Thunder Rod

リリザの準市民権を持った田舎郷士の三男坊が、ローレシア王家の剣術師範にまで上り詰めたのには複雑な経緯があったが、大きく分ければ三つ、剣の腕、戦場の誉れ、後ろ暗い結社のつてだった。表向きは武芸の名門に養子入りし、姓も立派なものを名乗っていたが、宮廷では誰もが異教徒討伐での暴れ振りを知り、陰では下衆の人斬りと呼んでいた。

だが実力がすべてをねじ伏せた。剣の国には剛毅を尊ぶ風がまだ強かったからだ。師範は、例えばサマルトリアなどで決して叶わなかったろう扶持や権限を得て、城内の奥深くまで出入りする許可さえ与えられていた。一つだけ不満があるとすれば、闘いの現場から離れ、嗜虐の悦びに耽る機会が減った点だが、それすら時たま城へ潜り込んでくる刺客を返り討ちにし、後始末をするだけで用は足りた。

半生を省みると、進むべき道はずっと決まっていた気がする。

幼い頃から虫や小さな動物を切り刻んだり、甚振ったりするのが好きだった。ほかの子供が無邪気な暴力を卒業する頃になっても、却ってますます過激になり、とうとう飼っていた仔山羊を責め殺して、親からこっぴどく叱られ、家を出た。ローレシアの城下で募兵に応じ、模擬試合などで容赦ない、癖のある戦いぶりを示して頭角を顕し、当時の王子、現在の王の目に止まって近衛に上がった。

当初の任務はもっぱら王子と対立していた太后の手先を斬って、密書を奪う事だった。同僚が二の足を踏む役目を率先して片づけ、上司の信頼を得た。秘かに拷問にも加わったが、王子には伏せた。若きロトは、苛烈な男は好んだが、残虐な男は嫌ったからだ。その勘所をとらえ、ぼんやりした顔に本性を隠しながら懐刀になりおおせた。

命を賭けた裏仕事の対価として素晴らしい報酬を得たのは、まずムーンブルクへ密偵として潜り込んだ際だった。金欠の傭兵のための安価な淫売宿として、当時まだ廃止されていなかった奴隷厩舎があり、春を販ぐのに慣れない獲物を自由にできた。初めに味わったのは年長の奴隷としてつながれたいたハーゴンその人の尻穴だった。ほかの子供等に手を出させないという約束で、傭兵たちの前で下品な踊りをさせ、輪姦したあとで、結局残りの奴隷と一緒にもみくちゃにした。

だがハーゴンよりも愉しめたのは、幼い姉弟だった。特に姉の方を気に入って行く度に指名し、ぼろぼろになるまで貪った。いずれ身請けしてやる。手足を断ち落として便器として飼ってやると囁くと、怯えて泣いた。

だが立ち去る日には打って変わったように鋭い眼で見つめられ、捨て台詞を吐かれた。

「ハーゴン教団がいずれお前を滅ぼす。私がこの手でお前を殺してやる」

「無理だなぁ。お前が戦場に現れても、俺の玩具になるだけだぜぇ」

楽しげに反駁してから、たっぷり犯してやり、無礼への詫びを引き出すと、下腹に粗雑な山羊の紋章を刻んでおいた。いずれ家紋にするつもりの印。所有の証だった。

次の楽しみはローレシアの家畜妃ヴィルタその人だった。ロンダルキア征伐を画策する宮廷内の結社、ロトの同盟の総会で味わう幸運に浴した。初めは侍従としてムーンブルク均会場に潜り込み、油断のならぬムーンブルクの大御所が、ローレシアの王子に対して不穏な動きをすれば仕留めるつもりだったが、催しは結局、平穏に終わった。

師範は仮面をとって主君に味方だと告げる機もなく、ただ侍従として大皿に乗った半竜の姫を短剣で傷つけ、血を流させる役を最後まで果たした。闇の地ロンダルキアに生まれるという身の罪を贖うため、同盟の生贄としてと責苦に断える家畜妃は美しかった。夫はといえば、麗しい伴侶を供物として差し出しながら、嫉妬に震えていたから、注意は惹きつける危険を犯せず、腟に突き込むのは無理だったが、とぼけた振りをして淫らな罵りをぶつけ、屈従の台詞が返るのを聞くぐらいの愉しみはできた。

