第1章『奴隷狩り』


 街路樹に、クリスマスの飾り付けが行われている。
 季節ごとに様変わりする街にふさわしい、やや高級趣向のブティックが三年前にオープンした。
 それは、泉ビルの一階。道路に面する側を総ガラス張りにした、おしゃれなブティック「エレン」だ。
 新宿の繁華街といった好立地にあるため人目を引きやすく、ふらりと立ち寄る女性も多い。
 ショーウィンドウには、ブルーの生地をふんだんに使った、裾の長いドレスが飾られている。これを着てパーティーに出席したら、きっと注目されるだろうな、と道行く女性が思いながら、そっと値札を見て、そしてため息を吐くのだった。
 河合由美も、ふと立ち寄っただけの客の一人にすぎなかった。
 しかし、ブティックというのは表の顔で、地下には会員制の秘密SM倶楽部があり、奴隷たちの熱い吐息が昼夜を問わず漏らされている。
 彼女は今、黒光りする鉄格子が圧迫感を与える地下牢に、眠らされて閉じ込められている。つい一時間ほど前、試着室に入るまで着ていた若草色のワンピースはおろか、ブラジャーもショーツも着けていない、一糸纏わぬ姿だ。
 牢の中央には奇妙な形をしたベッドが置かれていて、それに備え付けられている手枷と胴枷、足枷を嵌められてもいる。そのため、自由は完全に奪われている。しかも地下は完全防音になっているために、いくら大声を出そうとも、それは他階の者には聞こえないのだ。仮に声が漏れたとしても、SM倶楽部は地下一階から地下三階で、彼女がいるのは最下階。何も心配はいらない。それに、地上の喧騒も防音効果に一役かっている。
 地下一階が受け付けと倉庫。地下二階にマダムの部屋と十五畳ほどの広さを持つ調教室が二つ。地下三階は調教室一つに、哀れな奴隷たちが痛めた体を休める個室と由美がいる地下牢となっている。
 このブティックが人気の訳の一つに、試着室が広く、しかもカーテンではなく鍵の掛かる扉になっていることが挙げられる。しかも、おしゃれなデザインを意識してか内部は正三角形になっていて、扉側の壁を除く二面が鏡になっている。
 しかし、その鏡はマジックミラーになっており、女性の品定めが度々行われている。そこでもし秘密倶楽部の主宰『マダム・エレン』が気に入ると、試着室に催眠ガスを噴出し、奴隷狩りを行なうのだ。
 実はこの試着室、会員になりカードを発行してもらわないと使えない。だが、数項目のアンケートにマークするだけで、数分後に無料発行してくれる。しかもその日から会員特価で商品の購入ができることから、入店者のほぼ全員が会員になる。
 試着室の扉は、カードを通さなくては鍵が開かない仕組みになっている。客は試着室を利用するために何気なくカードを通すのだが、実はその時、裏で見ているエレンの手元のパソコンには、入会手続き時に書かせたデータの内、氏名、年齢、恋人の有無、実家への連絡頻度が表示され、安全な獲物かどうかの確認ができるのだ。
 今、地下牢で拘束されている由美は、二一歳で恋人は無く、実家との連絡も滅多にしていない、といった好条件だったのだ。
 現在エレンに捕らわれ地下で苦悶している奴隷は、由美を含めず七名いる。彼女たちもまた、一人を除き由美と同じように捕らえられたのだ。
 今は何も知らずに眠らされている由美だが、目を覚ました時から会員に満足を与えられる奴隷としての教育を、エレンから受けるのだ。
 ここの会員は、性交渉としての延長線でしかないイメクラ感覚のSMクラブへ通う中途半端なサディスト達ではない。会員は三十名に満たないが、大部分はその強烈な責めから、表のSMクラブへの出入り禁止を何度も言われているのだ。
 会員になるためには、高級マンションをサイン一つで買えるくらいの財力が無くてはだめだ。それゆえ、会員には代議士、大手企業の重役などの顔もある。
 深夜二時を過ぎ。最後の会員が店を出ると、エレンは子供のような笑みを浮かべ、地下牢に降りていった。

 由美は、自分の置かれた状況が把握できないまま、すすり泣いていた。
 しかし、無理も無い。体が痛み、目を覚ましてみれば、やや暗い牢屋の中で枷を嵌められ、身動きが取れない。しかも全裸なのだから。
 気が付いてからどのくらいの時間が流れたのかは分からないが、自分の方へ足音が近づいてくるのは確かだ。せめて涙を拭おうと思っても、両手の自由が効かない。
 段々近づいてくる足音に、由美は身体を強ばらせた。
 去年の今ごろ、一度だけ友達と一緒に入って会員になったブティック「エレン」。気に入った洋服があったので試着室を利用しようと思うと、会員資格が三ヶ月で切れてしまうことを知った。そこでカードの更新を行なって、無事に試着室に入れたまでは覚えている。しかし、一体なんでこんなことになっているのかは、皆目見当も付かない。多分、悪い夢を見ているに違いないと。
 しかしこれが現実であるとわかると、レイプされる覚悟を決めた。身動きの取れない身体である。自分に成せる術は一つ無い。舌を噛み切って死ぬことも出来るだろうが、流石にそこまでの勇気は持ちあわせていなかった。
 ついに足音が、頭のすぐ近くで止まった。ガチャリという鍵を開ける重たい音がして、蝶番のきしむ嫌な音が鼓膜を容赦なく襲った。
 しかし、由美の元へ来たのは全裸の女性であった。
 年齢はどのくらいかわからないが、肌に張りがある。しかし、体毛は栗色だ。頭髪だけならば染めているだけなのだろうが、惜しげも無く、しかも顔のすぐ上に露出されているヘアーも栗色だ。おそらくハーフなのだろう。
 当然のことながら、由美にそのような思考をする余裕など無い。
 恐怖が限界まで達しようとしているのだ。
「よく、お眠りだったようね、由美」
 少々粘り気のある声だ。しかもその女性は、由美を呼び捨てにした。
 由美は、震える声で、でも最後の恐怖に負けないよう、虚勢を張った。
「あなたは、誰ですか! 私に何をしようという気です? こんなところに閉じ込めて、ただで済むと思っていらっしゃるの?」
 その女性からひしひしと伝わってくる威圧感から、思わず丁寧な言葉遣いになってしまい、そして自分のさせられている格好も手伝い、全くもって脅しになっていないことに由美は一つも気づいていない。
「うふふ。威勢の良い娘だこと。可愛がりがあるわ」
 女性は目を細めた。
 ……何なのこの人?
