ここは古くから聳え立つテキスト帝国。その中で部類の幼女好きと衣装好きで知られるみずは王子様がいました。
近い将来のうち、帝国を脅かす存在になる絵日記王国と和平の為、帝国の第一王子みずは様と絵日記王国のかえる姫が結婚。結婚するからには「幼女遊びは止める」と宣言し、みずは王子付きのメイドであるわたくし、あんずも安心してはいたのですが・・・。
「この王子様変なんです!!」
変なんでしょうねぇ、とそれはそれはお美しいかえる姫の半泣きの姿を見ながら色々と思い描きました。
「毎日変わった衣装を着せようとするんです!わざわざ“かえるさんに似合うと思って取り寄せたんですよ”と言いながら部屋の前に箱が積み重なっているんです!!」
いちメイドに敬語なんて使わなくていいのに・・・でも“あんずさんの方が年上ですし”と仰られて。優しい方なのでしょうね。絵日記王国でも人気があるのがよく分かります。
確かに、幼女遊びは止めるとは言ったものの、根っからの衣装好きが治まるわけでもなく。
「人気はあるんですけどねぇ・・・」
「人事だと思っているんですか?」
「いえいえ。そんな事はないですよ。ただ・・・」
と、目を逸らしつつわたくしは続けました。
「衣装好きなのは聞いていると思いまして」
「あそこまでは思わなかったんです・・・」
けろけろけろと和の国の衣装(何でも着物というもので、この国の平民の報酬の一年分ぐらいの値段はするそうです)を両手に持ちながら涙目になってました。
わたくしはみずは王子様のメイドではありますが、王子様の姫となったかえる姫の悲しい笑顔を見るのも苦しいです。なので、姫と衣装のどっちが大事なのか聞いてみるといいでしょうと伝えました。
翌日。姫は絵日記王国の王様の元に里帰りしてしまいました。
王子様の部屋。大層大きな部屋なのにそれが狭く感じられるのは数々のクローゼットの為。王子様が好むカフェオレとパウンドケーキをテーブルに二人分置きました。もう一人は、王子側近の騎士団長、従者の覇者様へお出しする為。
失礼します、と下がろうとしたわたくしを王子様は「相談あるからまだいて」と言いました。
「で、何が悪かったと思う?覇者りん」
「全部だ、全部。そりゃなぁ、お前幾つ衣装買えば気が済むんだ。今に財政パンクするぞ」
「あんずはどう思う?」
シルバートレーを両手に抱えて、困惑しながら「やはり服は一日に一着がよろしいかと」と答えました。
「ほら、何ていうの?女の子―にかけてた情熱を一人の女性にかけるわけでしょ。普通の女性なら落ちると思うんだよね。んー、お姫様は難しい」
「落ちない。引く。だいたいだな、“衣装と私とどっちが大事なんですか?”という答えにへらへらと笑って“色んな衣装を着てるかえるさん”じゃないだろ。自分好みの服を着てれば誰でもいいのか」
「似合ってたのに」
「一ヶ月で嫁に逃げられた男の言葉か、こら」
何故王子様より身分が下の覇者様が全く王子様に敬意を払わないかといえば「こんな奴は尊敬するに値しない」ときっぱりと。能力を評価されて側近にはなり、最初のうちは敬語で話していたものの、いつしか対等な口を聞かれるようになったわけで。王子様は王子というだけで幼少のみぎりから友人が出来なかったので、わたくしとしては二人を暖かい眼差しで見守っています。
それにみずは様付きの沢山のメイド達の間でも二人の関係は最上のネタとして扱われてますので。不謹慎なのは分かってます。でも楽しいんです・・・!
