京都夜の街編―大っ嫌いだ


「なあ、MIZUHA UNIONの更新読んだか?」
「いや」
「またSSがアップされてた」
「ああ……
 それだけで通じる。これ以上言葉は要らない、というかお互い言葉にしようもない。
 みずはの公認サイトたる「MIZUHA UNION」の、二人をネタにした801 SSの話だ。話題にするだけで尻がこそばいというか、身の置き所もない気分になる。それにしてもああいうサイトを公認するとは度量の広いやつだと思う。
 オフ会、というほどでもなく京都で数人で集まって飲んでいて、お開きにしたところだ。
 みずはが大荷物を抱えているのは、例によってコスプレ衣装が詰まっているからだ。オフ会前に、連れの女にカラオケ屋で着せてきたらしい。
「オーディオの配線また調子悪いねんけど」
 すっかりみずはになついているその女を腕にぶら下げたまま、みずはが言った。
「どっか外れてるだけちゃうんか」
「確認したわそれぐらい」
「しゃあないな。また行ったるわ」
「覇者りんだーい好き」みずはが頭を近づけてささやいた。
「お前なんか大嫌いだ」打てば響くように切り返す。最近の二人の間でのジョークだ。
 「MIZUHA UNION」の801 SSでのセリフだ。みずはがおもしろがって口にするので、仕方なく決まり文句を返す。まあ多少は自虐的快感もないではない。
 それにしてもよく口に出せるものだ。俺への嫌がらせのためだけに無理して言ってるのだろうか、などと思いながら、二人と並んでぶらぶらと駅までの道を行く。

 突然走り寄ってきた男が、みずはの前に立ちふさがるなり、顔を殴りつけた。荷物と女とに両手を取られていたみずははよけきれず、後ろに倒れた。頭を打ったのか起きあがれない。みずはに女が駆け寄る。
「てめえか、人の女にいやらしいカッコさせやがって」それに激高したらしく、ナイフを取り出してさらに襲いかかろうとする男を、覇者りんは後ろからしがみつき引き戻した。つかみかかられ、揉み合いになる。
 左腕に鋭い痛みを感じて、思いきり男を突き飛ばした。見ると左腕がすっぱりと切れている。男はみずはに向き直り、ナイフを構えた。
 その間に割って入り、みずはを背後にかばう形で覇者りんが対峙する。にらみ合いになった。
「どけ」
「どけるか」
 目つきの鋭さ、というより陰険さに自信はあるが、今それだけで相手を威圧できるわけではない。こういう場合は身長3メートル、とは言わずとも185センチぐらいは欲しいと思った。
 女が何か叫んでいる。みずはは大丈夫なのだろうか。背中にも目がないのが悔しい。
 さほど腕に自信はない。けがですめばいいが最悪、殺されるかなと思う。が、ここで逃げるわけにもいかない。いくら考えても他に選択肢はない。だから殺されたくはないが、まあしゃあないかと覚悟を決める、というか諦めをつける。しかし先に殺されたらみずはを助けられないのが困る。
「みずぴー、大丈夫?」女に助けられてみずはが身を起こしたようだ。女はみずはから離れ、男の方に駆け寄った。
……くん、やめてよ」「うるさい、どいてろ」「私なんにもいやらしいことされてないから。みずぴー女より衣装に興味あるだけなんやから」「え?あいつ女に興味ないんか?」「うん!」
 戦意が衰えた男に女は追い打ちをかけた。「みずぴーが興味あるのは衣装と幼女と、この覇者りんだけ」
 男はちょっと呆然としたように、ナイフをぶら下げたまま二人を見比べた。
「ね。行こ。ほら、警察来るよ」
 さすがに多少あわてて、女に腕を取られ引っ張られるままに男は立ち去っていった。

「なんぼなんでもそこまででたらめ言わんでも……」まだ座り込だままつぶやいたみずはのそばに行ってのぞきこんだ。
「大丈夫か?」
「うん、軽い脳震盪かな」
「起きられるか?」
 差し出して握られた手にみずはの体重がかかり、引っ張られるように覇者りんはあっさり倒れ込んでしまった。みずはの上に。足腰の力がまるっきり抜けているのに気づいていなかったのだ。
「大胆だな
「あほか」みずはの上からどこうと手をつくと、左手がずきんと痛んだ。
「ごめん、足に力入らへんかって」
「腰砕け?」
「ちゃうわっ。せめて腰が抜けたと言え」
「そら怖かったやろう」
 みずはの方が立ち上がって、覇者りんに手を貸そうとした。その時にようやく傷に気づいたらしい。
「うわっ、えらい血ぃ出てるやん。どないした」みずははうろたえて傷を確かめようとした。
「切られたけど大したことない。こら、血に見とれてる場合か」
「男の出血には興味ないって」口ではそう言いながらあわててみずはは縛るものを探した。うろたえてカバンの中身をぶちまけたりしている。

