Silvering Star

ここは、いずこか、凄涼の峡谷。太陽の差し込まぬ切り立った崖に挟まれ、草木も茂らぬ荒れ果てた地に、誰が住まうのか、天に聳える尖塔と、三重の堡塁を廻らせた大要塞があった。

餌を求める鷹や鷲の姿さえまばらな高みに、如何なる攻囲を恐れてか、銃眼は四方を鋭く睥睨し、門は鉄柵に固く閉ざされている。

だが数世紀この方、衛士の焚く篝さえうかがえた試しはなく、黄昏が山の端に退いて後はいつも、わずかに星明りばかりが、城の黒々とした輪郭を浮かばせるのだった。

悠久の時の流れさえも、何一つ寒々しい鳥瞰を変えず、風とともに丸屋根や竜頭を撫でるばかりで、内に隠されたおぞましい秘密を露にする役には立たぬようであった。

だが、終りは、ある晩突然訪れた。

夜のしじまをつんざく爆音とともに、業火が赫々と輝き、窓という窓を紅蓮にいろどって、常闇の宮居に偽りの曙光をもたらす。次いで血も凍るような絶叫が玉座の間に響き渡り、無限の谺となって回廊という回廊に跳ね返ると、次第にか細く弱まり、終には死のしじまに虚しく散った。

部屋べやの壁に顎を開いた獅頭の壁龕から、ひとつ、またひとつと、緑の灯りが揺らいでは掻き消え、玄武岩を積んだ壁に細かな亀裂が広がってゆく。あたかも千年の月日が、瞬きするうちに通り過ぎていったかのように。

穹窿は重みに軋み、円柱は破片を落としながら、相俟って擦れた悲鳴を漏らす。いにしえ、幾多の石工の手によって組み上げられた大建築は、いまや基礎を支える黒魔法の庇護を喪って、凶々しい崩壊の序曲を奏でているのだ。

王権の滅亡を象わすのに、これほどうってつけの光景はないだろう。

要塞の真央に潜み、人々を恐怖と苦痛の下に支配してきた城主もまた、謁見室に立ち尽したまま、最期を迎えんとしていた。黄金の鎖帷子に覆われた厚い胸板には、刺客の利刃が深々と突き刺さって、天鴛絨の絨毯の上に赤い雫を滴らせている。

小山の如く盛り上がった両肩は、冥府から沸き起こるような地鳴りにあわせ、ゆらり、ゆらりと左右に振れたが、丸太と紛うほど太く長い脚は、未だ敗北を認めぬかのようにしっかりと立って、雲付く背を真っ直ぐ支えていた。

濃い髭に埋れた容貌が、忿怒と屈辱に歪み、食い縛った牙歯の間からは、なまぐさい息が瘴気とともに噴出す。鋼索を撚り合わせたような筋肉は尚も張りを保ち、宿運にあらがって、己が居館と生命とを永らえようとでもするかの如く、激しく痙攣した。

だが、心臓を貫いていた武器が引き抜かれると、燠火のように烟っていた双眸から精気が薄らぎ、すぼんだ虹彩の芯からは、苦い諦めと、疲れの色が滲み出る。

「…ぐふぅっ…この巨乳魔王グレート・ボイナーも…ここまでか…」

紫がかった唇から、無念そうな呟きがこぼれた。

眼前に剣を構えた男は、無言で応じると、ゆっくりとマントの裾で刀身の脂を拭う。ゆったりとしていながら、一部の隙もない仕草。消えゆく燈火が、幽冥に銀髪を眩く煌かせ、長身の影を踊らせる。氷の冷たさを帯びた碧眼には、憫れみの翳さえない。手負いの獲物を観察する猟獣よろしく、標的が力つき、跪く様を眺めやるだけだ。

グレート・ボイナーは低く喘ぎ、余裕と自信に満ちた敵の所作を見上げながら、喉を絞るようにして、皮肉とも称讃ともつかぬ台詞を紡いだ。

「さすがは大陸勇者ランキング五位…"銀星剣"のハイン…七王国に名を知らぬものなき儂を斃しながら、眉一つ動かさぬとは…それも…がふっ…」

譫妄に曇った目差しは、戦士から逸れ、やや後方に控える、別の人影を一瞥した。杖を握り締めた子供が、緊迫した面持ちで、闘いの結末を見守っている。髪も目も連れと同じ色だが、顔立ちだけはずっと円かであどけなく、少女か童児か判じ難い程、優しげだった。

