※「手負いの獣」みずはside
授業が終わり、次の授業までの間覇者りん理事長に会おうと思ったみずはは理事長室で倒れている宇佐教授と、それを見ている兄貴に出会った。
「な・・・どうしたの?」
「どうやら何者かに襲われたらしい。医務室のベッドは理事長が寝ているから、代わりに女学院のikuko先生を呼んでくれないか?」
「分かった」
走り去って行ったみずはの後姿を兄貴は白い歯を光らせて見送っていた。
十数分後。医療カバンを片手に白衣のikuko先生がみずはに伴われて来た。ikuko先生は宇佐教授を少し診察してから呆れたようにみずはの方を見た。
「あのねぇ。兄貴先生が、教授が何者かに襲われたらしいって言ったんでしょ?このこめかみの打撲の傷。で、誰が私を呼ぶように言ったの」
「兄貴先生が倒れている宇佐教授を見つけて直ぐに呼んでこいと言って」
「じゃあ何故医務室に運ばないの。自分1人で運べないなら他の人に手伝ってもらえばいいでしょ?」
きつい言い方を続けるikuko先生に対して苦手意識を持ちながらみずはは弁解した。
「だって覇者りん理事長が医務室使ってるから」
「使ってるから、じゃないでしょ?もう少し頭を働かせなさい。兄貴先生を1人で野放しにしておいたらその方が危険でしょ」
「そこで倒れている教授よりもですか?」
「少しは自分の頭で考えなさい。兄貴先生は理事長が医務室を使用しているのを知っているのよね?そして私が来た時に警備部長は警備室にいた。他に教授を一撃で倒せるのが誰か」
言い終わらないうちにみずはは医務室に直行した。
「全く、何なのよ私の役目・・・」
ikuko先生は宇佐教授を女学院の医務室に運ぼうと、職員室に他の教師を呼びに行った。
慌てて事態を察したみずはが医務室まで行くと、案の定鍵がかかっていた。
(確か合鍵持ってるから・・・)
背広から鍵を取り出そうとした時、ガシャーンとガラスの割れる音がした。
「何やってんだよ!!」
鍵を開けるとベッドで横になっている全裸の覇者りんと、下着姿だけの兄貴、そして割れた窓。兄貴は覇者りんの手首から流れる血をベッドでぐったりと横になっている覇者りんの股の間になすりつけていた。
みずはは医務室のパイプ椅子を持ち上げると兄貴の後頭部にそのまま振り下ろした。ぐらっと倒れる兄貴。みずはは今までにない表情で椅子を兄貴の体に滅多打ちに振り下ろした。
「止めろ!!」
覇者りんの言葉に我を忘れていたみずはが元に戻る。力を失った手から椅子が落ちた。
「俺・・・」
茫然自失の状態のみずはが完全にしょげた表情で呟いた。
「殺しちゃったかな・・・」
「口に手を当ててみろ。息をしてれば生きてる。だいたい貴様のひ弱な力であの兄貴が倒せるか」
みずはが気を失っている兄貴の口に手を当てると、呼吸する生温かい空気が手にかかった。
「・・・よかった、生きてるよ」
「それはよかったな。ついでに我輩の手首ほどいてくれないか?」
「うん・・・」
血塗れのネクタイを解くとだらだらと流れる手首を消毒して包帯でぐるぐると巻いた。
「教授は?」
「人の体より自分の体を心配しなよ。俺、兄貴が覇者りんの体を触ってるのを見て見境無くしてかっとなって・・・」
「貴様があんなに怒った顔は初めて見た。それはそうと、何故貴様が合鍵を持ってるんだ?」
「そりゃあ勿論理事長室からロック外してマスターキーから」
「犯罪だ。全く、助かったからいいようなものの・・・その鍵、寄越せ」
「その前に服着ないと」
「この手では流石に着れないからな」
「ほんと、あっちこっち血だらけ。何かと思ったよ」
「襲われかけたんだ。ネクタイで手首を縛られたからガラスの破片で切ろうとしただけだ」
「危ないなぁ。どうしてこう襲われやすいんだろうねぇ。理事長の威厳とかさぁ」
「貴様がそれを言うか。だいたい、夜中に理事長室に忍び込んで蝋人形に手持ちの衣装を着せて遊ぶなど、よく思いつくな」
「だって蝋人形真っ白なんだもん。やっぱり彩り欲しいでしょ。ちゃんと合うようにカツラも用意してるんだよ。見る?全部デジカメに撮影済みだからいつでも送れるけど」
