ここはテキスト帝国。軍事国家である。しかし軍事国家とは名ばかりで、ここ何年は殺し合いの戦争もない平和な国家である。
しかしこの国は一つの悩みを抱えていた・・・それは・・・
「みずはは結婚しないからね」
帝国の第一王子みずは。コスチュームハンターにして、幼女が好きというある意味困った性癖の持ち主である。
みずは王子の言葉に王と従者は頭を抱えていた。帝国の一人息子として甘やかして育てていたのが悪かったのか、我儘言い放題である。
「しかしだな、後継ぎがいないとこの国は」
「だから条件だしてるでしょ。女の子なら一桁まで。あとはそこの従者と結婚」
「するか馬鹿者」
みずは王子の側近であり、帝国随一の暗黒騎士である覇者は顔を顰めっぱなしだった。
「そもそも何故我輩がこのような場所に出なければならないのだ。身内の事は身内だけでやれ。我輩を巻き込むな」
「あー、いいの?俺王子よ?王子にそんな口聞いていいの?」
「嫌なら即刻側近解除しろ。貴様の所にいなくても他の働き口は幾らでもあるからな」
ぷう、とむくれた顔をする王子とあからさまに苛々している従者に王が困った顔をした。
「王の命令だ。この馬鹿息子は力も体力もなく守るべき存在がいないと」
「分かってます。ええ、分かってますとも。しかしですね、何故我輩がこのような場所に参列しないとならないのですか?」
「だってもう覇者りんって身内同然じゃん。やる事やって」
ギロ、と覇者が王子を睨む。
「後継ぎがいなくて困っているという話の最中にそういう話を持ち出すな」
「すまんのう。実はこの不貞の息子がそなたでないと結婚しないとか言うものなので。冗談だとばかり思ってはいるのだが」
「冗談に決まっているでしょう」
「魔法で性転換」
「殺すぞ」
「いけないんだー。王族を殺すと重罪なんだよ」
「貴様いっぺん死ね」
「苦労が絶えないのう」
「ええ。全くです」
「不敬罪」
「どの口がそれを言うんだ、こら」
「30にもなって幼女だ衣装だと少しは王子としての自覚を持ってほしいとは思っているのだが・・・今まではこればかりは仕方ないと思っていた。しかし隣国の絵日記王国がここ数年ほど力をつけ続けている。このままだとテキスト帝国は息子の代で途絶え、絵日記王国に吸収合併されてしまう」
「だからさっきから言っているようにどっかから子供つれてきて養子にすればいいじゃん」
その場にそぐわない軽い言葉に重苦しい空気が流れた。
「みずはとしては覇者りんに子供を産んでほしイテッ」
漆黒の鎧を纏ったその足で従者は王子のすねに蹴りを入れた。
「蹴ったなー」
「アホか貴様は。産めるかコラ」
「覇者が女性だったのならな・・・」
「貴方まで何を言い出すんですか」
この親子の言葉に既に従者は逃げたくなっていた。そもそも場違いである。
「だってさー、覇者りんはもしみずはが他の女に子供産ませたら嫌じゃないの?」
「・・・私情がどうであれ帝国存続の危機を回避するのが先だろう」
「嫌なんだ。そうかそうか。父上、覇者りんはみずはに結婚してほしくないんだって。だからしない」
「人の話を過大解釈するな」
「別にみずはが死んだ後この国滅んでもみずはは構わないし」
帝王学をマスターし、古代文字の解釈にも成功し他国との交渉の腕も一流であり、魔導師としても他に類を見ない程で王子のお陰でここテキスト帝国は軍事国家であるのに全く他から攻められても滅びずにいる平和な国になっているが、やはり長年の平和のせいかそれとも元々生まれ持った性格なのかどこかこの王子は変である。
「話の流れから分かると思うが任務だ。長年続いたテキスト帝国の血筋を絶やさないよう王子に伴侶を見つける事。以上だ。下がってよいぞ」
「頑張ってね覇者りん」
「貴様の妻だろうがあああ」
暗黒騎士覇者は与えられている自室で鎧を脱ぎ捨て苦渋の顔で鎮静剤を飲んでいた。
鎧を脱ぐと平凡な青年に見える。とても600万もの軍隊の指揮官とも思えない程だ。10代にはその腕を買われて帝国直属の騎士になり、以後20代半ばには王子専属の従者になり軍の統率者にもなったが若い頃から軍人として歩み、女性との恋愛には縁がない。
(そもそもあいつに父親が勤まるのか?)