巨乳魔王は、口の端から血の糸を垂らしながら、淡く嗤う。

「まこと…幼い息子の前で…よくも…そこまで平然としていられるな…"仔連れジャッカル"いや、"親子コンドル"とあざなされるのも…うなずける…」

「うっせぇ」

世迷い言を、聞捨てならぬ嘲りと捕えたのか、ハインと呼ばれた青年は、血糊を浄めた刃を再び八艘にして、とどめの斬撃を加えんと大きく振り被った。

「お父さんっ!!」

たまりかねたように、背後の少年が声を掛ける。若い男親は、ちっと舌打して構えを解き、愛剣を鞘に収めた。

瀕死の巨漢は、大きく眼を見開くと、緋い毛氈に片腕を突いて、肺腑に溜まった漿液を嘔き、激しい咳とともに、弄うような語句を継ぐ。

「…ぐふっ…貴様にも人並みの…心があるのだな…待て、ハイン…話がある」

銀髪の青年は、息子の肩を押しながら、省みもせず吐き捨てた。

「しぶといオッサンだな。静かに死ね」

グレート・ボイナーの眉が釣り上がり、うずくまった姿がわななく。だが返す言葉は不気味なまでに穏やかで、親しげといってもいい調子が籠っていた。

「…儂が、生涯を費やして収集したコレクション…在り処を知りたくはないか」

ハインは歩みを速めながら、もの問いたげな様子の我が児を急きたてた。

「興味ねーよ。おら行くぞラーズ、バカの話を聞くと頭が悪くなるからな」

「七王国の姫宮/皇后/貴婦人から選び抜いた、質・量とも超絶クォリティの"乳拓"ちちたく千人分…あと一枚で完成するはずだった…」

戦士の足が止まる。幼い連れは不安そうにマントの裾を引いた。

「お父さん?このお城、もうすぐ崩れちゃうよ。早く出ないと…」

勝ち誇ったような魔王の哄笑が、忠告を遮り、勇者の耳へ誘惑を注ぎ込む。

「解っていたぞ…ハイン。貴様の中に潜む…巨乳好きの性をな!!」

長剣を佩いた痩躯がかすかに身動ぎし、苛だったような鞘鳴りをさせる。グレート・ボイナーは芋虫のように床へ這いながら、得たりとばかり血泡を飛ばして喚き続けた。

「欲しいだろう!一千枚ものポチャポチャ、プリンプリン、バインバインのボンボーン!だぞ…儂の乳拓室では、それが一望のもとに見渡せる!」

ぎりっと、奥歯の噛み締められる音がする。

痛いほど張り詰めた沈黙の数秒を挟んで、ハインは振り向きざまに匕首を放った。尖った切先は、過たず魔王の額を射抜く。

「…ちっ…うざってぇ…だいたい…乳は見るもんじゃなく揉むもんだろうが」

くるりと踵を返し、謁見室を後にしようとする背に、ほんの僅か、隙があったろうか。巨漢は鮮血に顔を汚しながら、最後の力を振り絞って拳を振り上げ、何かを投げつけるように動かした。

五本の指の間で緑の稲妻が閃き、宙を渡って真直ぐ勇者の方へと迸る。

「お父さんっ!!」

これまで、固唾を飲んで二人の渡り合いを見守っていた少年が、咄嗟に射線の上に跳び出した。たちまち電光が華奢な躰を押し包み、廊下の壁へと叩きつける。

「ラーズ!!!」

蒼褪めた青年が側へ駆けつけた時にはもう、小さな息子はぐったりと床へ崩れ落ちていた。

「…"銀星剣"のハイン…己の言葉…忘れるなよ…これが…巨乳魔王…グレート・ボイナーの…呪いだ…」

殺気を含んだハインの視線が、声のしたをねめつけたときにはもう、絨毯の上には、砕け散った鎖帷子の輪と、うずたかく積んだ白い灰とがあるばかりだった。それさえも、益々激しくなる地鳴りに崩れ、どこからともなく吹き込んだ風に散らされ、見る見るうちに消えてなくなる。

「呪い…だと?」

銀髪の戦士は、ぐったりした童児の身体を抱き上げると、死者の怨念を払うように首を振り、壊れ逝く城の、断末魔の咆哮に追われて、足早に出口へと駆け出していった。










"魔王"。

古代帝国の遺跡から発掘された呪術書を学び、魔法の奥義を究め、一国の王にも匹敵する力を身に付けた輩。人々はその強大さを恐れ、かく呼び習わした。いかなる騎士団も、宮廷魔道師団も抗し得ぬ勢威を前にして、大陸七王国の権威は地に堕ち、秩序は衰退の一途を辿った。

新たなる希望は民衆の間から興った。武芸に長け、妖術や怪物との戦いを得意とする者達が起ち、剣を以て、無敵の暴君に相対したのである。生まれた土地も、話す言葉も、信じる神も違う老若の男女は、ただつ強きを挫き、弱きを扶ける行いの故に"勇者"と賞せられ、王の兵士に替る平和の守り手として、どんな辺境でも、歓迎されるようになった。町や村によっては、勇者を志すための訓練場や、休息のための旅籠を無償で提供し、酒食を賄う場合さえあった。

自由都市ウェスト・リムは、その中でも、ひときわもてなしに篤いことで名高かった。多くの旅客が訪れる市の中央広場には、豪壮な参事会館や組合会館と並んで、大陸勇者連盟の支部が置かれ、遠方から魔王退治の依頼に来る者が引きも切らない。

煉瓦造りの外観は、おいそれとは客を迎えぬような厳めしい風情だが、彫刻を施した樫材の玄関を潜れば、受け付けは、みすぼらしい麻服の農民から、宝石と金糸の羅紗をまとった豪商まで、ありとあらゆるタイプの人間が入り乱れて、すぐ隣のお喋りさえ碌に聞き取れないほどの喧騒である。

二階に上がると多少は静になるが、こちらは壁や椅子に刃をむき出しにした槍やら斧やらが無造作に立て掛けられ、いやに目つきの鋭い男女ばかりがたむろして、どうも、かたぎには入りこみ難い雰囲気が漂っている。

奥の長卓では、魔道師風の黒い長衣を纏った女が身を乗り出し、銀髪の青年と親しげに話しこんでいた。

「流石ハインね、あの巨乳魔王グレート・ボイナーを仕留めるなんて。ふざけた奴だったけど、炎の魔法の使い手としては一流だったのに…」

"銀星剣"ことハインは、どうでもよさそうに首を捻って、片手を差し出す。女はおかしそうに目を細めると、袖の間から革袋を取り出して、卓に載せた。ずしりと重い中身が木の脚を軋ませると、結んだ口から山吹の煌きが漏れ、次いで硬貨同士のぶつかり合う響きが聞こえる。

戦士は報酬を受け取ると、すぐにも腰を浮かせ、立ち去る素振りを見せた。魔道師は、指の関節でコツコツと肘掛を敲いて引きとめる。

「折角久しぶりに会ったのに、連れないんじゃなくて、ジャッカルさん?」

「…まだ何か用かアリサ?」

木で鼻を括ったような返事に、長衣の女はつい苦笑を漏らす。

「あらあら…あなたって本当、胸のない女に興味ないのねぇ…ふふ、確かグレート・ボイナーも、そういう嗜好だったわよね?倒し難くなかった?」

ハインは、無表情に肩を竦めると、革袋をマントの裏にしまい込んだ。

「関係ねぇよ…」

魔道師は、狐を思わせる縹緻の良い容貌に頬杖を突かせると、窓から届く午後の陽射しに何度か瞬きをして、ぼんやり語句を継ぐ。

「そういえばラーズ君は?一緒じゃないなんて珍しいわね」

碧眼が微かに翳り、俯いた額に銀髪が掛かる。

「…寝てる…ちっとドジってな」

「ラーズ君が?…ますます珍しい…どーせあんたのミスをフォローしたんでしょ。だめねぇ。あの子ももうランキング百位以内だから、頼っちゃう気持ちも分るけど、いずれ独立するんだし…」

