奴には漆黒がよく似合う。そう言ったのは誰だったか。暗闇の中で目だけがその理知的な光を放っている。まるで我輩を鑑賞するように。月の光だけが照らす部屋で奴は狂気の視線のまま言った。
「来いよ」
いつもなら奴の方からしてくるのに今日はベッドに腰掛けたまま我輩が来るのをじっと待っている。奴の手の中のグラスの氷がカランと鳴る。中には高価そうなブランデーが入っている。
「どうした?来いよ。したいんだろ?」
隠微に笑う。奴に流されるままそういう行為をされてきたからといって我輩から求めろというのか?
我輩は床に座ったまま困った顔をして奴を見ている。何か我輩は罰せられる事でもしたのだろうか。奴はゆうゆうとゆっくりと酒を飲んで動かない我輩を見ている。
「したくないなら・・・そのまま地べたに座っているといい。俺からは何もしない。今日はお前からするんだ」
嘲り笑う口調。本当はこんな事はしたくないのに、何故か放置されるとどうしていいのか分からなくなってしまう。
見られているだけなのにじわりと下着が濡れてきて気持ち悪い。なのに動けない。いや、動けばいいんだ。いつものようにこの熱を放出してしまえば・・・。
「一通り教えてやったんだ。出来るだろ?」
どうしたというのだろう、我輩の体は。これではまるでパブロフの犬のようではないか。条件反射で奴に見られるとこんな風になって・・・。
人生を狂わされた。でもそれを受け入れてしまったのも我輩ではないのか?
我輩は歩き出した。奴はにんまりと笑うとグラスをサイドテーブルに置いた。
そして我輩は奴の喉に手を伸ばす。両手で力を込めて。
「そうしたいのかい?なら・・・そうすればいい・・・」
苦しげなのにやはり笑っている。こいつさえいなければ・・・
喉がごほっと鳴った。徐々に苦悶の表情になっていく。違う、こんなんじゃない。我輩が見たいのは。
手を離すと奴の首にしっかりと絞められていた痕が残っていた。ごほごほと咳をしている。
殺されかけたというのに奴は笑っていた。
「お前が本当にしたい行動はそれだったのか。さよなら。もう会わない。無理をさせて悪かったね」
立ち去ろうとしたこいつを我輩は抱き締めた。
「行くな」
「俺に消えてほしいんだろ?」
「何故我輩を選んだ。何故我輩なんだ」
「最初に愛してると言ったのはお前じゃないか」
「こういう意味じゃない」
「友人に対してはね、愛してるって言葉は使わないんだよ」
殺して目の前から永遠に消えてほしい。繋ぎとめて我輩以外の人間に奴の姿を見せたくない。本当の我輩はどっちだろう。
「今日は俺は一切手出しをしない。やりたかったら自分からすればいい。殺したければ殺せばいい。どっちを選ぶ?」
我輩はそいつを横たわらせて服のボタンを一つずつ外していった。いつも我輩がされている時は我輩がベッドに横たわってじっとしている。今はそれとは逆に奴がいつもの我輩のようになっている。おずおずと唇を合わせて舌を侵入する。舌も絡めてこない。その目だけが我輩をじっくりと見据えて。
この物足りなさは何だ。何時から我輩はこんな風になった?男を求めるようになって・・・いや、こいつを求めるようになって。他の人間を見ても何の感情も沸かないのに。
繋ぎとめたい思いともうこれ以上関わりたくない思いが交差して。
深く深く溺れていく。
胸をちろちろと舐めている時にやっとこいつが口を開いた。
「そういえば入れている最中に首を絞めるとあそこも締まるんだってね」
「してみたいのか?」
「死体は・・・そうだね。顔を焼いて手の指を切って身元不明にしてからスマキにして電車が通る所にでも落とすかな。バラバラになった体からは誰だか分からない」
「疑われるのは貴様だぞ?」
「何故?どうして?繋がりは携帯とメールアドレスだけ。その頃には俺は海外に逃亡してる。海外までは追ってこれないさ」
「殺したいなら殺せばいい」
「俺が満足したら殺さないでやるよ」
「我輩は・・・死んでもいいんだ・・・」
「本当に?」
奴は起き上がって我輩の喉に触った。そこをぐっと押されて痛みと共に呼吸が苦しくなってくる。
喉からどくんどくんと音がする。そしてそっと首を両手で押さえた。
「苦しい・・・」
「苦しいならどうして抵抗しない?このまま殺しちゃうかもよ?」
その狂気の視線を見た時本気で殺されると思った。・・・が、我輩は観念して体の力を抜いた。
「やめた。これだけ俺の意のままになる奴殺してもしょうがないし。・・・ほら、さっさと続けろよ」
我輩の髪をぐいっとひっぱって奴のズボンの中心へ我輩の顔を寄せる。我輩は困った顔をして奴の方を見た。
お前は我輩をどういう意味で好きなんだ?