 由美の目から再び涙が溢れ出し、映るもの全てがぼやけてくる。
「私の名前は、エレン。御存じないかしら?」
 由美が知らないも何も無い。今までいたはずの、ブティックの名前だ。
 ……すると彼女は。
「あなた、ブティック・エレンの、エレン?」
 するとエレンはにこりと笑った。
「そう。御名答。今日から、由美は、私のペットになるの。八人目の奴隷にね」
 あまりの侮蔑的な言葉に、由美の恐怖が怒りに変わった。
「あなた、気が狂ってるわ! 現代の日本において、奴隷になんてさせられるわけがないでしょ! 憲法にだって記されているわ! 仮に出来たって、私の方からお断りよ!」
 しかし、エレンは全く動じる様子もなかった。
「だったらどうするのかしら? 逃げ出す? それとも、大声を出して人を呼ぶ? 誰かが駆けつけてきたところで、あなたは恥ずかしいだけでしょうね。そんなみっともない格好をして。もっとも、ここは完全防音が効いた地下三階。由美の声が、誰かに聞こえるかしら?」
 そう、由美は全裸の上に拘束されているのだ。今のままでは、何を言っても虚しいだけだ。それに気が付き、由美は絶望した。
 由美が悔しそうに唇を噛んでいると、
「何も心配入らないわ。今からあなたを、快楽の世界に連れていってあげるから。今まで体験したことも無い、苦痛と快楽の世界にね」
 とエレンは言うなり、牢屋を出ていった。
 その間に逃げようと、必死になって手足をばたつかせてみても、太い皮ベルトでしっかり固定された身体が、ベッドから別れを告げることなど全く叶わなかった。
「無駄な抵抗は、大切な体に傷をつけるだけよ」
 いつのまにかに戻っていたエレンは、由美の頬に手を振り下ろした。
 パシン! という、辺りの空気を引き裂いてしまいそうな、鋭い音がした。今まで父親にすら殴られたことがなかった頬を、この女は平然と殴ったのだ。
 由美の目からは、大粒の涙が溢れ出てきた。
 ……もう、逆らえない。
 完全に絶望の底へ追いやられた由美の全身から、力が抜けていった。
 エレンはそれを待っていたかのように、すばやく、でも丁寧に由美の首に、真っ赤な首輪を嵌めた。
 首輪のひんやりしたおぞましい感覚に、由美は観念せざるを得なかった。
 完全に動きの止まった由美に、エレンは頬に軽くキスをした。あまりに突拍子のない行為が続き、由美はエレンの顔をじっと見詰めた。
「さっき、私に吐いた汚い言葉。たっぷり、お仕置きしてあげる」
 恐怖を与えるように、ゆっくりとエレンは口を開いた。すると、由美の足の方に行き、上から垂れている鎖をおもむろに引きはじめた。
 するとどうだろう。今まで閉じて固定されていた足が、徐々に開いていくではないか。ベッドかと思っていたのは、実は十字架型の調教台だったのだ。
「や、止めてくださいっ!」
 顔を真っ赤に染めた由美は、大きな声で言ったが、エレンはもちろん手と止めようとはしなかった。
 九十度位開かされたところで、エレンは鎖から手を放した。
 由美は頑張って両大腿を近付けようとするが、エレンはすかさず十字架に麻縄を掛けてしまった。これで、足は完全に固定された。由美は完全に無力となったのだ。
「とっても恥ずかしい姿だこと。綺麗なあそこが丸見えよ」
 いやいやをするように、首を大きく振る由美だが、どうしようもない。首を振る度に、首輪の金属部分が十字架に当たり、カチカチという音を発した。それが、由美の心を恐怖と混乱と、不安感で満たしていく。
 その時、エレンは由美の秘部を優しくなぞった。
「うっ!」
 由美の口から、奇妙な声が漏れた。
 それとは対照的に、エレンは小首をかしげている。
「あら? 濡れてるじゃない? 感じてるの?」
 由美は困惑した。自分には、マゾ癖は無いと思っていたからだ。でも、感覚で分かる。濡れていることが。
 でも実は、由美がここに運ばれてきてすぐ、エレンが媚薬をたっぷりと塗ったからなのだ。濡れているのは、媚薬が与えられた役割をしっかりと果たしているからである。
 しかし、由美にそのようなことが解るわけがない。
「あなた、縛られて、人に見られると感じちゃうのね。ふーん。やっぱりマゾだったのねぇ」
 エレンは素知らぬ振りをして、由美をさらに追い込んでゆく。
 媚薬が塗られているので、一番敏感な部分が驚くほどに熱い。由美にも何回かの男性経験があったが、ここまで熱くなっているのは初めてだ。
 そこへひんやりとした何かが垂らさせた。
 ローションだ。心地よい冷たさだが、由美はますます恐くなってきた。今の恐怖はエレンに遊ばれているからではない。自分の性癖に対してだ。
 エレンは、指を一本、ゆっくりと挿入した。
「あ、あ、あ……」
 由美の口から、本人自身思いも寄らない声が出た。
「なかなか良い声ね、由美」