「言われねぇでも解ってんだよっ!!」

過剰なまでのハインの反応に、カードや雑談に興じていた同僚が一斉に振り向いた。アリサは、なんでもないのよ、という風に手を振ってから、軽く溜息を吐く。

「ごめん…私もおばちゃんね…具合悪いの?連盟の仕事が上がったら、診たあげよっか?」

「いらねぇ…」

それこそ、雛を守るコンドルか、仔を庇うジャッカルかという調子で挑まれて、魔道師は降参だと言うように両掌を挙げた。

「いいわ、でもそのうち御見舞いに行く位はいいでしょ。親バカさん」

戦士は、握り締めた拳をほどいて、髪を掻き揚げる。

「…ああ…悪かったな」

鈴を転がすような笑いが、ぶっきらぼうな謝罪の文句を打ち消した。

「本当に変わったわね、ハイン。ラーズ君には感謝しなくちゃ。あのどうしようもない女好きのバカ小僧を、ここまで更正させてくれたんだから」

「…うっせぇぞ…だいたいてめぇだってあの頃は…」

言い募ろうとするハインの視線が不意に、隣の卓に座った女戦士の胸に吸寄せられた。きつい眼差しは、お椀型の胸当てからはみだしそうな乳房に釘付けになり、口から出かかっていた台詞も尻すぼみになって消える。

アリサは片眉をもたげると、椅子の背を倒し、昔馴染の間抜け面を眺めやった。

「前言撤回…やっぱ変わってない。ラーズ君も大きくなったんだし、そろそろあなたも奥さんに操立てるの止めたら?なんだか見てて辛いわ、その飢えた顔」

苦労して豊かな乳房から視線を引き剥がしながら、銀髪の青年は忌々しげに呟く。

「…うっせぇよ…」










ウェスト・リムの目抜き通りを少し入った横丁にある"金鶏亭"は、市が勇者達に用意する宿に比べるとやや手狭ではあったが、食事の味と部屋の静けさを売りに、注文のうるさい泊まり客から高い値段をとることに成功していた。

落ち着いた空気を好むハインが兼ねてひいきにしていたせいもあって、息子のラーズも主人や使用人にすっかり素性を覚えられていたから、あれこれ余計な詮索を受けず、ゆっくり骨休めができた。

"銀月杖"とあざなされる、連盟最年少の勇者は、現在ランキングで七十六位。魔法の腕前だけであれば、熟練の術師とひけをとらぬ卓越したものであったが、母親似のほっそりした肢体は、戦場に立つにはまだか弱かった。父親の遠征に同行する度調子を崩し、仕事が終わって緊張が解けると、熱や酷い疲れで床についてしまいがちになる。

「んっ…ぅっ…」

おかっぱにした銀髪が枕の上で乱れ、蝋燭の火に煌く。夢にうなされたのか、少年は眉をひそめたまま幾度か寝返りを打ち、いきなり毛布をはねのけると、かっと瞼を開いて、しばらく天井に渡された梁を凝視した。ややあってけだるさを振り切るように背を起こし、暮れなずむ窓の外を向いてまぶたをこする。

「…お父さん?」

呼びかけてすぐ、気配がないのを悟り、ぶんぶんと首を振ると、掛布の端を攫んでいた指で心臓の当りを抑えた。

「っ…ぅぁっ…」

ラーズ

少女と紛うような面差しがひきつり、指が鎖骨の下をかきむしる。細い肩が激しくわななき、象牙の肌に脂汗の珠が浮かんだ。

身中に妖しい魔力のうねりを感じたラーズは、刹那息を詰めると、反射的に対抗呪文を口にする。

「ひっ…ぅっ…癒しと慰めの主キンシャよ…我が身を蝕む邪な…呪いを…払…」

涼やかなボーイソプラノの奏でる詠唱は、しかし急に杜絶え、代って擦れた悲鳴が白い喉をついて出る。

華奢な半身が弓形に反って、ブルーのストライプが入ったパジャマの胸が、突如爆発したように膨らんだ。

「うぁあああっ!!」

前を閉じていたボタンがはじけ飛び、ずっしりした乳房が弾みながら衣服の外へ転び出る。

「ぁっ…なっ…!?」

ラーズは胸の重みに引っ張られて、危うく突っ伏しかけ、慌てて膝を引いた調子に、皿の辺りを乳房の先へぶつけてしまった。たちまち電流を流されたような衝撃が脊髄を疾り、桜色の唇からは覚えず嬌声にも似た喘ぎが漏れる。

「う…そ…だぁっ…」

解呪に失敗した恐怖に喉を詰まらせながら、銀髪の童児は無慈悲に揺れる肉の鞠を抑えようと指を動かすと、触れたところから再び官能の波に襲われる。

「ひっ…嫌だ、こんなのっ…ふぁっ…小さ…小さく…なれぇっ…小さぁっ…あああっ!!?」

術を使おうとする度、甘い痛みが起って、乳房はさらにボリュームを増す。

「ぃっ…ぅっ…どう…どうしよ…ひっくっ…んっ…」

敏感になりすぎた神経を刺激しないように、細心の注意を払って手をどかし、ベッドの上での態勢を立て直す。だが、荒らいだ呼吸に合わせ、肋の上で揺れる脂肪の塊だけはまだ、いかんともしがたかった。