あの場にいた翁が最後にこちらへ目を留めて、頷いてくれた。

「よいぞ。よい貪欲さだ。私の意志を継ぐ一人と認めよう。君には次代の子等によい影響を与える役割を期待しよう」

よく分からない賞賛だったが、理解されたようで嬉しかった。思い返せば仮面の影に隠した本性を、十全に受け容れて貰えたのは、あとにも先にもあの時だけだった気がした。

実際に竜便器を味わったのは少しあと。妃の逃亡未遂に対する、王子の取り乱した仕置きの際だった。死刑囚や軍馬による凌辱の合い間に、記憶を蘇らせ気が強くなった主君の妻を盗み抱いた。総会での会話もすべて覚えていて、繰り返してやると軽蔑の眼差しを向けてきたが、秘所はちゃんと反応した。

ヴィルタと呼び捨てにして、お前はもう俺の妻だといい、魔薬で濡れた陰唇と菊座を攪拌してやった。子供に一目会わせると嘘を尽き、乳液で濡れた二つの胸で肉棒を挟ませ、亀頭をしゃぶらせるのは最高だった。上目遣いに殺意の篭もった視線を投げながら、口は間抜けなひょっとこ面というのがおかしかった。結局、心は些かも靡いてこなかったが、体を存分に貪れるだけで十分だった。

やがて王子が正気に返って、妃をほかの雄から遠ざけるようになったのは残念だった。あの穴は本当に具合がよかったが、しかし拘泥して犯した罪がばれるのは避けねばならなかった。汚れた業を成しながら、清潔さを失わぬ忠臣として、出世の階段を登る最中だったからだ。

とはいえ精霊ルビスは、剣術師範に恩寵を絶やさなかった。竜便器を使えなくなってからすぐ、竜の親子の動向を探るためにハーゴンが送り込んできた密偵を捕えたのた。

嗤える話だが、奴隷厩舎の娘だった。かなりの使い手に成長していたが、こちらと顔を合わせると明らかに動揺した。攻撃に力が入りすぎ、引き際を誤って自滅した。いかずちの杖とやらで手練れの騎士四人が屠られたが、結局は組み伏せた。

牢に入れてから、周囲には捕虜の全責任を負うと申し伝え、成長した肢体を貪った。山猫のように抗い、舌を咬もうとしたが、ヴィルタとズィータの情報を与えると囁くと思いとどまったようだった。折をみて、だんだんと昔の立場を思い出させてやると”地獄の使い”という鎧は剥れ、かつての泣き虫の肉奴隷が顕れてきた。下腹の紋章はハーゴンが手ずから形跡もなく拭い去っていたが、再び今度は正式な烙印を捺してやった。

とはいえ油断のならない密偵であるのは確かで、繰り返し脱出を図ろうとした。堕ちたとみせて、裏をかこうとする狡猾さは、あとで受けた訓練の並ならなさを窺わせた。結局、約束通り四肢を関節のところから切って逃げ出す希望を断った。さすがに狂ったように泣き喚いたが、やがて慣れると粛々と便器の務めを果たすようになった。

「俺が正しかったよなぁ」

告げると、また燠のように怒りを隠した瞳が返る。仲間が助けに来ると信じているらしい。

「手足が無くても貴様の喉笛は咬みきれる」

「じゃ歯も抜くかねぇ。その方がしゃぶらせるのにいい具合らしいしなぁ?」

「くずめ…ローレシアもムーンブルクと同じだな」

「いやぁ、俺は特別さぁ。お前も俺以外じゃぁだめろぉ?」

「な…どういう、うぬぼれだ…ベギラ…」

ローレシアの剣術師範は、地獄の使いが不意をついたつもりで呪文を口にし始めるのを待って、秘裂に戦利品のいかずちの杖を捻じ込んだ。悲鳴とともに詠唱が中断し、片羽の体が反り返って乳房を揺らす。

「この杖は、魔法使い以外でも使えるんだろぉ?威力はぜんぜん落ちるみたいだけどさぁ」

「き…さま…まさか…」

「いかずちの杖よ、力を解き放てぇっと」

命を奪うには弱すぎる電流が、胎内で暴れ回り、全身に火花を散らせる。白眼を剥き、舌を突き出して泡を吹く神官の口に、薬草の抽出液を染み込ませた轡を嵌めると、再び雷撃を放つ。幾度か繰り返すと焦げ臭い匂いがした。

