アラシヤマがその日、任務を終えて帰ってきた時マーカーはアラシヤマの報告を聞いただけだった。アラシヤマも結果だけを言って師匠に頭を下げ部屋に入っていった。

「相変わらず超クールっつーか出来た弟子だねぇ」

一部始終見ていたロッドがおどけた様に言う。マーカーは「人の事情に口出ししないでもらおうか」とだけ言って立ち去ろうとした。

「初めて客を取らせたんだろ?そして寝首を・・・」

「何処で聞いた」

「単なる予測。そういう仕事だろ、お前達のは」

「廊下で話す話でもないな。部屋に行こう」

ロッドの顔はあくまで氷のように冷たかった。

 

どうしてこの場で酒でなくココアなんだ、と思いつつも砂糖を入れないココアのほろ苦さは嫌いではなく。

「これから先もずっと客を取らせるつもりか?」

「暗殺の一手段だ。やり方は教えてある。相手が嫌になって途中で止める事も無い」

「そうじゃないだろ。あのままだとお前の弟子、セックスで感じなくなるぜ」

「・・・弟子の体を私がどう扱おうがお前には関係無い。そしてあいつがどうなっても構わない。あいつは私のものだ。誰のものでもない」

「そして傷ついたら癒してやるのか?とんだ茶番だな」

「癒さない。殺人に感情など持ち込むのは愚の骨頂だ。そして人殺しの手段がたまたま寝屋の中だからといって殺す事には変わらない」

「お前も感情を伴わないで抱かれた事あるのか?」

「・・・下世話だな。もう何人に抱かれたかなんて覚えていない。どうしてそんな事がいちいち気にかかる」

「殺すんならさっさと殺してしまえばいいじゃねえか」

「だからどうしてむきになる」

「お前が好きだからに決まってるだろ」

ロッドは口元だけで笑うとココアで口元を濡らした。

「私達はこういう仕事だ、分かってるのか?じゃあ何か?お前をもし好きな奴がいて殺すなと言っても殺さないのか?仕事に私情を挟むのがどうかしてる」

「・・・もしかしてアラシヤマが好きなのか?」

「優秀な弟子だとは思っている。・・・が、殺さなくてはならない時になったらその時は手加減なしで躊躇い無く殺す」

「ベッドの中で?」

「その状況にならないと分からないだろう。アラシヤマが可哀想だと思ったら勝手に抱けばいい。私が指図したと言えば拒まない。そういう風に作った、だから」

「俺が抱きたい奴が誰かいちいち言わないと分からないのか?もしかして怖いのか?俺に抱かれるのが。好きだと思ってない相手に抱かれるのが。・・・お前には好きだという感情そのものが無いかもしれないな」

「アラシヤマは優秀な手足として動いてくれる。そういった意味では好きだが」

「それは恋愛感情じゃない。恋愛感情で誰かを好きになったり」

マーカーの言葉に神経がささくれ立っていくのが分かる。恋愛感情?不必要だろうそんなものは。邪魔だ。どうしてそんなものが必要なんだ?

「何故私がそれを恐怖だと感じる。不感症だといざという時相手を満足させれないだろう」

「俺は殺すとしたら別の方法にするよ」

「お前はそうだろうな。暗殺ならこういう方法が得策だと思っただけだ」

「そして初めて任務で寝た相手を殺した弟子に報告だけ受けて」

「どうしろと言うんだ?私の時だって初めて見知らぬ誰かと寝ても初めて殺人をしても何も言われなかった。結果だけ言えばそれでいいと思っていた。それの何処が悪い」

ロッドがマーカーを背後から抱き締めた。

「言っておくが、私はお前の事などどうとも思ってないぞ」

「分かってるよ。お前が今まで誰からも癒されてなかった事も。愛してると言っている奴に抱かれたら少しは任務でするのとは違うからさ。俺に抱かれたらそのままアラシヤマのところに言って同じ事をしてやれ。涙を流して喜ぶぞ」

「奴が泣くかどうかは知らないが・・・したいならすればいい。一時期の気まぐれに翻弄される私でもない。こういう行為で好きになるとも思えない。それにお前は飽きたら他の奴を探すだろう?」

「飽きるまでは抱いてもいいんだな?」

「・・・私として楽しいかどうかはともかくとして止めはしない。こんなので心が動かされるとも思えない」

「それはやってみなければ分からないさ」

「・・・・・・」

 

「どうだ?少しは俺の事好きになっただろ?」

「下らないが・・・それなりに良かったからお前との行為は好きだと言ってやる」

「素直じゃない奴。そこから少しずつ俺を好きになっていくんだよ」

渡されたココアが甘かった。

「それはどうかな」

「・・・それだけの体持ってて仕事だけでしかしないってのは詰まらないぞ。俺とした時気持ち良かったんだろ?なら気持ちいい奴見つけてそいつとした方が精神衛生上楽だぞ」

「どうやって見つける?ガンマ団全員とやってみるのか」

「あのな。どうしてお前が気持ち良かったか分かるか?お前を好きだと言ってる奴とやったからだろ?どうとも思ってない相手なんて俺だってやっても詰まらないよ」

「それにしてもよくあれだけ最中に愛の言葉が出てくるもんだな。恥ずかしくないのか」

「好きな奴に好きだと言って何が悪いよ。・・・いいから、さっさと弟子のとこ行って俺がやったようにやってみろ。仕事以外でのセックスの良さを教えてやれ」

「お前に命令される筋合いは無いが。・・・ココア、美味かった」

マーカーが微笑しながら立ち去った時ロッドは「何やってんの俺」と残りのココアを飲んでいた。

 

マーカーがロッドにされたようにアラシヤマを労わりながらすると、アラシヤマは「お師匠はん・・・」と子供が親を求めるような切ない顔をした。初めてセックスに快楽を覚えたマーカーはこいつにも同じように快楽を教えてやればいいかもしれないと思い、その最中に少しだけアラシヤマが自分の命令には全く逆らわない人形のようなものから違うもののように感じた。

 

アラシヤマが本当に心から好きだと思える人に出会うのはそれから何年も先である。

 

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