Victory of three/sibutani


 

  0

 

 海の見える小高い公園、入り口には「天河」の暖簾の掛かった屋台が留まっている。

 心地よい海風に頬をなぶらせつつ、テンカワ夫妻 ユリカとアキトは丘の上で手摺にもたれて中空の奇麗な三日月を見上げていた。

「もうすぐだ、もうすぐ……」

「もうアキト、少し落ち着いてよ……」

 腕時計を眺めつつそわそわと落ち着かないアキトを呆れ顔でユリカがたしなめた。

「……なあユリカ……やっぱり止めるべきだったんじゃ?」

「まだ言ってる、プンプン! もう聞き飽きました!」

 腰に手を当て、聞き訳の無い子供を怒るような態度でアキトを睨むユリカ。流石にムカッと来たらしいアキトが強く反論する。

「あのな! ルリちゃんはまだ16歳なんだぞ!」

「うん、あたしが艦長になったより4歳も若いんだよ、記録抜かれちゃった、てへ(笑)」

 ボケをかますユリカに脱力しつつアキトが叫んだ。

「そうじゃない! クルーは皆年上なんだ!」

「一人を除いて」

 今度はユリカが突っ込む。

「そういう問題じゃなーい! そんな、16歳の女の子が上官だって事に皆どんな……」

「ストップ!」

 ユリカがアキトの顔の前に手をかざして遮った。

「ね、アキト。アキトはエステに乗ってた時ルリちゃんにオペレートされてて何か不満だった? 不安だった?」

「……そ、そりゃそんなこと……」

「なかったよね?」

「それは、俺達みんなルリちゃんの力を知ってたから……」

「でしょ? 大丈夫! 新しいクルーの人達もすぐに分かるよ、ルリちゃんの力。なんてったって戦略シュミレーションで私と互角に渡り合ったのはルリちゃんが始めてだもの! それに副長の三郎太さん、あの人あんな格好だけど信頼できる人みたいだし。ハリ君は……ぐふ(笑)」

「でも……」

 まだ不安げな表情で俯くアキト、ユリカの顔も少し曇る。そのまま寄り添う二人……。

「大丈夫、大丈夫だよ。だってルリちゃんは私達の娘だもの……私達が信じてあげなくちゃ、ね?」

 暫し肩を寄せ合う二人、やがてアキトが吹っ切れたような表情で言った。

「そうだな、ユリカの言う通りだ」

「うん!」

「どっちかって言うと、おまえが艦長やってた時の方が不安だったりしたからな〜」

「ちょっとアキト! それどういう意味!?」

 おどけるアキトに対して凄んでみせるユリカ、そして二人は顔を見合わせて笑った。

 

「お、もう出港時間だ……」

「あらホントだ」

 月下、すっくと立つ2人。

「ルリちゃーん! 頑張れよぉーーーーーっ!!」

 月に向かって声を限りに叫ぶアキトだった……

「フレーフレールリちゃん!!  V!」

 月に向かってVサインを突き出すユリカだった……

 

 

「……こんにちわ」

 月のネルガルドックから離床するナデシコBの威容、艦長席でブイサインをしつつぺこんと頭を下げるルリの姿がそこに在った。

 


Victory of three  

text by sibutani ( sibutani@nacx.co.jp )

edit by 成瀬尚登


 

  1

 

……アキト&ユリカのアパート、ルリが艦長になって2,3ヶ月後

 その日は珍しく二人の休日が重なった日だった……

 ジーーー

「アキトぉーー……お客さん……」

「誰だよ……はあい!」

 既に昼近くにはなっていたが、昨日の夜頑張った(^^)事もあってうとうとと眠っていた二人はブザーに起こされた、不機嫌そうにジャージを羽織って玄関を開けるアキト。

「どちら様ですかぁ?」

「えーーーおはようございます……」

 そこには二人の黒服をバックにしたたれ目の男が立っていた。


 クリムゾングループ
 コロニー開発公団
 ヒサゴプラン技術開発部・エグゼクティブスーパーバイザー
 ヤマサキ ヨシオ
 物理学・工学博士

 アキトとユリカは正座して、渡された名刺と正面に正座するヤマサキを顔をよせてまじまじと見比べた。ヤマサキは別に気にしたふうもなく意味不明の笑顔を浮かべているが……。

