはが、苦笑を浮かべそっとフェイトの手を握り、顔を覗き込んで微笑む。
「フェイトちゃん」
その花のような笑顔は、いつだってフェイトを救ってくれた。身を切るような切なさが、少しずつ和らいでいく。
「なのは……」
「私だってフェイトちゃんに触って欲しかったよ。今日は私がするから。ねっ?」
「ううん、いい……」
なのはの申し出は素直に嬉しかったけれど、今はなのはに触れたいという想いがあまりにも大きすぎた。
シャツの前を肌蹴させたままなのはの柔らかな胸に頬を乗せると、パジャマの薄い生地が当たって、フェイトは眉を顰めた。
数秒考えた結果、その無粋な物を取り払ってしまおうと決意し、先刻の倍以上の素早さでボタンを器用に外してみせた。
「ちょ、ちょっと!駄目だってば」
「何もしないから」
荒い息のままパジャマの上着を引っ張り、ソファの背凭れに掛ける。
お風呂から上がった後、なのははブラジャーを身に着ける習性がない事は知っている。
「既にしてるよ!」
こちらに背を向けソファから転がり落ちて逃れようとするなのはを、フェイトは露になった胸を手の平で包み込んで制止する。
それでもじたばたと暴れるその身体に覆い被さり、自らの体重で押さえ、耳元でそっと囁いた。
「逃げないで、なのは。何もしないから、お願いだから話を聞いて」
「だけど…」
「お願い」
フェイトの声色に何かを感じ取ったのか、なのはは諦めたように溜息を一つ吐くと、力なくうつ伏せになった。
「話って、何」
「おっぱいだけでいいから、触らせて」
「……もー……」
呆れられた。
この際それでも構わないとは思っていたけど、心の底からがっかりされると辛いものがある。
「とりあえずフェイトちゃん、ちょっとどいて。重くて動けない」
「なのは……」
表情は見えなかったけれど、やっぱりなのはは怒っていた。そんなつもりではなかったのに、と再び悲しい気持ちが蘇ってくる。
ただ、肌を重ねる事が出来ないというのならば、なのはのあのふわふわの乳房に包まれて眠りにつきたかっただけだ。もちろん直で。
それすらもなのはが嫌だと言うのなら、いい加減諦めなくては――。
「っ」
ふと、指先に走った鋭い痛みに思考が中断される。
目線をやると、なのはの胸に挟まれていた左手が、いつの間にかなのはに捕まり、彼女の口元へと移動していた。
そして先程の痛みの発生源となったフェイトの人差し指は、何故かなのはに噛まれている。がじがじと。
「…なのは?痛いよ」
割と遠慮なく苛められた人差し指を引き抜くと、そこにはくっきりと赤い歯型が付いていた。
「だって……」
拗ねたように呟かれ、上に乗ったままフェイトが覗き込むと、僅かに覗いたなのはの頬が朱色に染まっているのが見えた。
「うん?」
「だって、どいてくれないと、フェイトちゃんを抱っこ出来ないから」
「な、なのは……」
その言葉にびくりと身体を震わせ、慌てて上半身を起こす。
ようやく自由になったなのはは、緩慢な動きで仰向けになると、女神のような微笑を浮かべた。
「いいよ。おいで、フェイトちゃん」
「なのはぁっ!」

前言撤回。
女神のような、ではなく。なのははフェイトにとって女神そのものだったのだ。
それでもって、言うまでもなく、なのはのおっぱいは最高でした。


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