Spring and Winter

春枯はるがれの末に、終わりの始まりは訪れた。

戦場でいちはやく先ぶれを感じとったのは、光妖精エルフの最後の裔、不具の童児オロルフォンだった。ほかの同胞のように、直に目や耳で触れたのではなかったが。

少年は三層の塔櫓ほどもあろうかという砦武者とりでむしゃの、真銀ミスリルででこしらえた虚ろな殻の奧に座していた。生まれつき欠けた四肢をからくりに取り付けたまま、一心同体となった傀儡の兜をあげ、碧玉をはめこんだ双眸で蒼穹の西に偽りの暁をあおぐと、巻貝の鼓膜を通じて千もの天鼓が一度に鳴ったかのごとき轟きを聞いた。

うなじの毛が逆立ち、華奢な肩と腰とがこわばって、機械でつながった具足をきしませる。争いに備え、ただでさえはりつめていた心の糸を、見えざる指が乱暴にかき鳴らしたかのようだった。

託宣に従い、しなびゆく故郷を発ってひと月。大人に混じって、なじまぬいくさの装いをつけ、ひもじさを抱えつつ、みぞれの沁みたぬかるみに蹄や靴がつけた跡をたどり、かつて暖かな炉辺で吟じられるいさおしでのみ知っていた、朝と夕の国境、冬溜ふゆだまりのたいらに達したところ。

乾坤をむしばむ病を取り除く、最後の望みがもたらされるという地を征さんがため、一帯に棲みつく血に飢えた闇妖精と干戈を交える矢先だった。

それが今、眼前の敵と別に突如あらわれた異変にすくむうち、今度は北の方でしろくつらなる峰々を割り裂かんばかりの咆哮が湧きたったのだった。

かえりみれば、ななめにさす陽を赤銅の鱗に映した竜の群が、鼻から太い蒸気を噴き、王侯の幕屋より広い翼をはばたかせ、ただいっさんに翔け去ってゆく。もっとも古い山よりなお年経た万物の霊長が、まるで狩の勢子に追い立てられた雁と変わらぬあわてふためきようだった。

“終わりがくる”

“春枯れさえ焼きつくす恐るべきものが”

長虫が重ね奏でる、青銅の鐘の楽に似た韻律は、確かにそう宣べていた。

心臓が四つ、五つ打つあいだ、奇妙なしじまがあってから、次はずっと近くで、汚れた積み雪が爆ぜる。雲突くような丈をした亡者が、鬨とともにあらわれ、百斤はありそうな投斧を高々とかかげた。

ひとたび斃れるまで、東の島々を侵し掠める巨人の船長でもあったか。太索を撚ったような筋肉は、おどろおどろしい海魔の刺青と鯨骨の鋲で飾ってある。

耳元まで裂けたあぎとは、すでに何本も牙が落ち、あとをおぎなうように氷柱が突き出ていた。忘却の淵から反魂のしらべに招き出されてなお、ぬけがけにはやる荒肝は腐りきっていないのか、帆柱のごとく太い腕を力まかせにふりかぶり、野蛮な得物を抛ってくる。

オロルフォンは我に返ってごつい金属の手足をあやつり、盾をななめにして凶器を受け流しつつ、喇叭の唄口のような管に唇をあて、ひずんだ大喝をはなつ。

“やめろ!”

とっさに出たのは敵の言葉、禁忌の暗黒語で、ややうわずってしまっていた。

「逃げろ!恐ろしいものがくる!」

声変わり前の喉をかすらせつつ、あらためて使い慣れた白明語でわめき、またおぼつかぬげに暗黒語で繰り返す。

頭上をあまた舞う、燐を帯びた屍の蝙蝠や、雷を散らす鋼の猛禽にまたがった騎兵にも、あるいは足元を埋めつくす、黄泉の獣や白檀の軍馬を御す乗り手にも、さらには妖術の炎を杖や拳に灯した魔導師にも、なるたけ通じるようにと。

警告を四度繰り返したところで、風がうなり、横に長く伸びた十字の影がそばを過ると、厳しい叱責が割り込んだ。

「春枯れの子よ。不吉な舌をふるうな。皆が浮足立つ」

鉄の鷲が二羽、虹にきらめく翼に輪を描かせて降りてくる。鞍上にいるのは、浅葱と練色で染めた革鎧の斥候だ。おさえた口調でたしなめつつも、脇にはさんだ棍の霹靂へきれきを宿す尖端をさりげなく向けてくる。

「でも竜が…」

震えまじりの反駁をおさえつけるように、畳みかけるような説諭が続く。

「老いぼれの蛇が吠えたは、ただ槍穂のひらめき、旗幟のはためきに怯えただけのこと。あるいは託宣の成就をしめす奇瑞やもしれぬ。いずれにせよ、とり乱せば敵の思う壺。砦武者は守りの要。陸の燈台。忘れるな」

「はい…いえ…」

「よし」

大鳥の駆り手はふいに表情をゆるめ、はげますようにうなずくと、手にした棒を持ち替えて拍車をかける。さっそうたる後ろ姿を見送りかけてから、片輪の少年は急にまたかぶりをふった。

「っ…やっぱり違う!」

だが二騎はもう、醜い皮膜の翼持つ敵を迎えようと、高みへ還ってゆくところで、もはや耳を貸すそぶりもなかった。

浅く息を吐いて、四方の混沌に注意を配ると、闇妖精の側も倉皇としているのがうかがえた。騒ぎの中心はといえば、毛皮に霜を帯び、死してなお駆ける三頭の熊が牽く橇だ。馭台にすらりとした長躯の女が立ち、片手に紐のような武器をだらりと垂らし、残る片手で徐々に強くなる風の源を指さしては、ともがらたる将士へ懸命に呼びかけているようだった。

だが、黒白それぞれの主帥はすでに采配をふるっていた。角笛が響き渡るや、殺戮の秩序が編み直される。鯨波をあげて隊伍がぶつかり、互いをすりつぶし、毒箭と火球とが驟雨となって二つの陣営に降り注いだ。

オロルフォンはからくりを御して、こりもせず五度叫んだ。

「だめだ…だめだっ!」

胸のうちでなおもつぶやきながら、むなしく持ち場を守り、津波のごとく押し寄せる刀槍と爪牙を押し戻す。八尋の剣を横に薙いで、こおりでよろった骸骨の歩卒を粉々にし、一瞬で体温を奪う魔法の霧や、手足をこごらせる霞を、盾で打ち払うと、また精一杯声をはりあげる。

“止まれ!…恐ろしいものがくるって!…”

答えるように大地が揺れ、砦武者の重心がかたむきかける。少年は金筒につながった両腕両脚をつっぱらせ、あおむけに倒れて味方を潰さぬよう、かろうじて踏みとどまった。

歯を鳴らしてから、ふたたび頭をもたげると、中身の虚ろな兜も合わせて正面を向き、無機質な常盤の双眸をもって百里の先を見はるかす。すでに塵の帯が平原のはてに細くたなびいていた。

