我輩は奴の家に行った。電話がきて用事があると言ったからだ。異様に広い部屋。異様に広い部屋の隅にうず高く重ね乗っているダンボール。50箱の衣装には全てMCN関連と書いてある。50箱の中身が全て衣装で、異様に巨大なクローゼットにはかなりの割合で女性ものの衣装と、ほんの僅かなスペースにこいつの服が置いてある。

 

みずはが携帯で誰かと話している。それはそれは楽しそうに。我輩はその隣で膝を抱えて蹲った。ああ、何でこんな所に来てしまったんだろう。早くも後悔の波が押し寄せる。もう何もしたくない。耳障りな音がずっと聞こえてくる。もう会話ではない。それは只のノイズだ。膝を抱えて俯いているから視界は全て真っ暗だ。音が五月蝿い。声が五月蝿い。話し声か幻覚か境目が分からなくなってくる。動きたくても動けない。否、本当に動きたいのだろうか。音を聞きたくないだけではないだろうか。外界の音を一切消え去った部屋にいたいだけではないだろうか。動く気力も無い。

我輩はどうしてこんな五月蝿い所にいるんだろう。

「ちょっと待ってね」

頭の中に延々と流れているノイズが明瞭な声となってきこえてきた。

「あー、もう暗い!!久しぶりに人の部屋に来たと思えば何泣きそうな顔してるんだよ!!」

泣きそうな顔をしていたのか。こいつが我輩に向ける声だけはきちんと日本語として聞こえる。こいつが他人と話している声は全て理解不明な雑音でしかないのに。

「動きたくない・・・」

「いても邪魔にならないからいいけどさ。・・・あ、うんごめんね。でさ・・・」

また携帯の相手と話しを続けている。喉をかっ捌いてしまえばその我輩の中の幻聴かこいつの声か区別がつかないものがなくなるだろうか。

我輩はのろのろと起き出した。包丁は何処にあっただろうか。そういえば台所だ。そこに行くまでの間にこいつの母上と会わなければならない。会うと何かと聞かれるだろう。誰とも話したくない。

クローゼットの中にネクタイがあった。我輩はそれを取ってゆらゆらとした足取りで先ほどから不明瞭なノイズを口から発している男の背後に近付いた。

こいつさえいなければ世界は無音になる。

ネクタイを首に巻きつけた時、そいつが振り向いた。我輩はびくりとした。

誰もいない世界で音だけが聞こえていると思っていた。存在を忘れていた。こいつが声を発するだけのモノだと思っていた。

「何してんだよ!!」

「・・・・・・」

そうだ、何をしようとしていたんだろう。ああ、こいつさえいなくなれば音が無くなるから。

そういえばすっかり忘れていたが、我輩からこいつの部屋を訪ねたのだった。何故この部屋に来ようと思ったんだろう。

「ごめん、またあとでかけ直すから。じゃあね」

我輩はネクタイを持ったままで呆然と突っ立っていた。

「わけ聞かせてくれない?」

「五月蝿いから」

我輩の顔からはすっかり表情が消えている。

「人が電話してる時ぐらい大人しくしてたらどうなんだよ」

何でこいつが我輩に話す言葉だけは声として聞こえるのだろう。こいつが他の人間と話している音など全て頭の中を侵食する雑音でしかないのに。

「じゃあさ、俺が覇者りんの部屋に行くとするでしょ。そして覇者りんの携帯に電話がかかってきて話している最中にいきなり首を絞められたらどう思う?」

「・・・ああ、五月蝿いからその原因を遮断しようとしたんだと思うだけだ」

訳が分からないという目つきでそいつは我輩を見た。

「で、いつも本当に俺を殺したいと思ってるの?違うでしょ?」

「それは違う。貴様が呼んだから我輩はここにいるんだ。なのに我輩と電話している最中でもキャッチが入ったと言って我輩を置いてけぼりにする。その間誰と話しているんだろうと思う。それは気にしなくてもいいが、貴様が他の人間と話しをしている声が厭なんだ。それは声ではなく別のものに変わる。雑音になり、幻聴になる。気が狂いそうになるんだ。不明瞭な音がどんどん耳に入ってきて。我輩は気付いた。我輩の頭の中を幻聴で満たす原因は貴様だと。だから殺そうとした。貴様さえいなくなれば一切の音が聞こえなくなる」

