「バズズサン、ワタシヲタベテ」 そう迫ってきたのは金髪碧眼の娘。半陰陽の体に汁気の多そうな三つの膨らみ、乳房と孕み腹を惜しげもなく放り出し、黒い菓子で飾った生贄だった。 |
「…ぇ?」 うたた寝をしていた隻腕の元帥、バズズは瞬きをしてから、素早く周囲の気配を探った。研ぎ澄まされた五感が、寸毫の動きも逃さぬ注意深さで辺りを探ったが、薄暗い宿直の間には何の気配もなかった。いつも謀を巡らす双子の姉も、悪戯好きな双子の王子も、側にいない。次いで頬をつねる。確かに痛みがある。 「夢ではない」 「ハイ」 甘い香の黒液に塗れた身重の体を揺すりながら、乙女は恥ずかしげに応える。燃えるような赤い頭をした青年は無事の左手で髪を掻き揚げ、壁龕から黄色の光を滲み出させている灯明を睨んだ。 「…ええと。昨夜は春待ちの祭りで…我が輩も些か酒を過ごしたが…」 南の地でとれる豆を模したという、蔓根の粉を焼き固めた菓子。新しもの好きの王妃が料理人の力を借りて作った佳肴は、宴席で上々の評判となり、魔族と人間の子供を惹き付けただけでなく、大人も味見をしようと詰め掛けた。 日頃は無骨を絵に描いたような将軍、大鬼アトラスが、羹用の鍋と紛う特大の酒椀を片手に、もう片手でちっぽけな心臓型の菓子をつまみ、うまそうに舌に載せていたし、デビルロードのニ姫は淑やかそうに微笑みながらも、唇の端を焦茶に汚して、随分な量を口に運んでいた。 だが最も印象深かったのは、竜王の息女、可憐な三ノ宮カリーンも幸せそうな笑いだ。一年の半分を雪が閉ざす、痩せた国を統べる一族の娘として、日頃は慎ましく振る舞っていても、洒落た催しや楽しみが大好きなのだと、友として心許しあう仲なればこそよく知っていたから、側仕えとともに興奮してふざけ、騒ぐようすを眺めているだけで嬉しかった。 もっとも傍らに傅く護衛の首狩り族、女戦士のバーサは、口に合わぬようすで苦い顔で杯を呷っていた。好みはそれぞれなので兎や角言う義理はない。かくいうデビル族の長、緋毛有翼の狒々もまた余り関心を覚えなかった方で、もっぱら君主の傍らで軍事について話し合っていた。 だいたいにおいて男よりも女、雄より牝の方により受けが良いようだった。特に半スライムの歌姫シエロにいたっては、体を三つの水玉に分けた姿で、それぞれ凄まじい勢いで溶けた甘みを啜って、二倍くらいに膨らみ、透明な色も半ば濃褐に染まっていた。 「…分かった」 紅鬣の武将は溜息とともに頷くと、机の上に脚を広げて膝つく双生の娘を、膝の上へと抱き下ろした。 「シエロか」 「オキサキ サマ デス」 流麗の姿態が小刻みに震えながら、蒼い瞳に上目遣いをさせる。ロンダルキアの治安と規律を預る青年は、眉を潜めて諭した。 「王族に化けるのは重罪なのだぞ」 「バズズ サン ハ、オキサキサマ ガ スキ ダカラ シエロ デハナクテ オキサキサマ デス」 「…なっ…覚えて…いやあれは夢…夢だ…」 バズズは赤面して視線を逸らした。当惑の余り不埒な幻と現の記憶が曖昧となり、かりそめにまとった外形であるはずの人間の体が火照る。あるいは偽の王妃から漂う、かぐわしい匂いのためもあろうか。 「戯れもたいがいにせよ…誰かに見られでもすれば…」 「オカシガ デナイノ」 「は?」 問い返すと、かつてデルコンダルの宮廷一と謳われた美声が切なげに訴えた。 「タベスギタ オカシ ツマッテクルシイノ」 変幻自在のスライム娘は、女主人そっくりのあどけない貌で要求する。狒々の化身は頬をひくつかせると、新雪の如き膚についた、黒い粘りを見つめた。 