「雨ね」

降りしきる4月の雨。白灰色の空から流れる雫。

「雨だな」

ライブもTVの出演も何も予定が無い日、凶子と情次はひっそりと二人でいた。

信者の恍惚の視線を感じるのも快感だが、毎日の活動はやはりハードだ。だから何も予定が無い日があってもいい。そして今日は雨。何処にも出かけられない。出るあても無い。出る必要も無い。休みの日ぐらいゆっくりと休めばいい。

窓の外にはモノクロに覆われた街と窓から滴る雨の跡。

「雨は嫌いだわ。折角の着物が映えなくなるから。・・・でも、雨は好きだわ。不純な物が何もかも流されていく感じがするでしょう。雨って素敵よね?そう思わない?」

情次は煙草から白煙が流れるのを何とはなしに見ていた。

凶子の真っ白く塗られた顔の中で赤く塗られた唇が笑いの形に広がっている。

どこまでも白い顔。どこまでも長い髪。どこまでも広がる長く赤い着物。どこまでも続く雨。そして・・・どこまでも美しい真っ赤な唇。

目の周りの薄黒いアイシャドーも合わせて、賞賛されるべき対象。

窓の外を見ていた凶子が「あら?」と微笑むと凶子をぼんやりと見ている情次を見つめた。

「なぁに?あたいを見ていたの?」

「その窓がガラス窓でなくて、木の枠ならもっと凶子に合うと思ってさ」

「おほほほほほ。光栄ね。そう、現代の日本の建築形式はあたい達に合うように出来てないのよ。そうねぇ、ほんの少し前かしら。日本がまだ木材建築だった頃。今でもそういうのはあるんでしょうけど、やっぱりあたい達に合うのはそういった古めかしい建物よねぇ」

「こんな無機質なコンクリートジャングルじゃなくってな」

「ふらりふらりと揺らめく誘蛾灯。今日はずっと雨らしいわねぇ。やっぱり素敵よ。全て沈んでしまっている景色。あたいだけじゃない。世の中のみいんなが沈んでいるんだわ」

「凶子は沈んでいないさ」

「言ってくれるじゃない」

挑発する黒く縁取られた目。目の輝きは誘蛾灯にも似て。

灰皿に置いた煙草から上る白煙。朝から薄暗い部屋の中を燻らせていく。

白灰色の景色。白灰色の部屋。その中で凶子の白く長い足が深紅の着物から覗く。

長い、長い髪。凶子がいる空間だけ違うものだ。そこだけを切り取って。

「ねえ、何がしたいの?言ってみなさいよ」

淫らに誘う。まるで情次のものにはならないと言っているかのように。

甘い口付けは背徳の味がした。

 

ざぁー・・・ざぁー・・・。

 