「どうだぁ。俺の便器にならないかぁ?なぁ?」

「ふ…ぐ…」

期待通り頭を横に振る。もう何度か子宮に稲妻を送ると、失禁と脱糞を一緒にしながら気を失った。薬草を肉孔に詰め込んでやると、かすかに痙攣があったので死んではいないようだった。しばらく間隔を空けて同じ攻めをすると、地獄の使いはあっさり降参した。

「なるぅっ…お前のぉ…べ、便器になるからぁっ…も…やめてぇっ…」

「ご主人様だろぉ?」

「ぐ…う…ごしゅじんさまのぉ…べんきになるぅっ…っぐ…」

これが可愛いヴィルタだったらいいのにと思ったが、取り敢えずは手に入る物で満足するしかない。辛抱強く雌奴隷を仕込む経験を積んでおこう。いずれローレシア王があの竜に飽きた時、下げ渡して貰える地位につけばいいのだ。


堕ちた地獄の使いの態度は従順と反抗の奇妙な混ざり物だった。肉体の要求には応じたのだが、ロンアダルキア洞窟への入り口や、南海の地下神殿についてはまったく吐かなかった。ハーゴンにせがんで記憶を封じてもらったのだという。ラーの鏡でもなければ思い出せないと話した。剣術師範はその通り報告するよりなかった。

しかし三、四度と捕虜を取り戻そうとする試みがあった。ハーゴンにとってよほど大切な存在らしかった。都度、敵は深入りせずに引き上げたため、新たな獲物は得られなかったが、その話をしてやると生き達磨は快活になり、双眸に鋭さを増した。

「ハーゴン様はお前を許さない。ロトの同盟の生き残りは一人残らず…あぐぅっ!!」

剣術師範は腕を、すっかり緩くなった肛門の奥に埋めて結腸まで届かせると、大腸をくすぐった。併せて産道にも拳を捻じ込み、子宮口をつついてやる。

「お゛ごぉ゛お゛お゛お゛お゛っ゛!!!」

引き抜くとまた制御の利かない排泄が始まる。もうちゃんと閉まらなくなった尻穴は、薬草と毒消し草を沁ませた栓で塞いでおかねばならないほどだった。いきがってローレシア王家に挑戦するたびにこうしてやると、ぶざまに垂れ流しながら泣き崩れるのだ。

愉快だった。初めて螳螂の足をもいだ時より。

「お前の体はぁ?誰のものだぁ?」

「ごしゅ…ごしゅじんさまのぉ…ものでふぅっ…」

「じゃ。どう壊そうと俺の自由だよなぁ?」

「ひっぐ…ふぁい…っ」

「じゃハーゴンはクソだと言ってみろぉ」

「…」

「どうしたぁ?」

「うぐ…あの方は私たちの希望だ…ぜったいに…お前らなんかに…あぐぅうう!ごめんなさぃっ!!もう逆らわないからぁ!!でもハーゴン様の事だけはぁっ…勘弁してぇぇええ!!!」

「俺はハーゴンの尻を掘った覚えがあるがなぁ。あの餓鬼がそんなに大事かねぇ?まさかあいつと結婚したいのかぁ?」

どんな異常な攻めより利いたらしい。地獄の使いは真赤になっていやいやをした。剣術師範はおかしくてならなかった。邪教徒が人間ぶりたかがるところが。

「まぁ無理だよなぁ。お前もう芋虫だしぃ。一生俺の便器だなぁ」

「うっぅ…うっ…」

「今のお前の片羽をみたら、ハーゴンはどう思うだろうなぁ?」

生き達磨はまた我に返って、理性を掻き集めると、きつい嗤いを返した。

「く…ふ…あの方は…外見などで差別をなさらない…敵にもっと酷い事もするし、味方がどれだけ目茶苦茶にされても臆したりはしない…自ら地獄を嘗めてこられたのだ…から…」

「へぇ。俺よりひどいってぇ?」

「お前などただの人斬り、成りあがりものの殺し屋だ…あの方は神だ。世界を破壊し尽くし、再生するシドーそのものだ!!お前が私一人を壊して喜ぶあいだに、あの方は十の街を滅ぼし、シドーの民に百の避難所を築いてくださる…あは、あははは…虫けらめ!ぎゃんっ!!」

拳で殴っていた。初めて腹を立てさせられた。兇暴さで劣ると言われるのは癪だった。しかも便器になると誓った分際で、相変わらずハーゴンの名を聞かせるたびに折れた芯を接いで立ち向かってくる。尤も神官どもは皆そうだった。どんなに不利な状況に追い込まれても決して降服せず、大神官の名を叫んで死ぬまで戦った。あの男娼に王にも匹敵する魅力があるというのだろうか。