「あ、ハンカチ女に貸したままや。どないしょ」
「落ち着け」

みずはは大切な衣装の一部であるスカーフを取り出し、ためらいもせず傷口に巻き付けてきつく縛った。
 覇者りんはふうと一息ついて、座り直した。みずはは立ち上がり、焦ってまた何かを探している。携帯を取り出し数歩離れて使い始めた。また女からか? こんな時に。
 と思っていると、あわててこちらに駆け戻ってきた。
「ここはどこ?」
「お前、打ち所悪かったんか?」
「ちゃうて。タクシー呼んでんねんけど、ここどこや」
 携帯をひったくって、場所の説明をして切り、携帯を返す。
「やっぱり筋と通りと、上るとか下るとか言うんやな」
「京都来るんやったら筋と通りの名前ぐらい覚えとけ」
「姉さん六角」
「そうそう」
「巫女巫女ナース」
「ちゃうやろが」

みずはも荷物を引きずってきて、隣に座り込んだ。
「119番にも電話したから」
「救急車とタクシーと両方呼んだんか? あほか」
「なんでやねん。あいてる近くの救急病院聞いただけや。救急車の方がよかったかな」
「いや、大げさなんはかなん。しかしまあネタにはなったかもな」
「ネタはもう充分やろ」
「そやな。……病院行ったらお前も頭診てもろとけよ」
「大丈夫やて」
「いや前から思てたし」
「ほっとけ」
 たった今あったことを思い返してみる。よくもまああんなことをしたものだ。終わってみると気恥ずかしさの方が先に立つ。
「ネタになるいうか、かえって書きにくいでこれ」
「なんかベタすぎやもんなあ」
「俺書かへんで。801書きの邪悪なお姉様方にネタ提供して喜ばすだけや」
「アクションもの風でいったら? 正義の味方覇者りん」
……やっぱりやめとこ」
 会話がとぎれ、なんとなく二人とも黙り込む。
……ありがとう」沈黙が続いた後、ぽつりとみずはが言う。
「ごめん。えらい迷惑かけた」
「ええて」
 一応命がけの行為ではあったが、立場が逆だったらこいつも同じことをしただろうと思うと、礼や詫びを言われるほどのことでもないと思う。自分が女のことで男に襲われる立場になるなど、ありえなさそうなのは別として。
 言い足りなかったのか、それとも真面目な雰囲気に耐えられなくなったのか、みずはは覇者りんの耳に口を寄せて言った。
「覇者りん愛してる」
「もうええて、そのネタは」
「ねえ、覇者りんは?」
「言えるかぼけ」
「一生かけて言わせてみせる」
「いまわの際に言ってやる。って、何やったっけこのネタ」
「『うる星やつら』のラストシーンやろ」
「あそうか」
 考えてみれば、好きか嫌いか二択で言えば好きに決まってるのに、絶対口にできないというのもおかしな話だ。こいつは冗談でしか言えず、自分はそれさえもできない。
 好き、というのとはちょっと違うのか。「大事」だと言えばいいのかもしれない。「とても大事だ」と。
 それとも「存在していてほしい」とか。このままだとこいつが殺される、と思ったときの、体がしびれるような恐怖感がよみがえる。自分の死を考えたときより怖かった。あんな思いは二度とごめんだと思う。

 タクシーが来た。
 二人の横に止まった車には、ボディと行灯に、目にも鮮やかな蛍光ピンクの三つのハートが。ヤサカタクシーのアイディア企画、利用したカップルが幸せになれるという、通称ラブ・クローバー号だった。
 二人は顔を見合わせた。
……よりによってこのタクシーかいな」
「まあええやん。愛してるよ覇者りん」立ち上がって手を貸しながらみずはが言う。
 その手を握る。一瞬、力を込めてぐいと互いに引き合う感覚。立ち上がったはいいがくらりと立ちくらみがして、みずはの方に倒れかかった。抱きとめられた姿勢のまま、

「貴様なんぞ大っ嫌いだ」力強く、想いを込めて、返事をした。





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