よくこいつは我輩に向かって好きだと言う・・・が、単に都合のいい奴だからか?何でも言う事を聞くからか?何も知らなかった我輩を一からここまで開発したからか?
ふっと髪の毛を掴んでいた手が外れた。そして先程のように優雅に横になる。視線は何も出来ないで困っている我輩を見ている。
「やれよ。そしてペニスを舐めながら愛してると言ってみろよ」
「それを・・・我輩にやれというのか・・・?」
「好きなんだろ?俺の味が」
簡単な事なんだ。ベルトを外して衣服を脱がして・・・そして・・・。でも時は止まったまま。
「まさか・・・自分でほぐせとも・・・」
「当たり前だろ?俺からは何もしないんだから。入れれるぐらい舐めて勃起させて自分でほぐして上に乗るんだよ」
「そんな恥ずかしい事・・・」
「濡れている癖に」
かっと顔が赤くなった。見抜かれている。どうしてこんなに意地悪をする?
髪をぶるぶると振ってベルトに手をかけた。好きじゃない。こんな事は好きじゃない。いつも強制されてるからしているだけだ。その頭の中の声をじっとその奴の視線が追う。我輩の心の中まで見抜かないでくれ。
奴を全裸にしてその後どうすればいいのか分からなくなった。そのまま放っておくと萎えてしまうのも知っている。でもこのまましないという選択肢もあるんだ。
「俺だけ裸にしないで服脱いだら?」
その言葉に操られたように服を脱いでいく。我輩はこの男を本当に愛しているのか?自分で自分が分からない。意識が混濁している。それを好きな我輩、それが嫌いな我輩。どうして奴の目で見られると本性が曝け出されるんだろう。
「愛している。殺したいほど愛している。我輩でもどうしたらいいのか分からないんだ。嫌なんだ、こんな我輩は。我輩じゃない。本当の我輩はこんなのじゃない。男の体を求めて、すがり付いて。ああ、憎んでいるんだ。これ以上ないほどに。憎くて憎くてしょうがないのに狂おしいほど欲しがっているんだ。何で貴様は我輩の前に現れた?一生側にいてほしい。一生付きまとわないでほしい」
「自分が嫌いなんだね」
「大嫌いだ。毎日毎日自殺の誘惑に襲われる。一人になった時死にたくて狂いそうになる。お前がいるから死ねないんだ」
抱き合っている間はそんな現実を忘れられる。なのに終わった瞬間から現実の波が襲ってくる。
「我輩を・・・殺してくれ。貴様さえいなければいつ死んでもいいんだ」
「そんなのは忘れたらいいさ。・・・している最中は忘れられるんだろ?・・・しろよ」
のろのろと我輩は奴の局部に口を付ける。鈴口から出る蜜を吸いとって、口に含む。集中してしまえば現実を忘れられるかもしれないが、これも現実なんだ。狂いそうなぐらい欲しがっているのも。
嫌な現実だ。
口の中で大きくなって喉が苦しくなってくる。喉に突き刺さって吐きそうになる。我輩は何かに憑かれた様に舐め続けた。
「童貞なのに処女じゃないってのもおかしいもんだね」
また笑う。侮蔑した表情で。蔑視されても仕方がない。他の人間に興味が持てないのだから仕方がない。そして・・・する前にされる快感を知ってしまったから・・・とことん嫌な奴だと思う。けれどそう思っている我輩もとことん嫌な奴だ。こんなに必死に男のものをしゃぶっているのに。
「ほら、フェラしながら後ろの孔ほぐしたら?そのまま入れたら痛いでしょ?」
麻痺した思考で言われるまま後ろに手を伸ばす。いつも自分で入れる際には抵抗がある。
一人でしている時にやっている癖に。
また、頭の中で笑う声がする。笑うな。我輩を笑うな。誰も彼もが我輩を笑う。こんな我輩を笑う。我輩さえも我輩を笑っている。目の前の男も我輩を笑う。ケツに指がスムーズに入る我輩を笑う。男を欲しがる我輩を笑う。
笑うな。笑わないでくれ。
また頭が混乱する。本当の我輩は何処にいる?