パニックに陥りそうになるのを辛うじて堪え、必死に頭を回転させる。父が帰ってくるまでに、元へ戻さなくてはいけない。ただでさえ迷惑をかけ続けているのに、回復呪文も満足に操れない足手まといだなんて絶対に思われたくなかった。

「ぅっ…ぅっ…」

再び解呪を試みようと精紳を集中させると、体内を駆け巡る異常な量の魔力の流れが、熱となって伝わる。異形の乳房に流れ込んだ魔力が出てこない。ほんの小さなまじないでも、かけようとすれば循環を加速させ、いっそう胸を膨らませる結果になるだろう。

「…な…ん…と、か、しな…くちゃ…しなく……」

答えを求めて背嚢に入った魔道書へ手を伸ばした瞬間、扉が叩かれる響きと、軽い咳払いとが耳に届いた。小さな肢体がぎくりと凍り付く。

「帰ったぜ」

聞こえてきたのは、少年が誰より尊敬し、慕う勇者、"銀星剣"ハインの声だった。










仮住いとはいえ、家族が待つ部屋の戸を拍くというのも、妙な話ではあった。ハイン自身時折、幼い息子の前でかしこまってしまう己をおかしく思うこともある。

赤ん坊の頃のおしめの交換から、つい去年の水疱瘡の看病まで、十一年近くも散々世話をしてきて、ほとんど片時も側を離れていないのに。どうしてかラーズは、粗略には扱えない、壊れやすい預かりもののような存在だった。

子供の癖に、大抵のことは独りでしてのける器用さも、間合いを詰められない原因かもしれない。或いは几帳面で世話焼きな性格に、つい亡くした妻を重ねて、こんな風に振舞ってしまうのかもしれないが。

もっと手の掛かる奴なら良かったのにと、親としてはやや贅沢な考えを抱きながら、扉の前から佇んでいると、向こうから、鼻声で返事があった。

「待って、待って、ちょっと待って…まだっ…ぅっ」

異常はすぐ察せられた。

「入んぞ」

断ると同時に扉を開け、剣の柄を握って踏み込む。意識を研ぎ澄ませて、素早く四方を探ったが、室内に敵の潜んでいる気配は無い。ただ、寝台の上でに毛布に包まったラーズが、眼の周りを赤く腫らしているだけだ。

「どした」

「なななな、何でもないよっ…」

壊れた撥条仕掛けのように首を振る息子。若い父親はすと半眼になると、武器にかけた手を放し、いきなり毛布を剥ぎ取った。

「やっ!!!」

びっくりして掛蒲団を取り返そうとする、細い両腕の間で、何かがリズミカルに揺れている。射るような視線に気づいた少年はあわてて前を庇い、真赤になって後退った。

「…違っ…これ違っ…」

銀髪の戦士は、一寸の間石のように固まってから、我へ返ると、小さな肩を掴んで引き寄せようとし、予想外の激しい抵抗に遇って、また指を離した。上目遣いに見上げてくるサファイヤの双眸が、拗ねたような、挑むような光を点し、みるみるうち涙で潤む。

「違うのっ」

「何が違うんだよ…ちっ、ビビッてねーで見せろラーズ…どうせ、あの…ほら、名前なんだっけ…バカがかけた呪いだろ?」

「いいよ…お父さんには関係ないからぁっ…あっちいってて!!すぐ癒すから…」

「関係なくねーだろが、いいから見せろって、オラ」

駄々っ児にいうことを聞かせようとするように、しっかりと手首を掴んで、左右に広げ、無理矢理患部を露にさせる。

途端、ハインの切れ長の目差しが、円形に近く広がった。

釣鐘型。汁気をたっぷり含んだ果実のような張り。ミルク色の肌理細かな皮膚は、かすかに汗で濡れ、淡い艶を放っている。形、質、量とも、これまで見てきた中で最高で、後は触り心地を確かめてといわんばかりプルプルと揺れていた。

問題は。

それがまだ声変わりも迎えていない息子についているという事だ。

「…見ないで…すぐ…癒すから…」

ラーズが、しゃくりあげながら貌を覆う。"銀星剣"の表情が冷たく強張り、うなじのあたりから忿怒の気焔が立ち昇った。

「ちっ…あのクソ野郎…待ってろ、すぐアリサの奴呼んでくっから」

そう云って場を離れようとする父の腕に、少年がすがりつく。

「だめっ!やだっ!誰にも言わないでっ…癒すから、自分で癒すから…」

そのままぎゅぅっと抱きついてくる。肘のあたりを、柔らかな谷間に挟み込まれたハインは、己の理性の箍が緩むのを覚えて、しばらくまた動けなくなった。

「手、放せって」

「…ぅっ…ぁっ…ごめんなさっ…っくっ…」

華奢な身体から力が抜け、火照った肌が離れると、奇妙な物足りなさが後に残る。勇者は、おかしな妄念を傍へ除けると、小さな相棒へ向き直って、両の瞳を覗き込んだ。

「自分で癒せねぇからこうなったんだろ?」

最近、益々死んだ妻に似てきた顔が、こくんと頷き返す。それだけで、二つの肉鞠はわざとらしい程大きく揺れた。なるたけそちらへ眼をやらないようにしながら、落ち着かせるような台詞を探す。

「だったら誰か他の奴に頼むしかねぇだろ」

また首が横に触れる。胸もだ。どの位の重さがあるのだろうと、埒もない想像が脳裏を掠める。ハインは込み上げる激情を抑えると、努めて穏やかな態度を装い、相手の銀髪を撫でた。