雨の音に上等な絹が擦れる音が聴こえる。

蛇のようにぬめる肌。人を惑わすその瞳。

手に入れたくても手に入れられないもの。

ゆっくりとシーツに寝かすと、流れる黒い髪が広がった。

絹のように繊細な髪。襟元から見える白い肌。

「今日はまだ始まったばっかりよ。御覧なさいな。あたいの顔を。姿を。どう?情次にはどう見える?」

「綺麗だ。とても」

「あはははははは。それだけ?もっと気の利いた言葉言えないの?」

綺麗。そんな言葉だけでは足りないのは分かっている。凶子が情次の首に絡み付いて唇の中に舌を入れる。甘い罠。口の中で二匹の蛇が交差する。まだ足りない。まだ足りない。

もっと。もっと。もっと。もっと。

甘い蜜を嚥下する。

「どう?」

「甘いな」

手に入れれないものだから欲しくなる。手に入れてしまえば?分かっている。どんな事をしても手には入らないのは。

「よく覚えておおき。女の執念は怖いわよ」

この肌寒さは雨のせいだけじゃない。凶子が他の誰かの元へ行っても情次に浮気は許されない事。

「肝に銘じておくよ」

「いい子ね。ほほほ。分かってるじゃない」

凶子は情次の手を掴み、広げた着物の足もとから中に入れた。

「ほうら濡れているでしょう?触ってごらんなさいな」

白襦袢に伝わる染み。指で広げたそこからはピンク色の肉縁と、そこから溢れる透明な雫。

緩み、乱れた着物。凶子の余裕の表情。真っ赤な口元に広がる笑み。

「その余裕を無くしてやるよ」

「あら?あんたに出来るのかしら」

人差し指と中指を膣壁に入れてかき回しながら、親指で豆を向いて擦る。そのままなかなか入って行かない菊の蕾に薬指と小指を入れていく。

「痛い」

「こっちの方は開発済みじゃないのか?」

「違うわよ。あんたならされた事ぐらいはあるでしょう?」

「いや?俺はやる方が好きなんでね。いつまで強がっていられるのかな」

「意地悪ね。でもそういうとこ、あたい大好きよ」

艶かしい唇から漏れる吐息。白い肌を伝う汗。着物の裾が広がって、淫らな音が広がって。

ぐぢゅぐぢゅと中をかき回す。

「嫌っ」

「怖いのか?俺が」

「怖くなんて・・・ないわ」

「狂わせてやるよ」

凶子の両腕を外し、情次は凶子の裾を完全に広げ秘部を露出させるとその赤く尖った長い舌を膣内に侵入していった。

「ああ、あたい死んじゃう」

動物の呻き。真っ赤な蛇がずるりと体内で蠢く。

乱れた着物の襟も肩までずり落ちて、豊満な乳房が見え隠れする。青白い太腿が暴れ出すのを情次はがっちり掴んで尚も離さない。

「もう駄目」

そこから離れると情次は赤い唇を吊り上げて笑った。

「凄い濡れてるぜ」

「そんなんで満足出来ると思ってるのかしら」

「死にそうな声出してた癖に」

「あたいはあんたのものにはならないわ。そうでしょう?」

「分かってるよ」

こんな時、情次は勝てないなと思う。

情次が服を脱いでいる間、凶子はむっちりした女の太腿をくねらせて誘っている。

婀娜な表情がよく似合う。

女の匂いが部屋に充満する。濡れた瞳で誘っているのに狂わせられているのは情次の方だ。

覆い被さり二本の足を高く持ち上げ開き、蜜壷に赤黒く聳え立つ鎌首を突き刺す。

「あああー」

乱暴に最奥まで突き進み、腰を激しく動かして陵辱する。

長い髪を振り乱し、赤く塗られた唇から唾液が流れる。

肉壁の中で蠕動して締め付ける。

「ああ、あああ、ああ、ああっ、あー、ああ」

荒い吐息。体が熱くなる。揺さぶられる度に赤い着物に皺が出来、形のいい眉が切なげに捩り、髪を振り乱して快楽を求めているその表情を情次は美しいと思った。

豊満な乳房を両手で揉みしだく。まるで結合している部分にもう一つ心臓があるようだ。

「俺が欲しいか?」

「早く・・・頂戴よ・・・はぁ・・・い・・・いく・・・ああ、あああー」

子宮に放たれる三億の精子。ひくひくと蠢くそこから流れる白濁液。

 

獣のように交わって、何時の間にか雨も止み、やがて夜の帳が訪れる。

雨に濡れたような体に纏わりつく汗に絡む髪の毛。首筋に張り付き、はらりと落ちる。

情次は煙草を吸いながら凶子が着物を着るのを漠然と見ていた。

「うふふふ。楽しかったわよ」

「泊まっていけばいいのに」

「煙草。臭いつくの嫌なの。それに雨も止んだようだわ」

何度犯しても手に入らない相手。

手中に出来ないからこそ、美しいのかもしれない。

「子供が出来たら俺のものになってくれるかもな」

「本当に出来てみなさいな。こういうのは、非日常だから面白いのよ。日常になるときっと詰まらなくなるわよ。またね」

「ああ」

 

白粉と女の匂いの残り香。ふわりと浮かぶ白煙。

(ほんとにガキ出来たらジンにでも押し付けようかな)

 

 

天井に溜まる煙草の煙。煙のように消える女。

(女ってのは結局“彼女”とかいて彼方の女なんだ。分からないものだよ)

 

 

煙草の先端がじじじと燃えた。

 

 

〜終〜

 

 

 

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