「あの、何の用件で?」

 アキトの言葉に一瞬笑顔が引きつった。

「……あのー奥さん……確か3日前にアポの電話いれましたよね?」

 腕組みをして真剣な表情で考えていたユリカがいきなりポン!と手を打った。

「あ、あはははは……ごめんなさい。アキトに言う前にメモなくしちゃって。すっかり忘れてましたぁー」

「……そーですか……」

 気まずい沈黙が一分程……

「ま、まあいいんです。そういう方々である事は先刻承知ですから。……用件というのは他でもありません、テンカワ アキトさん・テンカワ ユリカさん。数少ないAクラスジャンパーのお二人に我公団、正確にはヒサゴプランへのご協力をお願いに上がったんですよ。要するにお二人をヘッドハンティングさせて頂こうというわけですわ……」

 顔を見合わせる二人。

「あの、せっかくですがヤマサキさん。俺達もうボソンジャンプには……」

「関わりたくないと、そうおっしゃるとは思ってましたよ。ですがちょっと私の話を聞いて頂けませんかね?」

 ヤマサキは懐から携帯端末を取り出した、ディスプレイにグラフが浮かび上がる。

「テンカワさん、およそ料理人ともなればご自分のお店を構えるのが夢の筈。違いますかな?」

「それは……」

「やはりそれには先立つものが必要。奥さんの協力もあるでしょうし当然貯蓄もなされてるでしょう、しかし道は遠い。で、こういうのはいかがでしょう?お二人とも1年間の契約社員という事でどうです?。契約金がこれだけでほか年給はこれだけ……こう言ってはなんですが宇宙軍将官の年俸くらいはお支払い致します、1年後には十分店を購入できるだけの蓄えがこれこの通り……」

 それはさながら金融商品か保険の勧誘だった……

「せっかくのお話ですが、やっぱりお断りさせていただきます」

「……この条件ではご不満ですか?でしたらこちらとしても多少の上積みは……」

 尚も食い下がるヤマサキをアキトは片手をあげて遮った。

「条件の問題じゃないんです。確かに店を持つのは俺達の夢だけど、それは自分の力でやりたいんです」

「もったいないですなぁ……こういう言い方が失礼なのは承知の上で言わせてもらえれば、ジャンパーとしての能力もあなたの力には違いないじゃないですか?」

「確かに。でも俺達はそう決めましたから」

「あの、奥さんからも何か言ってもらえませんか?」

「アキトが決めた事ですから。私も同じです」

 にこやかな表情できっぱりと宣言するユリカ……

「ご決心は固いようですな…仕方がない……では」

 ぺこりと頭を下げた後、ヤマサキは部屋を出ていった。


 そしてその夜……布団の中の二人の会話……

「ユリカ……起きてるか?」

「うん」

「……やっぱりもったいない事したかな?」

「昼間の事?」

「ああ……ちょっとカッコつけすぎたかな…」

「そんなことないと思うよ……いくらお金を積まれたからって一度決めた事を曲げるようなアキトじゃないもんね(はあと)」

「実は……けっこうヤバかった……」

「こら!」

 苦笑するアキトにユリカがじゃれついた、そのまま二人のシルエットは一つになっていく……

「ユリカ……」

「アキト……う……ああ……」

 ユリカの体に自分を沈めつつアキトが、アキトを受け入れつつユリカが考えていたのはヤマサキという人物の事だった。科学者というよりは口八丁な芸人を思わせるあの立て板に水を流すような喋り方……

