「遊びに行こう」と誘ったら途端に嫌な顔をされた。本を読んでいる目を離さずに「断る」と一言だけ。そんなんだから友達が少ないんだよ、と言うと「ほっとけ」と言う。ほんと、つれない。誰の本読んでるの?と取り上げたら更に嫌な顔をされた。西尾維新?…知らないなぁ。こいつの事だからまた難しい本読んでいるんだろうな。

「返せ」

「何で外はこんなに天気がいいのに家に篭っているんだよ。カーテンも閉めたままで」

「…我輩が何をしようと勝手だ。いちいち口出しするな」

「カーテン閉めてても部屋の中明るいけどさ、明けた方がもっと明るくなると思うな。あんまり暗いとこにばかりいると性格まで暗くなっちゃうよ?」

俺はそう言って覗き込んだ。そいつはやけに迷惑そうな顔をしてカーテンを開けた。そんなに迷惑なら俺を部屋に入れなきゃいいのに。

「無職っていいねぇ。無駄に優雅な時間を過ごせて」

「それは我輩に対する嫌味か?」

「いやいや」

たまに休みが出来たから遊びに来てみればこの態度。恋人が来たんだからもうちょっと嬉しそうな顔をしてもいいと思うけどな。何て言ったら「誰が恋人だ?」って言われそうだけど。やってる事やってたらそういうのって恋人って言わないのかなぁ。

「そうそう、紅茶買ってきたんだ。ミルクティーにしよう」

テーブルに頬杖をついて少し怒っている顔で俺が紅茶を入れる手つきを見ている。こいつは誰に対してもそう。いつも仏頂面で。猫アレルギーの癖して猫に対してだけは本当に優しい顔をする。俺も猫だったら可愛がってくれるのかな、と思っても猫になったらやる事出来ないから人間のままでいいや、と思ったり。

ダージリンにミルクを入れて。そいつはまんざらでもないという顔をした。

「美味しい?」

「ああ。たまの休みぐらい家でのんびりとしたらどうだ?」

「それって来るなって事?」

「…そうは言ってない…」

どうも感情が分かりにくいんだよなぁ。いつも俺ばっかり好き好き言ってさ、こいつの口から好きだって言葉聞いた事無いよ。

「お前ってさ、俺が他の女と遊んでても文句も言わないよね」

「もう諦めてるからな」

伏し目がちにミルクティーを飲む。

「少しは嫉妬してくれたっていいだろ?」

「……全く。どっちが年上だか分からないな。子供みたいに」

「何だよ」

そいつは少し笑っていた。何かからかわれている気がする。

「だいたい、口数が少なすぎるんだよ。もう少し喋ったら?」

「充分話してるだろう。何が不満だ」

「折角来てやったのに」

「来てくれと頼んだ覚えは…」

「もういい。帰る」

俺がそう言うと、そいつは黙ってさっきまで読んでいた本をまた読み返した。こういう態度がむかっとくるんだよな。

「いきなり来たと思えば帰るとか言ったり…。我輩はそれでもいいがな、他の人間がよくついていけるな」

「少しは帰らないでくれとか、側にいてほしいとかそういう言葉は無いわけ?」

「それはお前の勝手だし、我輩が口出しする事も無かろう」

「いっつもそういう態度だよな」

「こういう性格だし、改善しようという気も無い」

紅茶は何時の間にか冷めていた。…美味しくない。

「あのさぁ。俺がいる時ぐらい本から目を離せば?」

やれやれ、とほんとに仕方なさそうに俺の方を見る。本を読むのと俺といるのとどっちが大事だと思ってるんだよ。俺なんて毎日忙しいからこうして会いに来る時間は作らないと無いのに。分かってない。全然分かってないよ。

「で、何しに来た」

「理由が無きゃ来たら駄目なの?」

「休みの時ぐらいのんびりしてないと体を壊すぞ」

「んー、ここでのんびり出来るからいいよ。…膝」

やれやれ、とため息をつきながら俺の前で足を伸ばして座った。俺はそいつの太腿に頭を乗せて寝そべった。

「こんな事して何が楽しい」

「んー、気持ちいいし。ほんとに出かける気が無い?」

「何処へ?」

「何処でも。お前と一緒にいられるんなら何処でもいいよ」

「…実はこの前、歩きすぎてあまり外に出たくないんだ」

「どれ位?」

「夕方になるまで。タクシーも通らない田舎道だったから…結構辛かった。迷ったし」

「最初にそれを言いなよ。いきなり断るとか言われたら、俺に誘われるのが嫌だと思うだろ?」

「あのな。我輩はお前に誘われるのが嫌だとか言ってないし、そもそも嫌いな人間なら部屋に上げない」

「嫌いじゃないなら…好きだって事?」

にまっと笑うとそいつはそっぽを向いた。ふて腐れた顔して。どうしていつもこうかなぁ。俺としてはもっとラブラブでいちゃいちゃしていたいんだけど。でも俺がしたい事は断らないよな。こいつから俺に何かする訳じゃないけど。

「ほんと、猫みたいだな…お前は」

「ん?何か言った?」

「…独り言だ」

「そっか」

ぽかぽかとした陽気が部屋を満たす中、俺は眠りについた。やっぱり連日の疲労が溜まっていたらしい。頬に当たる体温が妙に心地よかった。

 

目が覚めると何時間か経っていて。足が痛いと言いながらも律儀に俺が寝てる間中ずっと座っていてくれたんだから、ほんとにいい奴だと思う。そう言ったらまた否定するだろうけど。

俺が体を離して欠伸をすると、そいつは穏やかな顔で俺を見ていた。

「…俺の顔に何かついてる?」

「いや…。面白いぐらい気分がころころ変わる奴だなと思って」

「そういうお前は表情変えなさすぎ。もっとこう、明るく明るく」

「どこからそういう体力が出るんだか…」

「もしかして馬鹿にしてる?」

「さぁ」

俺がむくれると困った顔して笑う。その顔に軽くキスしてやった。

「キスの味は?」

「ミルクティー…だな」

顔が赤くなってると言うと、そうやってまたからかう…と返された。からかってるつもりでも遊んでるつもりでもないんだけどな。

「あーあ、俺が暇だったらずっと一緒にいれるのに」

「我輩と一緒にばかりいたら、他の女のとこ行けないだろう?」

「それとこれとは別。帰り、送ってってくれるよな」

「……我輩の車はこの前事故ったばかりで……」

「動けるならいいよ。レッツゴー!」

「ほんとにこの男は思いやりが無い…」

「ほら、俺と45Kmの間一緒にいられるでしょ?」

「……少しはお前の精神状態疑っていいか?」

「嬉しくないの?」

そいつは大きな溜め息を吐いた後、往復90Kmか…と呟いた。

 

茶色のサングラスでレガシィを運転しているのを見るのは結構いい気分で。BGMは特撮というバンドの曲で。

「言っておくが、我輩は拒否する権利があると思うぞ」

「じゃあ駅まででいいよ」

「…暇だから…家まで送ってってやる」

ほんと、素直じゃないよな。でも、こんな関係も悪くない。

「これからも俺専用の運転手になってね」

「そんなものは大阪で作れ」

「やだ。分かった、帰りにマクドで奢るから」

「妥当な線だな」

俺は気持ちいい椅子を倒してまた眠った。空は夕方から夜へと近付いていった。

 

 

END

 

 

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