いつもの通り、無駄に優雅な時間を過ごしていると友人がいきなりアポイント無しで来た。曰く「遊びに行こう」と。ほんとにこの男は目的語も何も無く話す。そこで「付き合ってもいいが」と言うと、現在地京都から東京まで連れ出されない。なので「断る」と一言だけ言ったら不満な顔をされた。この男は何でも自分の思い通りにならないと気がすまないらしい。全く、こんなのを甘やかす周りの人間どももどうかしている。我輩はそいつの存在を無視して読書に没頭した。
すぐに怒って我輩から本を取り上げる。…子供か。…子供だな。
「返せ」
「何で外はこんなに天気がいいのに家に篭っているんだよ。カーテンも閉めたままで。カーテン閉めてても部屋の中明るいけどさ、明けた方がもっと明るくなると思うな。あんまり暗いとこにばかりいると性格まで暗くなっちゃうよ?」
そういえばもう昼だ。読書をしていると時間が流れるように過ぎて行く。我輩はカーテンを開けた。眩しい光が目を焼き、我輩は少し顔を顰めた。…あまり外の光は好きでない。蛍光灯の人工的な光の方が落ち着く。
「そうそう、紅茶買ってきたんだ。ミルクティーにしよう」
本当にせわしない。ぱたぱたと台所からティーポットを持ってきて紅茶の葉を入れる。そして慣れた手つきでカップに紅茶を注ぐ。我輩はテーブルに頬杖をついてそいつを見ていた。そしてパックから牛乳を入れる。どれ位が適量か知っているのだろう。こいつのいれる紅茶はそれなりに美味だ。
本当に美味しそうに紅茶を飲んでいる…毎日忙しいとか空白の三週間に突入して、と言う割には休みがあると出歩いているな。今に体を壊したらどうするのだろう。心配する人間はそれなりにいるだろうに。
「わざわざ京都まで来て紅茶を飲んでるより、家で休んでいたらどうだ?お前の沢山いる愛人が心配するだろう」
当たり前の事実を言っただけなのに、こいつはむかっとした顔をした。
「お前ってさ、俺が他の女と遊んでても文句も言わないよね」
遊ぶなと行っても聞かない癖に。何を今更。我輩は自嘲気味に笑った。
「もう諦めてるからな」
「少しは嫉妬してくれたっていいだろ?折角来てやったのに。もういい、帰る」
いきなり来てはいきなり帰ると言う。本当に何をしに来たんだか。我輩は残った紅茶を飲みながら先ほどまで読んでいた本にまた目を通す事にした。紅茶は…何時の間にか冷めていて不味かった。
「ああ」
帰るならそうすればいい。そう思っていたらまた怒っている。全く、何が不満なんだか。
「あのさぁ。俺がいる時ぐらい本から目を離せば?」
帰るのではなかったのか?
「で、結局何しに来た」
「理由が無きゃ来たら駄目なの?…膝」
やれやれ。休みたいならここまで来なくても自宅で休めばいいだろうに。我輩は溜め息を吐いて、奴の前に足を伸ばして座った。本当は膝枕というのは足を折り曲げるものだろうが、先日新しい道を覚えようと安物の靴で歩き過ぎたのがいけなかったのか、どうにも足が痛い。しかしここでまた反論するとぎゃあぎゃあと喚き出すからな。恋人だからこれぐらい当然だろ?…とか。…いつ恋人になったんだか。
まもなくしてそいつは眠りに就いた。一生寝てろと思う。寝てる分には害が無いのだから。眠っている顔を見るのは悪くない。勝手気ままな猫が我輩の膝の上で寝転んでいるようなものだ。
我輩は途中まで読んでいた本をまた読み始めた。くうくうと寝息が聞こえる。…どんな夢を見ているのだろう。
数時間が経過し、そいつが起き上がった。
「…俺の顔に何かついてる?」
「いや…。面白いぐらい気分がころころ変わる奴だなと思って」
「そういうお前は表情変えなさすぎ。もっとこう、明るく明るく」
そう言われても。生まれもった性格は変えようが無い。そもそも、こいつのようにいつも明るくいられるのも体力を使うと思う。我輩は無職になってから1年が経過して基本的な体力が体重と共に落ちた。だからなのか、笑う力さえ抜けている、そんな気がする。
「どこからそういう体力が出るんだか…」
「もしかして馬鹿にしてる?」
いや、馬鹿にしている訳ではなく素直に関心しているだけなのだが。我輩が苦笑するといきなり唇を合わせてきた。ほんとに、この男にはタブーやらは存在しないのか。突き飛ばさない我輩もどうかしているが。
「キスの味は?」
……聞かれても。返答に困ったので「ミルクティーだな」と答えた。それとも、唾液の味とでも答えた方がいいのか。
そのまま我輩に凭れて「俺が暇だったらずっと一緒にいれるのに」と呟く。…貴様の沢山いる愛人はどうした。泣くんじゃないのか?我輩の知った事でもないが。他人は他人だ。
「帰り送ってってくれるよな。ほら、俺と45Kmの間一緒にいられるでしょ?」
足腰の痛みに加えて頭痛までしてきた。何故我輩がこいつを送って行かなければ…それでも家にいても本を読むか、部屋の片付けをするだけだから気分転換にはいいかもしれない。往復90Kmの距離を考えただけでも嫌になるが。
「これからも俺専用の運転手になってね」
なめとんのか。そんなのは大阪で作れ。大体、ここまで来るまでの所要時間とか…それとも我輩が迎えに行かなければならないのか?冗談にも程が有る。
我輩が反論したら「やだ」と一言。いつか縁切ってやる、と決心したがその向日葵のような笑顔を向けられると何を命令されても拒めず。その魔力で何人もの人間を虜にしてきたのだろうな。我輩も…認めたくないが虜になっている一人か…。嫌過ぎる。
助手席に乗った途端に爆睡しているこいつはほんとにどうしようかと思う。だから何しに来たんだ。我輩と紅茶を飲むだけの為に京都まで来たのか。…こいつならありうるけれど。
交通費の代わりにマクドで奢ると言う。大阪市に入って延々と寝ていたこいつを叩き起こして朝食兼昼食兼夕食を食べた。当然の報酬だ。
男二人で向き合って食事をしながら、今日もまた生気を取られたと思った。ぼんやりと浮かんだ考え──こいつと二人でいるのもそんなに悪くないかもしれない、その考えは即座に打ち消した。
帰りは身に纏わりついた瘴気を振り払う為にBGMを大音響で流しながら帰った。もし冗談ではなく本気で奴が我輩だけに焦点を絞れば我輩はどうすればいいのだろう。その問いは考えても仕方ない事なので夜の闇の中に葬った。
そして我輩は今日も一人で本を読んでいる。そいつが置き土産に置いていったミルクティーを飲みながら。
END