「あほか貴様は。蝋人形はそのままの姿だから美しいのであって、それに衣装を着せようなど普通考えつかないぞ。とにかく、助けてもらったから礼を言う。すまなかったな」
みずはに全身を濡れたタオルで清めてもらい、そして服を着せられてのろのろと立ち上がった覇者りんは「さてどうするか」と相変わらず失神している兄貴を見下ろした。
「どうするもなにも正当防衛でしょ?」
「・・・我輩が攻撃したならそうかもしれないが、貴様が何かされた訳ではないだろう」
「じゃあ気が付いた教授の復讐って事で」
「・・・・・・」
覇者りんは血塗れのネクタイを手にすると兄貴の両手首をそれできつく縛った。
「結構根に持つタイプなんだねぇ」
「パイプ椅子で滅多打ちにした奴が何を言う」
「あはは」
そして部屋に鍵をかけて出ていった。勿論医務室の入り口には”使用中”の札をぶら下げておいた。
職員室に行くと、宇佐教授は女学院に運ばれたというので覇者りんは理事長室で不自由な手で着替えて見舞いに行く事にした。その様子をみずはが目を細めて見ている。
「やっぱり動かない蝋人形より動いている人間の方がいいねぇ」
「いいねぇ、ではなく少しは手伝おうとか無いのか」
「リハビリ、リハビリ」
「ふんっ」
兄貴にぼろぼろにされた服をゴミ袋に入れて、覇者りんはぽつりと呟いた。
「本当に・・・怖かったんだ。触られただけでもおぞましかったし・・・何より力で蹂躙されるのが。男なのに・・・男の力に勝てないのが」
「覇者りん・・・」
「貴様が前に兄貴と何かがあっても問わないから抱き締めてくれ。離さないように。もう、あんな思いをするのは金輪際嫌だ」
「俺でいいの?」
服の上からぎゅっと抱き締める。その優しい体温が心地良かった。
「血塗れの覇者りんが兄貴に触られてるのを見た時はほんとに意識が暗くなったよ。俺だって兄貴とそういう関係だったのにね」
「言うな。ったく、本当は怖い奴だったんだな、貴様は」
「普段そんな事ないよ」
キスをすると覇者りんが顔を顰めた。
「染みる。唇を思いっきり噛み締めたからまだ血の味が・・・」
「何やってるんだよ」
「ほんとに何をやってるんだろうな。さて、行くか」
「うん」
女学院に入った二人を迎えたのは女生徒の喚声だった。みずははあちこちに惜しげも無く笑顔を振り撒き、覇者りんはげんなりした顔で歩いていった。
「ここはいつ来ても煩いな。我輩達を芸能人か何かと勘違いしてるのではないか?」
「いいじゃん、目の保養になって。ほら、ここには男子職員がいないから飢えてるんだよ」
「・・・帰りたい・・・」
「そんなに女子校生が嫌い?どうせなら俺もこういう所に就任したいよなぁ」
とろけそうなみずはを引き摺るようにして医務室まで直行した。
「大した事は無い。二、三日休養すれば元に戻る。それで?兄貴先生の方はどうなったの?」
ikuko先生がきつい目で覇者りんの後ろに隠れているみずはを睨む。みずはは覇者りんの耳元に「この先生苦手。俺の魅力が通じないんだもん」と囁いた。その声を無視して覇者りんはikuko先生に向き合った。
「我輩が襲われかけたところをこいつが兄貴の後頭部にパイプ椅子を振り下ろしてそれから倒れた兄貴を何度も何度も。血が出てないようなので命に別状は無いようだが」
ikuko先生は「あの学園は理事長も教師も揃いも揃ってこんなのばっかりか」と呟いた。
「生きてるからといってそのまま放置したの?脳内出血の可能性とかは?」
「そういや医務室に鍵かけてそのまま出ていったんだ」
「こっちの方は大丈夫だから、今すぐ鍵開けて兄貴先生を医者に見てもらいなさい」
「だって自業自得・・・」
「理事長が襲われてみずは先生が兄貴先生を脳内出血で殺してしまったら正当防衛も何もなくなるでしょう?金さえ出せば口を封じてくれる医者なんてこの辺に沢山いるんだから呼んできなさい。あの学園、医療設備だけは整っているんだから」
