今日も関西は暑かった。例年並とニュースでは流れているが、やはり背中からじんわりくる暑さにはあがらいようがなく。我輩はクーラーをつけた部屋でぼうっとしていた。

電話の着信音が耳元で鳴る。電話の音がする度にびくっとしてしまう。電話に慣れてないせいか。

「やあ」

「何だ、貴様か」

そっけない言葉とは裏腹に我輩は目を細めて声を聞いている。

「何だとは酷いなぁ。折角忙しい時間を割いて電話してあげたのに」

「・・・で、用件は?」

「声が聞きたかったから。それだけ。駄目?」

「・・・」

嬉しさを気取られてはならないと思い、その反面電話を待っている我輩もいて、奴とはかなりの頻度で電話を交わしている。一番話をしたい相手だから。みずはは忙しくて京都まで来る時間は無いけれど、その時間を埋めるように頻繁に電話をする。

「俺が一番電話をしたい相手は覇者りんだから」

「・・・ああ。電話では相手の顔は見えないからな」

「そうそう。やっぱり女の子だったら服が見えないと。電話だったら声だけしか聞こえないでしょ」

奴の声は耳に心地良くて。

「それに電話だとどんな髪型をしているのか相手には分からないからな」

今度の仕事は寺に勤める事になり、その関係で頭を剃ってしまったらしい。今は坊主に少しだけ髪の毛が生えたような感じで、我輩は「似合う」と思うけど奴自身としては気に入らないらしい。どんなに沢山の人間に似合うと言われても本人が気に食わない。褒めているんだから少しはそれを受け入れればいいのに。ポリシーでもあるんだろうか。

「そうなんだよね。折角前髪かなり長かったのに」

「しっかし貴様が坊主というのもな。ここまで生臭坊主なのもいないだろう」

「ふふ。今の坊さんは肉も普通に食べるし、普通に婚前交渉もするし、坊主だからって精錬潔白でなければならないわけじゃないんだよ」

「・・・坊主なのもバイトの一貫だからな。その頼まれた仕事が完了すれば寺勤めも終わるだろうし。・・・寺辞めたら髪の毛伸ばすのか?」

「ある程度はね。つんつんヘアーとかいって。前みたいに長くはしないけど。覇者りんが似合うって言うから」

「人のせいにするな」

「サイト見たけど、砂漠弁当って・・・栄養とか大丈夫なの?覇者りん只でさえ体弱いんだから」

「我輩の体はどうでもいい。貴様は相変わらず1日0.8食とかではないのか?」

「んー、そうでもない。朝は普通に食べなかったりするけど、その分夜に大量に食べてるから。・・・心配してくれてるんだ」

「そうだな。貴様は東京にばかり女がいるから、こっちで食事を作ってくれる相手は親ぐらいしかいないだろう」

「料理出来ないからねー。1人暮し出来ないタイプ?」

「我輩も二人暮しだからな。一人になるとジャンクフードばかり食べていそうだ」

「それとお菓子と。大丈夫、覇者りんが今の部屋追い出されたら俺が一緒に住んであげるから」

「・・・いや、いらない」

「何でだよー。ほら、俺が毎日見れるんだよ?」

「鬱陶しいだけだ。電話でたまに話すならいいが、毎日側にいられてみろ。貴様の体力に我輩がついていけない」

「俺は体力無いよ」

「我輩も体力無い。・・・それにこの京都の街が好きだからな」

「家賃高いのにねぇ」

「それに貴様と一緒にいると・・・その・・・その日帰ってこなかったらどこの女のとこに行っていたんだろうと思うから」

「そんな分かりやすい嫉妬をするんだ。なんか嬉しいなぁ」

「ほんと、こいつは口だけは上手い」

「口だけ?」

「言わせる気か」

「覇者りんの口から言わせたいなぁ」

「言わない。絶対言わない」

「でも俺が一番話してて楽しいのは覇者りんだよ。じゃなかったらこんなに頻繁に電話しないよ。流石に親にカムアウトしたら勘当されかねないから秘密にしてるけどね」

「・・・一番親しい相手だと紹介しても勘当はされないだろ」

「覇者りんがいるから結婚しない・・・とか」

「あのなぁ。貴様はともかく、我輩は普通に女と結婚する予定だ」

「出来るの?」

「・・・さらっと傷を抉るな」

「性分ですから。そうだね、一緒に暮らしたら逆に新鮮味が無くなるかもしれないからね」

「我輩は今のままでいいと思うぞ。その・・・気軽に電話出来る関係は」

「寂しくならない?」

「寂しくなったら・・・猫とでも遊ぶさ」

「くらぁい」

「暗いのは自覚してる。貴様が明るすぎるだけだ」

「そうかなぁ。でも俺も兄貴相手だとなんか圧倒されてね、口数が少なくなるんだ」

「ほう。貴様でもか」

「そうそう」

「貴様は・・・親しい人間が関東に集まってるからそれで関西で親しい人間は我輩しかいないからその・・・何て言うか我輩と話すのが楽しいと言うが、電話なぞ実際に会う訳でも無いから多少金がかかるとはいえ、関東の人間にかけても一緒だろう」