ラーズが人に慣れない猫のように、ぱっと手を払いのける。いつもの息子なら決してしないような拒絶の素振りに、元来気の短い戦士は、堪忍袋の緒を切らした。

「じゃぁどうすんだよ」

「自分で癒すぅっ!!」

「癒せねーだろ。ガキができねーこといってんじゃねーよ」

「ガキじゃないっ。お父さんには関係ないっ」

"銀星剣"の面持ちが険しさを増す。

「関係あんだろ。ちっとは言う事聞けよ。きかねーならもう一緒に連れてかねーぞ」

勢いに任せて投げつけられた脅しに、"銀月杖"は、睫に溜まっていた雫を落として、滂沱の涙を流し始めた。

「うるさいっ、お父さんなんて大っ嫌いっ!!」

「…っ!!……はぁっ?なにキレてんだよ。お前みたいに力もねーのに、意地ばっか張る半人前が、真っ先に死ぬんだよ。ただでさえ足手まといなんだから自覚しろって」

「ぼ、僕半人前じゃないっ。あっち行ってよ!お父さんなんかいなくても、へ、平気なんだからっ。魔法だって使えるし、お父さんと同じ位力あるし…こんな呪い…」

みなまでいわせず、剣だこのできた平手がふっくらした頬を撲った。父から受けた初めての暴力に、声を失ったラーズの胸を、巨きな掌が包み込んで、遠慮容赦もなく揉みしだく。

「…ぁっ!!!!」

少年は、痛みのあまり唇を開き、酸欠の魚のようにぱくつかせる。鋼の刃を振るのに慣れた太く長い指が、万力のような力で柔肉を握り、潰し、捻り、紡錘状に搾り出す。

息子を眺め降すハインの目差しは、魔王を誅した時と同じ、氷の冷たさを帯びていた。

「おら…抵抗してみろよ…俺と同じ一人前なんだろ…ラーズは」

「ぁひっ…ぁっ…ぅぎぃっぁっ…ぅっ」

繻子より滑らかな肌に爪を立て、尖った桜色の先端を摘み上げると、唇を近づける。何をされるのかも分らずただ痛みにわななく我が児を、小気味良さげに一瞥して、乳首を歯に挟み、力一坏噛み締める。

「ひぁあああああっ!!!!」

いまは、泣き叫ぶ声さえも快かった。手を腹部へ這わせて、下穿きを脱がせてやると、可憐に勃ち反った幼茎が自由になる。まだ皮を被った亀頭を軽く扱くと、耳元へ口を寄せ、馬鹿にしたように囁きかける。

「…何勃ててんだ?」

「…はぁっ…はぁっ…やだぁっ…お父さ…助け…」

「俺の助けなんていらねーんだろ?こんなバカでかい胸放り出して…独りで生きてける訳だ…"銀月杖"の勇者様はな…」

「い゛ゃ゛ぁ゛ぁぁぁあっ!!!」

言葉にならない懇願を無視し、呪いによって生み出された仮初の乳房を、餅でも捏ねるように弄ぶ。むっちりした肉の感触が、どす黒い欲望を掻き立て、頭の芯を熱で焦がしていった。

青年はベッドに膝を載せると、血の繋がった少年を押し倒す。

「…お…父…さっ…」

「…むかつくんだよお前…」

甘い息を吐く唇を塞いで、舌を捻じ込む。嫌悪と苦悶の呻きを伴奏に、口腔をまさぐり、歯と歯の間を舐って、唾液を啜り飲みながら、両手を乱暴に動かして、触り心地の良い乳房を外側から内側へ撓め、谷間を作らせて揺すり立てる。

胸を揉まれる度、小さな秘具が痩せた腹を鼓つのが分る。母親と同じ、感じやすく、淫らがましい身体だ。

「っ!…っ!っ…!」

「ぷはっ…抵抗しねーのか?こうやって、男に襲われてよ…」

ラーズには何一つ答える余裕はなく、初めての接吻を父親に奪われたという事実に茫然とするだけだった。

ハインは喉を鳴らして、青磁の人形のような姿態に魅入った。されるがままになった四肢を裸に剥き、まだ子供っぽく丸い尻朶を開いて、硬く閉ざされたままの窄まりを突付く。このままではとても、望を受け容れられそうもなかった。

仕方ないとばかり、あどけない唇へ指を突き込むと、唾液を絡めて、また引き抜いてから、そのまま濡れた先端を菊座に押し当て、ゆっくりとねじいれる。

「いっぐぅっ…いやぁっ!!!」

「ちっ…あーなんだっけ…戯れと悦しみの主フローヴよ、閉ざされた門を開き、乾きに蜜を滴らせ給え、だっけか」

確か女用の呪文だったが、効果はあったらしく、微かな光とともに、括約筋が和らぎ、腸液が下がって、粘膜を掻き回しやすくした。

「ぁっ…ぇっ…なに…僕なにっ…きもちわる…ぃっ…」

「…ここしか穴がねーからしょうがねーだろ」

「やだぁっ…もうやだぁっ…」

「っ!…くそっ…泣くな!」

袖で涙を拭い取りながら、きつく命令する。条件反射なのか、少年はすぐにも背筋を張って、両の瞳を見開いたまま、濫れる雫を堪えようとした。

「…よし…」

わずかに安堵を滲ませて、青年はまた肛腔の攪拌と、乳房の圧搾を続ける。惑乱の極みにある息子は、父の広い胸板に凭れると、呆けたように呟いた。

「…ひゃぅっ…ぁっ…どうし…ゅぅっ…て…?」

「…っせーな…こっち向け」

ラーズ

ハインは、ラーズの首を捩らせ、また口付けを奪ってから、右胸の乳暈に鋭く爪を食い込ませて、意識を飛ばせてやる。

小うるさい質問が止んだ隙に、後孔を拡げる指を、二本に増やして、さらに湿りを導いた。

「ん…フローヴよ、我が恋人の戸を広げ、喜びと共に迎え入れせしめよ…っと…」

いきなりは無理だろうか。この手の呪文は遣いすぎると元へ戻らなくなると聞いたが。

「まぁいいか…」

「ふぁっ…?」

「開け、開け、開け…」

「ぁあっ、ひぁっ!?…ぅむっ…」

キスで良心を責める声を遮り、指を二本から三本へ、三本から四本へ、数を加え、吸い付くように軟らかい肉穴を寛げる。とめどなく沸く腸液が指の股に絡み、襞と擦れ合ってぬめった音をさせた。