「分かったよ。ようするにお前といる時は誰とも話すなって事でしょ?」

「・・・いや、オフ会や座談会で話しているのは声となって聞こえるんだ。でも携帯で話している時、我輩の存在は一切無視される。いない事にされる。我輩はもう貴様の中では死んでいて、我輩も死んでいるのに雑音だけが聞こえるんだ。死んだら無になって真っ暗闇の世界で何も見えなく何も聞こえなくなるのに。雑音だけが響く」

「別に他の人と携帯で話している時だってお前がそんな近くにいて少し目を向ければいるのが分かるのに存在なんて無視してないし、ましてやそこにいるのに死んだと思うなんて馬鹿げているじゃあないか」

「我輩は何で生きているんだろうなぁ」

「簡単でしょ。俺がお前に生きててほしいからだよ。世界中の誰もがお前を必要としなくても俺だけはどこの世界に行っても必要としてあげるよ」

つい先ほどまで我輩の存在が貴様の中で皆無だった癖に。

「あ、また電話だ」

電話の相手と少し話すとこいつは携帯を肩と耳で挟んで両手を自由にして我輩を引き寄せた。

「こうすれば俺が電話しててもお前が生きているのが分かるでしょ?」

そう言って服の上から我輩を触る。

「何を言って・・・うぁっ」

「すげえ敏感。ほら、電話の向こうの相手にも聞かせてあげなよ」

「誰だか分からない相手に・・・ああ、そんなとこ、貴様、何をやって」

ぷちぷちとシャツのボタンを外して下着の中に手を入れてきた。過剰に敏感にされた体が触られる度に抵抗を無くして行く。

「はぁん・・・ああ・・・いい・・・」

意識が混濁していく。電話の向こうには相手がいるのに。

「聞こえてる?いい声出すでしょ。これ?ああ、俺のペット。飼ってるんだ一匹」

「誰がペットだ貴様・・・」

「動物は動物らしく人間の声出してないで鳴いてればいいの。ほら」

何時の間にかジーンズまで脱がされ下着姿だけにさらされている。

「もうびんびんなんだから」

下着の中に指を絡めて。それしか考えられなくなっていく。

「あはっ・・・ああ・・・ぃい・・・ぅん・・・」

視界が霞んでいく。電話の向こうの相手は誰だ?我輩の知っている人間か?だとしたら・・・この声を聞かされたら・・・

後ろの孔にぬぷりと指が入ってきた。

「今度してみようか。テレフォンセックス。流石に電話挟んだままじゃ入れられないからねぇ」

淫らに笑う。下着も脱がされて指の数が増えて、あられもない声を出して。

ぐぢゅぐぢゅと指が入る音が聞こえる。我輩はこいつの唇に接吻をしようとしたが、「電話中でしょ?」と言って止められた。仕方ないので服をたくし上げてこいつの胸を舐める。

「ちょっと、それ、反則だって、電話中」

我輩の声だけ聞かせるのも癪だ。こいつも喘げばいい。電話の相手に愛想をつかされればいい。

「あぅっ・・・ん・・・いい・・・もっとしてぇ・・・」

甘えた声。向かい合ってペッティングしている。

「ああん・・・乳首好きぃ・・・もっと舐めて・・・噛んで・・・」

どっちがペットだか。胸だけで我輩より乱れているこいつはどうなんだ。やれやれ。五月蝿いご主人様だ。

後ろに入っている指が抜かれて、その濡れぼそった指でこいつもベルトを外して下半身を丸出しにした。

「フェラして・・・」

甘えた声で言う。電話は相変わらず耳と肩の間に挟まれたまま。我輩は電話の相手に聞こえるように思いっきり音を立てて吸引した。

ずちゅるずちゅるぢゅるぢゅるずるずるずる

みずはは体を横たわらせて我輩に指で手招きする。

「シックスナインしない?」

「貴様、電話どうした」

「もうどうでもいいよ」

どうでもいいなら何故まだ受話器を当てている。

しっかしどうしてこうなってしまったのだろうな。体を重ねる度におかしな方向に行っている気がする。・・・気のせいではないのだろうなぁ。それにしても電話の相手は嫌にならないのか。我輩ならこんな電話かかってきたら速攻で切るぞ。間違いなく。

とかなんとか思いながら言う通りにしている我輩が情けない。奴の体に覆い被さるような感じで我輩の口は奴の亀頭に吸いつき、奴の指は我輩の入り口を出入りしている。そもそも我輩はこんな事をする為にこいつに呼ばれたのではなくて・・・。

「ああ、もう出るっ。早く覇者りんの中に入れたい・・・ん?」

ピンポーンとベルの音がした。

「こんな事やってる場合じゃないって。ほら、早く服着て。すみません迎えに行かなくてすみません」

電話の相手に必死に謝っている。・・・・・・誰か来るのか?