「分かってないなぁ。覇者りんだから話ししたいんだよ。話ししてて楽しいんだよ。女の子はいっぱいいるからね、浅く広く平等に愛を注いで・・・って感じになるけど、覇者りんは1人しかいないから。その辺の雑多な女の子と違うんだよ」

「我輩のような人間なぞどこにでもいると思うがな」

「いないよ。似た人間はいるかもしれないけど、覇者りんは一人だけだよ。覇者りんのドッペルゲンガーが現れても、そいつは偽者だし、本物の覇者りんは一人だけ」

我輩は溜め息を吐いた。どうしてそういう言葉が簡単に出てくるんだろう。我輩の言いたい言葉は喉に詰まって出口をさ迷っているのに。先に言われないと言えない。こちらから言う事も無い。

みずはは言葉を促してくれる。だから我輩も「そう思う」と言えるけれど、そうでなければ我輩からはとうてい言えないだろう。

「貴様は・・・みずはも一人だけだと思う。貴様みたいなのが世の中に何人もいると迷惑だからな。一人で充分だ」

「そっかあー」

体が汗ばんできたのはこの陽気のせいだけではないだろう。首筋から背中まで汗が溜まっている。いつでも惜しげも無く言葉を紡ぐから我輩はどう対応していいのか困ってしまう。みずはは「俺に任せればいいんだよ」と笑うけど、でも完全に任せてしまうのも抵抗がある。それが何故かは知らないけど。

 

みずはは我輩の顔を見て話す。その、優しい目で。こうして電話で話しをしている時も我輩を見つめている感じで会話しているのだろうか。・・・多分、そうだろうな。我輩はじっと見られて。そうして目を逸らして。その視線を追うように視線が絡まってきて。

「テレビ電話もいいんだけどね、あれっていつもきちんとした格好をしてないとならないでしょ。覇者りん相手ならどんな格好でも見られてもいいけど、全く知らない人間がテレビ電話かけてきてその時俺が裸だったりしたら問題だし、電話ってのはさ、どんなにだらだらしてても声だけで済むからいいんだよ」

「プライベートは確立出来るな、確かに。テレビ電話だといつも見張られている感じだからな、常時」

「今、どんな格好をしていると思う?」

「興味無い」

「無いのかー。ちぇっ」

「我輩は貴様みたいにまず服、とかではないから。相手がどんな格好をしていても気にならないし」

みずはが高い声でくすくす笑うのが気に入らない。けれど我輩から電話を切る気にはなれない。声を聞いていたいとかそんなのは絶対言わない。

「実際覇者りんからの電話やメールが一番楽しみ。面白いからね」

「大した面白い事を喋ったり書いたりしているつもりは無いがな」

「そうかな。覇者りんのさ、メールの誇張表現が面白いんだよ。いつも笑わせてくれるし。他の奴には考えられない表現が出来るのは一種の才能だと思うな」

「我輩は・・・貴様みたいにいつもネタが降りかかってくるのもある種の才能だと思う」

「あれでも考えて書いてるんだよ。どうやって少ないネタで最大限に笑わせられるか」

「貴様の文章表現能力は賞賛に値する」

「偉そうに」

「偉そうなのは貴様だろう」

「いやいや。俺はそりゃあもうへりくだってますから」

「何処がだ」

「覇者りんの方が偉そうでしょ」

「我輩は・・・自分の年より上に見せようとしているだけで・・・我輩自身も偉いと思っていないし・・・」

「どうして?」

「・・・貴様が子供扱いするからだろう」

「してないよ?」

「じゃあいちいちからかうのを止めたらどうだ」

「んー、だってからかって面白いしー」

「あのなぁ」

「この年になると会って話をする友人自体少なくなってきているでしょう。覇者りん以外の人にはほんと会わなくなったからね」

「我輩が・・・その、関東に行ったら・・・我輩も雑多な人間の一人になるんだろうか」

「不安?」

「単なる事実だ」

「今から京都行ってぎゅーって抱きしめてあげたい」

「この時間に電車があると思うか?」

「大丈夫だよ。心配いらない。俺に任せればいいんだよ」

「不安だ・・・恐ろしく不安だ・・・」

「世の中はね、うまくいくようになってるよ。ほら、今の俺は坊主だから覇者りんに何かあったらお払いしてあげよう」

「貴様の存在自体が最大の厄災だがな。貴様に任せたら物の怪が憑きそうだ」

それでも、こいつが大丈夫だと言えば何とかなる気がする。理由は無いけれど。

「・・・明日仕事だろう。いつまでも話ししてていいのか?」

「もうこんな時間だよ。楽しい時間はあっという間に過ぎるねえ。おやすみのチューは?」

「は?電話で何を言ってる」

「冗談冗談。また電話するよ。俺からばかりじゃなくて、覇者りんからもたまには電話欲しいな」

「砂漠弁当から脱出した時には考える」

「近いうちに会おう」

 

そんな約束をして電話を切った。我輩にとって一番会いたい相手が奴であるように、奴にとっても多少自惚れるのが許されるのなら我輩が一番会いたい相手だろう。そんななだらかな気持ちで時計を見ると・・・すっかり時計の針は翌日に変わっていた。

 

あいつが言う一つ一つの言葉が魔法のように、いつまでも聞いていたいと思わせる。やっぱりあいつは普通にモテだとまた確認した。

 

 

 

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