“あれを…”

刹那、閃きが頑丈な面頬をつらぬき、宝石でできた片眼を砕く。たちまち幼い光妖精の左の視界を暗黒が閉ざした。とっさに呼吸を失ってから、まだ無事でいる方の瞳を、攻撃の飛来した方へ走らせる。

先ほど取り乱していた橇の闇妖精だ。もうすっかり落ち着いたようすで、得物を持ちなおし、早くも次の弾丸を番えていた。ひきしぼった弓を思わせる構えを彩るように、六花が渦を巻いている。

真珠を千々に砕いたかのごとき粒が、かすかにささめきながらただよい、木の根か蔦にも似て縦横に枝分かれすると、そこかしこの雪にもぐり、きれぎれの雲にさえからみつき、髑髏の群に号令する眷属すべてと結びついて、冬溜りの平にわだかまる凜冽りんれつの精をことごとく凝集するかのようだった。

頃合を図って周囲を固めていた魍魎の群が、射線を塞がぬよう左右に開く。険呑なきざしだった。

ふと砦武者の頭部に違和をおぼえた少年は、作りものの首をゆすらせる。とたん、いくつもの霜柱がこぼれ落ち、兜の右側が凍てつきつつあるのを悟った。あせって真銀の眼窩にめり込んだ冷気の核をつまみとろうとしてから、不意に思いとどまる。

「分かった。もういい!」

吐き捨てざま、刃の切先をまっすぐ宙へ差しのばすと、できるかぎり大股になって進んでゆく。

地響きとともに目立つ的が近づいてくるのを、夜の肌をした女丈夫はこゆるぎもせずにらみすえ、ただ紐を回す速さを増していった。宝石と紛うほどきらびやかな霰があまた生じ、うなりとともに旋廻して、生身の兵では近寄ることさえ難しそうだった。

不具の童児は、手足のかわりをつとめる甲冑を駆って、むぞうさに間合いを詰め、大上段に斬りつけようとする。ところが、汗をかかず疲れもせぬはずのからくりの指は、唐突ににぎっていた柄をすべらせてしまった。幅広の刃が陽射しを照り返しながら、あさっての方へと弧を描く。

「何で!!」

甲高い悲鳴をほとばしらせながら、オロルフォンはしかし砦武者の無事な方の瞳を使ってただちに原因を探しあてた。左側の籠手の関節が無残にひしゃげ、うがたれた穴から透明な結晶が育っている。まるで大樹の幹にとりついた宿木が成長するかのごとく。

まなざしを転じれば、足元ではかかる離れ業を成し遂げた闇妖精が、武器である投石紐をすでに腰に巻き取っている。仕事は済んだとばかり、すばやい手さばきで熊をくびきから解き放って、黄泉路へ送り出すと、己は隠れようとさえせず、ただ挑むような一瞥を投げてきた。

光妖精の仔は細い肩をちぢこまらせ、顔をそむけたが、たちまち間近に迫った砂塵の壁と向き合うはめになった。

もうもうとけぶる埃の嵐は、もはやはるか遠くの細い帯ではなく、天を摩すほどの断崖となっている。すでに敵軍の端を呑み込んでおり、心臓があと一つ二つ打つあいだにすべてをおおいつくすのは防ぎようがなかった。

おののきながら、少年は砦武者をひざまずかせ、深く考えるいとまもなく盾をかかげると、すっぽりと雹礫の射手にかぶせた。間一髪だった。灼けつく気流が真銀の装甲をあぶり、磨きあげた表面を溶かそうとする。

くもりかすむ景色の中で、片方だけ残った碧玉の瞳が映したのは、不気味な燔祭。亡者が松明のごとく燃え、指揮する影の民のもののふさえ炭となり、砕け吹き散らされるさまだった。

投斧をたずさえた骸の巨人だけは、なみはずれた恰幅と、まとう冷気の強さゆえにほかよりはよく耐えたが、おもむろに入墨はくすぶり、ついには煌々たるかがりと化した。

兜にはめこんだ巻貝の耳が、嵐の嘯きに混じって同胞の絶叫をとらえた。先鋒からほとばしった悲鳴が、さざなみのごとく後詰に渡ってゆく。数えきれぬほどの断末魔があくたの渦に巻かれ戦場を馳せ巡ってから、砦武者のからっぽの胸郭に次々と跳び込んでくる。燎原の鼠が必死に涼を求めたあげく、泳げもしないのに野井戸になだれ落ちてゆくかのようだった。

いったい大人達がどうなったのか、傀儡をふりかえらせようとしたが、もうわずかな動きさえままならなかった。置物のごとくじっと正面を眺めるうち、鋼の猛禽が一羽、まっさかさまに空から落ちてくるさまが視界の隅をかすめる。背には乗り手の黒ずんだ残骸がぶらさがっているのが垣間見えた。

外界では焦熱がすべてを蹂躙しているというのに、しかし一方で虚ろな殻の中は次第に耐えがたいまでに冷えつつあった。兜の右側と左側の籠手についた氷は、あたかもおがくずの苗床に根づいた茸よろしく機械じかけの全身にはびころうとしていた。

たゆまず成長を続ける結晶が、とうとう精緻な回路の枢要を壊したのか、だしぬけに光は薄れ、音は細り、すべてが途絶える。まったき静けさが降りる寸前、間近で誰かのすすり泣きをかすめ聴いたが、まもなく一切は無に帰した。


ぬくもりなき夢に溺れながら、オロルフォンは一族の苦悶の合唱を幾度となく聴いた。

いつも始まりから終わりまでそっくりだったが、執拗に繰り返すにつれ、それぞれの意味がはっきりと分かるようになっていった。

「熱い痛い熱い痛い痛い」

「なぜだなぜこんな」

「おお目が私の目が」

「臓腑をかばいさえすれば違う死ぬああ」

「託宣が我等をたばかったのか」

「苦しい母上母上」

「友よどうか貴公だけは」

「春枯れの子め」

「闇妖精ども許さぬぞ許さ」

「ああ痛い痛いおお」

「おおこれはひどすぎる」

「盾はいずこ」

「砦武者が裏切ったのだ」

「やつに吸われてゆく、だが涼しい」

「髪が私の髪が」

「星々よ救いを星々よほしぼ」

「春枯れの子めが」

ひとつひとつに謝ろうとしたが、どうしても声を発せられなかった。

永遠ともまがうほどのあいだ怨嗟にひたりきるうち、しまいに耐えきれなくなって、ねばつく泥のようなまどろみから抜けようと、やみくもにのたうった。四苦八苦するうち、意識はじれったいほどゆっくり、よどみの底から昇っていく。