 それに、間髪を入れず、エレンは由美を言葉でも責め立てる。
 指が、二本、三本と増えていき、中で動かさせる。
 クチュ、クチュ……
 淫らな音が、指の動きに合わせ張り詰めていた空気を、一気に桃色へ染めていった。
「あ、あぁん……や、やめて、やめてくださ……あ」
「何が止めてくださいよ。クリちゃん、こんなに大きくさせて」
 エレンは由美のクリトリスを空いている手の中指で、鋭く弾いた。
「痛い!」
 由美はたまらず、大きな声を出した。しかし、その声も次の瞬間には、また喘ぎ声に変わっていた。
「あ、あ、だめ、だめぇ。あ、あぁ……」
 由美の息があがってきたところで、エレンは突然指を抜いてしまった。
 はぁ。はぁ。はぁ……
 地下牢に、由美の早まった呼吸音が、響き渡る。
 もちろん、エレンはこれで止めるつもりはない。
 ミニローターを由美に埋め込み、やおら電源を入れたのだ。
 今までバイブなど使ったことがなかった由美に、この刺激はとても強力だった。
「あ、あ、あっ」
 由美は瞳を真ん丸にして、悶えはじめた。
 エレンはまず、大腿への戒めを解いた。そして、腰と十字架の間に枕を挟み込み、いとも簡単に股間縄を掛ける。ローターが出てこないようにするためにだ。
 そして、急いで手と胴の枷を外し、上半身を起こさせ、両腕を背中に捻じりあげると、瞬く間に後ろ手胸緊縛を完成させた。
 さらに、首輪に引き縄を付ける。
「あ、あぁん。うん。あぁ……」
 由美の目は、完全に空ろだ。
 そしてエレンは、足枷も外してしまった。
「さあ、立って歩きなさい。もっと、気持ちの良いことをしてあげるから」
 完全に、エレンに言われるがままになってしまった由美は、ふら付く足でエレンが引き縄で誘導する方へ付いていく。
 連れてこられた場所は、その隣の部屋だった。しかし、その異様な雰囲気に、由美は一気に快感を忘却した。
 ところがそれを見通していたのか、エレンは部屋に入ってすぐ胸緊縛の背中の結び目を、天井からぶら下がるフックにかけてしまっていたのだ。そして、壁に並んでいるいくつものボタンから、由美を吊るしたフックのボタンを押し、由美が爪先立ちになるまで引き上げてしまった。
「うっ……痛いっ! 肩が外れちゃう! やめて! やめて下さい!」
 由美は、肩が外れてしまうような痛みに両目を潤ませて訴えたが、エレンが聞き入れてくれるはずがなかった。エレンには、そのくらいでは肩が外れることなど無いことくらい、良くわかっているのだ。
 さらにエレンは、、別のボタンを押した。すると由美の正面の壁が由美を中心として左右にスライドし、大きな鏡が現れたのだ。
 突然映し出された哀れな自分の姿を直視することなどできず、反射的に顔を背けた。
「鏡に映る由美も、妖艶な雰囲気を醸し出していて、なかなか素敵ね」
 揶揄することも忘れない。
 由美が驚いてしまったのも無理はない。
 十数畳はあると思われる、広く清潔感漂う部屋だが、拘束具が付いたベッドや磔台、三角木馬、天井からぶら下がっている何本ものフック。棚にならべられている、おぞましい形をしたバイブレーターや履けるのかも怪しいくらいの高さがあるハイヒール、薬品等、聞いたことはあったが見たことなどなかったアイテムが、現実として目に飛び込んでくるのだ。
 しかも、そのような部屋に、あられもない姿で連れてこられたのは自分だ。
 これの意味するところが分からないほど、由美も鈍くはない。
「由美。そんなに怯えなくていいのよ。このお部屋は、これから先ずっと永遠の快楽をむさぼることのできる、唯一の場所なのですから」
「で、でも……私、嫌です。おうちに、おうちに帰してください。月曜日からお仕事もありますし……お願いします……」
 エレンの、まるで子をなだめるような口調に、由美の恐怖が増幅された。瞳にいっぱいの涙を浮かべて許しを請う由美だが、縛られ、吊るされ、ローターを埋め込まれているその姿では、もっと責めてくださいという隠喩にしか聞こえない。
「安心なさいな。ここから逃げ出すことなど不可能だし、それに、二、三日もすれば、逃げようという気持ちなんて、心の奥底へ沈んでいってしまうから。それまでは、耐えて耐え抜きなさい。私の調教は厳しいわよ」
「……勝手なことばかり……言わないでください。私には……やらなくちゃいけないことだっていっぱいあるし、それに、それに……あぁ、あぁ。や、やめてくださ……あっ」
 エレンは、ローターの電源を再び入れ、由美の言葉を途中で遮ってしまった。
 部屋の異様な雰囲気よりも、今までに点けられてしまった、官能の炎の方が強いに決まっている。そんな身体を、由美は呪うことしかできなかった。
 ……どうしよう。私、感じちゃってる。こんな惨めな姿をさせられているのに。なぜ、なぜなの?