覇者様は何故かテキスト帝国王子のみずは様より人気がある不思議な方で。戦いに優れ、参謀の知能としても一流であるからこそ何処か怖く近寄りがたい方であらせられるのに。
人気の度合いは棘付きの漆黒の甲冑を着た姿とそれをお脱ぎになった時のギャップの激しさもあるのかもしれません。鎧を脱ぐと弱そうな一人の青年でしかないのですから。とても百戦錬磨の騎士とは思えませんもの。
「あんずは俺から衣装貰ったら嬉しいよね?」
「それは嬉しいですよ。でもわたくしを特別視してはいけませんよ」
「だから特別視してもいい相手に世界各国から取り寄せた衣装を」
「己の欲望だけだろ。相手が喜ぶ物を何故送らない」
「ほら、やっぱり服は飾られているより誰かが来て動いている方が」
「誰かが・・・ねぇ・・・」
既に半分ほど「こんな奴の相談受けるんじゃなかった」そんな顔をしている覇者様。気分は、笑うしかない。そんな所でしょうか。
「何時になったら戻ってくるかなぁ」
暢気な顔で3つのクローゼット(勿論その中には姫に着せる為の衣装がぎっしり)の横に置いてある、クローゼットの中には納まらない世界各国から集められた50箱程の衣装を見ながら「どうしようか」と笑ってます。衣装箱が天井まで届いて、梯子を使わないと届かない状態です。
「ボンテージはまだ早かったかな」
「そんなのも買ったのか」
「“これ着るんですか!?”って嫌がられた」
「・・・そりゃな」
「あとね、あとね“スカート短いです!!”とか言って。涙目。いいね、ぷるぷる震えてるかえるさん似合うね。嫌がってるの見るの楽しいね」
「つまり、この今にも崩れそうな衣装の山は嫌がらせで買ったのか」
「そんな事に国の財政使うわけないでしょ。純粋に俺の趣味。プラス“これ着るんですか・・・?”とか嫌がってるのがオプションでいいの。だってさー、俺を慕って衣装貰って喜んでる子の反応は見慣れてるからさ」
「貴様一代でこの国潰れる。うん、我輩は喜んで貴様の側近から外させてもらおう。その時は」
「ゴスロリ服折角買ったのに勿体無いなぁ。覇者りん、着る?」
「着るか、阿呆」
王子様がカフェオレを飲み干したのを見計らって「わたくしはそろそろおいとまします」と申しました。
「あんずは背が高いからなぁ。あと20cm低かったらあげてもいいんだけどね」
「光栄ですわ、王子様」
二人の食べ終わった食器をシルバートレーに乗せ、頭を下げてその場から立ち去りました。
食器をコックに渡し、早速みずは様のお部屋の前へ。勿論その扉は開けないで二人のやり取りを聞き耳立てるだけです。何故なら面白くなるのはこれからなのですから。
※
「さて我輩も勤務に戻るか」
「いなさい。王子命令」
そうです、簡単に戻らせてもらえるわけがないのです。
「やっと二人きりになったんだよ」
「この近辺の巨大な国の三国のうちの二国が吸収合併したわけだし、確かにここ一ヶ月忙しかったのも事実だ。ゆっくりする時間も無かったかもしれんな」
率直に聞くが、と前置きして覇者様が言った言葉。
「何で寝室別々なんだ?」
こんな時、本気で透視能力が欲しくなります。ああ、どんな顔でそんな事を仰っているのか見てみたい。
誘惑に負けて音を立てないように扉の隙間から二人を覗くわたくし。傍から見ると変人そのものですが、王子様がこの国一番の変人だからいいんです。
と、自分を納得させてみたり。ええ、綺麗な人はそれだけで絵になるんです。
「知ってるでしょ」
王子様がすっと覇者様の傍に寄って口付けしました。
更にこういう関係だからこそ燃えるんです・・・!おふた方は秘密にしていられるようですけど、わたくし達メイドの間では秘密なんてあって無いようなもの。
ああ、胸がときめきます。どうしましょう。この感情は・・・恋?