「…正気の沙汰ではない」 「カリーン サマ デナイト ダメ?」 「いい加減にしないか!」 思わずきつく叱り付ると、軟体生物のおとめは首を竦め、焦茶の涙を浮かべる。だがいつものようにばらばらになって逃げようとはせず、却って男へすがりついた。 「バズズサンオコル?カリーン サマ スキ ジャナイ?」 「深く敬愛しておる…だがそういう問題では…」 「ワタシハ ミニククテ ヨワイカラ ホカノ スガタニ バケナイ ト ダメナノ」 「何?」 「バズズ サン ミタイニ ツヨクナイカラ ツヨクテ キレイデ リッパナ モノ ニ バケルノ」 「分からぬことを。スライムは確かに弱いが、美しいではないか。シドーが原初の混沌より掬い取り、地の獄へ貶した最初の命、水そのもの」 ロンダルキアの信仰のさわりを諳唱しながら、デビル族の伝承を受け継ぐ長は、首を傾げる。すると金髪かかる白い額の下、瑠璃の双眸がいっそう大きく開き、ふっくらした桜桃の唇から喘ぎが漏れた。 「ホントウ?デルコンダル デハ」 「あのような蛮地の曚昧を我が国に持ち込むな」 下界では真逆に語られる考えを平然と嘯きながら、青年は隻腕を華奢な背に回して、しっかりと抱き寄せた。娘は分厚い胸板へ頭を預けると、力強い心臓の音を聞こうとするように耳を押し当てた。 「バズズ サン ハ ワタシ ガ 甘エテモ オコラナイ」 「その姿でするのは許さぬぞ!いつものように三つに分かれておれ」 だが、シエロは、王妃をかたどった面差しを崩さずそっぽを向くと、甘い香りのする身重の躯をいっそうすり寄せた。 「デルコンダル デハ ダレモ ワタシニ ヤサシクシテクレマセン デシタ ウスキミワルイ アイノコ ダッテ」 「まことに下界の人間どもの遅れた習俗は唾棄すべきよな」 「ワタシヲ オヒザニ ノセテクレタノハ オキサキサマ ト バズズ サン」 「んむ?…ぁあ」 省みれば、まだ襁褓もとれぬカリーン姫の育児室で、透き通った肌を持つたおやめと、丹の毛並みの騎士とはしばしば遭っていたのだった。スライム娘はデルコンダルに攫われた王妃と奇しき縁で結ばれ、また王女の産褥にあって危機を救ったとあって、強いつながりがあった。 バズズは、いずれロンダルキアの民に第二の女神と崇められるであろう嬰兒に、魔族と親しんで貰おうと、足しげく通っては、スライムとともに他愛のない遊びに興じた。三匹の水玉と、同じくらい真丸な赤ん坊を、まとめて胡坐を掻いた膝に載せて揺すりながら、驚かせたり笑わせたり、およそ万軍の司令官とは思えぬ道化た子守り役を進んで引き受けたのだ。 「…シエロはあのままだった方が可愛げが…」 竜王が伴侶と子を取り戻そうと、獣の名を持つ南方の暴君と争った際、渦中に遭って深傷を負ったシエロは、人間の血を引く容姿や知恵は戻らぬと思われたが、バズズや魔族の呪文と、神官の祈祷によって、徐々に回復していった。だが、おかげで少々、手を焼かせる存在にもなりつつあった。 「ワタシ ワタシ クルシクテ バズズサンナラ タスケテクレルト オモッテ」 はっとして覗き込むと、ラーミアの生まれ変わりと謳われた闇の后を写し取った様相は、双眸と鼻腔、口元からそろって松脂のような液をこぼしている。 「うぉお!!!ちょっと待て!待たぬか!」 慌ててまた丸々と膨らんだ胴を抱え上げ、机に据えると、へどもどしながら尋ねかける。 「いったい我が輩にどうして欲しいというのだ」 「タベテ クダサイ」 瞼を伏せ、今にも消え入りそうな調子で囁く軟体生物のおとめに、妖猿の変化は低く呻くと、眉間に拳を充ててうつむいた。 