くしゃみがひとつこぼれた。

目覚めると、まだ無明のままだった。かすかにしびれの残る未熟な体を、おこりにかかったかのごとく震わせてから、まずからくりを動かそうとする。

「…っ…めざめよ…」

危急に備えた呪文を口走っても、甲冑からはいかなる反応もない。

「こたえよ、おおいなるよろいよ」

暗がりには、少年の浅い呼吸があるばかりだった。おさえがたいわななきが、また肘と膝までしかない四肢を襲う。

「…ひらけ、とびらよ」

はじめて傀儡の胸郭が揺すれ、正面に亀裂が走って、あわい陽射しが差し込む。だが両開きになるはずの扉は途中でつかえたように止まった。

「ぅっ…動け…動け!!」

もがくうち、関節と機械の継ぎ目があっさり外れる。不具の童児はぶざまに転げ落ち、狭い床に頭をぶつけ、やけに澄んだ固い音をさせてから、押し殺した悲鳴をこぼした。

芋虫のごとく丸まってじっとしてから、ややあって光のもれる側へと這いずる。すきまからのぞくと、ただ濃淡の異なる闇があった。かぼそく流れこんでくる外気に、かすかに青いきれが混じっているのが鼻につく。

額を押しつけて閉じた戸を開こうと、しばらくあがいてからあきらめ、かわりに口を近づけて呼ばわる。

“だれか…だれか…ぅっ…ともがらよ…星の民よ…樹々のあいだを抜け、山々のはざまを通り、波のうえをわたって、たよりをかわさん”

しかしどれだけ歌を口ずさんでも、こもった静けさをかすかにかき乱すだけだった。

“ともがら…よ…”

だんだん舌がもつれ、黙りこくると、ぐったりうなだれる。やせた腹のあたりから胸がひりついた。

“ぅっ…がらよ…とも…”

力をふりしぼり、かわいた唇で、なおも消え入らんばかりにつぶやくと、いきなり目の前で棺桶の蓋じみた鎧板が耳ざわりなひしりを上げ、しごくあっさり開いた。

逃げ場もなくすくんでいると、間を置かず人影があらわれる。見上げれば、すらりとした輪郭は同胞に似て、しかし禍々しい紫水晶の瞳を持つ女だった。つめたく厳しいたたずまいは、戦場で対決した雹礫の射手に違いなかった。

“子供…いや人形か”

むこうが暗黒語で呟くのへ、光妖精はすかさず同じ言葉をぶつけた。

“どこかへ行け。星々の加護なきものよ”

してやったりとまぶたを閉ざし、しっかり唇をひき結ぶ。

「助けを求めていたようだが?」

だが招かれざる客は片眉をもたげただけでいなすと、流暢な白明語で尋ねつつ、無遠慮に踏み込んできた。殻の主は、はばむ術がないままに精一杯おどしつける。

「ここに入って来るな、さわるな!」

「なぜだ。もはやがらくたであろうが」

けだるげに指摘しながら、影の民はオロルフォンを軽々と掬い上げた。

「何をする!捕虜にはならない!」

「ではせいぜい抵抗するのだな」

むずがる赤ん坊じみた不具の童児を、長躯の女はしかし離そうとはせず、逆にあやすように頭をなぜたり背を軽くたたいたりしながら、すばやく外へ降り立った。ひさしをくぐるようにしてかがみ、またしゃんと腰をのばすと、まばゆい陽射しのもとへ出る。

「見よ」

そっけないうながしだった。しなやかな黒い腕のうちにある白い囚人はしかし、つい抗うのを忘れて頭をもたげ、ようやく明るさに慣れた双眸で四方をうかがった。

もえさしと煤だらけの曠野があるはずなのに、広がっていたのは一面の花畑だった。形も彩もさまざまに大輪、小輪が咲き誇り、かぐわしい香りをくゆらせている。いずれも女王の庭で丹精した株とておよばぬほどみずみずしく繁茂していた。

「…五星蔦、白羽草に瑠璃豆…」

はてなく敷かれた萌黄のじゅうたんのあいだに、溶け歪んだ鉄の鷲や、馬の骨組が点々と埋もれ、わずかに戦場のよすがをとどめていたが、骸はひとつとして見当たらない。

肩越しに背後をうかがうと、小山のような甲冑が片膝をつき、微動だにせずうずくまっていた。なじみある砦武者の、眼窩をうがたれた兜は無惨なありさまだったが、胴丸などは存外に傷んでいない。

ただ足元を守るようにおろした盾だけはすっかり苔むし、かわいらしい卵色のさくをびっしりとつけていた。

「どうして一晩で…」

光妖精の仔がけげんな面持ちになるのへ、闇妖精の女は静かに告げた。

「そなたはもっと長い時を、凍てつく眠りのうちに過ごした」

物憂げなほのめかしに、オロルフォンは眉間にしわを寄せ、しばし口をつぐんだ。

戦士は腕を伸ばし、捕虜の絹糸のような金髪をものめずらしげにくしけずっては、指の股のあいだをこすらせてさわりごこちを検める。

次いでつむじのあたりを指でつつき、薄い肩甲骨や腰骨をなぞり、二の腕や太腿を軽くつかんで肉付きを測った。

無遠慮な玩弄にも、不具の童児はほとんど気づかぬ態で、ただ豊かな初夏の園をうかがっていたが、ややあってまた唇を開いた。

「凍てつく眠り…魔法…そんなの…どうやって…」

“我が名はキリ・キリ。光妖精にも名は聞こえておよう”

「ふ、冬溜りの奥方!…敵を氷漬けにして…殺したあと召し使いにする…じゃぁ…」

うめきをこぼした少年は、とっさに己の吐く息から屍臭がするかとかたちのよい鼻をひくつかせる。数回試みてから、あいまいな表情になり、女の整った横顔をあらためて眺めた。白銀の髪に黒檀の膚、高い鼻、意志の強そうな口元、切れ長をした両眼は薊の色。

うわべは物語にあらわれる鬼婆とはかけはなれていたが、しかし昼がもっとも儚くなる南至の晩に、森を照らす太陰の耀いのような酷薄さがある。

ぼんやり魅入っていると、玲瓏のかんばせが突如にんまりと歪んだ。

“さよう…そなたのことも思い出したぞ。春枯れの子。玉鋼山の工匠がさだめにあらがわんと禁忌の秘薬を用い、妻の命とひきかえに継嗣を為したが、産褥に横たわった畸形は手足がなえ、脊髄はねじれ、頭蓋もひしゃげ、腫瘤にまみれていたと”

とげを隠さぬ舌に、的になった本人は青ざめてうつむく。

“しかし山の細工師どもはうまく仕立て直したではないか。体の半ば作りものだが、まるで娘どもが喜ぶ人形のようなできばえ。なるほど、あの傀儡の中は似合いの住処であったか”

まくしてたておいててから、闇妖精の女がわざとらしくあくびをすると、光妖精の仔は黙ったまま歯ぎしりした。

“さて、さきの問いだが”

雹礫の射手がまた話の穂を継ごうとしたところで、少年はいきなり全力で束縛をふり切り、くさむらに転げ落ちた。

今度はしたたかに脇をぶつけてうめくと、犬のように舌を突きだし荒く息をしてから、短い肘と膝を懸命に動かして逃れようとする。日だまりにいるおかげかもう肌寒さはなく、細いうなじは汗ばみさえしていた。

“どこへ行く”

「去れ!もうつきまとうな!」

“そうはゆかぬ”

“去れったら!!”