 由美は、心の動揺を隠すことが出来ないでいた。その証拠に、先ほどから悩ましげな声を上げ続けている。
 その間にエレンは、次なる責めの準備をしていた。まずは、由美の恐怖を完全に拭い去らなければならない。今は快楽の世界に溺れているだけだが、バイブを外してしまったら、また元に戻ってしまうだろう。だから、さらなる快感を与え、そして……
 エレンは、由美の右足首に麻縄を巻いた。
「あ……今度は、な、何を……。あぁ。もう、や、やめて、くださ……あはっ」
 由美の目は、早くも虚ろになっている。
「由美って、今時珍しい娘ね。たかがミニローターだけで、ここまで感じちゃうなんて。処女じゃないくせして、初体験って全然気持ち良くなかったんじゃないの?」
 エレンの口調が変わった。先ほどの優しい感じが消え去り、ねちねちと陰湿に、由美の心を押しつぶすような嫌みの口調だ。
「はぁ、はぁ。あん……あ、あなたには、関係のない、こ、ことで……っ」
 由美が、やっとのことでそこまで言ったとき、エレンは背中にバラ鞭を振るったのだ。
「きゃっ!」
 バシッという心地よい音とともに、由美の口から悲鳴が漏れる。
「嫌! やめて! やめてっ!」
 髪の毛を振り乱し、大粒の涙をこぼしながら、由美は悲鳴を上げた。
 しかし、エレンの手は止まらない。
 バシッ! バシッ!
 バラ鞭なので、大きな音はしても、打撃力はさほどでもない。しかし、エレンのような上級者に掛かれば、音と雰囲気だけでも恐怖を与えられ、そしてそれなりの衝撃も与えられるのだ。
「私の質問に、きちんと答えなかった罰よ! 私に逆らったらどうなるか、身体で覚えておくことね!」
 数十回の鞭を打ち、エレンは手を止めた。
 背中が奇麗な紅葉色になってしまった由美は、知らぬ間に高まっていたローターでの快感が、急激に全身に押し寄せてきて、身体から力が完全に抜けてしまった。
 額にうっすらと汗を浮かべたエレンは、由美の頬をピシャリと叩き、
「まだ、イくのは早いわよ」
 と、気付けをした。
 由美はわずかに目を開いたが、エレンを睨む事など出来ないほど、身体に気だるさを感じている。
 エレンは由美の右足首に巻いた縄の先端を、由美の横にもう一本垂れているフックに引っかけた。そしてそれを、壁にあるボタンを押して、ぐいぐいと天井へ引っ張っていくのだ。
 当然、由美の右足は徐々に上にあがっていき、遂には一二〇度位の開脚縛りが完成した。体が柔軟な方ではないので、由美には、股関節が外れてしまうのではないのかという痛みが走る。そのため、一気に正気を取り戻した。
 しかし、相変わらずローターは由美の敏感な部分を刺激し続けているので、苦痛と快楽の狭間で、悶えていなければいけないのだ。
 うな垂れている由美の顔を、右手であごをつかみ、ぐいっと持ち上げ、エレンを見上げさせた。由美は今まで気が付かなかったのだが、エレンの身長は、意外に高いのだ。
「ねぇ、由美。私の調教はね、それほどハードじゃないのよ。本当に辛いのは、きちんと御主人様をお迎えしたときなの。たったこれだけの開脚で根を上げていては、高いお金を払って会員になっていただいた御主人様たちに、申し訳が立たないわよ」
 体勢のせいもあったが、由美にはエレンが今、何を言ったのかさっぱり理解できなかった。由美が、どのようなことかを目で訴えていると、エレンはそれを察して、ローターを止めてからビデオを再生したのだ。
「ほら、鏡を良く見ていなさい」
 なんとも惨めな自分の映る鏡に、視点を合わせた時、それいっぱいに映し出された映像に目を固く瞑った。
「だめよ! きちんと見なさい! これが、近い将来のあなたの姿なんですから! 早く目を開けてしっかり見るのよ! さもなきゃ、もっときついお仕置きだからね」
 エレンの今までにない強い口調と、お仕置きが恐い由美は、おずおずと目を開いた。
 画面には、由美よりもやや熟した、それでいてスタイル抜群の女性が、贅肉がぶよぶよと付いた男性に全身をきっちりと縛られ、床にひざを付きフェラチオをさせられている映像が映し出されている。しかし、女性の顔は恍惚としていた。
 今までに一度も見たことのない強烈なシーンに、由美は我慢できなくなり顔を背けてしまった。
「目をそらすなと言ったでしょ!」
 パシンッ!
