みずはが日本に帰ってきた。包帯で巻かれた腕がとても痛々しい。本人はそんな見かけとは裏腹に至って元気そうだ。
「ただいま」
オフ会で手首を骨折したようだ。何をやらかしたのかは知らないが、歩くイベント製造機というかよく何かしらそこまでいつも巻き込まれるものである。
「・・・手首治ったらまた海外行くんだってな」
「うん。その前に覇者りんの顔を見ておこうと思って」
人懐っこい顔で笑う。やはり手首に巻かれているギブスにどうしても目がいってしまう。
「左手だと色々大変なんだよ」
「貴様ならどの国に行っても自主的に介護してくれる奴がいるだろう」
またこんな言葉を言ってしまう。素直に帰ってきて嬉しいとか言えないのか我輩は。・・・言えないのだろうな。
「そりゃいるけどさぁ」
我輩の部屋にはベッドの他にはパソコンとその部品だらけだ。座る場所が無いのでみずはは勝手にベッドに座って仰向けになる。我輩はキーボードを動かしていた手を休めてベッドの端に座った。
「んー、やっぱ居心地いいね」
「寝る場所以外機械塗れの部屋の何処が居心地いいんだか。パソマニアでもない癖に」
「覇者りんの枕ー布団ー」
「いい年した大人が布団の上でごろごろやってるのは気味が悪いぞ。それと上着ぐらい脱いだらどうだ?」
「左手で?俺に?無理。脱がして」
何をぬかすかこの男は。無理なら今の今までどうやって着替えしてたんだ。
そう思いながらしぶしぶコートを脱がす。春の陽気がエアコンの暖房がいらないのではないかという程に暖かい。
「ほら。全く何様だ貴様は」
「王様」
何処の国の王様ですかあんたは。思わず突っ込み。
「コートだけ?服着たままでやるの?それでもいいけど」
「いつ誰が何処で何をするって言うんだ」
「久しぶりだし、したいんでしょ?」
「帰れ」
みずはが左手で覚束ない手つきで服を脱いでいく。あまりの拙さに苛々してしまう。
「いい、もう。やってやるから」
「結局やるんだ」
にやにやと笑っている。靴下を脱がしている所で我輩は何をしているんだろうと少し我に返った。
「言っておくが、我輩は性欲を自制出来るからな?別にやってもやらなくても」
「んー、みずはも溜まっててねー」
細い体。きちんと食事を取っているのだろうか。確かにカナダは菓子類は美味い話を聞くが、食事の方はどうなんだろうか。
だからこんな奴の体調などどうでもいいだろうが我輩。
ぐるぐると思考が回転して上着を脱がせるだけで疲れてしまった。
「何か疲れた。そもそも我輩が貴様を心配しなければならない道理なぞ無いし」
「心配してくれたんだ。何か嬉しいなぁ」
そんな無防備な笑顔をされると困る。
「別に心配なんか・・・」
そんな言葉は接吻で封じられる。結局ずるいんだこの男は。
銀色の糸を引くまで口内を嬲られて「心配してたんでしょ?」と笑う。本当にずるい。
「やはり右手首を骨折してる奴を目の当たりにするとな」
「それだけじゃないでしょ。言葉はね、言わなければ通じないんだよ。以心伝心なんてあるけどあれは嘘。相手の考えってさ、言わなければ分からないよ」
他人にしてみたらそうだろう。しかしこいつは違う。確信犯だ。我輩がこいつにどう思っているかを知っている。知ってて、この口からその言葉を言わせようとしている。
「我輩に何を言わせたい?」
左手で我輩の頬を撫でる。
「そうだね。みずはがどの国に行っても安心出来る言葉が欲しいかな」
右手首にギブスまで嵌めている癖にこいつは本当に絶対的に我輩より有利だ。どう足掻いても勝ち目が無い。
好きになってしまった時点でもう負けているのかもしれない。
「貴様がどの国に行っても我輩の一番は貴様で、貴様の一番は我輩だ。・・・これでいいか?」
「ふふ。みずはも同じ事思ってるよ。いつも」
敵わないな。
いつからこいつの前で服を脱ぐのに羞恥心を無くしてしまったのだろうか。あまりにも慣れてしまって当たり前になってきている。
それでも狭いベッドの上で右手を気にしながら左側に寄り添うと、心臓が破裂しそうなぐらい痛い。間近にいる距離感。
まだ何もしていないのにだらだらと先走りの液が出て太腿を汚している。
我輩ばかりこんな状態なのも癪なのでこいつの胸に耳を当ててみた。
心音。肋骨と肉を通しても聴こえる心臓の音。余裕綽々の顔をしているのに同じ位心臓が痛い状態なんだろう。
穴に指が入る瞬間。どうしても慣れない。体が強張ってしまう。
ぴちゃぴちゃ音がする。体温の熱が上がる。心臓がますます痛くなっていく。
指だけだと足りない。
