飼い犬より不自由



















「そう、そんなに言うなら信じさせるだけですよっ!!」

「別に疑ってる訳じゃないって言ってるでしょう?」

もう、口に出した不満は止める事が出来なくてカカシの言葉の全てに反抗してしまう。
ただ、嫌だっただけだ。
カカシは悪くない。
頭のどこかで謝れと言っているけど、止められない。
今謝れば丸く収まる。

「今回ばかりはイルカ先生が謝ったって丸くなんて収めないからねっ」

イルカの思考を見透かされた様にカカシが口を出してハッとして顔を上げる。
「アンタが納得するまで信じさせてやります。こんな事言い出して、そんな顔して・・・
どうせアンタの事だから自分に何かしらある時は謝ればいいなんて思ってるんでしょうけど、
今回は俺も謝らないけど、アンタが謝ったからって俺も収めません。アンタが納得するまで」

さわりと自分の顔に手をやる。

――――どんな

「どんな顔してるって言うんですかっ!!」

憤怒も顕わにしてこれ以上カカシと話しが出来なくて、イルカは大声で怒鳴ると
踵を返してドスドスと床を踏み鳴らしながら寝室に入る。

「今日は来ないで下さいっ!!」

カカシの顔を見ないで襖を思い切り閉める。
閉めた後の寝室は薄暗くて、途端力が抜けた。
へたりとベットに横たわる。

「どんな・・・顔・・・って」

――――こんな情けない顔してるのなんて、知ってた。

イルカは襖の向こうにいるカカシを夢想しながら後悔と嫉妬がないまぜのまま
全てを眠りに託して目を閉じた。




カタン。

怒りのまま落ちた眠りは浅くて、少しの物音に目を覚ます。
うっすらと目を開けたら、まだ部屋は暗くて夜は明けてないようだった。
そんな夜に不釣合いな、鳥の鳴き声がしてイルカは飛び起きた。

――――カカシ先生。召集が、かかったんだ

むくりと勢い良く起き上がったものの、はたと動きを止める。
どんな、顔して会えばいいんだ・・・
めったに怒らないカカシをあんなに怒らせて、その上言い逃げして。
閉めた時のカカシの表情は見ていないけど、声は酷く寂しそうだった。

気付いたのに送り出さないのも憚られ、イルカはそっと玄関に向かった。
案の定暗闇にはベストを着込んで今出て行こうとするカカシの後ろ姿がある。
丁度、脚絆を見に付けている所だった。
こんなに、こんなにカカシに声をかけるのが怖いと思った事は無い。

「―――・・・カカシ先生・・・・召集です・・・か?」

その、問いにはカカシは無言で身支度を整えている。
もう、怒ってなければいいなんて都合の良い事を考えてしまう。
そんな訳無いのに。
イルカが起きた時から気付いていた筈だから、声をかけるイルカに気付かない筈は無い。
でも、カカシは背中を向けたままで無言だった。

―――――泣く
泣くな、みっともない。

カカシが無言だった事に酷くショックを受けて涙腺が熱くなるのを、何とか堪える。
自分の、自分のせいで、自分の我侭でカカシに八つ当たりして、こんなに怒らせて
泣いたからと言って許されるとは思ってないけど、なんてあざとい。
それも、今召集がかかってる時に、足手纏いも甚だしい。

ぐっと堪えていたら鼻が熱くなって来た。
カカシは脚絆を見に付け終わると、すっと立ち上がってドアノブに手をかけた
言葉は―――無い。
それに更に耐え切れなくて、目線を落とす。

「わん」

は?