「いつまでいじくってるんだよ。もっと太いのが欲しいんだろ?言えよ、その口で」
「・・・もっと・・・太いのが欲しい・・・」
情けない顔で我輩はそいつを見る。そいつはただ笑っているだけだった。我輩は体を後ろ向きにしてそれを掴んで孔を広げて入れた。これ以上笑っている顔を見たくない。埋め込まれていく。こんな姿は見たくない。目の前には壁だけ。奴の視線は感じられない。我輩は体をゆっくり動き出した。奴は動かない。でも笑っているだろう。
「あ・・・はぁ・・・」
入れたまま片手を局部に伸ばし、もう片手で乳首を引っ張る。我輩が淫らに笑っている。
それが本当の姿だろ?
もう頭の声にも否定しない。快楽で埋め尽くされる。
「いい・・・ああ・・・」
「今度はラブホテルでやろうか。全面にお前の痴態が映ってるの。獣みたいな声出してそんなに気持ちいい?する前はあれほど嫌がってたのに」
「気持ちいい・・・もっと欲しい・・・お前が欲しい・・・」
腰がぶつかりあう音。快楽の波にのまれていく。
その動いている腰を掴まれ、繋がっているところから離された。我輩は「どうして・・・」という顔でにやにや笑っている男を見ている。
そいつは笑ったまま我輩の頬をぴしゃりと叩いた。快楽の余韻が急激に醒めていく。どうしてだ・・・。叩かれた理由が分からない。
「自分さえいければいいんだ」
「・・・・・・」
「本当はいれられれば何でもいいんだろ?」
体内で熱が高ぶったまま出口をさ迷っている。我輩は命令を求められている。また、どうしていいのか困っている。奴は紐を取り出した。これで絞殺されるんだろうか。そう思っていたら手首を両纏めにして縛られた。
「我輩が何か悪い事したのか?だったら」
「お前は悪い事は何もしてないよ」
奴はバイブを取り出すと腸液でぐちゃぐちゃになっている我輩の中に入れるといきなり振動を最高にした。
「うわあああっ」
そのままバイブが落ちないようにバンドをさせられる。体内に埋め込まれた機械が我輩の内部を蹂躙する。
「助けてくれ・・・嫌だ、こんなもので」
暴れ回っているバイブが内臓をかき回すようで痛みさえ感じる。
「何が嫌なんだよ。こんなにはちきれそうなぐらいペニスをおったててさ」
奴はさげずむ笑みで我輩の局部を足で踏む。ぐりぐりと踏まれているのに痛みよりも先に快楽が押し寄せてくる。もう、痛いのか気持ちいいのか分からない。
「嫌だ、こんな、機械なんかで」
「腰をそれだけ動かしてて何言ってるんだよ。やっぱりお前は入れられたら何でもいいんじゃないの?」
「そんな事は・・・」
もうその先は声にならない。口からだらだらと涎が垂れているのに口が開きっぱなしで閉じれない。声が喉からひっきりなしに出て閉じるのを許されない。喉が乾く。
「くうっ」
後ろからの強烈な刺激と足に踏まれている刺激で達してしまった。ぐったりと横たわっている我輩の後ろで機械のモーター音だけがいつまでも続いている。
「よかった?」
「機械じゃなくて・・・お前が欲しい」
「じゃあこれでも舐めてろよ」
奴は足の指を我輩の口元に寄せる。我輩はそれを舐めている。
ぺちゃぺちゃぴちゃぴちゃずるずる
奴はいってないのに苦しくないのだろうか。
「ほんと従順になったよね。足の指舐めて楽しい?ねえ」