脳裏にムーンブルクの大御所の皺んだ容貌が浮かぶ。かつて理解を示してくれたように思えた嗤いは、かすかな侮りを含んでいるようだった。所詮そこまでかと。

「まぁ。珍しくむかつかせてくれた礼をしないとなぁ」

「ひ…あれは…あれはやめて…お願いします…あれはいやぁっ…しゃぶりますから…ご主人様のおちんぼぉ喜んでしゃぶりますからぁっ…!!」

「じゃハーゴンを罵れよぉ」

「っ…おちんぼしゃぶらせて♪…ね?ね?ご主人様の逞しい雄をぉ味合わせてっ♥」

「ああぁ。分かったぞぉ。お前餓鬼の頃、俺の愛用便器だった自分とぉ、今の自分を演じ分けてるんだろぉ?そうやってハーゴンへの忠誠を守ってる訳だぁ」

「うぐ…うるさい!!早くしゃぶらせろ!!私は…おま…ご主人様の便器なんだからぁっ」

「駄目だなぁ。いかずちの杖の刑だぁ」

「いやぁ…いっぎゃああああああ!!!」

二つの穴を丹念に電撃で祝福してから、乳首や舌先にも火ぶくれができるまで杖を押し当ててやる。失神すると水をかけて起こし、嬲り続けた。

だがむかつきは治らなかった。どうもハーゴンに勝てない。恐らく生き達磨はどこまで甚振っても叶わぬ恋を捨てないだろう。人への想いというよりは神への信仰なのだ。

劣っているというのか。確かに破壊し、ずたずたにする対象がちっぽけだ。山羊や虫や邪教徒の雌ごときでは、到底ハーゴンに匹敵しえない。もっと巨大、あるいは高貴、あるいは希少な何かを狙わなくては。

「どうするかなぁ」

”君には次代の子等によい影響を与える役割を期待しよう”

翁の語りかけが耳の奥で響く。あれは単なる愛想ではなかったのだろうか。剣術師範は、何か大きな使命を託されていたのを思い出したかの如く、立ち上がった。


「…私とここを御出で下さい!」

「うせろ邪教徒」

差し延べる悪魔神官の手に、ローレシアの第一王子は剣を向けた。外壁に近い練兵場で襲われたのは幸か不幸か、味方は側にいないが、武器はあった。

「ズィータ様でいらっしゃいましょう?どうぞ!ロンダルキアへお連れします」

「俺は人質にはならん。掠うんならアレフの方にすればよかったな」

「何を…ええい時間がない。ラリホー!!」

邪教徒の呪文を気合で弾き返すと、少年は一気に間合いを詰める。いつも師範から敵に相対した際、時間稼ぎはしてもよいが、攻撃に移ったら躊躇や戸惑いを持ってはならないと教わっていた。非情に。精密に。確実に。殺せ。

練習用の剣でも、首筋を狙えば仕留められる。切先は疾風の如く急所を目掛けて空を薙いだが、標的は機敏に躱した。神官とは呪文が得意なばかりで鈍いものと決め込んでいたズィータは驚きに目を見張った。

「くっ…」

刺客は両袖から手品の如くに巨大な鉄球付きの棍棒を振り出すと、王子の剣を挟み取ろうとした。異形の武器だが、使い手は熟練しているようだ。

少年は敵に実力で劣るのを察して歯噛みした。もし殺すつもりでかかってこられていたら、とっくにやられていた。だがあくまで人質にするつもりなら、勝機はある。覚悟を固めると、決斗に於いて致命とも云うべき暴挙、即ち瞼を閉ざし、内面に眠る熱い血潮に呼びかける。我に力を貸せと。

”ぐぉおおおおおおおおおお!!!!”