 爽快、ともいえるような音が、由美の頬とエレンの掌によって奏でられた。
「申し訳、ございません! きちんと見ます、見ますので、許してください……」
 由美はまた、涙声になった。
 エレンは、優しく頬を伝った涙を指でぬぐってあげながら、
「ダメよ。見なかった由美ちゃん、あなたがいけないんだから。よっぽど、お仕置きされたいのね。だから、マゾの女の子って可愛いわ。昔の彼氏にも、鞭とか縛りをお願いしたんじゃなくって? そのお仕置きで処女を失ったんでしょ? 可愛い顔して、結構やるもんよね。フェラだって、毎晩のようにしてたんじゃないの?」
 と、揶揄するのだ。
「違います、私、そんな事頼んでいません。それに、マゾなんかじゃありません……」
 由美の声は、鏡の左右に取り付けられているスピーカーから流れ出る、ピチャピチャという卑猥な音に、かき消されてしまうくらいの、小さなものだった。
 エレンはビデオを止めた。それから、由美の股間縄を解き、ローターを静かに取り出した。
「マゾじゃない娘が、こんなに恥ずかしい格好をさせられて、なんでこんなに濡らしているのかしら? 愛液が膝まで伝ってるじゃない」
「……」
 調教室に、再び静寂が訪れる。
「私が一番大好きなお仕置きはね、ここをいじめてあげること」
 そういったエレンは、由美の固く閉ざされている、アヌスをなんの躊躇いもなく触れた。
 そのおぞましい感覚に、由美は体を強張らせた。
「嫌です。そこだけは、そこだけはお許しください。私、何でもします。だから、そこだけは触らないでください!」
 悲鳴のような由美の声が、部屋中に響き渡った。
「だめよ。全部あなたが悪いの。きちんと見ていれば、私だってこんなことしないですんだのに。でも、仕方ないでしょ? 言うことをきちんと守らない娘には、お仕置きをしないと。許しちゃったら、いつまで経っても悪い子のまんまですものね」
 エレンは無理矢理な理屈で、由美を深みに調教していくのだ。
 平手で殴った頬に優しくキスをしてから、エレンは由美から離れ、横の棚に向かった。例の、おぞましい道具が陳列されている棚だ。
 そこから、由美にみえるように、グリセリンと一〇〇〇mlのビーカーを取り出した。
 由美は、全身を震わせ、怯えている。
「こんな浣腸なんて、したことないわよね。したことあっても、小さいときに、いちじくをちょこっとだけでしょ? でも、責めの場合は違うのよ。排泄のための浣腸ではなくって、苦痛を与えるための浣腸なんですから」
 エレンの残酷な説明の間に由美は逃げだそうと思い、必死に身をよじってみたが、足首の縄が余計に食い込むだけで、痛い思いをしただけだった。
「初めての人に、きついのは可哀相だから、とりあえず二〇%溶液を五〇〇ccにしておいてあげるわ」
 そんな事が、慈愛でもなんでもないことくらい、由美だって分かっている。苦しむだけに用意されている浣腸液だ。辛いに決まっている。
 エレンはビーカーに水を汲み、そこへどろどろとしたグリセリンを加え、よくかき混ぜた。
 出来た溶液はひとまずテーブルに置いておき、棚から別の道具を取り出した。
 闇のような黒さが恐怖感を与えるそれは、奇妙な形をしていた。張り型にもバイブのようにも見える。管が二本に、ポンプも二つ付いた責め具だ。
「これはね、アヌスストッパーっていって、このポンプを押してあげると、ほら、ゴムの部分が膨らむでしょ」
 エレンは楽しそうに、アヌスストッパーに空気を送り込んでいった。
「そして、こっちの管から液を注入していくわけ。弁が付いているから、逆流もしないわよ。とっても簡単に、しかも確実に浣腸が出来る、すばらしい責め具なの。これをされたら、ガスだって出すことはできなくなるの。取り合えず初めてだから、十分間だけ耐えてもらいましょうか。鍛えていないうちにそれ以上やったら、心臓が止まっちゃうかもしれないからね。いきなり死なれたって困るし」
 由美は完全に言葉を失っている。
 おぞましい道具を、ただ恨めしげに睨むだけであった。
「アヌスの開発はされてないみたいだから、まずは十分にほぐしてあげないとね。無理矢理やって痔になっちゃったら、私の大切な由美が可哀相だし。でも早く御主人様にお仕えできる、八人目の奴隷にもなってもらいたいしね」
 そう言って、由美ににっこり微笑んだ。
「先ほども私が、八人目って前に言われましたけれど、みんな、私のようにして奴隷にされたのですか?」
 てっきり自分一人だけだと思っていただけに、思わず聞いてしまったのだ。そんな事知ったところで、これからの調教が楽になるわけでもないのに。
「一人を除いてね。あとで奈保子っていう奴隷と会わせてあげるからね。さっきのビデオも彼女だったんだけど、あなた、ほとんど見てなかったでしょ? だから、これからきついお仕置きをされるわけですけれど。それでね、彼女は、他の奴隷たちのお世話をしているのよ。とっても優秀な奴隷で、きちんと自分の身分をわきまえているわ。彼女はね、自分から私に付いてきたのよ」
 由美には奈保子がどうして自ら奴隷になったのかが、全く理解できない。こんなにも苦しく惨めなことが、どうして受け入れられるのか。
 先ほどのビデオで見せていた、あの表情。あれが作ったものではなかったことは、一目見れば明らかだった。おそらく、奈保子は幸せなのだ。人に苛まれ、蔑まれて生きることが。
 先ほどの奈保子の姿を自分に置き換えてみて、それがあまりにも惨めだったので、また目に熱いものが溜まりはじめたとき、アヌスに冷たい感覚がした。
 エレンがアヌス責めのために、ローションを塗ったのだ。由美は、また、体を強張らせた。
「ほらほら、ダメじゃない。力を抜かないと、怪我するのはあなたの方なのよ。どうせ同じ罰なのよ。だったら少しは、自分に楽できる方法を選びなさい」