「…もしや。その腹と胸にはすべて…」 「オキサキサマノ オカシ オイシクテ…」 「我が輩に?食えと?」 「ヤッパリ ムリ デスカ…ア、あとらすサン ナラ デキルカモ?」 「…何!あやつにできて我が輩にできぬはずがなかろう!ええいそこで大人しくしておれ!」 ごつい指でむずと左右の胸を順番に握り占めて量を確かめると、あえかな喘ぎとともに黒い乳を噴き出させ、次いで突き出た腹を乱暴に鷲掴んで、か細い悲鳴にも構わず揉みしだく。 シエロはひとしきりおののきを繰り返してから、いくらか恨みがましげな目付きで相手を睨んだ。だがバズズは考え込んで、視線を合わせようとさえせず、ややあって素早く呪文を唱えた。 ”モシャス” 閃光とともに長身痩躯の青年は消え、小山の如き巨躯を持つ有翼の大猩猩が姿を表す。荒々しい容貌に貪欲な表情を浮かべ、短剣のような牙をぞろりと剥くと、ひりつく熱の籠った吐息とともに語句を紡ぐ。 ”シエロ…助けを乞うなら…ありのままを晒せ…つまらぬ仮装より、あの澄みきった本性の方が我が輩の好むところよ” 「ハイ…モシャス」 たちまち山吹の煌めきは褪せ、白磁の肌も色を失うと、水晶を磨いた人形のような真の姿が現れる。だが両の乳房や臍の奥にはたっぷりとした濃褐の甘露がたゆたっている。併せて大桶に一杯半はあろうか。 妖猿はかすかに武者震いしてから、唇を三日月に歪めて告げた。 ”報酬は貰い受けるぞ” 「ナニヲ…スレバ」 軟体生物のおとめは急に不安になったように問い返す。 ”承知しておようが。その身でしか払えぬ対価。体のすべてを使った捧げ物よ” 「エ…アノ…エ…」 ”歌え。世に二つとなき甘き喉もて、今宵は我が輩だけのためにな。囀るだけの玩具として扱われようと、扶けを求めるうえは、いなやはあるまい” 「…ア…ア…ハイ、ヨロコンデ!」 ”では、始めるぞ” 流れ始めた一筋の旋律に合わせて、狒々は禍々しい顎を開くと、透明な乳房にかぶりついた。たやすく再生するスライムの肉に、ためらいもなく牙を埋めると、ほとんど食い千切らんばかりに噛みついて、遠慮容赦なく中味を吸いとっていく。 上位魔族が餌食を貪る勢いの、予想を超えた激しさに、平らかだった啼鳴はすぐにも揺らぎ、音階を駆け登って、どんな繊細な弦にも、精緻な管にも叶わぬ高い響きとなり、悲鳴を交えて途切れた。 「バズズ…サ…モット…ユックリ…ヒッ…」 ”ぷは…うぇっぷ…歌うのを止めるな。興が醒める” 「ハァ…ハァ…ハ…イ…」 硝子の喉が再び震え、千もの銀鈴の共鳴と紛う重奏を紡ぐ。猩猩は反対側の胸に喰い付くと、また左右にねじりながらもぎとるような荒々しさで、牙で開けた穴から染み出す甘露を啜り飲んでいった。 二つの円かな器が揃って空になる頃には、もはやシエロの楽器としての調律は乱れに乱れ、ところどころに裏返った喘ぎや、抑えた咽びを加え、織り成す曲もすっかりまとまりを無くしていた。 「…モウ…イイデス…バズズサ…ン…」 ”ぐぶ…げぶ…ふ…まだ…肝心要のところが残っておようが…さぁ…開け…” 鉤爪が示したのは、スライム娘の胴の芯。たっぷりと液菓を蓄えたままの部分だった。氷の彫像とも紛うかんばせが幽かにわななくと、ほっそりした両手が閉じた臍の周りを掴んで、おずおずと寛げ始める。 狒々は鼻を鳴らすと、匕首より尚鋭い武器である人差し指を牝の腹腔へと捻じ込み、ぞんざいに掻き回した。