子供には、いや人間には似つかわしからざる雄叫びを放つと、大気を震わせ、神官を金縛りにする。続いて胸元に飛び込みざま、快心の一撃を見舞った。なまくらなはずの練習用の剣は、柄まで肋のあいだに刺さり、背に抜けていた。

「げふっ…姉さ…」

仮面が外れ、まだ若い青年の面差しが露になる。ズィータは肩に倒れ込んでくる敵の重みに喘いだ。触れる体温が急速に冷えていくのが分かる。勝った。初めて生きた人間を、いや邪教徒を斃した。

「はは…簡単だな…師範の言った通り…どけ!!」

屍をはねのける。舌に苦い味が広がった。脳裏に、女神像の悲しげな石の容貌が浮かび、始末したばかりの神官の素顔と重なる。何故か急に泣きたくなって、唇を咬んだ。涙を流すな。誰かに見られたらどうする。忌み子のズィータが腰抜けだと噂が立ったら、戦士としてさえ価値がないと思われたら。

「殿下ぁ!」

ようやくと師範が追いついてきた。今更遅い。腕はいいし、冷徹な性格も嫌いではなかったが、最近はさぼり癖が目立った。いつもどこへ消えているのか。すでに基礎から応用まで武芸の大半を収めてしまった弟子には、教えるべき内容がないのではあったが。世継ぎに対する敬意は欠けていた。しかし無理もないか、と少年は苦笑する。

剣の司は刺客の骸を認めて微かに息を呑んだが、すぐに穏やかに、楽しげに告げた。

「ほほう…童貞を卒業されたようですなぁ…ふむ…こいつは…あの時のぉ…」

「知った顔か?」

「いぇ…まぁ…殿下、この事は陛下やぁ、ほかの者には黙っておきましょぉ。私の直属の配下に片づけさせますのでぇ」

「ああ。俺が人を殺めたと知れば、連中はまた騒ぎ出すからな…」

どうせ何をした所で陰口を叩かれるのだが。斥ける力を持つまでは波風を立てるのは避けたかった。師匠は頷いて、いきなり刃を鞘走らせると、一太刀で神官の首を刎ねた。相手の長套を切り取って血塗れの頭を包む。

「私は殿下の成長ぶりを嬉しく思っていますよぉ…ところで殿下。童貞を卒業した祝いに、もう一つの初体験もお済ませになりませんかぁ?もちろん陛下には秘密ですがねぇ」

「…女か…面倒だな」

「一人前の男になるには必要ですがなぁ。丁度よいのがいましてねぇ。後腐れのない、用でも足すように事を終えられる、便利な女がぁ」

少年は練習剣の血を屍の服で拭いつつ考え込んだ。さっさと片づけてしまうべきかもしれない。課題を先延ばしにしても無能と呼ばれるだけだ。嫌なら真先に終わらせるのが一番だ。

「…時間がかかるのはご免だ」

「それは殿下次第ですなぁ」


師範が先に地下牢に入ると、ごとりと生首を転がした。

鎖につながれた片羽の女神官が息を呑む。

「っ!!!…うぅうう…馬鹿…どうして来たぁ!!!…ハーゴン様を…独りぼっちに…うわ、うわあああああ!!!」

「さて、感動の対面はそこまだなぁ。この刺客を仕留めた若き英雄を紹介しようかぁ」

少年はするりと部屋へ入った。目に飛び込んできた捕虜は美しかった。罠にかかった山猫か狼を彷彿とさせる猛々しい器量があった。心は動かされなかったが、不快を覚えはしなかった。

だが相手はぎらぎらと憎しみのこもった眼差しを向けてくる。その顔を見つめ返しているうちに気付いた。転がっている神官の首とよく似ていた。死の間際に呟いた姉とはこの捕虜なのだろう。

「お前が…姉か」

尋ねかけると、怒りと何かほかの感情が混じった瞳で睨み付けてくる。

「こんな…子供に…人殺しをさせて…お前の弟子か!!」

「俺は…」

素性を明かしてはいけないと釘を刺されたのを思い出す。邪教徒は皆、ロトの子孫を憎みきっている。たとえ自由を奪われた生き達磨でさえ、正体を知ればどんな手に出てくるか分からないと。

「ああそうさぁ。弟で童貞を切ったついでにぃ、姉でもう一つの童貞も切らせてやろうと思ってなぁ。やってくれるよなぁ?」

「ふざけっ…」

「おい、面倒になるなら帰るぞ」

「まぁお待ちをぉ…お前がちゃんと相手をすればぁ、弟はきちんと葬ってやろぅ。だがぁ…」

「くずめ…こんな年端もいかない…」

「お前が客をとったのはぁもっと小さい頃だろうがぁ…」

「黙れ黙れ黙れぇ!!…分かった…来い…相手してやる…その代わり弟は…さらしものにするな…」

うんざりしかけていたズィータだが、ふと女の涙に気付いて、立ち去るのを思いとどまった。めそめそした作りものではない。悼みの涙だった。同じ涙を昔、どこかで見た記憶がある。

