●夏と花火とあの人の…
「ちょっとちょっと待ってくださいよ!」
背後からせっぱつまった声とカラコロカラコロとせわしない下駄の音がする。
振り返ったカカシにようやく追いついたイルカはぜーぜーと荒い吐息をつきながら、顔を真っ赤にしてそのふてぶてしい顔をキッと睨みつけられた。
「これはどういうことですか?!」
「は、何が」
「俺は貴方を信用して買い物をお任せしたんですよ?
なのに着てみれば腰まわりはキツキツだわ丈は短いわおまけに下駄は真っ赤だわ…。
なんですかこれはなにかの嫌がらせですか…?」
肩をぶるぶると震わせながら必死に怒りを堪えている姿にカカシは内心で笑ってしまう。
「嫌がらせなんてとんでもないですよ。よくお似合いです〜!」
「どこがっ!」
「その身体のラインがうかびあがるぴっちりした着物とか、女の子みたいな赤い下駄とか」
「はぁ!?」
「やっぱりオレの見立てに間違いはなかった」
「アホか!」
一人頷くカカシに罵声を浴びせながらイルカはむすっとして腰をかがめると、上半身を半分ひねるようなポーズで背後を向き、片足をもちあげて下駄の鼻緒を直しはじめた。
その角度からだと胸をそらすようなカタチになって自然胸元が大きくひろがる。
お、お、お、いい眺め。
われながらオヤジ臭いなあと思いつつも目はそらせない。
いつもより露になった首筋だとか、額のほつれた髪の毛だとか、浮かび上がる腰のラインだとか…なんだか別のことを想像させられる。
…もよおしてきそうだ。
「…なにみてんですか」
じろり、と睨みつけられてはっと我に返るカカシ。
いつの間にか鼻緒は直しおわったらしい。
「いや〜イルカ先生は生徒を仲直りさせるのも上手ですが、鼻緒直すのもお上手だなあと感心してまして」
「馬鹿ですか貴方」
惚けたカカシの横をすたすたと通り過ぎて前に進むイルカ。
そのまま数歩彼の前を歩くとイルカはくるりと振り返った。
街灯に浮かび上がった木陰は濃く、腰に右手を当てて砕けた姿勢のイルカの上半身は見えない。
「貴方の好みがなんであろうと構いませんが、人を巻き込まないでください。
赤い下駄がお好みでしたら自分で履いたらいいでしょう?
…こんなこと普通しませんよ。
俺みたいなのにこんな格好…」
後の二行は小声で呟くようにその唇から漏れた。
…むすっとした口調だが、どうやらそれは照れ隠しのようだ。
カカシの意図はとっくに読まれていた。
こうなることはサルでも分かっていた。
それよりも、カカシが意図してやったことを拒絶しないで、軽く諌めながらも認めるそぶりみせてくれたことに
カカシは内心非常に喜んだ。
「いけませんか?その着物。イルカ先生だったらなんでも似合うと思って」
「その考えがおかしい。一回貴方の頭のなかを覗いてみたいですよ」
そう言ってイルカはくるりと向きを変えてカカシを置いてすたすたと歩き出す。
「待ってくださいよイルカ先生、そっちは土手じゃないですよ?」
「…この格好で人前にでられると思っているんですか?
もし生徒にでも見つかったらどうするんですか。
赤い下駄!ぴちぴちの浴衣姿!
次の日から生徒の親になんて噂されるかたまったもんじゃない。
山ですよ。山。裏山から見ましょう?
大体…貴方これが目的だったんでしょう?」
いや…?
イルカのこの格好にさせるのは目的のうちのひとつだったが、
土手の街灯がでているところでその艶姿を眺めまくって
あわよくば人ごみのなかでどさくさに紛れて撫で繰り回してみたいと親父臭いことばかり考えていたのだ。
暗いところで二人っきりで花火見物かあ…
着物姿は見れないが、それも悪くないなあなんて鼻の下を伸ばしていると
「な・に・考えているんです!」
とキツイ声がして鼻を思いっきりつままれた。
「いたっ!」
と、カカシが悲鳴をあげた瞬間、
遠くの海の上で、花火の第一弾がパーン!と弾けた。