「姫にはバレてないだろうな」
「バレたらバレたでいいよ。大事―に大事に育てられてきたから、そういう知識があってもしようとすると怖がるんだよね。かえるさんは好きだよ?ちっちゃいし可愛いし。かえるさんも俺の事は嫌いじゃないみたいだし。でも、嫌いじゃないってのと好きってのは違うでしょ。覇者りんに対する“好き”はね・・・そうだな、うん、この国が滅亡してもいいぐらい好き」
素敵すぎます・・・!もう、この一言だけでわたくし達メイドが全員解雇されてもいいぐらいです。なのに覇者様はいつも言葉を自制してて。何故男同士が駄目なのでしょうか。かえる姫も確かに愛しいですけれど、愛し合ってもいない二人が王家の血筋を絶やさぬ為に子孫を残さなければならないのなら、いっその事ここまで愛し合う二人を結婚させて貧しい国から子供を貰ってくればいいのに。
「よくそんな事言えるな」
「いいじゃん。言っても減らないし。それに今日はあんずから執務の予定聞かされてないから何も無いんじゃない?てなわけで、ベッドに連れてって」
「我儘王子」
「一ヶ月しなかったから溜まってるでしょ」
「全く。しょうがないな」
ひょい、と両腕で軽々と王子様をお姫様抱っこする覇者様。みずは様の嬉しそうなお顔を見て“この城のメイドで良かった!”と心底思うわけです。
これから濃密な二人の愛の交わりが・・・目を皿のようにして嘗め尽くさんばかりにじっくりとベッドの上の二人を見ていると突然後ろから声をかけられました。
「おい」
「きゃうっ」
驚きの声は、身長が高いと言われるわたくしより更に20cmは背の高い人の手を口に当てられ塞がれました。
「兄貴様」
兄貴様は、覇者様が知将であらせられるのであれば、このお方はいかにも武将といった感じでしょうか。この方も人気の高いお方です。
兄貴様がわたくしの耳元で囁きました。
「隙間からだとよく見えないだろう。隠しカメラを設置しておいた。ついて来い」
流石です、兄貴様。
そっと扉を閉めて兄貴様の後ろにわたくしはついていきました。
兄貴様。限りなく黒に近い灰色のゲイの疑惑を持つ男。覇者様の補佐官でいらせられます。190cm,90Kgの体格は一見怖そうですが、覇者様とお比べになるとかなり気さくな方です。
兄貴様の部屋は薔薇のオイルの匂いに囲まれた至ってシンプルな部屋です。兄貴様と二人きりの状況は普通の男性は嫌がりますが、わたくしは安心して傍にいられます。普段は上質の布で隠しているモニターには二人のしている事が様々な角度で映し出されていました。
「ディ・モールト。実にいい(−_−)」
「何時の間にこんなものを用意されたのですか?」
「うむ。執務に追われて奴が部屋にいる事が殆ど無かったからな。その間に設置した。ここであんずが男だったらなぁ・・・」
にまっと笑う。兄貴様を慕う男性は数あれど、それは上から傷つく事無く指揮をする覇者様に比べ、身分が高い方であらせられるのに戦場の最前線で兵士と共に戦い傷付くから人気があるのでもあり、けれど後ろを取られたくないナンバーワンだったりします。覇者様も兄貴様と話す時は警戒するように壁に背中をつけて話しています。覇者様が弱いのではなく、兄貴様が肉体的にも強すぎるからでしょうか。
「今日はみずは様から誘っているんですねぇ」
「うむ。攻めの姿もいいが、誘い受けも実にいい」
「左様で御座います」
延々と何時までたっても終わらない愛の契りを見せ付けられ、少々頭がくらくらした所でわたくしは退散する事にしました。
「本日はいいものを見せて頂きました」
「うむ(−_−)」
沢山いるメイド達の中で、わたくしは今日の出来事を事細かく伝えました。皆、一様に目を輝かせています。
「王子がお持ちしている衣装を着てみたい」
「姫様が嫌がるなんて勿体無い」
そんな声も上がります。けれど、わたくし達は一介のメイド。王子様の持ち物を着るのは許されません。夢想するだけです。
かえる姫は、王子様の「人形を買ってあげよう」との言葉になんなく戻ってまいりました。かえる姫の人形好きも人間の欲望とはここまで膨れ上がるのか、それぐらいのもので御座います。お二人の部屋は物欲の間と化してしまいました。
覇者様といえば、戦争の無い日は王子様に誘われて密会しているのを目撃しているメイドが数々いるそうです。
当分子供は出来そうにありませんね・・・とにんまりと微笑んでしまいました。
テキスト帝国は、相変わらず平和な国で御座います。
<END>