「…らっ…腰あげろ」

小さな魔道師は、朦朧としたまま、いいつけに従って腿に力をいれるが、弛緩させられた筋肉はいうことをきかなかった。長身の戦士は薄く笑って、両手を自由にすると、掌で形の良い双臀を包み込んで押し上げ、胡座をかいた脚の間に据える。

乳房を揺らす息子を、不安定な膝立ちの姿勢に留め置くと、自らの帯を解いて、洋袴と下着を降ろす。隆々と屹立する巨根は、年端もいかぬ童児が受け容れるには、些か無茶な形と大きさだった。

「ラーズ…」

尻朶を鷲掴み、菊座に指を挿れて割り広げると、まだ一度も男を知らない、朱鷺色の内部をじっくり鑑賞する。ようやく状況を把握した少年は、耳まで朱に染まり、激しく肩を震わせていたが、やがて観念したように睫を伏せると、齢に似合わぬ悩ましい溜息を吐いて、促されるまま、魁偉な肉刀の上へとしゃがみ、太すぎる凶器を咥え込んだ。

「ひぐぅっ…ぁっ…ぎっ…お…父さ…」

「くっ…」

十年振りの感触に、ハインは思わず喘ぎを漏らし、指に掴める確かな質量を求めて、息子の胸に踊る肉鞠をきつく握り締めた。

「うぎぃいいっ!!!」

「…動くかんな…」

うなじに甘咬みしながら、狂ったように腰を突き上げ、憎々しいとさえいえる手つきで双つの果実を揉みしだく。

少年は熱病にも似た未知の快楽に蝕まれて、滝の如く涎と涕を垂れ流し、乱れた銀髪から汗を千々に飛び散らせて、どこへ逃げるのも叶わぬまま、抽送を受けとめるしかなかった。

「あぐぅっ!!…はぐっ……もま…もま…なひ…でっ…きゃぅっ」

切れ切れの頼みに、さかしまに応えて、男の指はいっそう粗っぽく蠢くと、紅くしこった尖端を捻り潰して、甲高い嬌声を上げさせる。柔肉が、ずたずたに千切れてしまうのではというほど弄んでから、やっと解放すると、今度は手首を掴んで上半身を固定し、乱拍子の打ち込みにあわせて、乳房が仔鹿の跳ね回るのを鑑賞する。

もう触れてもいないのに、無毛の性器は天を指したまま震え、包皮の上に透明な雫を溜めている。精通を迎えていない身体は、はっきりした徴を示してはいないが、おそらく何度か絶頂に達してしまったのだろう。ラーズの瞳孔は徐々に理性の光を失い、虹彩は開ききって、口から漏れるのも、赤ん坊の喃語より酷いままやきだけになりつつあった。

とどめとばかり外耳に舌を捻じ込んで、すっかり従順になった息子を抱き直しながら、ハインは、普段の仏頂面からは想像もつかない、無邪気な笑みを浮かべる。

「ラーズ…かわいいじゃん…」

ぞくっと項をわななかせた少年の、恍惚に蕩けた容貌には、父への恐怖とも嫌悪ともつかぬ切なげな色が浮かんでいた。










金鶏亭では古参の給仕であるジャコモは、二階の最奥にある、三号室の係であるのを常々周りに自慢していた。

あそこにお泊りの御方は、そんじょそこらの騎士崩れや、いんちき魔道師とは違う。大陸勇者ランキング第五位、実力だけならば一位"玉雷刀"さえ陵ぐと噂されるあの"銀星剣"なのだ。冷徹、剛毅、黒鉄山では一晩で七頭の龍を切り、石樹の森では三百の毒蜈蚣を仕留めたハインの旦那だ。

勿論、その相棒にして神童の呼び声高い"銀月杖"ことラーズの坊ちゃんも忘れちゃいけない。娘っこのような外見だが、リヴァー・サイドの街を褐斑疫から救ったのは何を隠そうあの子なのだ。宮廷魔道師団が匙を投げた難病に、たった二月の間に特効薬を作り出して、何百という町民の命を助けたのは今では伝説になっている。

何より親子は代金も心づけもけちった試しがない。それこそ正に世間の風評を裏付ける、一番もっともな証ではないか。だから宿の亭主に釘を刺されなくても、格別のもてなしをしてきた。今晩のように、食事時になっても二人が下へ降りて来ないのであれば、夕餉を配膳台に載せて部屋に運ぶついでに、ご機嫌を伺うというのも当然の配慮であった。

ジャコモは扉の前まで来ると、多少くたびれたお仕着せを整え、えへんと咳払いをしてから、戸板を敲いた。

「あー、ハインの旦那。食事をお持ちしたんですがね。よろしければお部屋でお上がりになりませんかい」

中から返ったのはくぐもった子供の呻きと、次いで擦れた悲鳴だった。給仕は怪訝そうに首を傾げてから、やや喉を張り上げた。

「旦那?ラーズ坊ちゃん?」

「…ぁっ…お父さ…食べ…な…ひっ…からぁっ…ぅっ、いい…」

答えたのは息子の方だった。どうやら扉のすぐ向こうにいるようである。父親の押し殺した笑いが聞こえたように思えたのは、気のせいだろうか。

「坊ちゃんどっかお加減が悪いんですかい?」

「何でも…ないっ…よっ…はわぁっ!?…ぅっ…」

「どどどどうしたんです?医者が要りますかね」

「いらねぇよ」

むっつりとした青年の声が、割って入る。

「飯はいい。ラーズが他のもので腹一杯にしちまってな」

つまらなそうな喋り方だが、珍しく饒舌だ。機嫌が悪い訳では無さそうなので、ジャコモは腑に落ちないことは脇へ除いて、取敢えず引き退がろうと踵を返した。

「ぁっ…ぅっ…ひぅぅっ」

背後から届く喘ぎに、いったん足を止めかけ、また軽く首をひねってから、階下へ降りる。まるで、盛りのついた牝猫の鳴き方だ。連れ込み宿からごくたまに漏れ聞こえる類の、作り声でない女の喘ぎ。