みずはは急いで服を着た後、女性を伴って我輩がいる部屋にいた。

「この人は保母さんでね、俺の引越しを手伝ってくれる人。いや、ほんとすみません。迎えに行く予定だったんですが」

その女性は顔を真っ赤にしたまま困惑したように言った。

「いえ・・・あの・・・お邪魔でしたでしょうか」

「とんでもない。ええと聞こえてたかもしれませんけどこいつが友人の覇者りんで、俺の引越しを手伝ってくれる奴」

「どうも始めまして」

「いえいえこちらこそ・・・っておい」

我輩は顔を赤くしてみずはに向かい合った。

「電話の相手はこの人かもしかして」

「うん、そうだよ」

何が「そうだよ」だ。あっさりと言うな。全く見知らぬ他人のしかも女性ではないか。ああ、この場から消え去りたい。我輩は体中から汗が噴き出してきた。

ゆらりと立ちあがるとこいつの母上から透明なゴミ袋を20枚ほど貰うと我輩は50箱のダンボールをばりばりと開け始めた。

「これはいらないもの、これはいらないもの」

呪文を唱えるように衣装をゴミ袋の中に入れていった。

「何してんだよ!いるって!全部いるの!!」

「ほう。このセーラーマーズの水着もか。ってか何でこんなもの持ってるんだ貴様。だいたい引っ越す手伝いで我輩を呼んだのは分かった。で、この荷物全部引っ越し先に運ぶ気か」

「あー、そっちのはいいから覇者りんは配線の方どうにかして。XXさんは俺と一緒にいるものといらないものと分けようね。こいつに任せると全部捨てられるから」

「・・・さっきまで散々・・・」

「んー?何か言ったー?」

悪魔の笑みでくるりと振り向いたので我輩は配線作業を黙々とする事にした。

疲れた顔でオーディオの配線やら何やらを纏める作業をしてふっと向こうを向くとその保母さんとやらといちゃいちゃしてるし。何々だこの男は。人を散々こき使って。我輩を何だと思っているんだ。ペットか。そうなのか。

1日がかりで漸くあとは発送のみという状態までにした時にはその保母さんとやらはもう帰っていったようだ。

「さあて帰ったようだし続きやるか」

「いい加減にしろ!貴様、我輩がどれだけ居心地が悪かったか分かるか!貴様は貴様で何にも無いような顔をしていちゃこらと二人で協力して荷物を纏めたりしてるし」

我輩は力尽きてがくりと項垂れた。こいつと付き合ったのが運の尽きだ。布団も何も無い所で我輩はごろりと横になった。本当に疲れた。

「添い寝していい?」

「それ以上するなよ」

「うん。今日は有難う。助かったよ。お休み」

異常に疲れた1日だった。

そういえば明日は荷物を運ばなくてはならないのか。一度実家に帰って2トントラックを持ってこなければ。

 

腕枕をされてそのまますうっと闇の中に落ちていった。

 

 

結局衣装は全国各地にいるMCNの人間どもに預けられたようだ。

 

今ではこいつが我輩といる時に誰かと携帯で話してても気にならなくなった。気にしていたらきりがない。もうあんな恥ずかしい思いをするのもごめんだ。

それにしても我輩も不幸だが、男同士の喘ぎ声を延々と聞かされた(間違いなく一般人の)あの保母さんとやらも不幸としか言いようがない。奴は周りの人間をことごとく不幸にして奴だけが一人で幸せになっていくような気がする。

 

それでも今、何をしているかといえば奴と携帯でテレフォンセックスとやらをしているわけで。何だかなぁと溜め息を吐きながら奴に全く逆らえない我輩は自分でもまるでペットのようだと思った。

 

 

<ENDLESS>

 

 

 

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