「忘れたのか?そなたが、わらわを現世うつしよに留めた」

陸に上がった魚よろしくあがいていた童児は、急にしゃちこばった。

戦士は一定の距離を保ったまま、かたわらを離れない。いつしか橙の翅に黒い斑を散らせた掌ほどもある蝶が五、六匹集まり、まるで女王にかしずく廷臣のように、そこかしこの葉や花に止まっていった。

オロルフォンはもう何も答えまいと、鼻先が触れそうなほどそばに生えた草の露をむっつりと凝視した。だがキリ・キリはかまわずまた淡々と台詞をつむいでゆく。

「迷信に浮かれた光妖精どもが我が領を侵した際はひさしぶりに胸が躍った。一族郎党そろって幽世かくりよに発つまで喰らいついてやるつもりであったわ…焔煙の嵐とて恐るに足らぬ…」

ひとりごちるがごとく述べてから、夕の妖婦はかすかに肩を落とし、あらためて朝の仔をねめつけた。

「なれどそなたの言行が…我が夫を、兄上を、伯父上を惑わせた。皆は残るすべてを、力のたばね役であったわらわにそそいだあげく、亡者を作り争わす呪文をねじまげ、生者を守り眠らせるのに用いた。めめしいことよ」

しだいにしわがれゆく声音に、少年はおとなしく耳をかたむけながら、眠りにつく前の光景を反芻した。

女が投石紐を回すにつれ、すさまじい冷気が渦をなし、槍持つ骸の群が道を開けるように別れていったようすを。

あるいは鍛冶の精華をもってこしらえた真銀の具足を、やすやすと貫いた雹の礫を。

だしぬけに同胞のいまわの記憶が火傷の痛みのごとく蘇って、えづきをこらえきれなくなった。

すると大きな黒い影は短く鼻を鳴らし、小さく白い体のとなりにしゃがみこむ。

烏羽色の首をひねるようにして、あどけない横顔をのぞきこんでから、かすかに相好を崩し、長い腕を曲げて、とがった耳にかかる薄鈍うすにびの鬢をかき上げた。

「魔法の利きには差があってな。わらわは早く目覚めた。初めの百年は、そなたが起きるのを待ちながら、どう責め苛んで命を奪おうかと案を練った。もちろん骸はしもべとして仕えさせ、ばらばらになるまで弄んでやろうとな」

こともなげな告白に、片輪の光妖精が息を呑んでわななくと、闇妖精の女丈夫はなおも手櫛を使いながら、片肘を羚羊のような太腿に乗せ、器用に頬杖を突いた。

「だが飽いた。次の百年は、そなたを生かしたまま奴隷にし、いかなる苦役を課そうかと考えていた」

やわらかく謡いかけるような台詞に、しかし童児はまぶたをきつく閉ざし、ふっくらした頬をこわばらせたままだった。ほっそりした胴をささえるもろげな肩と腰とがひきつり、とめがねのついた肘と膝が、むなしく白羽草の群生をひっかく。

「結局つまらなくなってな。次の百年は、そなたの言行の意味を解こうとした。ああもあろう、こうもあろうと」

告げながらキリ・キリは尻餅をつき、長い脚を投げ出すと、晴れ渡った空をあおいだ。さすがにしゃべりつかれたのか、腰から光沢のある革袋をとって骨の栓を抜くと、一口あおってから差し出す。

甘い金酸塊すぐりと蛇薄荷はっか、ほかにもいくつかこころよい匂いがした。

「喉が乾かぬか」

「…乾く…」

ぽつりとオロルフォンがつぶやくと、そばで忍び笑いがこぼれた。

闇妖精は黒い掌を杯のかわりに、ひんやりした果汁を垂らして、光妖精の口許まで運んでやる。そうして非力な捕虜がわずかにためらってから、耳を伏せ、小さな舌をのばし、一滴余さず舐めるのを眺めては、いつのまにか革袋の口に寄ってきたあつかましい蝶を、息をふきかけて追い払う。

「こやつらは草が伸びるのと同じほど早く増える」

不具の童児はまた首をもたげ、鮮やかな橙と黒のはばたきが二つ重なり、かしましく踊るのに魅入った。玉鋼山の裾野で黄ばんだ葉にしがみつき、ぼろのような翅を震わせていた生きものとは、まるで別種のように思えた。

「すべての終わりに虫と草だけが残ろうとは」

うっとうしげにつぶやく夜の膚の女に、暁の髪の少年はまた表情を硬くした。

「…ほか、には…」

ぎこちない問いかけに、研ぎ澄ませた匕首の刃を思わせる一瞥が応じる。

「誰も、何もおらぬ。三百年あちこちを探った。崩れし鉱坑の底に建つ小人ドワーフの都も、廃れたいくさぶねの墓となった巨人の港も、名もなき盲いの輩がひそんでいた泥の湖さえ。だがいずこも灰ばかり。しもべを作る役にも立たぬ」

象牙細工のような面差しがいっそう色を失うのに、磨いた黒曜石のごとき縹緻はまた嗤いを浮かべた。

“もっとも、しょせん免れ得ぬさだめではあった。いっそ一度に焼けてさっぱりしたではないか。神がかりの光妖精どもが求めていたのが、かかる終わりだというなら、そう馬鹿にもできぬな”

「っ、違う!ちが…」

わめいたとたん、四肢を欠いた矮躯はつんのめった。叢のあいだの岩に頭をぶつけそうになる寸前、長い腕がすばやくのびてささえ、引き起こす。手のかかる連れに、影の民はゆるく息を吐いてから、なおも縷々と述べた。

「春枯れについては学んだであろう。初めに獣鬼オークどもが消え、人間もそなたが生まれるよりずっと昔に失われた。産まれなくなった子をなす術を求め、忌み嫌う我等にさえ助けを乞うたが、無駄であった。巨人も小人も、四つ足も、翼あるも、泳ぐも、ただ葉を茂らすも、遅いか早いか、孕まず、実らず、等しき末路をたどった」

「…でもっ、今は花とか、蝶とか、いっぱい…」

まばゆい火輪が中天にかかるにつれ、あたりはひどく蒸しはじめ、命の薫りでむせかえるほどだった。だが冬溜りの奥方はなお、冥府から吹くはやてのごとき声音を響かせ、聞くものの骨の髄をこごらせた。