我輩はみずはの手を外してベッドの横に置き、奴のジーンズのジッパーを下げ下着から肌色の生き物を出して口に含んだ。
「ついさっきまで性欲自制出来るとか言ってなかったっけ」
そうやってからかう。下着に染みまで作ってる癖に。
どっちもどっちか。
所詮は似た者同士かもしれない。
最初はこの青臭い味も臭いも嫌いだったんだ。こんなものが体に入るのも信じられなかったんだ。
膨張した物が喉に突き刺さって口を上げた。少しむせた。
よくこんなものが口の中に入っていたなと思いながらソレから顔を背けるようにしてみずはの方を見る。
真っ赤な顔で薄く笑いながら「続けて」と言う。
何様だ貴様は、と頭に過ぎりながらも先程までの行為をまた続ける。
何様というか王様か。ほんと偉そうだ。
鈴口から蜜が吸っても吸っても溢れてくる。我輩には言わない限りしてくれない癖にこんな行為を要求する。
こんな体の関係が何年も続いているのに未だにしてくれと言うのは恥ずかしい。
ソレから口を外すとふらふらとソレに腰を落としていった。
ずぶずぶと埋め込まれていく体。何処までも落ちていく感覚。熱病にかかった頭。ぼうっとしてくる感覚。
「ああっ・・・はぁ・・・」
快楽にのめりこまれていく。
「このままだとジーパン汚れるかな・・・ちょっと外して」
言われるがままにみずはの体から離れ、ジーンズを下ろして足首から外す。
「四つん這いになって」
二度目の挿入。もう我輩の意思なんて無い。無いも同然だ。口からは意味不明の単語だけが出て快楽を貪るだけの体に成り果てている。
「ひぃ・・・ああっ・・・激しい・・・」
痛い程に打ち込まれてかき回されて。ぐぢゅぐぢゅと音が響いて。
口からだらだら涎を垂れ流しながら破裂しそうな自分自身を扱く。
「いぁ・・・もう出る・・・う・・・くっ」
この異様に強烈な快感。白い液を放出した後の肉体は抜け殻のように崩れ落ちた。
ねばついた手をそのままに肩だけで体を支えている。放出した後もまだ繋がっている腰だけ上がった状態だ。どろんとした目で頭をシーツにつけた状態で口から相変わらず不明瞭な声と涎が出るのを漠然と見ている。
「自分だけイッてないで腰動かしなさい。みずははまだイッてないんだから」
そんな事を言われてももう体に力なんて残っていない。
分泌液が出なくなって擦れている場所が痛いぐらいだ。
ずるりとソレが体から抜けた時、正直ほっとした。制御を失った体は腰まで崩れ落ちて体が沼にずぶずぶと沈んでいくようにシーツにどこまでも沈んでいく。
その体を左手だけで仰向けにされる。
「腰が痛い」
鈍い痛みに思わず我輩の腰をさする。
「いいから足開く」
これがさっきまで入っていたのかとかこれからまた入るのかとか半分ぐらい止めたくなりながらもまだこいつはイッてないしなと思いながら足を開く。
「痛っ」
乾いた場所に突き刺さるのは正直痛く、少し涙が滲んできた。
「やっぱ・・・顔見ながらの方がいいね・・・」
「痛いから・・・もう止め・・・」
「止めない」
痛みに快楽が混じってくる。悔しいぐらい体の相性がいい。畜生。
ソレの形が体の中でくっきりと分かるってのは正直どうなんだ。
腰の動きが早くなっていく。終わりが近いんだろう。
みずはの呻き声と体内への熱い本流。
「はぁ・・・はぁ・・・」
シーツに染みていく液をそのままにみずはがなすがままになっている我輩に倒れてきて言った言葉は
「ギブス邪魔・・・」
だった・・・。
「あー、疲れた。もう一回しようか」
「日本語がおかしいとか思わないのか貴様」
「みずははカナダに行ってる間ずっと禁欲生活を送ってて・・・」
「分かったから。ったく、今日はあと一回だからな」
「今日は?」
くすくす笑う。ほんとに憎らしいなこいつは。
「日本にいても忙しいんだろ?どうせ次ぎ海外に行くまでまた会えるとも限らないからな」
「拗ねちゃって。可愛い」
いい子、いい子と人の頭を撫でる。一つしか違わない癖に。
それで喜んでいる我輩の頭もどうかしてる。確実に脳がいつもと違う。もう反応してるし。欲しがってるし。自分で自分が分からない。理解不能としか言いようがない。
「そういや一度やってみたかったプレイがあるんだよね」
うきうきと何を嬉しそうに。我輩の今の状態よりこいつの方が遥かに理解不能だ。
「何だ」
聞くのも嫌になっていたが、条件反射で聞いてしまう。こいつがこんな事を言う時は碌な事が無い。
「ここに取り出しますのは一本のネクタイ」
溜め息しか出てこない。がっくりと項垂れて「で?」と次ぎを促す。
「言っておくが自分で自分の手首は縛れないからな」
