指輪が届いてしまった。我輩が注文したからなのだが。[DEVIL JOKER]という銀細工の店で「この指輪なら奴に似合うだろうな」と思い気が付いたら注文をしてしまった。

届いたものは確かに美しかった。別に奴の誕生石ではないが、アメジストの血の赤の色も奴には似合うだろう。しかし…

これをどういう顔で贈ればいいんだ?

そもそも手作りの一品物なので届いた時には奴の誕生日から1日過ぎていた。それはいい。

指輪…か。

深く考えるとまた動けなくなりそうなぐらい落ち込みそうなので行動する事にした。誕生日当日は忙し過ぎる奴でも、翌日はそうでもないだろう。電話をかけると案の定捕まった。なので早速その指輪を無造作にダウンジャケットのポケットに突っ込むと車を大阪まで走らせる事にした。

 

「来てくれると思ってた」

部屋に入るなり抱きつかれて嬉しそうに言う。まさか指輪が届かなければ(配達事故等)来るつもりは毛頭無かったなどとは言えまい。我輩は奴の右手を取り、ポケットから出した指輪を見比べた。

やはりサイズ的に合わないか。

そもそもこいつの指のサイズなんて知る由も無いのだから当然といえば当然なのだが。

「指輪?」

「ああ。貴様の特殊な仕事の給料の二日分だ。有難く受け取れ。尤も、貴様なぞ指輪だの何だのは山ほど受け取っていると思うが」

ごちゃごちゃと部屋に置かれている奴への他の人間からのプレゼントを見ながらそう言った。

「ええと・・・これは婚約指輪として受け取っていいのかな?」

「あほ。指のサイズ合わないだろう。先程目算で見た限りでは・・・」

みずはがにやりと笑った。これではどの指で目算したのか我輩からばらしているようなものではないか。

「確かに薬指じゃ合わないね」

「帰る。誕生日のプレゼントは贈った。用件はそれだけだ」

「帰るなよ」

我輩がその身を引き剥がそうとしても、それは出来なくて。こいつの握力が我輩の3分の1だというのに・・・。

「俺がいろと言ってるんだからいなさい。ね?」

「・・・・・・」

この男といると疲れる。今に始まった事でもないが。そいつは指輪を右手の指で摘んで左手の指に入れていった。

「右と左だと指の大きさもほんの少し違ったりするから。ああ、左手の人差し指ならぴったりだ。でもこれ、キーボード打つ時邪魔だなぁ」

「いらないなら捨てればいい。我輩が渡した瞬間からそれはもう貴様の物だ。貴様がどう扱おうが構わない。気に入らなければ質屋にでもリサイクルショップにでも持っていけばいい」

「誰も気に入らないって言ってないでしょ?ありがと。指輪貰ったのって初めてなんだ」

「…なのか」

「その荷物の中にもしかすると入ってるかもしれないけど、まだ開けてないからね」

それにしてもこいつの人気の度合いからなのか、よくこれだけの贈り物が届くよな。我輩の誕生日には…ああ、こいつがいたか。それだけだ。いいけれど。

「いい加減体を剥がしてくれないか?いい年した男二人が何が楽しくて密着してるんだか」

「俺は全然力入れてないんだから勝手に引き剥がせばいいでしょ」

それもそうだ。抱き締められている時いつも何故か離れられない程の強さだと感じてしまう。

こいつは指輪に見入っていた。

「何処で買ったの?」

「ネットで。[DEVIL JOKER]っていう名前の店でな」

「URL教えて」

値段ばれるな。いいが。別に高価なものでもないし。我輩が医者からその金額を言われたら即座にその医師を脳内で抹殺シミュレーションするが、所詮は奴の日給の二日分だ。

何だか割りに合わない気がする。

 

我輩が奴のキーボードをかたかたと弄くっている後ろから密着してくる。ほんとにこいつは冬でも夏でも季節感おかまいなしに我輩にくっついてくる。

「ここだ」

「ふうん。凄いねぇ、この若さでこういうの作れるのって」

「ある意味職人だな」

ひとしきりサイトのコンテンツ内をチェックしている時、みずはが「これなら覇者りんに似合いそうだね」と指を指した。

「髑髏か。・・・骸骨を指輪にするのはセンスがいいが・・・」

「でしょ?覇者りんの誕生日に贈ってあげるよ。その頃にはこの指輪調節してもらって俺の薬指に合うようにして」

「貴様は人の誕生日にこういうの(アメジストスカル)を贈るのか」

「やだなぁ。誰が誕生日プレゼントだって言った?結婚指輪だよ」

キーボードにうつ伏せるところだった。我輩のパソコンなら即座に電源を切る所だった。

「誰と誰が結婚するんだ」

「俺と覇者りん。大丈夫、旅費は持つから」

こいつと結婚か…何を着させられるか分からないな…全身黒づくめのゴシックロリータドレスとか…いや、そうじゃないだろう。

「確かに外国では同性で結婚出来るところはあるがな。そもそもこういうのは双方の同意があってこそ」

「だって俺の事好きでしょ?」

・・・・・・。時間が停止した。直球だ。どう答えればいいんだろう。

「本気で困るんだ…我輩は…」

気分が何処までも沈んでいきそうになった時、みずはは「これもいいね」ととある指輪を指差した。

「ロングスティングなんて首輪みたいじゃない?やっぱり毎日首輪つけさせるわけにいかないでしょ。その点指輪だったら」

「断る!!」

「何でだよー。首輪に鎖繋いでずっと傍に置いて飼育したいっていう俺の熱い感情を分かってくれないの?」

「分かってたまるか!!」

がくっと項垂れた。このまま眠ってしまいたい。いつもそうだ。怒りが満ちていってその後は諦めの感情に流されるんだ。こいつに対する感情は…諦め、なんだろうか。本当に嫌なら来なければいいのに。