「耳を澄ませてみよ。一羽のひよどりとて鳴かぬであろう」

「それは…」

「納得ゆかぬなら好きなだけ這いまわれ。もう飢えた山猫の一匹、穴熊の一頭さえうろついておらぬゆえな」

そっぽを向いたキリ・キリに、オロルフォンは云い返そうとして、しかし喉を詰まらせた。また額の奥で、薪となり焚かれていったあまたの黒と白の像ががうごめく。

泣くまいとして鼻息を荒くすると、そばの白羽草の花に噛みつき、蜜のあるがくごとすり奥歯で潰した。

「やっぱり違う!…蝶とか花だけじゃないし!僕だって死んでない!あなただって!だから」

「虫どものまねでもせよと申すか。わらわと、そなたで」

すばやく切り返し、愉快そうに掌を打ち合わせる長躯の女を、不具は童児はめんくらったようすで見返した。

「まね?」

要領を得ないおうむ返しに、闇妖精は呵々と皓い歯をのぞかせた。そうしてしばらく肩を震わせていたが、ふと腕に抱く矮躯に一瞥を投げると、抑揚を欠いた口調でささやいた。

“ああ、よいぞ。面白いではないか”


「吾が、汝の瞳は珠よりも麗し、汝の膚は絹より優しく、汝の声は金糸雀よりも快く響く。我が比翼たるを望む」

花を集めた床で、夕の妖婦が白明語で作法通りに語りかけると、朝の仔は暗黒語で応じた。

“吾がいも、汝の瞳は、佳く実りたる柘榴の粒にも似て、汝の膚は涼しき洞の奧に湧く水にも似て、汝の声は龍の唄うにも似て勁くまた澄み渡れり。我が連枝たるを望む”

出だしはつっかえながら、しかし段々と滑らかになり、結びは綺麗に通る。キリ・キリは、わずかに身じろぎをした。

「そなた…初めてではないのか」

だがオロルフォンはもう誦えた雅歌の中身など忘れたかのごとく、神妙な態度で首を横にふる。

夜の肌の女は目を細め、頬をゆるめた。

“ふん。なまいきな”

言いざま接吻を奪うと、顎を掴んで開かせ舌をこじ入れて口腔をむさぼる。身を引こうとする獲物をきつく捕まえると、思うさま歯列をなぞり、頬肉をねぶり、唇を軽く噛んで、唾液を捏ね合わせてすすり飲んでから、やっと銀の糸を引きつつ放す。

呼吸もままならず、はやくも朦朧としかける少年に、寄り添う女は臙脂の双眸に妖しい光を点した。

“もろいな。戦ではもそっと粘ったではないか”

「これ…わかんな…むり…」

経験のない官能の奔流に、不具の童児はとがった耳を垂らし、瞳をいっぱいに広げ、唇をだらしなく開いて、息もたえだえに弱音をもらす。

“おやもう降参か?光妖精のおのこは、からいばりばかりで意気地がない。蝶の一羽にもおよばぬ”

「ち…っ…ちがう…っ…まだ…」

“ほう”

長躯の女は抱擁を解いて立ち上がると、踊るような足取りで遠ざかり、衣服を脱ぎ捨てていった。胸を抑える布をほどき、たわわな肉毬をまろばせる。

一糸まとわぬ姿になると、豊かな銀の髪に指をからめて持ち上げ、宙に遊ばせてから、張りのある腰をうちふり、六つに割れた腹を蛇のごとくくねらせる。

黄金なす午後の光を背に浴びながら、橡色つるばみいろの膚はいっそう暗く、艶やかさを増すようだった。

かりそめの伴侶はといえば、目をそらすつつしみなど忘れたようすで、大人の惜しげもなくさらす裸形に、ただ釘付けになっていた。

「どうだ…興が乗ったか」

からかいを含んだ問いかけに、稚い頭を傾けて、何か答えようとしたが、急に睫の端に雫をふくらませ、ふっくらした頬に一筋の透明な線を描かせる。

“そなた…”

とまどうキリ・キリに、オロルフォンはせわしくまたばきをしてから、鼻をすすりつつ答えた。

「何か…すごく…綺麗だった…多分、戦場にいた、竜と同じくらい…」

すると影の民は微笑むと、またためらいもなく、半ば作りものの矮躯に近づいて抱きしめた。

“竜が好きか…阿呆め…”

かたちばかり毒づきながら、四肢なき胴をなでさすると、人形遊びをするようにゆっくり服を脱がせ、露になった肌に丹念に唇と歯で印を刻んでいく。

うっすらと脂肪の載った狭い胸を舌がなぜ、淡く色づく乳暈のあたりをくすぐり、陥没していた先端をつついて頭を出させると、歯にはさんでひっぱる。

「きぅっ…ぅ!?」

“ここが弱いか…なるほど…”

胸飾りの反対側を爪弾いて、反応をあらためると、さらに探索を続ける。さながら誕生祝いにもらった楽器をいじる少女のようにうきうきと、へそのまわりをねぶり、肋をなぞり、それぞれ異なる可憐な音色を引き出す。

「ひゃら…ひゃらぁ…」

「汝の肌は、小人の磁器のごとくなめらかに、早生わせ姫杏ひめあんずにも似て、やわらかなる果肉の下に、固き芯を納める」

闇妖精の妖婦が言葉でくすぐると、光妖精の仔はかんばせを朱に染め、まつげを伏せ、熱い息を吐いた。すきをついて黒い蜘蛛のごとき指がまた踊り、獲物の下帯を解いていく。

「やっ…そこ…だっ…」

ろれつのまわらぬ舌で抗議するオロルフォンにいささかもかまわず、キリ・キリはあらわになった無毛の股間へと鼻をずうめた。

「ここは、からくりじかけではないようだな。重畳」

つくしの芽のごとき秘具をしごいて固くさせ、勢いよく下腹を鼓つのに眼を細める。ためらいもせず先端を味見し、またか細いあえぎを引き出してから、舌なめずりをして根本まで咥えた。熱く濡れた口腔の中で幼茎を転がすようにしながら、歯と唇を使って包皮を剥き、恥垢をこそげとる。

一方で手は左右のふぐりの重さを量るよう持ち上げ、やわやわと揉む。不具の矮躯が跳ね、もがき、痙攣しては、受け止めきれないほどの快楽をどうにか逃がそうとするのを抑えつけ、わざとらしいほど淫らな音をさせて、さらに過剰なほどの刺激を未熟な性器へそそぎこんでく。

四肢を欠いた生き人形の背が弓なりになった。やせたへそのあたりを宙につきだし、ひっきりなしにわななきながら、白鳥の首に似たのどをそらせ、また裏返ったあえぎをあふれさせる。