{プロスさん……みたいな人だったな……でも……}

{何か違った……なんだろ……}


 ある一室、ヤマサキがウインドウの人物と話している。

「ご自慢の口八丁は役に立たなかったようだな……」

 冷ややか……というよりぞっとするほど抑揚というものが感じられない口調だったが、ヤマサキは意に介した風も無い。

「穏便に事が運べばそれに超した事はなかったんですがね。アマテラスに連れ込んでしまえば後はどうにでもなりますし……ま、しょうがない、後はよろしく」

「委細承知」


……数日後の夜、屋台の定位置

「こんばんわ」

「あれ、プロスさん?どうしたんで……」

 プロスペクターがアキトとユリカの屋台に来るのは珍しい事ではなかったが……アキトはプロスペクターの鋭い表情に少し怯んだ。

「どうしたんですかぁ?」

 のんびり度胸のユリカの間延びした問いかけにも表情の変化はない。

「事は急を要しましてね。ご同行願えませんか?」

「場合によっては力づくでも?」

「はい」

 暖簾の向うにいるシークレットサービスの面々の足を見たユリカのにこやかな問いかけに肯くプロスペクター、ユリカがそのままの表情でアキトに言った。

「アキト、今日は店じまいだね?」

「しゃーない……」

「いささか遅かったようだ……」

「おやおや」

「え?……!?!?」

 暖簾の向うからの落ち着いてはいるが緊迫した声に屋台の表に出た二人が見たのは、腕組で仁王立ちの木連優人部隊の真白な制服、長髪の後ろ姿……。

「月臣……」

「元一朗……少佐……」

 そしてその向うにいる異様な風体の面々……編み笠にダークグリーンのマント姿の7人……先頭の男の口がアルカイックスマイルを形作る……

「久しいな月臣元一朗……きさまが木連を売って以来か……」

 嘲るような口調と共に吹き付けられる圧倒的な瘴気と殺気にアキトとユリカだけでなくシークレットサービスの面々までもがあとずさる……だが元一朗は微動だにしない。

「いかにも、友を裏切り、木連を裏切り、今はネルガルの犬……」

 えっ という表情で元一朗の背中に見入るアキトとユリカ、10名のシークレットサービスが一斉にサブマシンガンを構える。

「ククク笑止、お前ならいざ知らず、この程度の有象無象で我々をどうにかできると思っているか?」

「そうかな?」

 グワーーン!

 いきなり先頭の男の前の地面が弾けた、他6名がぎょっとする。

「隊長!」

「うろたえるな!……対戦車小銃か……」

「いかにも。その防弾戦闘服、50口径徹甲弾に耐えられるか?……既に6丁がお前らに照準を合わせている。投降しろ!北辰!」

 元一朗の大喝!だが北辰と呼ばれた男は唯一言言った。

「跳躍……」

 ボソンジャンプの光に包まれる7名。北辰がくわっとした表情で叫ぶ。

「フハハハ……今回は我々の負けだ……ここは引こう……さらば!」

 ジャンプで消える7人、つきものが落ちたようにプロスペクターがため息をついた。

「ふーーーやれやれ、きついハッタリでしたね?」

「まあな」

「ハッタリって……どういう事です?」

「いやいや、あの銃はあっちの方でゴートさんが構えてる1丁だけでしてね……あちらが本気にしてくれなかったら実際やばかったんです……それじゃいきましょうか?」

 目の前の展開に言葉も無い二人だった……。


 

  2

 

「やあやあテンカワ君、艦長、ご無沙汰してるけど元気してた?」

 厳重な護衛の下、あれよあれよという間にネルガル月面工場まで連れてこられた二人の前にアカツキとエリナが現れた。

「まったく! なにがどうなってるんスか!?」

「落ち着いてよアキト……でも……」

「説明、はしてあげるわよ」

 切れかかったアキトを押しとどめつつ、口では笑っていても目が笑っていないユリカがアカツキとエリナに詰め寄った時暗がりから声がした。

 ぎょっとした表情でユリカとアキトがそちらを向く。

「イネスさん!」

 鳩が豆鉄砲を食らったような表情で同時にすっとんきょうに叫ぶ二人。当然といえば当然である、ほんの2ヶ月前航空機事故で死亡したイネスの葬儀に出て、身寄りの無いイネスの喪主役を務めたのはこの二人なのだ。

