体が気怠くそして熱い。ふらりとした感覚。体全体を被う汗。背中に張り付く汗の感触。

「この熱さは恋なんだよ」

「風邪だ」

右手首を庇う様にしてソファーに横になっている。手首から腕にかけて攣ったように痛い。

俺はぼうっとする意識の中で目の前で何だかんだ言いながら世話を焼いている男に笑った。

「何がおかしい」

「んー、文句言いながら俺が病気になると飛んでくるんだね」

「あのなぁ、風邪など病気のうちに入らん。そもそも我輩とて暇人じゃないんだ。貴様が電話で苦しそうな声出すから。だいたい貴様のは全部自業自得だ。骨折が治ってもいないうちにあちこちをふらふら彷徨っているから手首が炎症を起こしてそれが微熱を起こすんだ」

「でもだいぶ治ったよ」

肩から吊っていた包帯も外れ、今は手首に巻かれただけだ。少し前までは仰々しくギブスまで嵌めていたのに。

「何処からそういう治癒能力が出てくるんだかな」

「普段の食生活」

「トロントで3食肉ばっかり食べて何が食生活だ」

口も動かすが、それ以上に冷やしたタオルを額に当てたり、俺が脱いだ服を脱衣所に持っていったりとよく動くものだと思う。

「何か喉もおかしいんだ」

「・・・何か欲しい物はあるか?」

「覇者りん」

「却下」

「の肉」

「病人は病人らしく粥でも食ってろ」

「病気じゃないんじゃなかったっけ?うぁー、マジで関節痛いー」

「わざとらしい」

汗ばんだ背中を拭うと、覇者りんは新しいシャツを着させた。

「やっぱりほら、滋養のあるものを食べないと」

その隙にキスをして唇を噛む。強く噛んだ唇からは甘い血の味がする。

「美味しい」

「味覚までおかしくなったか?只の鉄錆の味だ」

と言いつつも逃げないんだよね。

さらさらした髪の毛一本一本を確かめるように触る。手で梳く感じがいい。さらさら、さらさら。

心地良さげに目を閉じている覇者りんのシャツのボタンを左手だけで外して肩まで下げた。

「また熱が上がるぞ」

「いいよ」

肩の肉をがりっと噛む。くっきり残る犬歯と千切れた肉片。そこから垂れていく血の雫。

溢れる血を音を立てて舐める。

「ウイルスでも移そうって気か?」

「それもいいかもね。風邪じゃなくってさ、もっと別なの。二人して別の種族になるの。素敵でしょ、そういうの」

肩の肉は塩辛い味がして、ピンク色の肉壁が見える。

「肩が痺れてきた」

「これでおあいこ」

肩から首筋にかけて舐めると血液以外の味がする。喉の頤が上下して少しずつ俺の手によって狂っていくのが分かる。

そうやって狂っていけばいい。俺の手で。

本気でくらくらしてきたのでソファーに座った。

「・・・全く」

怒っているような、困っているようなそんな表情を見るのが楽しい。

俺だけの・・・モノ。

「他人の血なんか雑菌だらけだ。口の中が気持ち悪くならないか?」

先程まで俺の額に当てていたタオルを肩に当てている。ぐったりしたように床に座ってソファーにいる俺を見上げている。

「儀式なんだよ。それは覇者りんが俺のモノだという証」

「まるでケダモノだな。マーキングをつけられているようだ」

「人間なんて所詮獣なんだよ。肉食動物なんだから」

肉を切り裂き骨まで削り取れば後には何が残るだろう。馬鹿馬鹿しいと怒るだろうか。

喉を噛み切る楽しみは後に取っておこう。それはいつでも出来る。

「食べてしまえば・・・貴様はもう何処にも行かないかもしれないな」

「永遠に血脈になって生き続けるんだ。最高だね。想像するとぞくぞくしてくるよ。覇者りんが俺を泣きながら食べているとこ」

出血が止まったのか、タオルを投げ捨てるとはだけたシャツのボタンをまた緩慢な仕草で元に戻す。

「貴様は・・・泣かないのだろうな」

「俺の手によって死ぬ事以外は許さない。俺以外の人間に殺されたら泣くよ。ああ、そうさ泣くね。復讐の涙を流しながら撲殺するね」

「そんな体力も無い癖に。その前に右手治せよ病人」

困っている顔も怒っている顔も好きだけどこうやって笑っている顔が一番好きだ。

殺してしまえばそんな顔も見れなくなるんだろうか。

「怠い」

疲れているのに無理をするもんじゃないな。熱かった体が寒くなってきた。体を丸めるようにソファーに横になる。

「ああ、怠いな。貴様は、本当に掴み所の無い奴だ」

頭の中で声がする。食べても食べてもまだ足りない。

ゆらゆらと揺れる意識。

「食わせろ」

「何処を食べたい?」

口の中にねっとりと絡みつく舌。まるで二匹の軟体動物のように動く。その時「ガリ」と音がして俺の舌を噛まれた。

そこから流れる血。絡み取り嚥下していく。口の端から溢れる液体。血。血。血。

噛まれた痕がじんじんと痛む。

「貴様は我輩のモノだ。他の誰のモノでもない。我輩以外の奴らの手によって殺されたら・・・粛清する。血の、粛清だ」

禁断の実は血の味をしていたのかもしれない。きっと・・・多分。

「快楽殺人か。楽しいんだろうな。でも俺はお前以外殺したいと思わない。お前も、俺以外の人間を殺したいと思わない・・・そうだろ?」

口筋から流れる一本の血の痕を袖で拭う。目の前の男が笑う。俺も笑う。俺の脳内でも笑っている。

二人で同じ想いでいられたら。

 

どうせ殺されるなら笑いながら死にたいな。

 

微かな頭痛と微熱。そんな春の日。そっと毛布をかけられて眠りに就いた。

血の味は極上だった。

 

寝相が悪かったせいか、寒くて起きた時に毛布が外れていた。テーブルの上にはおじやが置いてあった。

(調味料入れすぎ)

文句を言いながら温めなおした物を食べる。

口の中が切れていてもそれは構わない。

今度はどんな手を使って呼び寄せようか。

 

ああ、足りないなぁ。

 

 

<END>

 

 



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