「らめ…らへぇっ!?…もれりゅぅっ…もれひゃ…ぁあ!!!!?」

いやいやをするようにかぶりをふって、理解のおよばぬ官能の高まりに、ただ悶え狂う。もし両手両足がそろっていれば、野のしとねを掻きむしり、爪をたてもできたろうが、片輪の少年にはただ甲高くきれぎれの悲鳴を発するほかなかった。

黒い指が白い陰嚢のつけねを挟んで軽くひねるのを合図に、反り返った胴がさらに弧を描いて、絶頂に達する。はじけたほとばしりを、夕の妖婦は余裕しゃくしゃくと口蓋で受け止めるや、酒瓶の栓を抜くような音をさせて幼茎から唇を外し、振り返っておおきくおとがいを開いてみせた。

唾液と混ざって舌にからみつく白濁があらわになっても、朝の仔はただ焦点の合わぬ瞳をぼんやり遊ばせるばかりだった。

薄く量の少ない精を、キリ・キリは音を立てて嚥下し、また舌なめずりをしてから、わずかにうわずった声でつぶやく。

「…初ものか…」

「ごめん…なさ…もらしちゃっ…ごめ」

くりごとのように謝る幼い伴侶に、影の民はふきだし、しなだれた秘具をまた指でいじりながらささやく。

「そなたが出したのは子種だ。わらわの腹に入れて世継ぎをなすためのな」

「こだ…ね?…んっ…」

問いをさえぎるように、若鹿のような脚が左右に開いてがに股にかがみ、しとどにそぼった銀のくさむらをオロルフォンの口許へ近付ける。しなやかな指が濃い茂みを丁寧にかきわけ、粘膜をさらした。

「わらわのも、同じように」

心なし不安げなささやきに、不具の童児はまばたきをしてから、果汁をめぐんでもらった際と同じように首を伸ばし、舌を出して艶めく割れ目をひとなめした。たちまち引き締まった橡色の双臀が震えたのを認め、しばしためらってから、またねだるように近づいてくるのを察し、おずおずと奥をねぶってゆく。

「ぅっ…ぅっ…もっとうえ…そう…そこも……んっ…」

つたないながら、細やかに奉仕しようとする光妖精の顔に、闇妖精は腰を落としながらきれぎれに要求を重ね、玲瓏の面差しに似合わぬせつなげな嬌声をこぼし、たわわな乳房をはずませては、膝をつかむ指をきつくする。

短い舌が懸命に産道の出口をくすぐるもどかしさ。ありし日に万を数える屍の軍勢を率いた冬溜まりの奥方は今、寸鉄も帯びぬ裸身をゆさぶって、きらめく髪をふり乱し、蒼穹へ甘やかにさえずる。

「は…んっ…ぅう!!…あああ!!」

稚い唇にたっぷり愛液をしたたらせてから、夜の膚をした花嫁は余韻にひたるようにうずくまり、花婿の浅い呼吸を、無防備な秘裂に感じ取った。

ものみだかい蝶が数匹、大小、黒白の二人のそばへ舞い寄ってきて、また草のあいだにまぎれてゆく。

しばらくして戦士はようやく立ち上がると、まだぼんやり仰臥している連れ合いに影を落とし、蒲葡色の双眸で射すくめるようにしてから、震えがちに熱い息を吐いた。

半ばしなだれた秘具を一瞥してから、すらりとした肢を伸ばして、爪先で触れると、器用に親指と人差し指のあいだではさんでしごき始める。

「ひっ…ぁっ…」

「果てるのも速いが、戻るのも速いな」

鎌首をもたげた未熟な雄の印から爪先を引くと、一時、先走りが糸となってつながった。

キリ・キリはがに股になって両膝をつかむと、豊満な尻と胸を荒々しく弾ませながら、オロルフォンの視線をとらえてそらさず、おもむろに腰をしずめてゆく。女陰は男根の尖端に触れると、二、三度じらすようにこすってから、さして苦労もなく呑み込む。

「くぁっぁ…!?」

「んはっ……ふふ…小さい…んっ…」

秘裂が幼茎の付け根のまでおりると、銀の叢が玉のように滑らかな肌をくすぐり、次いで濡れたこすれ音をさせ始める。

「ぁっ…ぅっ…ぁ…ぁっ!!ぃっ!!?」

「そんな顔で…そんな声を…出すな♥」

食いちぎらんばかりの締め付けに、少年がまたあえかに鳴くと、女は背筋にぞくりと甘やかな寒けを覚え、あえぎを押し殺すように歯を食いしばり、かりそめの夫をいっそうきつく攻め立てる。熟練の騎士が、まだ鞍さえ知らぬ仔馬にまたがって疾駆を強いるかのごとく、鍛え抜いた太腿を力ませ、きつく膣に咥えた細幹から快楽を絞ると、首をのけぞらせ、野天にむせびをあふれさせる。

「わらわの…わらわのものぉ♪…さんびゃくねん…待っ…ぁっ…くぅっ」

「ひぁっ…ぁあっ!!?」

四肢なき童児は、受け止めきれない官能の奔流を逃そうとするかのように、くねりのたうつのを、長躯の戦士はしっかりとおさえつけ、かすれた声で呪文をつむぐ。たちまち切り株のような付け根から氷が生え、透き通った手と足になって、花の褥のあいだに突き刺さり、しっかりと華奢な胴をささえる。

「どこへも…ゆかさぬ…」

「ふぅ…ふぅ…ぁ…これ…」

どんな宝石よりも澄み切った、凍てる水の腕と脚。不具の光妖精は薄い胸をせわしく上下させながら、しばし魔法が産んだ精巧な細工を眺めやり、ややあってかすれた喉からままやくような語句をつむぐ。

「きれ…い…」

「っ…阿呆め」

闇妖精はつながったまま、華奢な伴侶にしがみつき、たっぷりした乳房を押し付けて肺から息を吐き出させると、接吻を奪った。

「♥んぅ♥ぅぅ♥ぅんん♥♥」

大小の体を隙間なく張り合わせ、互いの凹凸を埋めると、冬溜りの奥方は春枯れの仔から搾り取れる限りの歓びを啜る。熱を帯び濡れた口腔と膣孔、二つの粘膜が触れ合ってこすれる歓びに酔いしれ、彼我のどちらもめくるめく感覚から身を引けぬよう、ひしとしがみついたまま、ひたすら濡羽玉に艶めく双臀を叩きつけた。

「んぅうううう♥♥♥」

逃げ場のない姿勢で絶頂に達するオロルフォンの、かそけき悲鳴さえ口づけしたまま飲みつくすと、キリ・キリは内なる揺り籠に二度目のほとばしりを受け入れる。甘い痺れをともなう余韻にひたりながら、しかしなおも上下の口はつながりを解かず、やがてまたゆるやかに腰を使い始めた。