「幽霊じゃなくてよ……あいにくね。

 そう、まずはあの連中の事から話そうかしら。あいつらは『火星の後継者』」

「火星の……?」

「後継者……?」

「ま、平たく言えば現状の地球連合に反旗を翻す反政府組織ね。で、その中心人物がこいつ」

 ウインドウに表れたのは二人にとって忘れられない人物の顔だった

「草壁中将!」

    ☆

 その後の火星の後継者についてのイネスの説明は省略するとして……

「……話は分かりましたけど……そんな組織がどうして私やアキトを拉致しようとするんですかぁ?」

 ユリカの大ボケ的質問にアキト以外のそこにいる全員がこけた……

「どうしたんスか?」

「あのね! あなた達自分の立場とか能力とか分かってるの!? あなた達はね、遺跡と直接コンタクトしたたった3人のA級ジャンパーの内の二人でしょーが!」

「ああそっか」

 エリナの怒鳴り声にユリカがポン!と手を叩いて納得した……

「たくもう……この二人は……」

 頭を抱えるエリナの後をアカツキが引き継いだ。

「でまあイネス先生には一番有効な方法として戸籍上死んでもらったというワケ。君たちにもそうしてもらうつもりだったんだけど、今回は相手の動きの方が速かったのさ」

「ま、人間二人娑婆から消すのには何かと準備が必要ですから……しかしあのヤマサキ博士がお二人を尋ねたからには最早猶予していられませんからね。誠に申し訳ない……」

 心底すまなさそうにプロスペクターが頭を下げた。

「……あれ……そんなにヤバイ人だったんですか?」

「彼の甘言に乗ってアマテラス……ごぞんじでしょ?ヒサゴプランのメインターミナルコロニー、そこに連れ込まれて帰って来たジャンパーは一人もいません。恐らくは……」

「……私達、ラッキーだったね?」

「そ、そうだな……」

 プロスペクターの言外に匂わされた事に二人は真っ青な顔を見合わせて手を握り合った。その後もう一度アカツキに向き直る。

「とりあえず助けてくれた事についてお礼を言います。……でも質問が二つあります……そこまでわかってるならどうして告発しないんですか?それに私達を助けてくれた訳、昔の仲間だからってだけじゃないですよね?」

「初めの質問への答、まず証拠が無い。それに脛に傷を持つ身という点ではうちも似たり寄ったりだからね、商売敵への中傷と取られればそれまでだ。二つ目の質問への答、そういう理由が全く無いわけじゃないけどね、なにより君たちは言うなればジョーカ……切り札なんだから確保しておくに越した事はないだろ?」

 その気になれば結構鋭いユリカの質問にアカツキが平然と答えた。

「それに、どうしても君たちに協力して欲しい事があってね」

 パチン

 アカツキが指を鳴らすとその場の照明がつく。そこに在ったのはエステバリスの1.5倍のサイズはありそうな漆黒の大型機動兵器だった。

「『ブラックサレナ』距離制限無しにボソンジャンプが可能な新型さ……ただその為には現状においては操縦者の他にもう一人ナビゲーターが、つまりジャンパーが二人必要でね」

「俺達にこれに乗れと?」

「そういう事」

「……助けてもらった事は感謝します……でも相変わらずいけすかないやり方だ!」

 噛み付くようにアカツキにつめよるアキトだが、アカツキは悪びれた様子も無い。

「それが僕の商売だからね、それに君たちにとっても悪い話じゃないと思うよ、あいつらが大手を振って歩いている限り君たちの意志はどうあれジャンパーとして付け狙われる事は避けられない……ラーメン屋としての生活なんて夢の又夢だね……」

「だから協力しろと?」

「そ、ここは利害が一致した者同士の契約という事でどう?」

 沈黙を破ったのはユリカだった……

「私達に他に選択の余地はない、ってことですね?」

「そういう事」

「わかりました、協力します」

「ユリカ……」

 複雑な表情のアキトにユリカがにっこり笑った、そのあと真剣な表情でアカツキに向き直る。

「でも覚えておいて下さい、あくまでもそれは私達自身の為ですから。私達が私達らしく生きる為の……だから私達らしくやらせていただきますよ」

「おやおや、そりゃコワイや……」

 アカツキが肩を竦めた。

「そうそう、こいつの専用母艦のオペレーターを紹介しよう。エリナ君」

「いらっしゃいラピス」

 エリナに促されて出てきたのは11歳くらいの少女だった……金色の瞳と病的なまでに真っ白な肌、どこかおびえたような無表情……。


 

