「覇者りーん」
「ん?」
みずはが笑顔でかけつけてくる。同じ職場のせいもあってこいつはちょくちょく遊びに来る。アポイント無しで。しかし我輩も突然来られても困るという事もないが。
みずはは礼儀正しいので周りのものに対する印象はいい。我輩はこいつの本性を知っているのでそんな周りの反応を白けた目で見ているが。
「何の用だ」
「じゃーん、これ何だと思う?」
ひらひらとみずはが振っているのは飛行機のチケット。この男、年中金が無いと言っている癖にどこから手に入れてきたのか。
「親がさ、都合で行けなくなったんだって。だから代わりに行ってこいって」
「場所は?」
「オーストラリア。二人分」
おいしい。おいしすぎる。あの澄み切ったラグーン。スキューバーをしている者にとってオーストラリアの海は憧れであり、一度は行ってみたい所だ。しかし理事長として忙しい毎日を送っているの身分では憧れでしかなかったが。

みずははテキスト学園高等部の臨時教員をしている。身分関係でいえば対等な口をきく関係ではない筈だが、しかし我輩とみずはは何年も近所に住んでいる所謂腐れ縁だ。だから理事長だとか教員だとかそんなのは関係無い。
「しっかし何故我輩だ?お前なら幾らでも誘えば付いてくる女がいるだろう」
「いやぁ、母親に覇者りんだったら安心だからとか言われてさぁ」
確かにこの男を女を二人きりにさせておくのは親も心配だろう。何せこいつは偽装とはいえ幼女と結婚した男なのだから。(つまり我輩はこいつがオーストラリアへ行く時の監視役か。確かにこいつ1人野放しにしておいたら外国で何をするか知れたものではないからな)
以前にも前例はある。こいつが1人で外国を旅行した時の話を我輩が聞かされた時、我輩は頭痛と眩暈に襲われた。我輩は確かに病弱な美少女は守ってやりたいと思うが、それはこいつの幼女趣味とは違う。だんじて違う。しかし我輩はモテではないので女とどうこうもなにもとんと無縁だが。自称モテフェイスではないと何度も言いながら女の噂が絶えないこいつと対極的な我輩。

友人関係が何年も続いているのが不思議だ。まぁ一緒にいて悪い気はしないが。
生徒会長のワタナベもそうだが、みずはも人当たりはいい。しかしみずははモテているが為にあちこちに敵を作っているようで。少しは可哀想な気がしないでもない。敵が多い癖に人気が高いのは敵からも認められるみずはという人間性によるものだろう。それはともかく。我輩は視察の名目で一週間の休暇届を出した。勿論通訳の目的でみずはと共に。

空港のロビー。とても視察とは思えない格好。そして荷物。我輩の目的は勿論スキューバーだが、そればかりもかまけていられない。この職場をかけ離れた場で緊張感を無くしまくった隣の男の姿を見たら。周りは皆外国人。この時期にオーストラリアに来る日本人が少ないのか、成田で「覇者りん」と言われると少々恥ずかしい我輩でも日本語がほぼ通じないこの地だとさほどの事でもなくなる。我輩も全く英語が話せない訳ではないが、英語教師のみずはに比べるとジャパニーズイングリッシュとキングスイングリッシュの違いは歴然だ。ともかく飛行機会社の方で用意したホテルへ二人は向かった。

バスに揺られ、着いた所は海に面した白亜の建物。見渡す限りの気持ちいいラグーンに我輩の胸は躍っていた。早速ホテルの中へ。部屋に着いた時、ツインルームでも文句は言えないと思った。飛行機代もホテル代もみずはの親が出したものだからだ。
「うわっ、風が気持ちいい〜」
日本の寒さとは比べ物にならない温風。我輩は白いベッドに早速横になった。長時間のフライトは流石に体にきつい。みずはは風に当たっている。体力を失っていないのは流石旅行慣れしているせいか。病弱な我輩にその元気を分けてほしい。我輩の旅行ケースの中は持参した薬が大量に入れられているというのに。
「言っておくが、単独行動は無しだからな。貴様を1人にしておくと何をしでかすか分からん」
「えー」
不満の声。気持ちは分からなくもない。こいつとしては異国の幼女ととか考えているだろうから。
「覇者りんのスキューバー見ても面白くないしー」
「デジカメで撮った画像を見せてやるから。当然ノートは持ってきているだろうな」
「勿論」

みずはの旅行ケースからはノートパソコンと電話線に繋げるジャック一式が入っていた。こういう所は怠らない男だ。早速カタカタとパソコンに入力している。テキスト学園のHPのデータベースに今日の出来事を入れているのだろう。
{今日、オーストラリアに到着しました。覇者りん理事長は長時間のフライトで既に疲れきってます。理事長がデジカメを持参していますので、翌日にはオーストラリアの風景をアップしますので期待して下さい。みずは}
我輩はそれを確認した後、眠りに就いた。