思わず、落とした目線をカカシに戻すと
カカシは何かにハッとした様に振り返り、すっと腕を伸ばすとイルカの眉間にトンっと指を当てた。

「くうう〜ん(これで分かる様になったデショ?)」

音は確かに犬の鳴き声だけど、カカシが何を言ってるのか理解出来る。

「か、カカシ先生・・・何・・・」
「わんわん!(自分に術をかけました)」
「いや、そうなんでしょうけど・・・なんでまた・・・そんな」
「わんわんわん!(イルカ先生がヤキモチ妬いて、俺を少し疑ったから)」
「妬いてなんかっ!・・・いや・・・まあ・・・そうかもしれません・・・」

認めてしまえば、しごく楽になってイルカはしばらく出来なかった息を吐いた。

やはりカカシに無視されたのはショックだったから。
込み上げる涙と共に自分の気持ちにも素直になる。
それに、わんわん鳴いているカカシに先程までの激昂をぶつける気も沸かない。

「わんっわんわん・・・くーん・・・(そんなに不安にさせるつもりは無かったんです・・・
今日のはちょっと俺が場所をずらせば良かったんだし)」

「そんなっ・・・」

――――そんな事無いと言おうと思って止めた。確かにイルカは自分の目の前で繰り広げられた光景が
溜まらなく嫌だったのだから。
今更取り繕ってどうなる。

「・・・確かに、嫌でした・・・今日だけじゃなくてずっと・・・いつかカカシ先生が好きな人いるって言ってくれなくなるかもって・・・」

ぐうっと唸ってイルカは手の甲を噛んで込み上げる熱い塊を無理矢理飲み込む。
思い切り噛まないと、言葉と一緒に、涙が―――出てしまいそうで。

「だって・・・俺・・・男だし・・・カカシ先生もてるし・・・じっ自信ないし・・・っっ」
カカシはくーんと切ない音を出して、こちらをとても優しい顔で見つめている。

「どっ、どんどん嫌で嫌で・・・でも、嫌なんて言ったら・・・もしかして、ほっ、本当に俺の事好きでもなんでも無かったら・・・
そしたら、そんな・・・こと言ったら気持ち悪いって思われそうで・・・・」
イルカはとうとう両手で口を押さえて堪え始めた。

「くーんくーん・・・・(やっぱり俺の努力不足ですね〜信じさせてあげれなかった。ごめ〜んね)」
すごく困った笑顔でカカシはイルカをそっと撫でてやる。

――――やっぱり謝るのはカカシ

それに更にイルカの涙腺は緩んで、視界がぼやけてくる。
「す・・・すいませ・・・・」
最後の音はカカシが思い切り抱き付いて来たから、カカシのベストの中に消えた。

「わんっ!わんっ!(イルカ先生、本当の事言ってくれたからもう怒ってないよ)」

イルカはおずおずとカカシの背中に手を回す。
当たり前だけど、腕の中にいるのはカカシなのに酷く安心する。
もう、泣いているのかもしれないが、涙も声も全てカカシのベストに吸い込まれて。
それでも、みっともないと、カカシは召集が掛かっているんだからとイルカは堪えて言葉を紡ぐ。

「でも・・・なんで犬の声にしたんですか?」
「く―――ん・・・く――ん・・・
(言葉が足りなかったからイルカ先生を不安にさせたなら、いっそイルカ先生にしか分からなくていいやと思って)」

言葉が足りなかった訳では無い。カカシは毎日毎日繰り返し繰り返しイルカに教えていたのだ。
自分が―――カカシを信じてやれなかっただけ。

「それでも・・・不安だって言ったら・・・?」

「わんっわんっ(信じさせるって言ったデショ?)」

イルカはカカシのベストの中で小さく微笑んだ。







「な〜にをやってるだ。お前らは・・・・」
昨日に戻った様な顔ぶれで、今はいい大人が二人でお咎めを受けている。
幸いなのは、昨日と同じでとても暇で周囲の人間があまりいない事。

わんわん状態でカカシは任務に就き
(任務中は喋らないし、元々カカシはあまり率先して喋る人間では無いので不信がられなかったらしい)
そのまんまの状態で任務報告に来てイルカの前で