みずは王子は幼女が好きである。正確には幼女に帝国の金にあかせて買った衣装を着せるのが好きである。そんな王子にもし子供が出来ても一歩間違えば近親相姦になりかねない。
ドアをノックする音が聞こえた。
「鍵はかかってないぞ」
気品溢れる顔をした王子がにこにこと笑いながら入ってきた。
「困った事になったね」
「貴様のせいでな。その辺の町娘を連れてくるわけにもいかないし」
「みずはの人権も尊重しなきゃなんないし?」
「貴様の人権なぞこの際どうでもいい。貴様のような奴とくっつけられる女性が可哀相だと思うだけだ」
「でもみずはは人気あるんだよ?」
知っている。帝国の第一王子である。必然的に妻にもなれば莫大な金額が手に入る。それを目当てに思っている人間も多い。だからなのかみずはは「幼女じゃないと嫌だ」と言い続けている。ここ10年ぐらいはそれでもよかった。周りの貴族の娘達も「あと20歳若かったら立候補したのに」と言っているぐらいだ。だがしかし近頃になって他の国々が力をつけてきた。王はそれを危惧している。
考え事をしている覇者に「こっち向いて」とみずはが言った。
そのままのめり込むようなキス。みずはは目を細めて覇者の顔が赤くなっていくのを楽しんでいる。覇者は体の中心がじわじわと熱くなるのを覚えながらみずはの体を離した。
「結婚するんなら・・・こういう事は止めた方がいいんじゃないのか・・・?」
「だってみずはが好きなのは覇者りんだもん」
覇者は高鳴る心臓を服の上から押さえながら自嘲の笑みを零した。
二人がこういう関係になってからは長い。直属の従者になってからもう5年にもなる。誰にもさえぎられない公認の仲だった。今日の王の命令を聞くまでは。
王も周りの家来も二人の仲を知っている。だからこそ王はあの場に従者を呼んだのかもしれない。
「それにしても血筋だの家柄だの嫌になるな」
知将として名高い王子が宣言したのは他の国を侵略しない事だった。王子の知略と従者の武力によって平和が齎されていたが、帝国城内ではそんなに平和ではないのかもしれない。
「よりにもよってこの我輩に貴様の妻を捜せと言うのが既におかしい。考えてもみろ。10代から今の今まで一線の軍人として生きていて女と無縁の我輩にどう取り持てばいいんだ。女なら貴様が声をかければゴキブリのようにうようよ集まってくるだろうが」
「ようは覇者りんを試しているんでしょ?ほら、俺らって公認でしょ。だから覇者りんがみずはを諦められるかどうか」
「馬鹿馬鹿しい。我輩はいつだって諦められる。貴様が執着しているだけだろう」
「ふーん・・・そう」
王子は瞬間魔法でその場から消えた。
「守らなければならない存在か・・・。こんな感情さえなければな・・・」
ベッドに横になりながら脱ぎ捨てられた棘付きの漆黒の鎧を眺めていた。
(ったく覇者りんの馬鹿)
純白の王族の衣装を纏った王子が深紅のマントを翻して城下町を歩いていた。娘達の王子に向ける視線は熱い。だが王子はそれを全く気にしないで歩いている。慣れたものである。
「あー、王子様だー」
「よく覚えてたねー」
5歳ぐらいの女の子がとてとてと王子の方に歩いてくる。王子が幼女を好きなのは妙齢の女性が王子に思うような策略や底に占めている思いがないからかもしれない。
「いつも一緒のお兄ちゃんはどうしたの?」
「・・・喧嘩してるんだ。もう知らない。君のような子と結婚したいなぁ」
「結婚ってなぁに?」
「何だろうね。好きな人と好きな人が一緒になる事だよ」
「私は王子様が好きー」
「うん。みずはも好きだよ」