「誰も手首縛れって言ってないよ。そんなプレイが好きなんだー。分かった、手首治ったらしてあげるから」
「誰もそんなのは好きだとも言ってないししてほしくない」
体が熱いから起き上がってエアコンを切り、尻からだらだらと流れている液体を塵紙で拭ってごみ箱に捨てみずはの隣に横になった。
「むきにならなくても。ほら、今のみずはって右手が不自由じゃない。だから覇者りんもどっか不自由になってもらわないと割りに合わないっていうか。だからそのネクタイで目隠ししてブラインドプレイ」
「何がどうしてそこでだからという言葉が出てくる」
「浮気しようかなぁ」
「三歳児の本妻はどうした」
「ずっと海外行ってたからもう間違いなく顔忘れられてるね」
何で我輩がこんな事をしなければならないんだろうなぁと溜め息を吐きながらもその紺色のネクタイを外れないようにがっちり目を隠すように縛った。
視界を遮られても不安は無い。安心して体を預けられる相手。預けているのは体だけではなく精神も何もかも全部委ねてしまっている。
出来ればこのまま寝てしまいたい。そういう訳にもいかないだろうが。
もうどうにでもしてくれと思いながら横たわっていると耳の中に舌が入ってきた。
視界が遮られている分、普段より体が敏感になっている。
「あんまり体を動かすと外れちゃうよ」
「煩い」
充血した乳首を痛いぐらい舐められる。尖りきったそれを左手で触られ、撫でられ引っ張られる。皮が剥けてしまうのではないかと思うぐらいに。
「そこばっかりしてないで・・・」
「具体的に何処にしてほしいの?」
にやにや笑っている顔が目に浮かぶようだ。癪に障る。目隠しをしたままでぷいっと横を向く。みずはは体の中心には直接触れずに太腿の周りを舐めている。
「いいから早くしろ」
「反応早いね」
口の中に入れられた二本の指をべちゃべちゃと舐める。塩辛い味がする。
意識を緩めると本当にこのまま眠ってしまいそうだ。
目を開けても目を閉じても闇。
こいつの手の平の感触は本当に心地良くて。
体の熱はそのままにふいに眠気が襲ってきた。
「眠っちゃったよ。自信無くしちゃうなぁ」
苦笑する言葉。ネクタイを外され、腕枕されたまま眠りに就いた。
睡眠薬を飲まないで眠れたのは本当に何ヶ月かぶりだった。
目が覚めるとこいつがぐっすり眠っていた。我輩は会社があるので洗顔と歯磨きをすまし、着替え終わってもまだ寝ていたので声をかけた。
「起きろ」
「んー、後5分ー」
「貴様は無職だからいいかもしれないがな、我輩はこれでも仕事してるんだ。邪魔だから早く起きて出て行け」
「うわ、ひどっ。恋人に向かってその言い草」
「いつから恋人になったんだこら」
「えー?じゃあ愛人」
「もう一本の手首も折られたいのか?」
「んー、分かった起きるー」
もぞもぞと布団の中で何をしているかと思いきや朝立ちの処理をしていたので頭に手刀を繰り出した。
「いたっ。折角昨日の余韻をおかずに」
「駅まで歩いて帰るか?」
「起きるってー。ってかさぁ、濡れた下着穿くの気持ち悪いんだよね。替え無いの?」
「だからいつ来るか分からないような奴の為に何で着替えを用意しておかないとならないんだ」
もぞもぞと左手だけで服を穿いているみずはを見ていたが、結局は手伝う事にした。お人よしというか何というか。やれやれ。
外はコートがいらないぐらいの陽気だった。みずはは寝ぼけ眼のままふらふらと助手席に乗った。そのまま眠ってしまいそうだ。
京都の曲がりくねった道を走りながら助手席のみずはに言う。
「恋人とか愛人とかそんなものじゃなくて・・・貴様との関係はなくてはならないもの、それだけだ」
「そうだね。恋人でも愛人でもなかったら覇者りんはみずはの”幸せ”かな」
「貴様と出会ったのは不運だが不幸ではないという事か」
「かもね」
こいつはともかく我輩は間違いなく春の陽気に頭がやられている感じがするが、こんな日がたまにはあってもいいかもしれない。
余談だが、会社で睡魔に負けて机に突っ伏して眠っていたら社長に心配されてしまった。かなりバツが悪い思いをした。叱られた方が精神的に楽である。
今度はいつ来るのだろうと思い浮かべながら仕事をしていると本当に眠りそうだ。
帰りに近所のホームセンターに寄って今度来る時の為の洗顔用具一式とパジャマと下着を買ってしまった。フリーターなのに。貧乏なのに。
こんな日は早めに寝るに限る。むわっとした臭気の中で睡眠薬を酒で流し込んで眠りに就いた。
口では否定していてもいい加減恋人だと認めてもいいかもしれないとも少しは頭に過ぎっていた。
<END>