 ……そうよ。私、もう、逃れられないのよ。
 由美が、自分の不幸を少しでも減らそうと、アヌスから力を抜いたときだった。それまで周りの括約筋をほぐしていた人指し指が、ずぶりとアヌスに挿入されたのだ。
「うっ!」
 由美は、あまりのおぞましい感覚に、声にならない悲鳴を上げた。
 そして、括約筋を、また閉めてしまう。
「そんなに力を入れたら、私の指がちぎれちゃいそうよ。でもいいわね。使われていないアヌスって、こんなに締まりが良いものなのね」
 由美の両目からは、滝のような涙が吹き出していた。
 エレンは、括約筋をほぐそうと、人差し指を、ゆっくり動かした。
「あ、う、動かさないで……あぁ……」
 直腸内を弄ばれるおぞましい感覚に、由美は自分が恐くなった。今までにない甘美な刺激が、身体を溶かしていくような気がしたからだ。
「あれ? 由美、あなた、アヌスで感じているのね? うふっ」
「か、感じてなんかいません!」
 由美は動揺していた。なぜ、こんなに気持ちが良いのかが分からないのだ。
「だったら、これをどう説明するつもり?」
 ローターも埋め込まれていないのに、また、濡れてしまっているのだ。その証拠を、エレンの左手でまさぐられ、指に付いた愛液を、由美の目の前でねばねばと見せ付けた。
「私、知りません……私……」
 いつのまにかに、由美のアヌスには中指も加わっていた。それが、時にゆったり、時に激しくこねられる。
 その度に、由美の口からは、悩ましげな声があがるのだ。
「感じているみたいだから、もっと良いものをあげるわ」
 エレンは一度指をぬき、手を洗ってくると、再び棚に向かった。そして、初心者用の、細いアナルバイブを持ってきた。それに、由美自身の愛液をたっぷりと付け、そして、ゆっくりとアヌスに挿入したのだ。
「あぁ……」
 由美は最高の喘ぎ声をあげた。
 そして、エレンがそれの電源を入れ、しかも手で激しく出し入れすると、由美は激しく喘いだ。
「由美は、アヌスが相当お気に召したようね」
 荒い息を吐きながら、由美は小さく首を振った。
「なんだっていいわ。これは、お仕置きのための前戯なんだから。いいこと。奴隷はね、快楽が与えられたら、次はそれ以上の苦痛が与えられるのよ。それを、きちんと覚えておきなさい」
 言うより早くアヌスからバイブを抜くと、ついにアヌスストッパーを手にしたのだ。
 由美の背後で行われていることだが、エレンの動きは全て鏡に映し出されている。
 アヌスにもう一度、たっぷりとローションが塗られた。そして、ストッパーにも沢山塗られた。
「さあ、由美。力を抜きなさい」
 今度は逆らうことなく、括約筋を弱めていた。それが、自分の意志であったのかは、由美すらも解らない。ただ、新たな感覚に、由美は心をときめかせてしまったのかもしれない。
 指やバイブとは違い、若干固く、太いストッパーは、いまさっき開発されたばかりのアヌスには、かなりの痛みを与えたが、ある部分まで挿入されると、あとは吸い込まれるように、しっかりとストッパーを咥えこんだのであった。
「どう? おぞましい責め具を挿入された感想は?」
 エレンの余裕の声に、由美は括約筋をひくひくさせながら、
「痛いです……とっても痛いです……」
 と言って、涙を浮かべた。
「痛いに決まってるじゃない。でも、御主人様方の御立派なモノと比べたら、まだまだ細いのだからね。でも、心配しなくて大丈夫よ。じきに、指なんかよりも遥かに気持ち良くなれるから。アヌスはね、第二の性感帯なのよ」
 エレンは由美にすっぽり咥えられたストッパーを、二、三回指で軽く弾いた。
「うぅ……」
 由美は痛みに耐えるだけで必死だったのだが、大腿を伝う愛液の量は、先ほどよりも増えていた。
「ここでこれだけ感じられるんだったら、なかなか奴隷の素質はあるわね」
 エレンはそれを見ながら、再び根拠のないことを言ったが、由美はアヌスに感じる、痛みに耐えているだけで耳には入っていなかった。
 しかし、それからエレンに何度か指で弾いていると、全身に電気が走るような気持ち良さを感じてきたのだ。気が付いてみれば、アヌスにあった痛みも消えていた。
 そして、自然と喘ぎ声があがりはじめたのだ。硬くなっていた表情が、徐々にほぐれていった。
 うっとりした表情を浮かべはじめた由美を、エレンは少々呆れ顔で見つめてから、ストッパーに空気を送り込んでいった。
「えっ! あ、うぅ……く、苦しいです……」
 突然腸内で大きくなりだしたストッパーに、由美は不安の色を濃く表した。まさに、風船が膨らんでいく感覚だ。それが、腸壁を圧迫する。
「これで弱音を吐かれても困るわ。これからが、きついお仕置きなんですからね。覚悟なさい」
 エレンの『覚悟なさい』が、頭の中で二回リフレインしおわったとき、腸に「ぐぶぅ」という音と伴に空気が送り込まれてきた。
「今のは管内の空気だけど、次から液が入るわ。何があっても私が許すまで、排泄はできないからね」
 次の瞬間、腸内に冷たい感触がした。
 ついに、浣腸液が注入されはじめたのだ。
 五〇〇ccは結構な量になる。全てを注入するまで、一分近くを要した。最後に、ごぼっと空気が送られると、エレンは由美のお腹をさすってみた。
「恥ずかしいわねぇ。なに、このお腹は。七ヶ月位あるわよ」
 くすりとエレンは笑ったが、由美の腸内では、早速浣腸の効果が表れてきた。
「あ、エ、エレン様、お、おトイレに、行かせて、行かせてください……あっ!」
「私のことを、やっとそう呼んでくれたわね。いままで調教してきた中で、由美が一番従順よ。素直で良い娘だわ」
 エレンの耳にも、由美のお腹がぐるぐる鳴っているのが聞こえる。
 もちろん、もともと十分間も責める気はない。初体験の者には五分が限度だ。しかし、エレンは由美が気に入ったので、七分間責めてみようと思った。