 3

 

 宇宙軍全艦隊と火星の後継者の艦隊戦は一進一退の殴り合いの体となっていた。統合軍艦隊を一時的に指揮下に収めた事から3.5倍程の戦力差とはなっているが、意図的、あるいは意図せざる指揮系統の混乱は秋山の戦術指揮能力をもってしてもなかなかには埋められない。更には宇宙軍が戦線を突出させると直ちに側面並びに後方に火消し役として投入される跳躍機動部隊の存在が積極的な攻勢を躊躇わせている……。

「ユリカ、俺達はこれからどうする?」

「……ジャンプ用意。目的地は火星!」

 ユーチャリス艦橋ですっくと立ったユリカが決める!

「危険です……敵の直衛部隊のとの戦力比は……」

 ラピスの精一杯気遣わしげな表情にユリカが脳天気としか言いようのない表情で笑いかけた。

「ノープロブレム! ラピスちゃんのハッキング能力があればそのくらいの戦力差なんて何てことない!それにすぐに後詰の援軍が来る!うふふ、なんてったって私の一番弟子だよ!」

「そうか!」

 アキトが満面の笑顔で頷く!

「よし行こう!」

 ジャンプの体勢に入るユーチャリス!


 こちらはナデシコC……

「ホシノ少佐、我々も本隊に合流しよう。ナデシコの電子戦能力があれば膠着状態を打破できる!」

 じっと考え込むルリの脳裏には、ある光景が浮かびあがってきた……

 

 

「うふふふ、いただきぃっ!」

「あ……」

 その日もルリとユリカの戦略シュミレーション対決は土壇場でユリカの勝利に終わった。

「また負けちゃいましたね?」

 宇宙軍に入る事が決まって以来、1日も欠かした事のないいわばユリカによる個人教授である。

「ねえルリちゃん、『正ヲモッテ合シ、奇ヲモッテ勝ツ』って知ってるよね?」

「孫子ですね?」

「ルリちゃんの戦術はさ、凄くオーソドックスで、なおかつ隙がない。あたしも凄いと思う、ひやひやさせられたのは1回や2回じゃない……でも、最期に勝つのはいつもあたし……どうしてだと思う?」

「……わかりません」

 首を傾げるルリにユリカが微笑んで続ける。

「戦と言うのはね動いているものなの……ある時にはリスクを覚悟の決断を迫られる事があるのよ」

「危険な賭けでは……もし誤ったら奇襲部隊は全滅の憂き目を見ることになります」

「そう、奇襲だけで勝ちつづけることなんて不可能。でも張り詰めた風船は針穴一つで粉々に破裂する……奇襲を行うべき状況とタイミングを見極めることができる指揮官の能力が全てを決めるのよ」

 ユリカがルリの手を取った。

「ルリちゃん、あなたが宇宙軍にいる間にそんな状況が起こるかどうかは私にはわからない……起こるとしてもそれは恐らく一生に一回の事と思う……でも、あなたがもし『今』がその状況だと判断したらその時は迷わないであなたの思った通りの行動を取ってね?あなたにならそれができる、必ず!」

 

 