「それにしても少しは我輩に敬語を使うとか・・・」
「私、貴方の学園の教師じゃないもの。それに何でそんなに年も違わない奴を敬わなきゃならないのよ」
「我輩、みずはがこの人を苦手なのが分かった気がする・・・」
「理事長室に置いてある鍵開けれるのは覇者りんだけだし、コピーは俺が持ってるからどの道戻らないとね。もう少し女学園の空気を堪能したかったなぁ」
再び女子校生の嬌声で見送られた時、覇者りんは「相手間違えたかな」と少し後悔した。
「命に別状は無いようだ」
「そりゃそうでしょ。だって俺の力で兄貴を倒せないって言ったの覇者りんだし」
「・・・人一人殺しかけといて何をけろりとしてるか貴様」
医務室のドアの前でしゃがみ込む二人。
「それはそうと授業はいいのか」
「他の教師に携帯で覇者りんが自殺未遂したからその看護に行くと伝えておいたから、それが生徒に広がってたら少しぐらい授業休んでもいいでしょ」
「・・・兄貴の入院、そして宇佐教授も休み、我輩は自殺未遂か。また妙な噂が流れるな」
「噂はもっと大きな噂で打ち消すのがいいんだよ。本当の事を言うとか」
「言うな。しっかし我輩の精神状態を疑われそうだな」
「精神病院に入院したらさ個室でもっといい思い出あげるよ。兄貴にされた事忘れさせてやる」
「いや、貴様の存在が我輩の精神をおかしくしてると少しは気付いてくれ。とにかく、コピーキー返せ」
覇者りんは渡された鍵の束をポケットに仕舞った。
「それと、我輩がいる時なら蝋人形に着せ替えしようが何しようが構わないから隠れてこそこそやるな。・・・しかもあの兄貴と・・・」
「分かったよ。もう人形には何もしないから、覇者りんの生着替え見せてね」
「さて、日常業務に戻るか」
「無視かよー」
「貴様の悪趣味には付き合ってられん」
「いいか。皆無事だったし」
後日。近くの病院に見舞いに行った覇者りんとみずは。兄貴は渡された果物を元気そうに食べている。
「よかったな、命に別状が無くて」
「全くですよ。気が付いたら病院のベッドの上だなんて。で、みずはが何でここにいる?」
「だって兄貴後ろから殴ったの俺だし」
「おい」
「謝らないからね。俺の覇者りんに手を出したんだ、これからもやるなら入院覚悟でやれば?」
「そんなに好きなのか」
「当たり前でしょ」
「貴様ら、ここ大部屋・・・」
「だから?」
「それで?」
覇者りんは頭を抱えた。ほんとあの学園には碌な教師がいない。生徒の方が余程しっかりしているのではなかろうか。
「今度手を出したら殺してやる」
「・・・もう、いい。我輩も気持ち悪かっただけで・・・されたわけではないし」
手首の包帯はもう取れて、リストカットしたような痕が残っているだけだ。
「こいつが謝らないようだから我輩から謝る。入院までさせたのは少しやりすぎだと思ってる。しかしな、我輩は同性同士の行為についてどうこう言わん。けど相手が嫌がるのにやるのは犯罪だ。二人とも我輩より年上なんだから少しは自重する心を持ってくれ。以上だ」
「今回の事件は不問という事で」
「我輩も病院に用事があったんだ。みずは、先に帰らないか?」
「どうせ精神科で薬貰ってくるだけでしょ?いいよ、待つよそれぐらい」
「また3時間待ちとかになるんだろうなぁ」
「話してればそんなのすぐ過ぎるって。じゃ、行こう」
兄貴は林檎を剥きつつ「あの二人には敵わないな」と苦笑した。
「ほんと、待ち時間長いねぇ」
「待っている間、ナースの品定めするのはどうかと思うぞ。一緒にいて恥ずかしい」
「一人でいるよりマシでしょ」
「一人でいる方が余程いい」
「あ、これ渡しとく」
みずはは覇者りんの手に電源の入っていないスタンガンを押しつけた。
「こんなもので身を守らなくてはならないとは・・・世も末だ」
「それ、熊でも気絶出来る保証つきだから」
「そんな保証はいらない。・・・が、一応貰っておく」
みずはの差し出した手に覇者りんは自分の手を合わせて二人は手を繋いで学園まで帰った。不思議と、人の目が気にならなかった。
<END>