 可愛い奴隷にはきつい責めを与えてしまう。でも、それ以上の愛情を注ぐのだ。奴隷にとって、それは理解しにくいことだが、可愛い者ほど苛めてしまうという、心理そのものなのだ。
 浣腸責めのとき、エレンが一番神経を使う。特に浣腸初心者にはだ。
 長年調教している奈保子は、四十時間の浣腸責めをしたことがあった。そして、奈保子はエレンの期待に答えてくれた。その間、苦しみ続けたが、決して気絶することはなかった。
 もちろんその間、エレンだって奈保子に付きっ切りだった。もしも、身体に極度の異常が出た場合、すぐに中止するためだ。
 エレンはいつも心に約束をしている。
 調教中に奴隷が傷ついたら、その苦しみを自分も味わうと。もしも奴隷が命を落としたならば、自分も命を絶つことを。
 だから、過去七人もの調教に成功しているのだ。
 由美の苦しみは、激しいものとなった。全身から冷や汗が吹き出している。
「エレン様、どうか、どうか、お、おトイレに、おトイレに行かせてください……。エレン様のおっしゃることは、何でもお聞きします。ですので、お願い、します」
 由美は、歯を食いしばって耐えている。アヌスに咥えられているストッパーが、ひくひく動いているのを見るだけで、その辛さが伝わってくる。
「苦しむだけじゃ可哀相だから、こっちにはこれをサービスするわ」
 エレンは小振りのバイブを、由美の前に優しく挿入した。由美はそれを、何の抵抗も無く受け入れた。そしてエレンは電源を入れた。
「あ、あぁ……もう、う、だ、だめぇ。は、あ、あん!」
 小さなモーター音が、由美の中で響き渡る。初めは、快楽の園への引導を、浣腸責めの苦しさから逃れようと神経を集中させて感じ取っていたが、悲しいかな、女性の前と後ろを分ける壁は意外に薄いのだ。
 初めは純粋な性的快感だけだったものが、それが浣腸液で満たされた腸壁への振動に変わったとき、由美は、激しい便意に追い込まれた。
「うっ! もう、だめ、です……ぐっ!」
 そろそろ限界だろうと、エレンは由美に声を掛けた。
「ならば誓いなさい。一生私の奴隷になると。その肉体を、私に捧げることを」
「は、はいっ! ち、誓います! 私は、い、一生、エレン様、の、ど、奴隷です。そして、この、身体、を、に、肉体を、エレンさ、まに、捧げま、ます!」
 由美は、おそらく排泄感に耐えられなく、誓っただけではないだろう。意識の中では、早く逃れたい思いだけで言ったのかもしれないが、精神の奥底では、早くもエレンの不思議な魅惑に、取り付かれてしまったのかもしれない。
 ストッパーの空気が抜かれ、取り外されたとき、縛られたそのままの格好で、エレンが手に持った洗面器へ、熱いものを一気に放出したのである。
 そのとき、エレンは確信した。
 由美は、奈保子と張り合えるくらいの奴隷に磨き上げられることを。
 しかし現代においては、最低限人間としての生活が憲法によって保証されている。過去に存在した奴隷制度は、言うまでもなく撤廃された。
 もちろんのこと、借金の形変わりとして奴隷にしてしまうということも、法律で禁じられている。
 しかし、奴隷という身にさせられた者に、法的の場でそれを証明しようと思うものはいないであろう。それまでに、恥ずかしい写真やビデオなどを沢山取られてしまい、それが枷となって、そのまま奴隷として身をやつしてしまうのだ。
 しかもその方法が、一番手っ取り早く、確実だ。
 そしてそれは、何よりも奴隷に羞恥心があるから取れる手段なのだ。羞恥心の無い奴隷など、奴隷としての価値は全く無い。ただ美人だというだけで人を判断してはいけないのだ。
 もっとも由美は、この事態を法的に……などということは、考えに遠く及ばなかった。
 肉体と精神の両面から追い込んだエレンは、由美に奴隷の契約を結ばせることにした。
「いつまでも気を遣ってるんじゃないわよ!」
 厳しい言葉とともに、紅に染まった奇麗な形のお尻を、ピシャリと一叩きした。
「あぁ……。なんでもいたします。ですからお許し下さいませ……」
 一言一言を絞り出すように、由美はエレンに許しを請った。
「いいわ。少し休ませてあげるわ」
 エレンはそう言うと、由美の頭を三回優しく撫でてから、部屋を出ていった。
 扉が閉まり、由美一人だけ取り残された時、奇妙な淋しさを感じた。
 由美は、エレンが出ていった扉を見つめながら、今の自分の姿を想像して自嘲の笑みを浮かべた。
 ……昨日までは、何でもないOLだったのに、どうして今はこんなみっともない格好をさせられているの? これって夢? でも……さっきは間違いなく感じてた。それに、今だって、ちょっと感じちゃっているみたいだし。
 だけど私にマゾ性なんかある訳ないと思ってた。昔興味半分で見たビデオでだって、縛られてたたかれて、痛いことばかりされるわ命令されるわで、あんな狂気じみたエッチなんて、絶対に信じられなかった。
 でも、どうして? 私は一体どうしちゃったの? エレン様の厳しい口調に畏怖を感じて、優しい口調に安堵を感じちゃって。だって、考えてもみなさいよ。私は誘拐されたのよ。それに奴隷ですって? 私の生活はどうなるのよ? 明日は月曜日よ。このままじゃ、無断欠勤で、みんなに心配掛けちゃうじゃない。それに新しいプロジェクトに参加できるっていうのに……
 エレンにとって、この間が良くなかった。由美の心に、再び怒りの感情が芽生えはじめた。
 由美は、自分のしているみっともない格好も手伝って、怒りが爆発してしまい、大きな声で叫んだ。
「ふざけないでよっ!」
 それと、エレンが扉を開けたのが、全くの同時だった。
 由美は、全身に冷や汗をかいた。
「ん? 何か言ったかしら?」
 エレンの舐めるような目が、由美の全身に降り注いだ。
