世の中は失敗の連続で出来ている。失敗が積み重なって生活が成り立っている。

 

相変わらず二人でいて、相変わらず必要以上に関わらない二人。思い思いに好きな事をしている。それもまた、いい関係だ。

「貴様にも、失敗したと思う時があるのか」

覇者りんがいつものように不機嫌な顔で俺を見ている。手にはライトノベル。そしてコーヒー。何気ない仕草が妙にさまになっていて、何だか悔しい。

「うん、あるよ。今とか」

「今?」

「そりゃあどうしてこんな愛想の無い奴好きになったんだろう、とかさ」

覇者りんは「ふん」と呟いた後、それは我輩が関与すべき事ではないな、と言ってまた本に目を通した。

「人生においての失敗談はネタになるんだけどね」

「ネタというか秘密だな。他人に話せないようなのは」

「ほら、人に言っても面白くないような事ってあるから」

「それは言える。失敗したと思うなら、やり直せばいい。我輩は、我輩でなくてもいいと思う。一人でも生きていけるだろう?」

俺は覇者りんに向けていた顔をパソコンに戻した。背中を向けているから、相手の顔は見えない。別にいいけど。どうせ表情なんて変わってないんだし。何を話しても。

「俺についてきてくれと言ってもついてこないんでしょ?」

「何処に」

「オランダ」

「・・・・・・は?」

「今度仕事で行くんだ」

海外まで後二日。俺はこんなところで何をしているんだろうね。

「また、遠いな」

「今度いつ帰ってこれるか分からない」

「その仕事選んだのは失敗だと思ったのか?」

「次日本に帰ってくるのがいつか分からないし。もしかすると一年後になるかも」

俺はふて腐れたように覇者りんのパソコン台に突っ伏した。何でこんな事になったかな。面白そうだからなんて理由で仕事を選んだ結果がこれだけど。オランダにも長い期間滞在するわけじゃないし、またそこから次は飛行機を乗り継いで何処の国に行くかは分からない。旅行は好きだけど、もう少しこう・・・。

そんな考えをうつらうつら浮かべてきたら体に人一人分の体重がかかってきた。服の上からでも感じる熱さ。

「・・・寂しくなるな」

「そう思ってくれるの?」

「軽口を叩ける人間が近場からいなくなるから」

「それだけ?」

俺は抱きしめられるままに後ろに体重を任せていった。

「どれだけ言葉をやれば満足するんだ?」

「今日は何だか優しいね」

「・・・それは何か?我輩がいつも優しくないとでも?」

「俺が言わなきゃ、こんな事してくれないじゃん」

「そうかもしれないな。いつ、出国する?」

「明後日」

「そうか」

「今さ、こんなところに来てていいのか?って思ったでしょ」

「来たいから来ているだろうし・・・それでも貴様は後先考えずに行動するから失敗したと思うだろうな」

「やっぱ失敗じゃないよ。これから会えないのは辛いけど、旅先で新しい出会いがあるかもしれないし」

「こっちを向け」

「んー?」

椅子をくるりと回転させて覇者りんの方を見たらキスされた。俺は覇者りんの唇を思う存分堪能してから笑った。

「自分からしてくれるのって何度目?」

「これが最後になるかもしれないし」

覇者りんは俺の眼鏡を取ってパソコンデスクの上に置いた。

「どうして?」

「先の事は分からないからな。お互い、失敗したと思わない相手が出てくるかもしれないだろう?」

俺は椅子から降りて覇者りんを抱きしめた。服の上から体温を伴って鼓動が響いてくる。その響きは心地良くて。息苦しいほどに。言いたいのは沢山あるのにそれは言葉にならなくて。後から、失敗したと思わないように言える時に全部言っておこう。でも失敗してもそこから何か見つけられるから。こいつとの関係のように。