「ふぐぅ!?んぅ!?」

ほとんど休みをおかぬ行為に、おそれまどう幼い花婿に、熟しきった花嫁はしかし、ただねじきらんばかりの締め付けと熱烈な舌技とで応じる。

「んぅっ♥」

氷の四肢を生やした童児は、なけなしの気力を集めて、眉間にしわを寄せ、濡れた双眸でにらむようにしてから、またむさぼるような愛撫におぼれてゆく。

やっと接吻を終えて、二つの唇が離れる。ともにふやけてしまったかのような口許には、だらしなくよだれがつたい、瞳はくもりきっていた。夜より生まれた新婦は、牝狼のようにあえいでから、両腕でたわわな胸毬をすくい抱き、朝より生まれた新郎へと突きつけるようにしてから、ふいに放り出して勢いよく弾ませると、また牝鹿が跳ねるように尻を上下させた。

「ふぎぅっ!?」

「あはっ♥はっ♥」

筋肉でよろった胴をひねり、ねじり、乳房を左右別々に揺らしながら、のけぞり、あるいはかがみ、一つ一つの動きを伴侶の網膜に焼き付けようとするかのようにして、蜜壺できつく細い肉棒を食い締め、眼下に蕩けそうになっている子供の面差しをながめては、心から勝ちほこった笑みを浮かべる。

太陽が西に沈み、太陰が東から昇り、宵の風がほてった黒白の膚をなぜてなお、いびつなつがいのまぐわいは、とめどもなく続いた。


終わりの後に訪れた夏盛りの季節は、幾百の払暁と黄昏とを重ね、衰えるきざしもなく、ただ不毛の土漠を沃野へと移ろわせていった。

乾きが続いたあと、いつになく激しい雨が降った翌日。遠い昔に戦場だった花畑を、少年がひとり散策していた。服はまとわず、雪のような肌に午前の光を淡く照り返させている。

長い耳はぴくぴくと動いて周囲の物音をあまさず聞き取ろうとしていたが、左の方は先端がわずかに形崩れし、いささか反応がにぶいようだった。

肘と膝から先のない四肢だけは、きれいに草の繊維を織った布沓でおおったうえで、地につけている。時折ほっそりした首をもたげ、ゆっくり慎重にあたりをうかがいつつ、犬のように這っては、茂みのあいだをかき分けていく。

ややあって緑の野が広がるところどころに、掘り返したような黒い土盛りができているのを認め、目を丸くして、鼻を近づける。地面を下からほじった跡らしい穴が開いていて、一瞬小さな生きものが奥で動くのがうかがえたようだった。

止まったままじっと観察するうち、円かな尻に蝶が降りてきて休憩する。どんな高い柵をめぐらせた牧場の仔羊よりも無防備な姿だった。

どれだけ経ったろうか。背後から丈の高い影が近づいて、しなやかな夜色の腕を伸ばすと、片輪の矮躯をとらえて持ち上げる。

「またうろちょろして」

黒い唇が金髪を掻き分け、耳元で低くしかってから、白い歯を剥いてとがった先端をかじる。

「ひぅっ…」

光妖精にとって最も敏感な器官に折檻を受けて、童児はあえかに啼く。華奢な胴をしっかりと抱擁した闇妖精は、愛玩動物に対する気安さで耳に舌を這わせ、甘噛みを繰り返しながら、もと来た道を戻ってゆく。

「何か見つけたか、背の君」

「はぅ…もぐら…が…いたかも」

子犬が主人にとってきた球を差し出すように、不具の夫は愛撫を受けつつ報告する。

「ほう。まことなら久しぶりに肉が食えるな」

健やかな妻は淡々と応じつつ、しなやかな指で伴侶をまさぐり、悪いところがないかを探るようにしながら、同時に官能を呼び覚ましていく。爪弾くままに鳴る可憐な楽器のように、声変りを知らぬ喉が旋律のない曲を奏でる。

「ひ…ぁっ…も…食べることばっか…」

「仕方あるまい。こちらは身二つ。丈夫なややを産むのに芋や豆ばかりではな」

亡者の軍を率いた凍てる地の女主、キリ・キリは、えくぼを作ってみせる。荒い草織りの筒衣をまとった肢体は、以前よりいっそうふくらみを大きくした胸と、丸々とした腹の輪郭をあらわにしている。随分と重そうではあったが、オロルフォンを運ぶのにまったく苦労はないようだった。

“そなたにも、せいぜい精をつけてもらうぞ。背の君”

告げながら闇妖精の女は、重くふくらんだ胴を揺らしつつ、あぐらをかいて座ると、服の前をたくしあげ、たわわな柔毬の片方をまろばせる。かすかに乳の匂いのする尖端を、片輪の光妖精は待っていたかのごとくついばんだ。

恥ずかしげにまつげを伏せつつも、音を立てて無心に胸の先を吸う夫のようすに、大柄な妻は目を細めつつ、無毛の秘具に指をからませ、優しくしごき始める。

たちまち手足のない生き人形じみた体が、胎児のごとくちぢこまった。最も敏感な場所に、弱い部分を知り尽くしたようなこまやかな愛撫を受けて、少年は声変わりをむかえぬ喉であえぎつつ、なお務めをはたそうとするひたむきさで、口に含んだ硬い乳首を甘噛みし、唇をすぼめ、舌を押しあてるようにして、にじみだす滋味を呑んでゆく。

夕の妖婦は熱い吐息を吐くと、濡羽玉のかんばせをかすかにしかめた。次いで仕返しとばかり、幼茎を握る強さを増すと、伴侶を抱くもう一方の腕をうごめかし、薄い胸をさぐって桜に色づく先端をとらえ、ひねる。

「んむぅっ!?」

つまみ、ねじり、はじく。黒檀の指が二つの急所を同時になぶるうち、白亜の胴は切り株の四肢がせつなげにばたついてから、いとけない口許がむしゃぶりついていた夜色の果実をはなし、裏返った嬌声をこぼす。

「キリ・キリっ…出した…出したい…出させてぇっ」

「何をだ」

恐らく幾度も教え込んだのであろう口上を忠実になぞるような懇願に、あえてわざとらしく尋ね返しながら、年嵩の新妻は、詩人が歌曲の山場でいっそう激しく琴をかき鳴らすがごとく、新夫の体をもてあそぶ。

「ひぎぅっ!あかひゃ、あかひゃんっ…あかひゃんのもとぉっ!!」

“ならぬ。こらえしょうのない男は好まぬと言ったはず”

「ふぎぅ…!?ぅっ…ぅっ…」

にべもない返答に唇を噛みながらも、朝の仔は指示に応じようと、金泥を筆で刷いたような眉を寄せる。やせた腹がひきつり、胡桃のような陰嚢がいっそうちぢこまるのを、伴侶は一瞥してから、責めをゆるめず囁く。

“じょうずにねだってみせよ”

“ぁっ…吾が妹…妙な…る奏で…ひぁああああっ!!!?”