「じゃあケッコンしよう。あー、お母さんだー。お母さーん、私ねー、王子様と結婚するんだー」
子供の親が出てきた。子供は目を輝かせて王子様と結婚すると言っている。その母親は王子が幼女に対しての碌な噂を聞いてないので「用事がありますので」と子供を連れてその場を去ろうとした。
「王子様、また遊んでねー」
「うん、バイバイ」
外はぽかぽかと暖かいのに王子の心は晴れなかった。
(結婚は好きな人と好きな人が一緒になる事・・・嘘じゃんそんなの)
町の外を出ようとしても護衛がついていないから城の警護兵に駄目だと言われる始末である。なんでも王子の身にもしもの事があればとか。
(こんな国滅べばいいんだよ)
本当に滅びそうになれば必死で守るが、血筋を守る為だけの結婚はおかしいのではないかとも思っていた。
(戻ろう)
一方従者の方はといえば。
「こういうわけなので我輩は女性には縁が無いので何かいい考えがないだろうか」
覇者の目の前で話している巨体の男。軍において二番目の地位を誇る騎士団長兄貴である。覇者は統率者として軍を率いる中でこの兄貴は上位にありながらも仲間と共に戦場を駆け巡り覇者とは違う意味で人気があった。
「ふむ。しかしまぁ・・・王も貴兄にそのような命令をされるとは」
苦渋の顔をしている覇者を面白そうに見ていた。
「噂は噂を呼ぶと言いますから。この先あの王子へのラブコールが更に駆け巡るでしょうな」
「ついでにあのアホは瞬間移動でどっか行った。一応我輩がいないと城下町より外には出てはならない決まりになっているからまたその辺でぶらぶら歩いているだろうが。あれでも魔力に関しては国内一を誇るからな。防壁に張られている結界ぐらいは破れてもそこまでして魔獣どもがうようよしている外には出ないだろう」
「帝国一の魔力を持つ男。護衛も大変でしょう」
「洗脳されて敵に回すとこんなにやっかいな男もいない。先程の話に戻るが、あの王子に好きな妻を選べと言うと一桁の幼女を数十人連れてきてハーレムを作り子供が産まれる年齢になると次々に捨てるだろう」
「いっその事幼女を養子にするとか」
「それはもう考えた。だがあの王子だぞ?わざわざ手塩をかけて自分色に染めた子供を他の男と結婚させたいと思うか?あげくの果てには我輩を魔法で女にしたらいいとかぬかしやがるし。親子揃って我輩の人権をどう」
ぶつぶつ言う覇者をじぃっと見つめる兄貴。
「貴兄は王子が結婚するのが嫌なんでしょう」
「国の存続の為だ。それに魔力の高い血筋の貴族の女相手ならさぞかしその子供はいい魔法使いになるだろう」
「諦めるんですか?」
「いつまでも我輩と遊んでいるわけにもいくまい」
「だったら私が・・・」
いつの間にか至近距離まで迫ってきた兄貴にひょいと肩に担がれた。
「うわ、何をする」
幾ら帝国軍の統率者とはいえ鎧をつけていない軽装のままではその辺の青年と変わらない。
「何って・・・ナニですよ」
どさりとベッドに投げ出されて覇者は身の危険を感じた。
「待て。貴様はそういう趣味があるのか」
「貴兄だって王子とそういう事をしているんでしょう」
「それとこれとは話が別だろう。だいたい男だったら誰でもいいのか。そうじゃないだろ?」
「私は構いませんよ」
「我輩が構うんだ!!何で我輩がこんな事をされなければならないんだ?」
「諦めるんでしょう?」
「・・・それは・・・だからって・・・」
抵抗を無くした瞬間に覇者の手首に手錠をかけた。
「魔力がかかってますから、どんなに力を込めても外れませんよ」
「何してるんだよ俺の覇者りんに」