 ルリがかっと目を見開いた。

「イネスさん、火星まで跳べますか?」

「任せなさい」

 イネスが不敵に笑って親指を立てた。

「お、おいルリちゃ……」

「ホシノ少佐! いったい何を!?」

 ジュンとアララギが慌てて詰め寄る。

「アオイ中佐、アララギ大佐、本艦はこれより火星への強襲を敢行致します」

 そこまで言ってルリは通信を一方的に切断した。

「いいんスか艦長?」

 相変わらず他人事のような三郎太の問いかけにルリは微笑んだ。

「ナデシコは独立部隊です、宇宙軍総司令部からの命令でもない限り作戦行動については私の裁量下にあります」

 ヒュウ

 三郎太が口笛を吹いた。

「よっしゃ! これでオレたちゃ正真正銘の『正義の味方』だぜ!」

「そんな気楽な……」

 ハーリーがあきれ果てたという顔で呟いた。


 火星極冠、2隻の戦艦がほぼ同時にジャンプアウト、実体化して行く。

「3時方向、未確認艦あり!……ネルガル社籍試作戦艦『ユーチャリス』と識別!」

 ハーリーが叫ぶ

「9時方向にナデシコCを確認」

「通信回線ひらいて」

 ラピスの報告ににこやかにユリカが指示する。

「ユリカさん、アキトさん……」

 ルリが半分安堵、半分怒った表情で、それでも画面に向かってVサインを作った。

「えへへ、ご免ねルリちゃん」

 ばつの悪そうな表情で画面に向かってVサインを作るユリカ……。

「来ると思ってたよルリちゃん!」

「私もお二人が来るとおもってました……」

「さあ支援は任せくれ!」

「ルリちゃんはメインシステムの掌握戦に集中してね!」

    ☆

「お、おい!持ち場を離れるな!」

「離れたのではない!機体が勝手に……う、うわあああーーっ!」

 ナデシコCの斜め上方にユーチャリスが占位しつつ「イワト」へ侵攻が開始された。ユーチャリスの「結界領域」に入った戦艦並びに機動兵器は次々とラピスとオモイカネB’にシステムを刈り倒され、凍結させられて行く……。グラビティブラストで苦もなく前方の敵を掃討しつつ2隻は濡れ紙を破るがごとく前進する……。

「正面の第50任務群は後退! 第51任務群右側面へ! キニーネ、ジュウヤク、センダン、カンゾウ各中隊直上へ! 第52任務群左側面へ! 両翼任務群は距離を取りつつ火力を集中! あと1時間……遺跡のセッティング完了までなんとしても持ちこたえろ! 敵は2隻、全力砲撃で敵艦のディストーションフィールドを突き崩せ! 敵艦の電波発信機能を破壊しろ!」

 シンジョウの指示に基づき2隻を包囲しようとするイワト直衛艦隊、だが……

「右翼任務群旗艦セキショウ艦橋被弾! 大破!」

「なんだと!?」

    ☆

「よし! 取った!」

「アキト! 次はNo69の戦闘母艦の直上200に飛ぶよ!」

「了解!」

 ユーチャリス、ナデシコからの情報から瞬時に任務群旗艦、戦隊旗艦を識別したユリカの指示によりアキトが跳ぶ!

「艦橋に直撃弾! アンスリューム沈黙! 司令部は全滅の模様!」

{我カラジウム! 機関大破!、司令部機能喪失!、操艦不能! 操艦不能!}

「各任務部隊とのリンクを遮断されました! ECCM間に合いません!」

 地表に各坐、炎上するセキショウ、黒煙を吹き上げつつ落下して行くアンスリューム、火炎を吹き上げ傾斜してのたうちまわるカラジウム、3隻の戦闘母艦の望遠デジタル映像をシンジョウはわなわなと震えながら睨んでいた……もともとこの3隻を直衛艦隊に残しておく事はシンジョウの本意ではなかった、

「直衛は戦艦戦隊1個と機動大隊1個で十分、貴重な戦闘母艦と機動中隊丸々3個を遊軍にするおつもりか!?」

 と珍しく草壁に食って掛かったものだが、ボソンジャンプ可能の未確認敵艦(ユーチャリス)の奇襲による電子妨害に対抗する為の通信中継艦としてどうしても必要だと草壁に押し切られたその3隻がすべて沈んだ……草壁の読みは当たったのだ。最悪の形で……


