手首骨折クイズ解答編―野望
ドアを開けて一歩店に踏み込んだとたん、みずはは雰囲気の奇妙さに気づいた。
……はめられたか?
まさか自ら企てたオフ会に罠が仕掛けられていたとは。日本を遠く離れたトロントでなら安全だと思っていたが、敵の情報網を甘く見ていたのか。不覚だった。
室内には三人の男がいた。一人は部屋の隅でジョジョ立ちをしていた。もう一人がゆっくりと腕組みを解いた。コスプレ姿の女性参加者が、部屋の一番奥でおびえたようにちぢこまっている。
「やあ、お待ちしていたよ」
部屋のテーブルの向こうから、甲冑姿の三人目の男が愛想よく声をかけた。
「お、お前は覇者りん!?」
「わざわざ貴様からこんな機会を提供してくれるとはな、みずは。いや、MCN総司令」
男は肩の棘を光らせながら、テーブル越しに右手を伸ばしてきた。
「お互い直接に会うのは久しぶりだな、みずは総司令」
うさんくさげに鼻にしわを寄せながら差し伸べたみずはの右手を、思いがけぬ怪力がテーブルに押さえ込んだ。握力はみずはの三倍はあろうか。
「おい、びくたあ、しゃふたあ」覇者りんが合図をすると、ジョジョ立ちの男がみずはの後ろへ回った。入り口近くの男が近づいてきて銃口を向ける。
「早速だが、貴様の組織、MCNを我輩に譲ってもらいたいのだ」
にこやかな表情とは裏腹に、手には凶暴な力が加わる。手首の骨がぎちりときしんだ感触がした。
「京都からわざわざ出向いてきたのだからな。色よい返事を聞かせてもらうぞ」
「こ、断る!」返答したとたんに後ろの男がみずはの左手を逆手にねじり上げた。
「くぅっ」思わず呻くみずは。
「思い直してくれないかね。貴様のところではせっかくの宝物が死蔵されるだけだ。いずれはヒメマルカツオブシムシの餌食となるのが関の山じゃないかね。……あれは増えるといやなものだ。クリーニング代が大変だった」覇者りんは、ちょっと遠い目をした。
「貴様の組織もコスチュームのコレクションも、すばらしいものだ。だからこそ、我が帝国に任せた方が有効に活用できると思わないかね」
身をかがめてみずはの耳に口を近づけ、説得口調になる。
「貴様も大阪人なら損得勘定を考えたまえ」
上半身をテーブルにねじり伏せられながらもみずはは、相手を睨みつけて言い放った。
「やっとここまで築き上げた組織、血を吐く思いで集めたコレクションだ。お前らのようなのような営利主義の奴らに誰が渡すものかっ」
叫ぶなり、後ろ蹴りで左手を取った男を突き放した。そのまま後ろ回し蹴りで銃を持った手首を蹴り飛ばす。一瞬体重を預けた右手首が不気味な音を立てた。
それは聞かなかったことにして、自由になった左手でどこからともなく愛刀を抜き放つ。
型番「EI−O」、通称は衣愛丸。
その冷徹な輝きが発する紫外線とイオンの働きで、生きとし生けるものに致命的な効果をもたらす。抜き放つだけで敵の戦闘力を殺ぎ、衣服にかざせば殺菌消毒防虫効果はもちろんのこと漂白効果、染み抜き、はてはしわまで伸ばすという業物である。
痛みをこらえて右手をぐいと引き、衣愛丸の燦然たる輝きに目がくらんだ覇者りんを引きよせて愛刀で斬りつけた。覇者りんがかろうじて身を引き刀身をかわす。使えなくなった右手をぶら下げたまま、みずはは左手で衣愛丸を構えた。
(以下戦闘シーン13行略)
「そこまでだ」覇者りんがコスプレ女性の一人の首に左腕を回し、右手ナイフを女性に突きつけていた。
「刀を捨てろ。でないとこの女性のコスチュームを切り裂くぞ」
「ま、待ってくれ。それは超レアものなんだ」
「では潔く降参するんだな。それともお宝がバラバラの布きれに変わるのを見るか?」
「そ、それだけは……」
進退窮まったみずはは、衣愛丸をからりと投げ捨てた。男たち二人が、受けたダメージに顔をしかめながら近寄ってきた。みずはを後ろ手にして手錠をかける。折れた右手を乱暴に扱われ、みずはが呻いた。男たちはさらにロープを取り出し、みずはを亀甲縛りに縛り上げて床に転がしてしまった。
「くっくっく。さあ、MCN総司令の座を渡してもらおうか」
「だめよっ」覇者りんに捕らわれていた女性が叫んだ。トロントマスターにしてMCNのトロント支部長だ。
「私のことなんか気にしないで。組織を絶対に渡してはだめ!」
「しかし……」
「私の命なんかかまわないからっ!」言うなり、ナイフの方に体を投げ出した。セーラー服を模したアニメコスの白い胸元が朱に染まる。
「お、おい、何という女だ」さすがの覇者りんもうろたえた。
「血が……」みずはが呆然とつぶやいた。目の光が変わっている。
「血だーっ!!」叫ぶなり、みずはは立ち上がった。
「うおーっ」いましめを一気に引きちぎった。手錠の鎖がはじけ飛ぶ。向き直るいとまもない覇者りんに電光石火でとびかかるなり痛烈な蹴りを食らわせた。のけぞる覇者りん。みずははその手からナイフを奪い取り、甲冑の隙間に突き立てた。覇者りんは崩れ落ちた。血だ、血だと喚きながら、みずはは狂戦士のごとく闘い続けた。
みずはは右手首を押さえながら、ゆらりと身を起こした。
「ふっ。俺のもう一つの属性を失念していたようだな、覇者りん」
ゆっくりと左手で愛刀を拾い上げる。
「苦労して海外派遣の仕事を手に入れてまで世界に足場を築き上げているのは、貴様らのような腐った不純な奴らに与えるためじゃないんだ」
床にころがり動かなくなった男たちにその言葉が聞こえているのかどうか。
きん、と涼やかな音を立ててみずはは愛刀を収めた。息絶えて倒れているトロント支部長に近づき、切なげにいとおしげに、傷つけられ血まみれになった衣服をなでた。
そして静かに立ち上がった。
「“世界制服”の夢が叶うまで、俺は負けない。……たとえ家中が段ボール箱で埋め尽くされようとも!」
一瞬未来を見るように遠くを見つめたみずはは、マントを翻して静かに立ち去った。
(ビクターさんしゃふた〜さん咲月さんごめんなさい)