「そういえばもう仕事終わっちゃって俺、無職なんだよね。明日からどうしよう」

「どうしようも何も…月給75万だかはどうした。少しは貯金しろ」

「んー、養ってくれない?」

その目で見つめられ、その指で触られるとぞくりと背中に電流が走る感じがする。

「だからなぁ、我輩より金を持っている奴を養わないとならない道理はないだろうが」

「ずーっと一緒にいれるんだよ?」

「いたらいたで“ほっとかれる方が好き”だとかうにうに言う癖に何を言ってる」

「だって俺に構ってほしい奴っていっぱいいるんだもん。覇者りんは俺にべたべたしないでしょ」

「ただでさえ毎日疲れてるのに更に疲れる真似などしたくない。それだけだ」

「仕事大変だねぇ」

こいつの存在が疲れさせると全く気付いていなそうだ。ここまで自分勝手な奴は見た事がない。否、我輩が他人と会わないだけか。人付き合いは疲れる。こいつとの付き合いも心底疲れる癖に何故来てしまったのだろう。指輪なぞ郵送すればいいだけだ。それだけだったのに。

“来てくれると思ってたんだ”

そんな事を嬉しそうに言うから。我輩が来るのが当然だと思っていそうだ。

 

何となく身体が寒いと感じる。初雪…か。ああ、車の中は暖房をかけっぱなしだから気付かなかった。窓からはちらちらと雪が降って。それでも道路が熱いから積もったりはしないだろう。

「雪だねぇ」

「もうすぐ12月だからな」

勝手にポットから紅茶を飲む。それでも寒い。

「暖房入れろ。寒い」

「寒いかなぁ。風邪ひいてるんじゃない?」

こっち見て、と言うので椅子を回転させてみずはの方を見たら額をくっつけてきた。

「何を」

「んー…ちょっと熱いかなぁ。でも体温低いんだけどねぇ」

「ほっとけ」

また病気が増えるのか。いい加減うんざりだ。風邪は安静が第一で…。

「俺が暖めてあげる」

…安静第一…。

 

ああ、でもこいつの身体は温かくて。休まる気がする。人の体温に飢えているのかもしれない。

「ほんと冷たい体。指先なんて氷みたいだ」

伸ばした指に指輪が嵌っている指が絡み合う。

身体を横たわらせた時に手を伸ばすのは逃れる為か、それとも捕まえてほしいからなのか。

人一人の体重。いつもうざったいと思いながら求められると答えてしまう。

我輩は一人でも生きていけるのに。

「少しは温まった?」

「まぁ…な」

ゆらゆらと眠気が襲ってくる。睡眠薬無しでも眠れる場所。安心しているかもしれない。

「そんなに俺が恋しかった?」

いちいち聞くな。

「俺も覇者りんが恋しかった」

「我輩は違うからな」

指輪をつけているその指で顔の稜線をなぞる。指輪の異質な感覚。

この時間を二人で共有している。二人だけの誰にも邪魔されない時間。

言葉を口にするのは難しい。口にした瞬間から我輩の想いの何分の一かのありきたりな感情に聞こえてしまう。なら何も言わないでおこう。何も言わない分側にいよう。

そう思ってぎゅっと抱きしめた。この体温。我輩の居場所。

 

いつもそうなのだが、来る前と来た後で何故こうまで意識が違ってしまうのだろう。指輪だけ渡して帰るつもりだったのに。誘われると拒めないばかりか、誘われなかったら寂しささえ感じてしまう。

子供じゃあるまいし。一つしか違わないのに三十代と二十代、その違いだけでかなり違うように感じてしまう。

ついこの前まで同じ年だったのにな。

こいつが年齢不詳だからだ。そして我輩がこいつを求めている時は精神的に幼くなっているからだ。…多分。

求められないと求めない癖に。

 

 

「うあ…痛ててててて」

しかめっ面で腰の辺りを揉んでみる。全身でぐったりと疲れながら腰痛の我輩を労わるわけでもなくそいつは笑ってやがる。畜生。

「知ってる?一回のsexで100mを全力疾走したぐらいのカロリーが消費されるんだよ」

「それ以上痩せてどうする貴様」

「でも覇者りんも痩せたねぇ」

心労で痩せたんだ、と思ったが言わない。身の安全が保障されない仕事をして平然と「面白かったからまたこんな仕事来ないかな」などと放つ。我輩がどれだけ…止めておこう。癪だ。

「別に誕生日だからといって何もいらないからな。貴様から物を渡されると代わりに何を要求されるか」

全身で脱力しながら本当は側にいるだけでいいんだ、その言葉は胸の奥にしまっておこう。

 

我輩はその身体にぐったりと凭れて目を閉じた。心持ち身体が温まった気がした。

 

 

来年の我輩の誕生日もこの関係が続くのだろうか。続いてほしいのか。先の事は分からないけれど期待するのは悪くはないだろう。

接吻をすると笑った。我輩も少し照れた顔で笑った。

雪がやんでいた。

 

 

<END>

 

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