カカシはあぐらを掻いたまま、満天の星空を見上げていた。

吐く息は白く、気温も冷たい。

本当は汗を拭かないといけないのに、先ほど修行をしたばかりの体は、まだ熱く火照っていて、それが心地いい。

九尾の事件が一段落して、復旧作業で里は慌(あわただ)しい。その上、里の外からの任務の依頼は多く、里の忍達は休む暇もなく働いている。…たまたま暇になった日、カカシは里の外れの草原でいつものように修行をしていた。

草原はひとけがなく、だだっぴろく、修行には最適だ。人に戦っているところを極力見られないようにしなければならない忍びであるカカシにとってはこういうところがないと修行することもできない。

夜空を見上げていると、思い出すのは会いたい人のことばかりで、今はもういない人に抱きしめてもらいたくてたまらなくなる。…まだ修行が足らないな、とカカシは一人ごちる。実戦で甘い考えは死に繋がるからだ。

―――がさっ


カカシから5mくらい離れた草むらが揺れてわーん、と大声で泣く少年が現れた。

「おかあさん!」

叫び声。

黒髪を頭の天辺で結った、鼻に傷のある少年の横顔が涙に濡れている。

…驚いた。

気配が感じられなかった…というよりまったく意識していなかった。
まさかこんな真夜中に、こんな、なにもない草むらに自分以外の人間がいるとは思っていなかったからだ。

わんわんと高い声で泣きながら母親と父親の名前を繰り返し呼ぶ少年。両手で頬をぬぐい泣き叫んでいたが、次第に背中を丸めてまた草むらに隠れてしまった。

カカシは足音を消してそっと近寄った。

「…」

少年は草むらに座って、背中を丸め、膝に顔をうずめて固まって、ぴくりとも動かない。
…死んでる?まさかそんなことはありえないと思いつつ、すぐ隣に近づいて耳をすました。

「…〜おかあさん、戻ってきてよ」

…小さく、唸るような声でぶつぶつと言葉を繰り返している。ほっとした。生きてる。

「…優しい人だったの?」

どう声をかけたらいいのか悩んだが、考えるよりも先に言葉がでた。自分と同い年くらいの、この小さな少年をどうにかして慰めたかった。

「誰?」

そこでようやくカカシの存在に気付いた少年が顔をあげた。涙と鼻水でひどい顔になっている。カカシは腰にくくっていた手ぬぐいを掴むと少年の顔を拭った。いやいや言いながら、少年はカカシの手を払う。視線が合うと、目元を赤く腫らした目でぼんやりとカカシを見つめてくる少年に、カカシはなにか、じわりと温かい感情が胸に広がってくるのが分かった。


小さな宝物だ。

オレの。

見つけた…。

こんなところに転がっていた。


「なに?」

「なんでもない…。それより、それ以上泣くの、やめたら?涙が枯れるって言葉知ってる?」

「そんなこと知らないよ。…あのさ…誰?俺、お前みたいなヤツ、知らない」

「…カカシ」

手ぬぐいを腰に結びつけながら、ふと、暗部の掟が頭をよぎる。

"暗部は名を人に知られてはならない。それがたとえ、同じ忍びであっても"

しかし、それも、こう暗い夜ならば必要ないかと思う。
どうせこれ一回きりの出会いなのだから、と自分に、半ば言い聞かせるように納得させた。

少年は自分の名前を名乗った。イルカ、と。

カカシはイルカの隣に座って、二人で、懐かしい人の話をした。そして、夜空を指差して、どこかで聞いた、星の話を聞かせてやった。

イルカは透き通った目で夜空を見上げて、その話に真剣に聞き入っていた。純粋な、無垢な目だ。星を映して、きらきらしている。くすんだ、灰色の世界ばかりを見てきたカカシは、目を奪われた。綺麗だ、と、素直にそう思った。

―――ほしいな。

「…え?」

イルカが振り返った。

「だから…また、来ない?ここに」

「…」

「今日はたまたま来たんでしょ?オレは…暇があればいつでもここに来てるけど…イルカは…。実は…あの…もっと、いろんな星座の話とか…知ってて…」

我ながら、なんて下手くそな誘い言葉かと思う。とある所の、年上の女達を呼ぶときでさえもっとマシな言葉が思い浮かぶというのに。

「あ…う、うん!―――来る!来たい!いいの?カカシ!?」

名前を呼ばれて、さらに抱きつかれて、思わず目を見開いてしまう。

「あ…ゴメン…」

カカシの表情を見て、さっと離れるイルカの腕を思わず掴んでしまいそうになる自分を押さえるのが大変だった。…腕を放したものの、指先は触れ合ったままだ。ドキドキと心拍数が、おかしいくらいに上がっている。どうかしてしまったのだろうかと自分を疑いたくなってしまうほどに、舞い上がっている自分。カカシは、今のぬくもりを、一生忘れないと思った。


厳しい掟が頭をよぎりながら、これから来るであろう密やかな甘い日々を思って、カカシは胸を膨らます。 イルカはそんなことも知らず、あの無垢な、ガラス球みたいな目で、星空を見上げていた――――






(人は、死ぬと、夜空に昇って星になる)

(幾億ある星の、あのひとつひとつが人間の魂なんだ…)

(星は瞬きながら、いつも、いつまでも、残した家族を、大切な人を見下ろしている)

(ずっと、ずっとね…)
























(2006/1/6:書)
























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