「わんわん(ただ〜いま〜イルカ先生!)」

と、言ったのだ。もちろん綱手もいる前で。

「くだらない術かけてんじゃないよ〜ほぃっ」
昨日イルカにカカシがした様に、綱手はカカシの額当てをトンと押した。

「あっ!!結構気に入ってたのに!!何するんですか〜」
「お前この後、個人の任務入ってんだよ・・・。依頼主の前でわんわん言ってどうするんだ・・・」
「喋らなきゃ分からないでしょ〜?」
「個人任務で面通しもあるヤツなんだよっ」
「それも、すごいシャイな人で通すとか、筆談とか・・・・」
「すみません、すみませんっ!!綱手様っ!!コラっっカカシ先生っ!!」

イルカが割って入って、カカシも落ち着き素直に綱手から任務を言い渡され出て行った。
「イルカ〜・・・お前も何であんな奴がいいんだ・・・?」
ごもっともな意見である。
「はぁ〜・・・まっまあ!お茶でも入れますよ」

突っ込まれれば昨日泣いた自分が思い出されて、「あんな奴」に無視されたくらいで哀しくて泣いた自分。
恥ずかしくてそそくさと席を立ち、窓口用の給水ポットのある所まで足を運ぶ。
後ろで綱手が、私は濃い目で〜 と声をかけた。

ふと、窓の外を見ると見知った銀色の頭がひょこひょこ歩いている。

それをイルカは窓から眺めていたら、視界の端から駆け出す影があった。
昨日の繰り返しの様に銀色の頭に女性が声をかけた。
その二人しかいない空間、心地よくなびく風、揺られる木々達
昨日より遥かに雰囲気のある情景。
遠くからでも何を言ってるかは分かるが、開けっ放しの窓はリアルな音まで運んで来てくれる。

「カカシ上忍・・・あの、付き合って下さい・・・」

頬を赤らめて、か細い声を出して女性は告白した。

イルカにも本気だと分かるくらい彼女の顔は真っ赤で必死だった。
声も途切れ途切れで震えている。
いつもなら、ごめ〜んねとすぐ返すカカシは何も言わない。
こちらからでは、その表情も確認出来ない。
―――何で―――?
そのカカシの作った一瞬の間に、イルカが不安を覚えようとした時だった。


「わんっわんっ(ごめ〜んね、俺好きな人いるから)」


ぶっ!!


女性は真っ赤な顔を、途端歪ませてカカシを神妙な顔で見つめる。
噴出したのはイルカ。
思わず窓際に乗り出して、カカシの方を見ると
真っ赤な女性をほっといて、カカシはこちらに振り返った。



「わおっ!わお―――――んっ!!(イルカ先生しか好きじゃないもん、俺はイルカ先生だけでいいのっ!!)」



いきなり奇声を上げられ、可哀相なのは息も絶え絶えで告白した女性だ
目を真ん丸くしてカカシを見つめたまま、固まってしまった。

「何だぁ〜?・・・術は解除したぞ」
その奇声に、綱手までもが窓際までやって来た。
カカシはまだ遠吠えしている。

「・・・なあ、いいのかアイツで・・・」

「そうですねぇ・・・あの人こそ、俺でいいみたいだからいいんじゃないですか?」
「ハァ〜そうか・・・、そんじゃイルカお茶頼む」
綱手はさっさと自分の机に戻ったが、イルカだけはヒラヒラとカカシに手を振って答えた。






「俺なんかに飼われたら、飼い犬より不自由だってのにねぇ・・・・」





ぼそりとはにかみながら呟いた言葉はカカシに届いた様で、
傍に大きく目を見開いた女性を置き去りにしたまま、一際大きく銀色の犬は遠吠えした。


素敵なカカイル小説ありがとうございました。
私はいつもともちさんのギャグに癒されています。
ワンコなカカシ、可愛いですね。
我が家にも一匹…といわず二匹でも三匹でも欲しいです!


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