楽しくないわけがない。奴の体の一部分でも味わいたいだけだ。
「奴隷みたい。俺だけの奴隷」
醒めきった頭でまた混乱する。こいつは何がしたいんだろう。達した後は後ろのバイブは邪魔なだけで快楽もおこさない。
「外してくれ」
「何を?」
「・・・いきたいんだろ?」
「じゃあ四つん這いになって・・・後の言葉は言わなくても分かるだろ?」
奴にケツを向けたまま四つん這いになると後ろのバイブが外された。そしていきなりがんがんと腰をぶつけられた。
「激しい・・・っ」
「俺だって早く達したいんだよ。我慢してたんだよ、これでも」
バイブよりも激しく動く。痛くて声をあげてしまうのに口からは欲しがる声ばかりだ。
「誓えよ。俺の言う事なら何でも聞くって」
「お前の言う事は何でも聞く・・・何をされてもいい・・・だからこのまま抱いてくれ・・・」
また首に手が伸びてきた。そして絞められる。こいつが達した瞬間締められてこいつが気持ちいい思いが出来るんだろうか。ならそれでもいいと思った。
ここでこうしている我輩は普段とは違う別の我輩だ。でも根底には死を望んでいる。死に対する憧れ。抱かれたまま死ぬならそれでも悪くないとさえ思う。
腰の動くピッチが早くなると共に喉への締めつけ感が強まってきた。
意識が朦朧としてくる。このまま死ぬんだろうか。
覚悟をした時、その手が外されて抱き締められた。そして中で動いているものが外されて我輩の口元へ射精した。我輩は何も考えずに一滴残らずそれを舐め取った。
苦かった。
二人でシャワー室にいる。風呂に入っているこいつが体を洗う我輩を見ている。先程までの目の光とは違い、幾分優しかった。
「デジカメに撮っておけばよかった。やってる最中のお前の顔」
している最中より終わった直後の方が恥ずかしいのは何故だろう。我輩は念入りに体の内部まで洗う。
「この風呂狭いね。ラブホテルの風呂なら一緒に入れるのに」
いつもの調子に戻っている。狂気の光もなりを潜めたままだ。
「・・・どうしてあんな事をした・・・?」
首筋と手首に痣がくっきりと残って。
「毎日死ぬ事ばかり考えてるだろ。飛び降り自殺の誘惑よりも俺に対する誘惑で埋め尽くしなさい」
奴は・・・みずははいつものほがらかな笑顔で笑っていた。
「・・・全く。そういえば日本の滞在時間はどれくらいだった?乗り継ぎの間にここに来たんだろ?」
「うわ、時間考えてなかった。えーとね、うん、6時間。いやぁ6時間の間に何出来るかなーって」
「ドイツならともかく、日本では乗り遅れたからといって飛行機を低空速度で飛ばして目的地へ急いで行くとか無いのだからさっさと行け」
「愛してるよ」
「それは聞き飽きた」
「ほんと、やってる時の声録音しておけばよかった」
ふう、と溜め息を一つ。
「飛行場まで送ってやるから。急ぐぞ」
「はーい」
先程とは別人のこいつを車に乗せて飛行場まで急いだ。制限速度を20キロ程オーバーしながら。このまま事故にあって二人して焼死体になっても後悔しないだろう。一番嫌いで一番好きな奴。多分こいつが外国ででもこれから先何年会えないか分からなくてもこいつが生きている限りは我輩は自殺はしない。
している最中に言ったのも間違いなく我輩の本音だから。
<END>