壁を通り抜けてみずはが現れた。服を剥ぎ取ろうとした兄貴を魔法で壁までふっとばし、いともたやすく覇者の手錠を外す。
「遅い」
「助けてやって遅いじゃないでしょ」
「すまん。助かった」
「うん、よろしい」
みずはは覇者を抱きしめぽふぽふとその頭を撫でる。いちゃいちゃしている二人に血を垂れ流しながらずりずりと兄貴が這ってきた。
「これはこれは王子様・・・ぶはっ」
何か喋ろうとする度に口から血反吐を吐いている。見られたものではない。
「みずはの覇者りんに手を出したのは重罪だ。けれどみずはは寛大な人間なので二つの方法を与えよう。一つはみずはの治療を受けて覇者りんにもう二度と手を出さないか、もう一つは自力で這って血を垂れ流しながら寺院まで行くか。いやー、結構内蔵系やられちゃってるから行くの大変だろうねぇー」
「悪魔か貴様」
「は・・・這って行きます・・・」
「頑張ってね」
みずはは覇者と共にその場から消えた。
王子の間である。王家にしては質素な調度品だが、部屋の面積の大半をクローゼットで埋め尽くし勿論その中には幼女用の異様に豪華な衣装で埋め尽くされている。
「全く、みずはがいないと駄目なんだから」
「・・・貴様がこれから先女性に狙われるという事は必然的に一人身になる我輩も他の奴らに狙われるという事か」
「覇者りんかっこいいからねー。狙ってる男は多いよ」
「男に狙われても嬉しくない」
「ほら、軍って男社会じゃん」
「それにしてもよく我輩の居場所が分かったな」
「声が聞こえたんだよ。助けてくれってさ」
チュッと甘いキス。いつもよりキスの長さが短いと思っている時ににこにことした顔でみずはが言った。
「質問です。みずはの事は好きですか?」
「・・・・・・我輩にも立場が」
「好きだって言うまでこの先やってやらない」
「ほんと意地悪だな。好きだ。でもそれは」
「でもとか、しかしとかいらない。立場とかどうでもいいじゃん。好きか嫌いか、したいかしたくないかでしょ?あんまり我儘ばっかり言ってられないからね。結婚・・・するよ」
「そうか。シャワー浴びてくる」
「ん」
みずはが結婚してしまえばこんな関係も無くなる。幼女遊びも卒業しなければならないだろう。単なる側近になり・・・そしてこれから先、覇者が他の男に狙われる可能性もある。そう思いながら体を洗った。
キュッとノズルを閉める。細い体にバスタオルを巻きつけ、黒髪から滴る水もそのままにベッドで赤ワインを飲んでいるみずはの隣に座った。
「それ貰おうか」
手渡されたグラスの赤ワインを飲み干す。
「美味しいでしょ。帝国専門の葡萄畑から熟成させた百年物のワインだからね」
飲み干したワイングラスをサイドテーブルに置く。
「王家に生まれるのも大変だな」
「そうだね。でもここに生まれてなければ覇者りんと出会ってない。運命だよね、こういうのって」
湯気で上気した肌を舌がなぞる。
「くっ」
「敏感」
「こんな事は・・・今日で終わりにしよう・・・」
「そうだね」
「愛している」
「うん。みずはもずっとずっと愛してる。結婚しても」
みずはは白くて苦い液体を飲み干した。体力を失い続けながらもその行為は朝まで続いた。
絵日記王国のかえる姫との結婚式。政略結婚。攻め込まれるよりは和解の方法を取った。巨大帝国と王国の結婚式は壮大なものとなり、吸収合併の形となり更に国が壮大になった事でこの先何年もずっと平和な世界になるだろう。従者は黒い衣装を纏い自分の感情を押し殺すことにした。
帝国に迎えられたかえる姫が王子の間のクローゼットの中身を見て卒倒するのもまた別の話である。
<END>