 的確に指揮中枢、イワトCICよりの情報・指揮命令伝達ハブ機能艦を潰され、混乱状態に陥った包囲網を文字通り蹂躙して行くユーチャリスとナデシコC!。

「イワトまであと5万5千!5万!4万5千!結界領域まで5千!」

「IFSのフィードバックレベル100、リンクレベルマキシマム」

 今やルリとオモイカネBは引き絞られた矢そのものだった……


{アキト、ユリカ……来るよ……あいつらが来る……}

{ラピス?}

{ラピスちゃん?}

 おびえたようなラピスの通信……その時センサーが反応した。

「ボース粒子反応7つ!」

 ユリカの声と共にブラックサレナを中心に一足一刀の間合の包囲円陣で出現する機動兵器7機。ユリカとアキトは無論機種も操縦者も知らないが、北辰の夜天光と6人衆の六連である。

 シャン、シャン、シャン、シャン、シャン、シャン……

 7機が錫杖を振る音が、静かに火星極冠の氷原に響き渡る……

「本番だよ、アキト……」

「ああ……頼むぜユリカ」

「まっかせなさい!」

 A(アルファ)、B(ブラボー)、C(チャーリー)、D(デルタ)、E(エコー)、F(フォックストロット)、G(ゴルフ)、敵機に識別コードを割り振っていくユリカの声にバイザーの下のアキトの顔が引き締まる。

 そして夜天光の北辰……

「シンジョウへ、雑魚どもはそちらで始末をつけろ。我らはあの黒い機体を殺る……」

 CICへの一方的な通信を切った北辰がにい、と笑う……

 ブラックサレナのウインドウが開いた。

「ほお、試験体106テンカワ・アキト、107ミスマル・ユリカ……やはり貴様らか……」

「北辰……!」

 アキトが北辰をねめつける。

「誰が試験体だ! ふざけるな! 俺達以外のジャンパーの人達はどうした!?」

「始末したのは37人、ラボに連れ込んで我らが結社の大望の光栄ある礎となったのが68人……」

 平然と答える北辰。

「……こ、この人でなし!」

「そうやってラピスちゃんの前で人を殺したんですか?」

 アキトの非難、ユリカの殺気すらこもった視線にも北辰はにべもない。

「艦にいるのはあの人形か……いかにも。もとより我らは火星の後継者の影。人にして人の道を外れたる外道……」

 六連の面々が北辰に呼応する。

「全ては新たなる秩序の為に!」

「……北辰さん、あなた一つ間違ってますよ……」

 静かなる怒りのこもったユリカの声、

「私はアキトの妻の、テンカワ・ユリカです……」

「そうだったな、サンプルのラベルにはそのように記入する事としよう……博士?」

「はいな」

 夜天光のウインドウに脳天気な表情のヤマサキが表われた。

「腕一本採集できればかまうまい?」

「……科学者としては不満ですが、仕方ありませんね……DNA分析ができるだけ無いよりゃましだ」

 肩をすくめるヤマサキ。”じゅる”と舌なめずりをする北辰

「承知……構え!」

 カシャーン!

 全機が錫杖の穂先をブラックサレナに向けた。北辰が怒号する!

「突撃!」

 ユリカがにこ、と笑った。

「ジャンプ!」

 一瞬にしてその場から消えるブラックサレナ。

{敵機直上}

「散解!」

 絡まった錫杖を引き損ねた六連の一機が背部ジェネレータに直撃を受けて爆発する。

「雷電が殺られました!」

 放たれる誘導弾、再びジャンプするブラックサレナ。

    ☆

 傀儡舞VSユリカの的確なナビゲートと接敵指示&アキトの正確なジャンプと射撃が一進一退を繰り返す……。

「く! 妙な機動をする機体だ!」

「……見えたよアキト! 目標デルタ、ゴルフ、ジャンプ!」

「Look On!……Fire!」

 傀儡舞を見切ったユリカの示す敵機未来位置へジャンプするブラックサレナ。濃密な集中砲火にシールド過負荷となった六連が自爆する。そこから先は一方的な展開となっていった……次々と撃墜されていく僚機をながめつつ北辰が愕然とした表情で言った。