「全く失敗しないのは、それはそれで詰まらないよ」

俺より少し低い肩に顔を埋めて。俺の居場所。ここより心地良い所が本当に現れるんだろうか。

「何処に行ってもいい。貴様が誰と何をしてもいい。・・・無事に帰ってこい」

「日本に?」

「ここに」

俺を抱きしめる腕が力強くて。

「いつもはそんな事言ってくれない癖に」

「心臓が破裂しそうなぐらい痛くなるから。・・・でも、今言わないと言葉を逃してしまう気がする。いつもならばいつでも言えるから後回しにするが」

「そんな事言わないで、思った事口に出しなよ。怒らないから」

「時間・・・あるか?」

「この状況で無いって言える奴の方が凄いと思うな」

「時間あるなら、やらないか?」

どんな真面目な顔でそんな事を言うんだろうと思って顔を上げたら、そいつは照れたように目を伏せていた。

「そうだね、しようか」

 

酸素過多。息苦しさは更に増していて。「好き」だとキスすると、それに答える。今日はやけに素直だ。いつもこうならいいのにとも、いつもこうなら逆に新鮮味が無くて面白くないとも思える。そしてこいつはしている時の非日常から、日常の顔に戻る。まだ裸のままなのに。半分寝ている顔で俺に腕枕をされている。

「オランダってさ、同性で結婚出来るって知ってた?」

「日本でもホルモン剤を投入して性転換手術をした人間とならば、元の戸籍上が同性同士でも結婚出来るだろう」

「手術する?」

「貴様の悪いところは何でも冗談にしてしまう所だ」

「良い所は?」

「どんなに深刻な話でも冗談として流してしまうから、普通の人間が抱えきれないような大きな悩みでも軽くなる事か?・・・そもそも、短所は長所になりうる。言っておくが、我輩は女になる気も、女装趣味も全く無いからな」

「男らしいもんねえ」

「そういう問題では」

「やっぱり東洋人の肌の方がいいなぁ。すべすべだし」

「誰と比べているんだか」

「特定のモデルはいないよ」

「我輩はオランダがマリファナ解禁場所というのが気になる」

「俺、秘密主義だから売人出来るかもよ?」

「貴様は他人を不幸にする職業は似合わない」

「幸福にもなるよ?」

「そんな一時的な幸福、まやかしだろう」

「嫌なら嫌だってはっきり言えばいいのに」

「我輩は理不尽なのは嫌いだ」

「別に人を悲しませる仕事じゃないから」

「でも謎バイトなんだろ?」

「ふふ。世界各国何処に行くか分からない謎バイト。面白いだろう?」

「・・・“あいのり”?」

「俺、あの番組に一番そぐわないと思うけどな」

「スタッフで参加とか」

「やっぱり謎にしとく。俺の事で悩めばいいよ。思いっきり。そうしたら覇者りんの中で俺の比重が大きくなるから」

「あまり心配させるなよ。・・・我輩がここまで好きになった奴は今まで生きてる中でいないからな」

こんなに無愛想で不機嫌でいつも仏頂面で照れ屋で。それなのにここまで言ってくれた事に感謝しながら俺は耳元でそっと囁いた。

ありがとう。

 

「海外に見送るのに駅までなのは味気ないな」

「仕方ないよ。羽田までは遠いからね」

「・・・無事で帰ってこい。たまには連絡する」

「これが最後じゃない。約束」

誓いの握手をして、俺は東京へ向かった。失敗は経験の一つで、短所が長所になるように、失敗も成功の元じゃないかなんて。失敗は成功の母って言葉を言ったのは誰だったかな。

そして俺はオランダからまた別の国へ行くまで飛行機を待っている間、国際電話をかけている。時差で日本は間違いなく寝ている時間だけど、俺の声が欲しがっているだろうから携帯の留守電に声を送っておく。きっと朝起きて俺の声を聞いたら目を細めて喜んでくれるだろう。俺を見送った時の表情で。

 

「覇者りん、今あのね・・・」

 

 

<END>

 

 

 

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