何故人間を食べないのかと聞かれる。
鷲尾はホモンクルスになってから一度も人間を食べた事が無い。
そしてこれからも無いだろう。
理由は、一度食べると目の前の男のような目になってしまうと思うからだ。
無機質な、硝子のような目。
巳田は言う。世の中であんなに美味い物は無いと。
けれど、食べない。
あちこちが崩れたビルにはフラスコが置いてあり、鷲尾達の根城になっている。
創造主の蝶野は寄宿舎で休んでいて、他のホモンクルス達はそこに置いてあるフラスコを守るように言われている。
時計も何も無い地下。暗闇の中で忠実にフラスコを毎日守っているのは鷲尾だけで、他のホモンクルスはそれ程忠実ではなく、夜の街を徘徊している。
巳田は今日も鷲尾がそこにいると思い、来た。
「暇じゃないのか?飽きもせずに毎日毎日」
「創造主の命令に飽きるも何もないだろう」
「暇だと思わないか?」
「何が言いたい?」
「暇つぶしに、やらないか?」
「何を」
言いかけた鷲尾の唇を塞いだ。一通り口腔を蹂躙した後で、巳田は唇を離した。
「てっきり抵抗すると思ったのにな」
巳田の眼球はやはり硝子玉だと思った。何も映ってない。巳田は鷲尾を見ていない。見ているのは、眼球に映った巳田の姿だ。
「何でこんな事を」
「暇潰しだ、ただの。人間を見ても性欲がかきたてられなくなった。奴らは俺の目には食事としてしか映らないんだ」
「私は食べられないからな」
「こういうのは初めてか?」
「まだ大鷲だった頃に雌の鷲と」
「・・・てっきり創造主とやってると思ったけどな」
「創造主はお前とは違う」
「多分、違わない。創造主も俺と同じで他人に興味が無い。自分の事しか興味が無い。ホモンクルスになれば間違いなく人肉を食らう」
「創造主は汚してはならないんだ」
「ならお前は?」
「私は・・・」
固い床の感触。ゴポゴポとフラスコ内から音が鳴る。その音をずっと聞いていた。
空腹を感じても動く気にならない。巳田は学校へ行ったようだ。体に付着した精液が酷く不快だった。
散乱した衣服。自分は何をしているんだろうと思う。
階段を降りるコツコツと響く音。
「創造主」
「ずっと一人でいると思って食事を持ってきたぞ」
蝶野の姿を見て、鷲尾はのろのろと起き上がると服を身に着けた。
「誰としたんだ?」
「言わなければならないんですか?」
「俺には関係ないよな」
「・・・」
「五月蝿い。お前は俺のだ。勝手な真似は許さない」
「はい」
「体洗ってこい」
「学校は」
「いいから。むかむかする」
鷲尾が去って行った。蝶野はフラスコの前に膝を抱えて座っていた。
雨が降ってきたようだ。人気の無い所まで飛んで、湖で体を洗い流す。夏の雨が体を濡らしていく。生温い雨。
体が染みて落ち着かない。
濡れた体に衣服を纏うのは何処か不快だった。
「ただいま戻りました」
蝶野はそんな鷲尾をじろりと見ると、サンドイッチの袋を投げた。
「食え」
「はい」
大人しく食べる鷲尾に蝶野が言った。
「俺が何で怒っているのか分かるか?」
「創造主は潔癖な方だから」
「そうじゃない。所詮は獣か。で、そいつにされてお前は感じたのか?」
「感じる・・・何を?」
鷲尾は食べ終わると、袋をコンビニのビニール袋の中に入れた。
「分からないならいい。そこでじっとしてろ」
蝶野が鷲尾の服に手をかけると、その体を触っていった。
「創造主・・・何を」
蝶野は無言で裸体にした鷲尾の体に触れる。体が熱い。
そして首筋に唇を寄せてきつく吸った。
「誰にも触れさせるな。いいな?」
「は・・・い」
一人取り残された鷲尾は首筋をいつまでも触っていた。
「キスマークか」
「何だ」
「そんなに警戒しなくてもいい」
随分嫉妬深いんだな、と巳田は苦笑した。
「それで・・・もうしたのか?」
「創造主相手に・・・創造主はお前とは違う」
「それは昨日も聞いた。やり方は分かるだろう?もう。死ぬまでに悔いの残らないようにしようじゃないか」
「死期が見えるのか?」
「ある程度の覚悟はしている」
「私は、、、」
巳田の意図が分かったのか、鷲尾は項垂れて
私は創造主のものだから、と呟いた。
巳田は蝶野に対して忠誠を誓っていない。だからなのか、生きるのも死ぬのも一人だ。寂しいな、と思う。だからといってどうにか出来るわけではないけれど。
それ以来巳田は鷲尾としない。そして巳田は錬金の戦士によって屠られた。
そんなに嫌いでもなかった。鷲尾はそう思いを寄せる。
だから拒まなかったのかもしれない。
暑い暑い夏の日の出来事だった。
END