まさかあの操の固いハインの旦那が、息子の居る部屋に娼婦を喚ぶ訳も無し。だが、あれこれ詮索するのは性ではなかった。何せ勇者ともなれば、常人には計り知れぬ様々な魔法を遣う。あれこれ気を回すだけ無駄というものだった。

悲鳴とも歓声ともつかぬ音は、しかし聞く者が絶えても、払暁まで止むことはなかった。










「ぁっ…ぁっ…」

幼い魔道師は、両の拳と肘を扉について、雌犬のように尻を突き出していた。

ほんの、数時間前まで排泄以外の用途を知らなかった菊座は、重ね掛けされた拡張の魔法と、父親の剛直による蹂躙ですっかり緩み、床に腸液と精の淆じった水溜りを造りながら、心拍に合わせて伸縮を繰り返している。

爪痕と赤痣だらけの乳房は、呪いのせいか最前よりさらに嵩を増してぶら提がり、真紅に鬱血した尖端は硬くなったまま、心無い指に捻られる度、嬌声を引き出すスイッチの役割を果たしていた。

ハインはまだ、いささかも衰えを見せぬまま、すっかりこなれた粘膜を掘り返し、何回戦目かになる息子の後背位を愉しんでいた。

既にラーズの直腸は精で満たされ、腹の中で粘液が動くのがはっきり分る迄になっていた。鎖骨から腋、脇腹にかけては蚊の咬んだような接吻の跡が続き、良く見れば幼茎の中程や、小さな双つの陰嚢にも、生々しい所有の徴が刻まれている。

初め、羞恥と禁忌に断えかねてもがく手足を抑えつけ、正常位で二度。次いで、胸の揺れを眺める為に騎乗位を強いて三度。自ら腰を振らせて、獣じみた姿勢で二度。後は覚えてもいない。渇きに駆り立てられるまま、許しを求めて跪く我が児に、媚態を演じさせ、娼婦の真似事をさせもした。

どこでどう間違ったのか、心の奥のしこりを消せぬまま、ただ目の前にある極上の肉にむしゃぶりつき、牙を立て、蕩けるような甘味を存分に貪る。"銀星剣"は、勇者としての矜持も、節制もとうに忘れていた。

「ラーズ…」

灼けつくような精を注ぎ込まれ、答えもなくえずく少年。壁際に投げ出された華奢な体躯は、立て掛けられた杖に背をぶつけて、か細く哭く。

ハインは急に表情を失って、虚ろな眼差しのまま宙を睨み、僅かの間逡巡するような素振りをしてから、また脆げな獲物へと圧し掛った。

「…ぁっ…お父…」

犯され尽した童児は、もはや疲労で焦点を結ばぬ瞳を瞬き、謎の解を読み取ろうというように相手の厳しい容貌を覗き込む。

「…ーズ…」

青年の頬を、幾筋もの流滴が伝った。ラーズは不意に微笑んで、父の首筋に腕を回して、ぎゅっと抱きしめ、たわわな乳房に顔を埋めさせる。

「癒しと慰めの主キンシャよ、父の身を蝕む邪な呪いを払い給え」

黒く耀く霧が、ごつい肩甲骨の間から立ち昇り、天井に当ると、四方に散っていった。少年は、遥か世界の彼方で何者かが絶叫を上げるのを聞いて、静かに瞑目すると、汗ばんだ銀髪を撫でてあやすように吟い掛ける。

「睡みと夢の主コトルーよ、戦士にしばしの休息を…」

すると銀月剣は、母の胸に安らう嬰児のように、すぐ穏やかな寝息を立て始めた。










麗らかな朝の訪れとともに、雀が囀りを始める頃。蝶番の軋みとともに、金鶏亭の奥間の納戸が開け放たれた。室内に籠っていた饐えた臭いは、冷たく澄んだ外気と混ざって、薄らいいで消える。