たちまち白樺の若枝より華奢な首がのけぞって、壊れた竪琴か横笛のように涼やかにも傷ましい痛哭を迸らせる。 「ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!!!!」 ”歌えシエロ” 魍魎の首魁は、痙攣する獲物へと愉しげに無理難題に押し付ける。雪国の魔が持つ残忍さを、把握しきれていなかったデルコンダル生まれのあいのこは、水晶細工の如き四肢をもがかせ、躍らせ、デビル族が何より好む苦悶の舞いを演じながら、けなげにも旋律を形作ろうと全身を波打たせる。 さんざん指で捏ね回し、黒く粘った滴りをしぶかせたあとで、バズズは唇をつぼめて寛いだ孔に宛がい、軽くなぞった。嬌声とも悲鳴ともつかぬ喚きに、満足げに真紅の両眼を細めると、丹念に襞をねぶり、一口、また一口と緩やかに、生きた樽に詰まった甘みを堪能していく。 とうとうシエロは曲を紡ぐのを放棄し、妖猿の巨きな頭を抱いて、懇願した。 「ノンデ…クダサイ…ハヤクッ…ジラサ…ナイデ…」 ”だらしがないな” 「…バズズサン…イジワル…デス」 ”懲りたら、我が輩の如き悪魔に無防備にじゃれるのはよすのだな” 「……」 ”ふっ…では戴くとしようか” 舌を弛んだ臍の奥へ捻じ込み、筒のようにして濃厚な液菓を汲み上げてゆく。隻腕にしっかりと捕えられた歌姫は、振りほどくのも叶わぬまま、透き通って煌めく髪を振り乱し、たわわな双丘と腹とを揺すって、存分に泣き叫んだ。ほっそりした四肢は、しかし魁偉な雄の首や肩にからみついて、愛しげといっていい細やかさで臙脂の毛並みを摩る。 やがてシエロの胴がもとのような砂時計形になると、手足も必死の抱擁を止めて、剥がれ落ちる。ぐったりと開いた両腿のあいだは、スライムにはない人間らしい分泌物にぐしょ濡れになり、いつも淑やかな顔付きも、胎内の圧迫を排出しつくした余韻に恍惚としている。 バズズはげっぷをすると、胸焼けにえずきそうになるのを堪えて、どうにか喉元までせりあがってくる大量の甘露を落ち着かせた。手足の先が急速に冷たくなっていくのを覚え、幻暈に近い眠けの発作に襲われると、一夜の相方を机から抱き下ろして側に引き寄せる。 ”シエロ…済まぬが少し寝る…異変が合ったら歌で起こしてくれ…” 「フェ…バズズサン…マッテ…ァ…」 頼むが早いかいびきをさせ始める猩猩に、スライム娘は小刻みに震えてから、はしたなく両脚を開いて膝に跨がった。しとどに湿った滑らかな恥丘を、刷子のような剛毛に押し付け、忙しく擦り付けてから、背を弓なりに逸らせてわななくと、猪首にかじりついて独り切なげに涕く。 「バズズサンノ…バカ…バカ…バカ…」 禍々しい顎の縁についた焦茶の雫を舐めとって、勢いに任せて接吻すると、反応を得られぬのに諦めて、淋しく引き下がる。だが膝から降りようとした際、大きな左手がとらばさみのように閉じて、動きを封じてしまった。 「ア…」 ”シエロ…ムニャ…頼ムゾ…ムニャ…” 「…バカ…」 毛深い胸板に硝子のような鼻を埋め、裸身をぴったりと添わせて、歌姫はいつまでも温もりと獣臭とに包まれていた。 翌朝、宿直の間で、一糸まとわぬ元帥が膝に三匹のスライムを載せたまま爆睡しているのを発見したのが、同輩たるアトラスであったのは不幸中の幸いであった。もっとも旧友にして仇敵たる巨人の、妖猿に対する評価が、また若干揺らいだのは致し方なかったかもしれない。 |
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