翌日。ホテルマンにスキューバースポットを教えてもらい、早速船へ。最初はあれほど文句を言っていたみずはも海の風に揺られ、とても気持ち良さそうだ。我輩が黒のスウェットに着替えると「もじもじくんみたい」だとみずはは笑った。主ノーケーブルを口に当て、デジカメを持って潜る。沢山の色とりどりの魚。日本では見られない南洋の魚。来て良かったと心底思った。みずはは船の上で詰まらなさそうにしているんだろう。監視役の名目で来ているが、みずはにも自由を与えてもいいかと思った。我輩が言わなければいいだけの話だ。

(この口の軽い男が自分から周りにべらべら喋らないという保障は微塵も無いが)
ざぶん、と船に上がる。
「撮れたー?」
「ばっちりだ」
こいつと友人で本当に良かったと心底思った。

夕方、シャワーを浴びてからホテルのリストランテで。家の教育が行き届いているからか、みずはは食べ方からして行儀いい。
「しっかし、男二人でレストランって何だろうね」
「日本だと気になるが、外国だと然程気にはならないな」
スキューバーで疲れきった我輩と比べてみずはは体力が有り余っているだろう。
「なあ」
「ん?」
「我輩はもう寝るつもりだが、お前は出かけるんだろう?そのナンパをしに」
「行かないよ」
「行かないのか」
「だって今日は覇者りんがいるから」
確かに我輩は監視役で来ているが、今日一日我輩の自由にさせてくれたからな。お前の自由まで奪うつもりはない。尤も、この時間外で子供が遊んでいるかどうかは知らないがな」

「いいよ。俺もベッドにいるから」
「じゃあ明日は市内観光に付き合ってやる。言っておくが、犯罪は駄目だぞ。見るだけだからな」
「うん。分かってる」
やけに物分りがいいなと思いながら我輩はホテルのガウンに着替えると眠った。

どの位経っただろう。夜中、ふと人の気配に目が覚めた。(やっぱり出かけるのか変な病気貰ってこないといいがな)しかしみずはは出かけるつもりはないらしく、我輩のベッドの中に入ってきた。(寝ぼけてるのか?お前のベッドは向こうだろう)
「覇者りん」
寝ぼけてないでさっさと向こう行け」
「眠れないんだ」
「眠れなければ外に散歩にでも行けばよかろう」
「覇者りんはさ、俺が他の女の子と遊んでてもいいの?」
「いいも何も我輩にお前の自由を束縛する権利は
「そうじゃなくて」
するりとみずはがガウンの中に手を入れてきた。正直、ぞわっときた。
「何のつもりだ」
「何のつもりってテキスト学園がどういう所か知っているでしょう?」

確かに男同士の噂は絶えない所だが、我輩には全く無関係だと思っていた。いや、我輩以上にこの男こそ無関係だと思う。沢山の女の噂が絶えないこいつこそ
「我輩はそういう趣味は無い」
「興味は?」
「全く無い」
「炎多留やった癖に」
「あれはネタだ」
押し問答をしている間に我輩の体がどんどん外気に晒されていく。異様に手つきが巧妙だ。慣れているんだなと漠然と思ったが、このとち狂った男の魔の手から取り敢えずは逃れないと。
「やめんか、馬鹿者」
「覇者りん」
……
俺の事どう思う?とか好き?とか言われたらどうしようと思った。熱帯の部屋の中で寒気が襲う。
「痛いの、最初に痛いのと後に痛いのとどっちがいい?」
「どっちも嫌だ」
「じゃあ話を変えて、歯が痛くなった時すぐに歯医者に行く方?それとも痛みが進行してどうにもならなくなって激痛が走るまで放っておく方?」
質問の真意が分からなかったが、前者だなと答えておいた。
「じゃあ徐々に慣らしていった方がいいね」
「一寸待て。何故そうなる」

「少しずつ慣らしていけば痛みは少なくて済むし、最初っから全部してしまえば激痛が走ってどうにもならなくなるけど痛みは一度で済むし」
……歯医者に行かないという第三の選択肢は無いのか」
「覇者りんの悪い所はね、そういう偏見だよ。偏見を無くすには自分で体験するしか無いでしょ?」
「あのテキスト学園の理事長をしている我輩に偏見があると思うのか」
「でも自分がされるのは嫌でしょう?」
「好きな奴がいるのか」
「沢山いるよ。俺、生徒に結構人気あるんだよ。だからこそ嫌われてもいるんだけどね。やっかみって奴。俺さ、女にはすぐ手を出すけど学園の生徒に手を出さない理由分かる?」
「お前が何を考えてるかは知らんが、異国ではすぐ女を手に入れられないから女の代わりにしようって思ってるなら
「違う。覇者りんを女の変わりとか思った事は無い。今日を逃したらもう逃げられるだけだから。あと帰国まで何日あると思う?飛行機のチケットはカウンターで手に入るようになってる。俺の名前でね。

覇者りん、そんなにお金持ってきてないでしょ。覇者りんはスキューバーさえ出来ればいい人だから。ここでブランド品漁るような日本人と違うし」
……脅しか」
「俺が覇者りんを見てたのほんとに友情だけだと思ってた?」
心底怖いと思った。病弱で体力の無い我輩が恨めしく思った。もし我輩がこいつより体力があればすぐにでも押し返せるのに。
「友人としてなら、お前以上の人間はいない。しかしこういうのは微塵も考えた事が無い」
「俺が女と遊んでても少しも嫉妬しない?」
……
正直、異国の地に1人残されてみずはに遊びに行かれたら少しは寂しいと思うだろう。日本では全く感じないと思う筈だが。
……一緒に……寝てもいい?寝るだけだから」
「何もしないならな」
「何もしない。約束する」
睡眠の邪魔をしたら追い出してやる」

みずはがガウンを脱いで抱きついてきたが、それ以上はしないようで裸の男二人、眠った。そういや我輩の部屋にみずはが泊まりに来た時も二人きりで眠った事は数え切れない程あったなと回想していた。あの時から今日までみずはの気持ちは分からなかったけれど。

眠りが浅いせいか、みずはは何度も寝返りをうっていた。我輩はその度に起こされたけれど、不思議と悪い気はしなかった。確かにこいつ程の男なら何もオーストラリアに行く相手が我輩でなくてもいいのだ。しかし我輩を選んだという事は、それなりの決心だったんだろう。みずはの親が我輩を選んだからってのもみずはが親に覇者りんと行ってきたと嘘を吐けばいいだけの話だ。この男が嘘を吐いたぐらいで良心が痛むとは考えにくい。
てっきり眠っている間に何かされると思っていたが、結局何もされなかった。安心と同時に痛みを先延ばしにする気かと危惧を感じた。

翌日はみずはの買い物に付き合った。我輩1人楽しむのも悪いと思っていたが、それ以上にこいつの気持ちに応えられないのも辛かった。

陰鬱な我輩を他所にみずはは年端もいかない金髪の幼女を見る度に「あの子可愛いね〜」とにやけ顔ではしゃぎまくっている。やはりこいつを野放しにしておくと危険だ。かといって我輩の身を身代わりに危険に晒す気など毛頭無い。我輩はみずはの言葉にいちいち生返事をしながら、みずはが買うお土産を一緒に物色していた。
しかしこうも変わらぬみずはの行動を見てると昨日のは何だったんだろうと思う。諦めてくれたのか、と少しの安心と落胆と。何故落胆するのだろう、我輩は。
大量の土産物を二人で持ち歩く。我輩の土産は偽妹や家族に送るものだけだ。よく偽妹との関係を憶測されるが(主にこいつに)我輩は妹とどうこうという男の気持ちは理解出来ない。それならまだ男同士の方が理解出来る。自分の身に降りかかりさえしなければ。

ホテルの部屋の一室は荷物に塗れた。すぐさまベッドに倒れる我輩。この虚弱体質をなんとかしたいと思う。

普通、スキューバー等のマリンスポーツをしていると体力がつきそうだが。みずははパソコンを繋いで我輩が撮ったオーストラリアの市街地の画像のアップをしている。我輩は少し横になった後、画像と文章を見ていた。
{昨日は覇者りん理事長と一緒に寝ました。今日こそは最後までいきたいです。みずは}
……何だこれは」
「一寸した洒落」
「洒落で済むか馬鹿者!!ネットはな、全世界に発信されるんだぞ!?」
「みずはって名前で男を想像する人もいないと思うけど」
「テキスト学園にお前の存在は知れ渡っているだろうが」
「分かったよ」
みずはは{一緒の部屋に}と文章を置き換えた。全く。下手に勘ぐる奴がいなければいいが
「あと最後の文章も直しておけよ」
「はーい」
{病気や怪我もなく無事最後までいきたいです}
「で、今日も一緒に寝るのか?」
「拒んだらもっと凄い事書いてやる」
「言っておくが、教師は誰でも書き込めるようになっているが管理人は我輩だ。消そうと思えばそんな文章抹殺するのは造作もないぞ」