「跳躍パターンが……読めぬ!」


「な、なんなんですかあの人達は?……僕も艦長も接敵指示してないんですよ!」

 唖然ととした表情でつぶやくハーリー。

「ユリカさんの戦術指揮能力はオモイカネ以上……そしてアキトさんならユリカさんの指示した座標に正確にジャンプできる……さすがです……」

「あれでそれ以外じゃポケポケなんだから……人間って面白いわよね〜」

「ホントホント」

 

 

「あと3機!」

「おう!」

 

 

 ミナトとユキナの突っ込みに正真正銘絶句したハーリーの様子、そして文字通り一心同体のユリカとアキトの様子にルリが微笑んだ……

{素敵です……アキトさん……ユリカさん……}

 自分の一番深い所にある小さなわだかまりがゆっくり溶け去っていくのを彼女は感じていた……。

「負けていられませんね、これよりシステム掌握戦に入ります……三郎太さん、リョーコさん、ヒカルさん、イズミさん直衛よろしく」

「了解!」

「おうよ!」

「OK!」

「落ちる松……しょうおち……承知……くくく……」

 

 

{あなたは誰?私はルリ、これはお友達のオモイカネ。}

{ラピス……}

{ラピス?}

{ラピス・ラズリ。ネルガルの研究所で生まれた……。私はアキトとユリカ、二人の手、二人の足、二人の楯、二人の槍……}


「殺しこぼれが命取り……クカカカカカ……」

 北辰の自嘲の笑い……全コントロールを失い、煙を噴きつつゆっくりと落ちていく夜天光がナデシコのグラビティブラストの閃光の中四散して果てる。北辰の最後だった。

 

 

「のっとられた?妖精……?」

 今一歩でセッティングが完了する遺跡の前、ウインドウに映る{封印}{お休み}{使っちゃダメ}{使えないよ〜ん}の文字にポカンと口を開けつつヤマサキはでくのぼうのごとくに突っ立っている。

 

 

「生きていればもう一回くらいやれる……」

 出口側のチューリップから出現した「ながつき」艦橋で草壁がひとりごこちたが……

「ボース粒子反応!前方2万!」

 次の瞬間、ながつきのウインドウ、モニターは{王手}の文字で埋め尽くされた。同時に実体化したナデシコCからのグラビティブラストの威嚇斉射がにいづきを揺さぶる……

「……万事休す……」

 がたん……放心状態でとシートに座り込む草壁。ディストーションフィールドを張る事も回避行動もできない中で、彼を含む艦橋の一同は次の斉射による確実な死を待つより他はなかった


 

  4

 

 火星に戻ってきたナデシコC、アキトとユリカのウインドウがルリの前に開いた。

「お帰りルリちゃん」

「お帰り、任務ご苦労様」

 アキトとユリカの笑顔にむけてルリが一呼吸おいて微笑みながら答えた。

「ただいま、お父さん、お母さん」

 今度はアキトとユリカが驚く番だった。

「ルリちゃん……今なんて……俺の事お父さんって!?」

「私のことお母さんって言ってくれるの!?」

「はい」

 ルリの微笑み……それは彼女の心からの二人への思いの笑顔だった。

「じゃあ帰りましょう、地球へ。私達の家へ」

「了解!進路地球へ!」

 ルリの呼びかけにユリカがびしりと正面を指差した。

「……ユリカさん、そっちは逆……」

 ルリの突っ込みに汗ジトで固まるユリカ、頭を抱えるアキト……

「くす……」

 そしてラピスが笑った……。

 


後書き

 どうも、お見苦しいものをお送り致します。

 これは正真正銘のダイジェストです。

 あくまでもこれは(少なくとも前の方は)裏のストーリー、表には当然主役であるルリのナデシコBでのドラマが必要なのですがそれをまとめる時間と力量が私にはなかった……。で、長い事河田氏のHPで未完成のまま放置させてもらってたのですが、ゆりかたん祭り開催によせていささかなりと加筆してみました。成瀬氏のリミックス版には及びませんが私なりの劇場版再構成、主役はルリに譲りつつ後ろでしっかり主導権を握っているユリカの物語。

 できれば10月のビデオ発売までに完成させてみたいと思っております。


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