張り詰めた弦が切れたように、音程の外れた悲鳴をさせて、不具の童児が弓なりになる。爆ぜるように薄桃の鈴口から飛び出した薄い種汁を、長躯の女は器用に掌のくぼで受け止めると、手首に垂れる雫をうまそうに舐めとってゆく。

「まあよし…。これも栄養のうちよ…」

「ぁっ…ぁっ」

息をはずませるオロルフォンを、キリ・キリは軽々と左右逆に抱き直してから、もう反対側の胸をはだけ、はちきれそうにふくらんだ柔毬の頂点をおしつける。

「そら。まだもう片方が残っているぞ」

うながすと、幼い花婿はもうろうとしつつまた乳首を含み、吸い立てる。身重の花嫁はうっとりと目を細めてから、濡れて光る手をすべらせ、連れ合いの円かな尻朶を開き、つつましやかな窄まりをつつく。幾度か刺激してやるだけで、菊座は花開き、やすやすと指を咥え込む。内側を奥までよく洗い清め、薬草と香油を塗り込めてあるらしく、腸液のにじみとともに甘やかな香りをかぐわせる。

「戦場でわらわをひるませた、ただひとりの敵が、かくもしおらしくなるとはな」

「…っぅ?ふぁ…ぇっ…?」

つい滋味をすするのをやめ、何か問いたげに上目遣いをする少年を、女は柔肉に押し付けて黙らせる。

たたみかけるように肛孔をほじる指を加えて、快い薫りをさせる透明な混合物を掻き出す。幼茎は半ば硬さを取り戻しつつも、完全には勃たず、ただ先走りをあふれさせながら、くりかえし腹を鼓つ。

裏から前立腺をすりつぶすようにして、括約筋の締め付けを楽しむと、射精をともなわぬ恍惚へと導き、連続で痙攣のような反応を引き出してから、あどけない面差しを胸毬からはがし、確かめるようにのぞきこむ。

とろけきった稚い眼差しにうなずいてみせると、白く濡れた頬を指で挟んでもたげさせ、食いつくように接吻する。乳と涎をこねあわせた味を分かち合って、たっぷり時間をかけて口腔を隅々までしゃぶりながら、薄い胸とたわわなふくらみをつぶしあわせる。黒い片手で白い双丘を左右順に揉みしだき、もう片手であいだに埋もれた排泄口を遠慮なくほじりながら、また気をやらせる。

「ぷはっ…ぁっ…ぅ…もぉおわりぃ…おしり…もぉおわりに…」

ようやく口づけを解いたオロルフォンが乞う。

「これから楽しいところであろうに」

笑いのめしながらもキリ・キリは、指を抜いてやると、また気に入りの人形で遊ぶようにやすやすと向きを変えさせ、今度は片膝を建てた上に小さな尻を載せて、後ろから抱きすくめるような恰好にすると、いきなり左耳の尖端をかじった。

「ひきぃいい!!?」

夕の妖婦が大好物をかじりつく子供のような勢いで三角形の頂点を歯にはさみ、やりたい放題にひっぱると、朝の仔は痛みと快さに脳を白く灼かせながら、一瞬で絶頂に昇りつめ、わずかな欲望の印をこぼしたあと、尿いばりに弧を描かせた。

「ゃ…ぁあっ…」

ほおずきのように赤くなる光妖精を、さらに追い込むように、闇妖精は急所をはみ続け、つど弱まりかけていた小水がまた勢いを戻させてしまう。すっかり失禁が終わるまで、四肢を欠いた矮躯は、ただうちふるえるしかなかった。

「ひど…っ…こんな…恥ずか…」

「そなたが、すべてをさらけだすのが見たい」

「く…んっ…なら…いい…けど…ぁっ…」

「ふふ。妻のいうことをよく聞く、よい夫よな」

花嫁が、しなやかな指を広げて花婿の金髪をくしゃくしゃにしながら、ほめてやると、相手は鼻を鳴らしながら身をすりよせ、おずおずと願う。

「僕のお願いも…聞いて…」

「申してみよ」

「また赤ちゃんの音、聴きたい」

「飽きぬの」

身重の女はまたあぐらを描いて、片輪の少年を半ば膝のあいだに寝そべらせるようにしながら、丸々とした臍のすぐ上に耳をあてさせてやる。

「みどりごよ…雨のあとの双葉のごとく温かき苗床より生まれいずる命よ…」

嬉しげに吟じるオロルフォンの巻毛を、キリ・キリはなおもくしけずりながら、空いた腕を伸ばして裸の尻をつねる。

「きゃうっ」

「宿ったのが健やかなややとは限らぬ」

常盤の上目遣いと、見下ろす竜胆の双眸がぶつかってからみあう。

「僕、みたいなのかな」

「あるいは死して腹より出るやもしれぬ」

「…うん」

陰の民の長はふいに微笑んで、陽の民の裔のすべらかな脇腹を撫でてやった。遠い昔に戦車を牽いていた熊にしたような、もの狎れた手つきで。

「そなたに似れば傀儡の技で補えばよい。屍を産んだら、わらわの反魂の術で次のややの玩具にするもよかろう」

「…次?」

「次も…その次も…その次もな」

つぶやきつつ黒い女は白い少年を仰向けにすると、疲れを知らぬげに両脚を広げてまたがった。

母乳を垂らすたわわな胸毬と、満月のような腹の三つのふくらみが誘うように揺れて踊るさまに、未熟なまなざしはぼんやりと魅入り、いとけない唇から吐息をあふれせる。

「きれい…」

「阿保め」

けなげにもまた屹立した秘具へと、ゆっくり腰を沈めながら、しかしキリ・キリは少女のように可憐なあえぎをこぼす。オロルフォンは肘までしかない腕をさしのばし、抱きしめささえるようとでもするように動かしてから、同じようにか細く鳴いた。

一面に燦々とそそぐ陽射しの下、いつしか羽の色もさまざまな蝶が飛び立ち、あまりに睦まじげな閨事をかばう天蓋をなそうとするのごとく群れ舞って、地上で重なった大小の体に斑模様を投げかけつつ、かすかな風さえ起こして、あたりに咲く花々のこうべを揺らしていた。


春枯れの末、終わりの始まりは訪れた。滅びゆく竜が告げた恐るべきものが、一切を焼き尽したあと、かつて冬溜りの平と呼びならわした朝と夕の境の地より、とめどなき夏盛りの季節が萌え出でた。

雪積もれる戦場から花こぼれる庭園へと変じた一角、三層の塔櫓ほどもあろうかという砦武者の、真銀の装甲をまとう巨躯が苔むし座す草原で、悠久のかなたに干戈を交えた光と闇の血が交じり、いびつにゆがんだ命をはびこらせ、秋栄えの実りを迎えるのはなおしばらく、千年あまりを要したが。

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