「消したら逆に勘ぐられると思うけどなぁ。だって俺が書いたものならまたいつもの冗談だって思われるでしょ」
「それはそうだが
胃痛が更に酷くなる気がした。流石にみずはも疲れたのか気持ち良さそうに眠っている。我輩は気になったので学園のサイトにアクセスした。掲示板は生徒も教師も関係無く書き込めるようになっている。下手に噂になっていなければいいが
無理だった。異常なまでの反響。その殆どが「まだ最後までいってなかったんですか?」「応援してます」という応援カキコ。逆に「権力を盾に」という穿ったものや不穏なもの等。みずはを恨みたくなったが、ここで我輩が否定すればもっと盛り上がるだろう。こういう輩はそっとしておくのが一番だ。(応援されてもな。何事も無く過ごせれば一番いいが
「覇者りん何処?」
みずはの不安げな声。我輩はパソコンの電源を切った。
「学園の掲示板見てた。すぐ寝る」
「やっぱり嫌なんだろ?いいよ、1人で寝るから」
みずはの悲しそうな声がもし演技だったとしても別にいいと思った。我輩は無言でみずはの隣に入った。
「心配しないで寝ろ」
「うん

そう、権力を盾にみずはを学園から辞めさせる事も出来るのだ。しかし我輩はそれだけはしないでおこうと思った。みずはが学園の生徒から慕われている訳でも我輩の長年の友人からでもなく情にほだされたのだろうか。かすかな疑問。ずっと片思いでいるのは苦しいんだろうなと思った。この男は同情を好まないと思うけれど。
買い物も終わった。海も潜った。もう目的は満たされた。一応視察の名目があるから修学旅行の名所を見て回らなければならないだろうが、明日はゆっくりとしてようと思う。折角の海外、あと何年も行けないだろうから。特にこいつとは。
眠っているみずはに「別に嫌いじゃない」と言い、眠った。

部屋で読書をしている我輩。ベッドにくつろいで、食事はルームサービスで。みずはは何が面白いのかそんな我輩を見ている。「出かけてもいいぞ」と言ったのに「一緒にいる」と言う。最初のような身の危険は感じなくなった。歯医者の例え。徐々に麻酔をかけられているのだろうか。なら痛みはいつ来るのだろう。

「覇者りん、覚えてる?兄貴先生」
「ああ」
裏MIZUHAの館っていう送別会を実施したのは俺だけど、提案したのは覇者りんだったよね」
そうだな」
「多分、覇者りんじゃなかったら思いつかなかったと思うし、覇者りんの提案だからこそ俺はやろうって気になったと思う」
「我輩はこの旅行もお前じゃなかったら一緒にいても詰まらなかっただろうな」
「え?」
「教師の団体の視察団もいいかもしれないが、やはり心許せる友人と二人で旅行の方が遥かに気が楽だ」
「ごめん気持ち悪いよな、やっぱりホモなんてさ」
我輩は何度目かの溜め息を吐いた。
「お前がしょげかえってるのは似合わない。お前はいつも自信満々で俺に出来ない事など無いと思っているじゃないか」
「そんな事無いよ。そう見せているだけだよ。俺、覇者りんが好きだけど告白するのだって誘うのだって勇気がいるし覇者りんがそういうの気持ち悪いって分かるから
我輩はこうやって流されるのかなと思いながら泣きそうなみずはにキスをした。

「言うなよ」
「言わない」
「ネットでも流すな」
「流さない。何でキスしたの?」
「嫌いだったらそんな事はしない。もう二度としない。気まぐれだ
「気まぐれでもいいよ。覇者りんがその気になるまで待ってるから」
「なるか、馬鹿者」
みずはは笑っていた。我輩もその笑顔に安心した。

それから帰国の日まで毎日ベッドを共にしたが、みずはが何をするという事も無く、少々気が抜けながらもこれでいいと思っていた。(みずははあらゆる所で鬼畜だと噂されてるからもっと酷い事でもされるかと思っていたが)我輩に頼りきった寝顔にふと笑みが漏れた。

帰国後。反響は膨大していた。我輩や、あろうことかみずはまでも否定しても周りはやっぱり出来ていると疑う事は無く。胃痛と頭痛とかすかな眩暈と。晴れて公認の仲となってしまったので、我輩は不純同性交遊を取り締まる事も出来なくなった。それにそういう事をする気も無くなった。我輩は人を好きになった事は無い。けれどみずはの気持ちは痛いほど分かるから。男同士でするされるのは嫌だけれど人を好きになる気持ちに思いを寄せてみてもいいと思う。

自由な校風のテキスト学園に新たな風が舞い上がった。

END






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