かなたでは悪夢の終わりを告げるように、光明を司るエスタの社から聖鐘が鳴り響き、瓦屋根の波の向うには、市場を、街路を、人が行き交い始めるのが見えた。

日に暖められた窓辺には、黒い長衣を纏った女が独り腰掛け、古い異郷の民謡を鼻で唄いながら、寝床に坐った童児の、痣だらけの乳房に包帯を巻いている。

「兎に角これで、魔法を使うとおっぱいが大きくなるのは止めたわ…でも無茶しないでね。さっき胸に描いた紋様が、赤く輝くようになったら危険信号よ」

女の貌に浮かぶ励ますような笑みに、少年は神妙な面持ちで頷き返した。

「はい」

「ま、ラーズ君なら自分で分ると思うけど…ね?」

絹糸より細い銀の髪を、しなやかな指が梳り、愛しげに撫ぜる。ラーズは逆らわずそれに身を任せていたが、やがてそっと身を引いて、ぺこりと頭を下げた。

「…アリサお姉さん…ありがとう」

アリサと呼ばれた女魔道師は、にっこりして手を退けると、波打つ裳裾を掻き合わせて、すと席を起つ。

「さてと…私はハインとちょっと話があるから、しばらく独りで待っててもらえるかしら?」

「あ…はい」

豹のような爪を煌かせて別れの挨拶をした彼女は、流れる水のように、素早く、優雅に戸口を潜ると、後手に扉を閉めた。

廊下では、銀髪の青年が、階段の手摺に腰をもたせて待ち構えていた。何事か尋ねかけようと乗り出す、その襟を、アリサは乱暴に掴んで、身体ごとぐいと宙へ吊り挙げた。

「ぐっ…おぃっ…」

「どういうことハイン?」

「ぁ゛?」

「あの痣と、キスマークと、目の下の隈」

戦士は、めんどくさげに目線を逸らすと、器用に手摺へ爪先を載せ、バランスを取り戻した。古馴染の燃えるような凝視をいなしながら、襟を掴んだ手を振り払う。

「お前には関係ね…」

「ぶっ殺すわよ」

「…ちっ…別にちっと事故があっただけだ。あいつも気にしてねーっつてたし」

黒衣の魔道師が、柳眉を逆立てる。

「気にしてないどころじゃないわよ。絶対心の傷になってるわ。誰にやられたの!そいつ八つ裂きにしてやる…」

「…っぜぇ…別に…」

ハインの口元が歪んだのを目敏く捉えると、アリサの年齢の判じ難い相貌に、あるかなきかの小皺が現れる。

「まさか…ハイン…」

「だから関係ねぇだろーが」

「自分の息子喰ったのね」

青年は女の口を塞いで、ぎっと歯を食いしばる。

「っせーな。事故だっていってんだろ…あの野郎の呪いが…」

「グレート・ボイナーの?何で私に相談しなかったのよ」

「…いんだよ、もう終わったんだから」

アリサは、くらっとよろめいてから、二、三歩後退ると、こめかみを抑え、無意識に乱れた鬢を整えた。きまずい沈黙が、互いの間に横たわり、階下の掃除の音がいやに喧しく聴こえる。

「私の責任だわ…」

「関係ねぇって…」

「あなたみたいなバカ小僧にまともな子育てができると思うなんて…いつか無理が来ると分ってたはずなのに…まさかいくら亡くなった奥さんに似てるからって…」

ぐさぐさと痛いところを突きまくる台詞に、さしものハインも鼻白んだ。

「ざけんな…おい…そんなんじゃねぇって…」

「何が違うのよ。いっとくけど連盟はあなたの腕前より、ラーズ君の将来を買ってるんですからね。ゆくゆくは連盟総代表になれる逸材…それを…」

「ぁ゛?何勝手なことほざいてんだ。あいつは俺の子供なんだよ。てめぇら、何かしやがったら全員刻むぞ」

「あーら、何かしたのはどっちだったかしら。だいたい、私達が支部で会ったのが一昨日でしょ。何で連絡がこんなに遅れるのよ。いったい何回ヤったわけ?」

「…んなもん数えてねーよエロ婆ぁっ!!」

「じゃー訊きますけどね。宿の人に聞いたらまる二日間引き篭もってたって」

戦士が舌打ちしてそっぽを向くと、女魔道師は樫材の手摺を握り締め、粘土細工のように引き千切った。

「ハイン、正気に戻ってからもヤったでしょ。丸一日ぶっ通しで。自分の半分も年のいってないない子に」

「…っぜぇ…」

「もうあなたには任しとけないわ。私が預かります。そもそも魔道師の卵を戦士が育てるのだって不自然なんだし」

銀髪の青年が、いきなり壁を殴りつけ、頑丈な杉の厚板を円形に陥没させる。

「っざけんな!!!ラーズは俺んだつってんだろ!!つーかてめぇが他人のこと言えんのか、あぁっ!?かたぎの面しやがって、メスガキと見れば手出してる変態女が。そのバケモンみてぇな魔力と腕力で好き放題色漁りして、魔王認定すれすれだったろーが!!」

「息子レイプしたチンピラに言われたくないわね。私は、穢れを知らない少女と心を通わせてるだけよ。薔薇の蕾に、そっと羽根で触れて、花開くのを手伝ってあげてるだけ。それをあんたみたいな巨乳なら何でもOKのレイプ魔といっしょにされたくないわね!」

いつのまにか使用人達は階段のたもとに集って、誉れ高き勇者同士の、在り得べからざる悪罵の応酬に、愕然と聴き入っていた。

「てめぇがラーズに手を出さないって保障はどこにあんだよ!」

「私は男に興味ないもの。まー、ラーズ君だったらちょっとは…乱暴なだけじゃない夜の喜びをてほどきしてあげても…胸の大きい娘は嫌いじゃないし…ってそうじゃなくて、とにかく、あなたなんて、またいつムラムラしてあの子襲うか分らないでしょ」

「うっせぇ!だとしてもてめぇにゃ関係ねーだろが。ラーズだって俺と一緒の方がいいに決まってんだよ。昨日だってな、"お父さん、苦しかったよね"つってんだよ!あいつは俺が…」

「はっ!それ何?要するにできた息子の優しさに甘えてるだけじゃない。どっちにしろ父親失格よ。あの子は私が責任をもって育てます。もういいから、あなたはどっかのしょぼい洞窟でゴブリンでも狩ってなさい」

黒衣の婦人は、相手を押し退けて扉を開けると、また嘘のように穏やかな笑顔を繕ってベッドへ歩み寄った。

「ラーズ君。実はお父さんと相談したんだけど…」

すぐに、背後からハインが追いつく。

「ざけんな。ラーズ、その女のいうことひとっことも信じんなよ」

だが大人達の申し出を受けるべき少年の姿は既になく、ただ開け放たれた窓を揺らす風と、無くなった装備と、テーブルの上の書置きだけが、何が起きたかを雄弁に物語っていた。

ウェスト・リムの市場に出回る質の悪い麻紙には、綺麗な文字で、短い伝言がしたためられていた。

"お父さんへ

  僕のせいで、お父さんが苦しくならないように
  しばらく別々に旅をしようと思います
  ちゃんと呪いを解いたら、また会いに行きます
  だからしばらく、探さないでください

  ラーズ"

一陣のはやてが、紙片を摘んだ青年の指をくすぐって、至極あっさりと我が児のかたみを奪い取ると、蒼穹の彼方へ運び去っていった。

それからアリサは、長い付き合いの中で初めて、"銀星剣"のハインが動転の余り失神するのを目にしたのである。









































―――次回予告―――

父の下を離れ、独り旅する巨乳少年魔道師。襲い来る危機また危機!触手が!スライムが!呪いに侵された躰を狙う!新たなる敵"桃尻魔王"とは?大陸勇者連盟に隠された秘密とは?はたまた失意のハインの元へ現れる謎の美女の正体は?

Silvering Star第二話"ドキッ、おっぱいだらけの武道大会"に要チェ・ケ・ラ!




















いや、続きませんけどね。

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