終わった後はいつも体に纏わりつく倦怠感。
体が疲れ切っているのに眠れない。
脳の中は蟲が這い回っているかのように音がして。
そんな意識の中でシャツのボタンをつけているこいつを見る。
後ろ向きの背中。ここからは表情は見れない。
「ホテル代は払っておいたから朝まで寝てていいよ。ここからだと歩いて帰れるし」
我輩はじっとその姿を見る。
「本当は貴様は誰も好きじゃないんだろう」
「俺を好きだと言ってくれる人は好きだよ」
「じゃあ我輩は?」
「・・・・・・」
沈黙。薄フレームの眼鏡をかける。
みずはは冷蔵庫から開けた酒をウイスキーグラスに次ぎ、クラッシュアイスを浮かべて飲んでいる。ここからだとその表情は見えない。
「嫌いなんだ」
氷と氷の触れ合う音がカランと音を立てる。
「誘われたら断れない癖に」
息苦しい空間。平行線がずれている。口の中に放たれた精がまだ苦さを残している。
みずはは冷たい表情で我輩に近寄るとグラスの中の酒を我輩の顔に投げた。
ぽたぽたと髪の先から落ちる雫。上等なウイスキーの芳醇な臭いが充満する。
「何で逃げないの」
顔を上げる。どうしてこの男は怒っているんだろう。
「我輩は貴様が嫌いだ。顔も。身体も。その優しくて甘い声も。セックスも」
「嫌いなら一人で生きればいいのに」
「一人で生きている。貴様が・・・我輩の脳髄に侵入してくるんだ。どうせ本気じゃないんだろう?」
「分かってるなら飽きられないようにしようとか思わないの?」
「どうやっても飽きる時は飽きるんだろう?」
また椅子に座ってボトルの酒を飲んでいる。
いっその事その首を絞めてやりたい。多分抵抗しないだろう。我輩が抵抗しないように。
シーツに落ちている氷を口に含んだ。ガリガリ音がする。
「実際みずはに好きって言ってくる人よりは嫌いだと言う奴の方がいいかもね。調教しがいがあるから。したがっている奴よりしたくないと思っている奴の方がそそるんだよ。どんどん俺の色に染まっていってその顔が苦渋に染まるのが」
嫌いだと言い続ければこの男はずっと離さないでくれるかもしれない。
調教は嫌いだ。こいつの何もかもが嫌いなんだ。だけど・・・逆らえない。
嫌いなのに見捨てられるのを恐れている。
「たまには可愛いそぶりを見せないと飽きられちゃうよ」
「すがりついて離れないでほしいと言った所で興味がなくなれば離れるんだろう」
「覇者りんは好きだよ。俺の言う事なんでも聞いてくれるし。どんな欲求にも答えてくれるし。どんなに痛くてもすがりついてくるし。・・・好きなんでしょ。いい加減認めなさい」
乾いたウイスキーがべたべたと顔に張り付いて気持ち悪かった。
氷を舐めても喉に精液が絡みついたままだ。
「覇者りんはみずはを捉える事が出来ないよ。・・・一生ね」
「別にいい。我輩は貴様がいなくても一人で生きていける。我輩も・・・貴様を捉えてない。ずっとこのまま貴様を手に入れる事が出来ずに都合のいい時だけ呼び出されるだけの関係になるんだ」
口の中に冷たさと苦さが混じる。
「離さないよ。ここまで育てるのに費やした時間もあるし」
「本気でもない癖に」
「じゃあ覇者りんは本気なの?本気で俺が好き?そんなわけないよね。嫌いなんだから」
好きだと認めた瞬間に全ての物が瓦解してしまうと感じる。認めるのが怖いんだ。我輩はこいつの何人もの相手の一人でしかないのに我輩がこいつ一人しかいないと認めるのが。
だから嫌いと言う。本当に嫌いになれれば何も考えなくてすむから。
仕事だけに集中すればいいんだ。いつも通り。
氷がみるみる無くなった。苦い味が少しは緩和されたようだ。
重苦しい沈黙と溜め息。部屋の温度が心なしか寒い。
「ここまで来ると戻れないんだよ。俺も、覇者りんも」
口の苦味は相変わらず取れない。うつ伏せになると視界は闇の中。

バタンと扉が閉められた。全く眠れない。シャワーを浴びて奴の飲みかけのウイスキーを飲んだ。
苦かった。


髪を伸ばすことにした。鬱陶しいぐらいの前髪。久しぶりに会うみずはの嘘臭い笑顔。視界が所々遮られている。
「髪、切らないの?」
「邪魔になったら切る」
万人に向ける笑顔。万人に向ける愛情。我輩一人だけ独り占めにしたいと思う。
この感情は何処から出てきたのか。
所詮性欲処理の相手でしかない癖に。
こいつは我輩でなくてもいいんだ。
乾ききった心の中で詰まらなそうな顔をした我輩にみずはがある提案をした。
「大阪でイベントやってるからインテに行こう」
「友人が売り子している事だし、足を運んでもいいかもしれないな」
「ずっとさ、覇者りんの笑顔見てないじゃん。環境が変わればと思って」
そんなに詰まらなそうな顔をしてただろうか。そういえば最近心の底から笑っていない気がする。
疑問。こいつと付き合って我輩は楽しいのだろうか。

イベントはそれなりに楽しかった。きゃさりんを帰らせた後二人で大阪の町を歩く。
「みずはは飽きるまで離す気ないから。例えどんなに嫌われても。覇者りんが俺を求める限り」
「飽きるまで・・・か。なら付き合ってもいい。・・・本当はそんなに嫌いじゃないんだ」
全てが崩壊していく世界観。ギリギリのライン。
「うん、知ってるよ」
その笑顔。ずきんときた。
いつか崩れる均衡。
力関係が崩れていったのは何時の頃だっただろうか。
大阪の町を歩きながら二人に訪れているのはあくまで沈黙。
言葉はいらないのかもしれない。
無駄な感情を吐露してしまうから。

一人の部屋で睡眠薬をジンで流し込んで寝ようとした。どう足掻いても眠れなかった。
沈んでいく意識の中で奴は手首が治ったら日本を発つと思い立つ。
その前に一度会っておこう。このもやもやした感情を払拭出来るかもしれない。

ジンの中のグラスの氷が解けて消えた。



<END>




PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル