ツアーラストの仙台。ジンと情次の二人は開演まで暇を持て余していた。
「明は?」
「メイク中。凶子も」
狭い楽屋のパイプ椅子に座り、情次は煙草を吹かす。
「一本頂戴」
ジンが言うと、情次は煙草を取り出して床に投げた。
「拾え」
「命令かよ。・・・拾うけど」
ジンはかがんで煙草を取るとほろってから口に咥える。
「本当に拾うんだ」
情次が足を組んでにやにやと笑っている。
「何だよ」
ふて腐れた顔をするジン。
「別に」
「火」
「ほら、取ってこーい」
情次がライターを遠くに投げる。それは狭い楽屋の壁にぶつかり落ちた。
「いいよ、自分のあるから」
などと言いつつも取りに行くジン。それを見て情次は
(犬みたいだな)
と頭に浮かんだ。
いかにも煙草を苦そうに吸うジンからライターを貰う。100円ライターだ。
「サンキュ」
「投げたら拾わない癖に」
「当たり前だろ」
「当たり前だし」
ジンが何か理不尽だなと思いつつも、明らかに普段吸っている煙草よりタール分の多いものを吸いながら情次の胸に触った。
「何やってんの」
「触って楽しいかと思って」
「明が触ってたから?」
「それもある」
なでなでなでなで。
「楽しい?」
余裕のある顔で情次が笑う。
「んー・・・あまり」
「なら触るなよ」
煙草の煙をジンの顔に吐き出すと、ジンは少しむせた。
「ジン」
「何やって」
口に咥えているだけの煙草を灰皿に置いたジンが振り向いて、何時の間にか背後にいる情次に胸を触られた。
「暇潰し」
「暇潰しかよ」
「凶子のメイク終わりそうにないからさ」
「だけどさ・・・こういうのって」
「嫌なら逃げればいいだろ」
「嫌じゃないけど」
「嫌じゃないんだ」
なでなでなでなで。
「楽しい?」
「楽しいよ」
「楽しいんだ」
「顔赤いな」
「暑いから。気温30度超えてるし」
「そうか」
楽屋の扉が開いた。
「何してんの」
呆れ顔の明がそこにいた。
「何って、暇潰し」
情次が振り向かずに言う。ジンは明らかに挙動不審の状態だ。
「浮気?」
「さぁ、どうでしょう」
おどけるように笑う。ジンは無言で俯いたままだ。
「ま、いいか。煙草頂戴」
「俺のばっか取らないで自分のあるじゃん」
情次はジンから離れると、明の口に煙草を入れて、ライターで火を点ける。
「明らかに態度違わくない?」
「だってねえ」
「ジンだし」
「犬だし」
「犬、て」
「床に座ったらご褒美を上げよう」
「いらないよ」
「いらないんだ」
くすくす笑う情次が明の手を取って自分の胸に当てた。
「開演前に疲れさせる気か?」
「予行練習、とか言ったりして」
「触るの正面じゃなくて背後からだろ?」
「どっちでもいいじゃん」
ちら、と二人してジンの方を見る。ジンは面白くない顔で先程まで情次が座っていたパイプ椅子に座り、苦いだけで大して上手くない煙草を吹かしていた。
テーブルの上の時計をちらりと見る。
「もう開演時間過ぎてる」
「過ぎてるだろうねぇ」
暢気な声で明が言い、咥えている煙草をジンに取るように命じた。
ジンはその言葉を拒否した。
明は吸っていた煙草を取り、床に投げた。
「だからどうしてお前らはそうなんだよ」
「拾うと思って」
「拾うけど。火事になったら困るし」
しぶしぶ椅子から降りて明が吸っていた煙草を拾い、灰皿にぎゅっと押し付けて潰した。
「何時まで触ってるんだよ」
むかついた顔のジンが言う。明はその言葉を無視し情次に囁いた。
「キスしていい?」
「やだ」
明の言葉に間髪入れずにジンが言う。
「情次は嫌じゃないのか?」
「俺は別に・・・ねぇ。ジンは何で嫌なんだよ」
「言わせるのかよ。情次も拒めよ」
「拒む理由も無いし」
「俺が嫌だ」
「黙って見てたらジンにもキスしてあげるから」
「いいよ、しなくて。・・・情次は明の事、好きじゃないんだろ?」
「好きも何も暇潰しだし」
おどけたように明がジンを見ながら情次に言う。
「俺は情次が好きだけど?」
「俺だって情次が好きだよ。暇潰しなら俺を触れば」
「じゃあ、触ろうかな」
明が情次から離れて、ジンが座っているパイプ椅子に近寄った。がたん、とジンは椅子から立ち上がって逃げようとした。
「何で明が来るんだよ」
「何もしないから」
「当たり前だって。明は情次が好きなんだろ?」
「暇だしねぇ。情次」
「ういー」
情次がジンの後ろに回って手首を一纏めにして逃げられないように体を押さえる。
「おかしいよ、この展開は」
「触るだけだし」
「ジンは俺が嫌い?」
情次を触ったその指がジンの口にある煙草を摘む。
「嫌いじゃないけど・・・まじで助けて」
楽屋の扉が開いた。
「お待たせー・・・何やってんの」
「「暇潰し」」
「しょうがないわね。ジンだし」
「しょうがない、て」
「からかうと面白いし」
「犬」
「濡れた子犬」
「捨てられて誰も拾う奴がいない子犬」
「3人して俺の評価ってそんなもんかよ」
「だよね」
「だよな」
「違ったっけ」
「鬼かお前ら」
二人から離れたジンに明は「情次を好きだと言ったのは嘘だから頑張れ」と励ましたが、ジンはジト目で見ているだけだった。
「行くわよ」
「行こうか」
「行くか」
「・・・・・・」
ジンが開演直後から疲れた顔をしていたのはそんな理由からだったりする。
<END>