「……いえ、何も……」
 エレンに聞こえるか、聞こえないかくらいの声で、由美は全てを否定した。
 しかし、エレンがそれを信じるわけが無い。もっとも、エレンも変だとは思っていた。いくらなんでも従順すぎたのだ。多分、媚薬が効きすぎたのだろう。処女ではなかったが、使い込まれた形跡は微塵も無かったので、ほんの少量で良かったのかもしれない。ただ、久しぶりに狩った獲物だったので、少々慎重になりすぎただけだ。
「そう。何でもなの。だったら、もう一度、私に奴隷の忠誠をしてくれるかしら?」
 エレンは友達と会話をする感じに言って、由美の様子を伺うことにした。
 すると由美の反応は、予想していた通りだった。うつむき、もじもじしはじめた。
 それを見てエレンは、
「そうよね。『ふざけないでよ』よね。あなたの人権を完全に無視しているんですからね」
 と、わざと由美を挑発した。
 すると由美は顔を上げ、エレンをきっと睨み付けた。
「あら、随分と怖い目をしているわね」
 エレンがたしなめると、
「何が奴隷よ! 何でアンタに忠誠なんか誓わなきゃならないの? 私には私の生活があるのよ!」
 と、由美は怒鳴ったのである。
 しかし、エレンは一つも臆することはなかった。
「面白いことを言うのね、由美は。そもそも今のあなたはどんな状況に置かれているのかしら? 裸で吊るされて、恥ずかしい場所も丸見えだし。悶えることしか出来ない由美に、一体何が出きるのかしら? 教えてちょうだいな」
 そうなのだ。今の由美には、何もする力が無いのだ。
「……だったら、舌を噛み切って死にます」
「そう。だったらやってみれば? 新宿なんだから、死体が転がっていたって大騒ぎにはならないわ」
 二人は睨み合った。勝算は言うまでもなくエレンにあった。余裕の表情のエレンと、悔しさを隠せない由美との戦いである。
 由美も舌を噛み切るなどはったりに過ぎない。羞恥心は自制心にも繋がっている。羞恥心が強く奴隷として向いているものは、自己防衛の本能も強いのだ。だから、痛みや苦しみに耐え抜く力を持っている。その苦しみが永遠に続かないことを、本能で捕らえているからだ。何人も奴隷を飼育してきたエレンである。そのくらいのことは心得ている。
 睨み合いは一分も続かなかった。
 由美がエレンから目をそらした。
 これは、由美が完全なる敗北を認めた証だ。
「では由美。これを読み上げなさい」
 エレンは一枚の紙を、由美の目の前に出した。先ほど部屋を出ていったのは、これを取に行っていたのだ。
 さっと目を通した由美は、その文面に恐怖を感じた。
 しかし、自分ができることは、これを読むことしかないのだ。将来の希望も夢も、その全てを失うのだ。これから迎えたであろう様々な分かれ道は、全て無くなるのだ。読み上げた時、自分の道は、けっして晴れることの無い暗雲が立ち込める、薄暗い一本道へとなる。
 それがわかった時、由美は大粒の涙をこぼしはじめた。
 すすり泣きながら、形の良い唇を開いた。それと同時に、エレンはテレコの録音ボタンを押した。
「わたくし、河合由美は……エレン様に、この身体の全てを……捧げることを……お誓いいたします。もしも、エレン様の御命令に逆らった場合は、……命を……もって、償わせていただきます……」
 涙声で全てを読み終わると、エレンは録音を停止した。
 録音が解除されたガチャという音が、由美の心を苦しく締め付けた。
「由美。最後に、ここへサインをしなさい」
 エレンは今読ませた誓約書の下を、指差した。
 全ての希望を奪われた由美は、がくりとうなだれて、小さな声で「はい」と、返事をした。
 エレンは、由美の縛りを解きはじめた。まずは股関節が外れてしまうかもしれないほど、きつく縛り上げた右足を楽にしてあげた。十五分と縛っていなかったが、初めて縛られる者にとって、その時間は限界に近いはずだ。
「うぅ……」
 現に痺れてしまっているらしく、由美は右足を床に付けようとしなかった。
 この状態でフックに引っかけている後ろ手胸緊縛を解いてしまったら、由美は体制を崩して倒れてしまうだろう。そのことが十分に解っていたので、まずはフックが付いている天井からのびる鎖を、壁のボタンを操作して、ゆっくりと降ろしていった。
 すると案の定、両足の力が入らなくなってしまっているようで、どこまでもゆっくり下げていくと、由美は最後にお尻からぺたりと座ってしまった。
 由美に抵抗する気が全く無いことがわかったので、エレンは上半身を拘束している麻縄も解いていった。
 ほど無くして、まさしく一糸纏わぬ姿となった由美の身体には、胸の上下に赤い縄筋が残っている。うつむいて涙を流すその姿には、とても痛々しく感じられた。
 長い間背中の後ろに縛られていた為に、腕を前に持っていくよりも、後ろに回していた方が楽なくらいだった。
 エレンは無言で由美の目の前に、誓約書とボールペンを置いた。
 由美はしばらくそれらを見つめていたが、縄跡がまだくっきりと残っている両手首を二、三度揉んでから、静かにペンを執った。
 手が少し痺れているのか、普段の奇麗な字とは似ても似つかない字で、『河合由美』とサインをした。そして促されるままに朱肉に親指を付け、拇印も押してしまった。
 これで、エレンは八人目の奴隷を手に入れたことになる。
 どのような奴隷に仕上げようか、と妖艶に口元をほころばせるのであった。
 しかし今宵の調教は、まだ始まったばかりだ。
 その五分後。調教室には、由美の鳴咽と喘ぎ声が、再び響き渡った。


〜第1章 完〜


Written by 桃桜 杏
anzuhime_312@hotmail.com


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