「ではぁ…」

師範が首を拾い上げて部屋をあとにするのを、弟子はぽつねんと見送った。床では捕虜がごろりと仰向けになって、泣き腫らした顔を背けている。

「さっさと済ませろ…」

望み通りだ。異形だろうと片羽だろうと女には違いない。師範やほかの大人、年嵩の少年から聞かされて、知識がない訳ではなかった。だが手を伸ばしてみると、指の震えに気付いた。興奮しているのだ。別に恥じるような話ではない。ここにはズィータと捕虜のほか誰もいないし、最初に真剣を握った時も同じようになったのだから。

毛を剃り上げられた秘所を覗き込み、金輪を通された肉の紅蕾の下、色の濃い襞に触れる。

「くっ…嬲るな!!…さっさと突っ込んで終わりにしろ…」

確かめてからだ。訳も分からず、構造も知らずに自分の急所を入れるつもりはなかった。少年は指で邪教徒の恥部をあちこち無遠慮に弄った。しばらくすると透明な液が染み出してくる。

「うっ…ぁっ…」

「膿んでいるのか?病気を持っているのか?」

だとすれば抱くのは考えものだった。

「!!!…ふざけ…お前のような子供まで…どこまで甚振れば…」

「答えろ。この汁は何だ」

神官はさすがに呆れ顔になり、やがて頬を染めながら呟いた。

「女が…感じると…ぅっ…湿らせるものだ…」

「感じる?ああ興奮するとか。これで滑りをよくするのか」

「…おい…あんまりいじっ!!!…きぅっ!!!」

切り株の四肢がもがき、背が弓なりになる。ズィータは反応を確かめるべく、指をあちこち動かして、花弁の内側の粘膜を擦った。

「これで感じるんだな?」

「はぁっ…はぁっ…そう…だから…やめっ…」

「ここもか?」

「ひっぐ!!!かんじるぅ、かんじるからぁっ…」

「女が一番感じるのはどこだ。すぐに片付くような」

「いえ…いえない!そんなのぉっ!!」

「教えろ。簡潔に」

指を三本、蜜壺に突き入れて軽く掻く。女はべそを掻いてもがき、屈服した。

「いう!いうからぁ!ゆるしてごしゅじんさまぁっ!」

「ご主人様?」

「あぐ…わ、わすれろ…」

「師範にそう呼ばされてるのか」

「わすれろぉっ!なんで一々聞くぅっ!」

ズィータはまた考え込む。女をほかの男と共有するというのは嫌だった。剣にしろ馬にしろ、それぞれ一人の主に合うように調整し、手入れしなければ必ず予期せぬ事故に見舞われるのだ。

「今日からお前のご主人様は俺だ。抱く以上は、師範には指一本触らせない。分かったか」

「ぅ…はっ…お前…王子にでもなったつもりか?そんなの…」

「返事は?」

紅蕾を貫く金輪を引くと、生き達磨は派手に痙攣した。

「ひぎぃいっ!!わかりましたぁ!!ごしゅじんさまぁ!ごしゅじんさまぁ!」

「ところで、女が一番感じるのはどこだ」

「そこぉっ!ごしゅじんさまのぉ!!ひっぱってるところですぅっ!!もうやだぁあっ!!」

地獄の使いは泣きじゃくりながら、弟を殺した仇に隷属の誓いを立ててしまう。ズィータは頷くと、研究を再開した。もうさっさと終わらせるつもりはなかった。馬や剣に費やしたのと同じだけの時間を、新たに習得すべき技術に振り向けると決めたのだった。


ハーゴンの忠実な僕として生きてきた地獄の使いにとって、少年との出会いは想像だにできない衝撃だった。体は玩具にされても、心は決して譲り渡さないと誓っていたのに、あっさりと防御を突き崩されてしまった。

年に似合わぬ厳しい、硬い双眸に見つめられると、脳の芯が蕩けていく。絶対に逆らってなどいけないのだと、本能が訴えてくる。抑えるのは一苦労だった。

とにかく並の子供ではなかった。あっさりと剣術師範を追い払い、あとは年寄りの世話係しか近づけさせなかった。食事もまともなものが運ばれ、体も毎日のように洗い清められ、化粧までさせられ、生まれて一度も着た経験のない上等な服を着せられた。美しく飾られると、戦士としての矜持が揺らぎ、幼い主人に満足げに頷かれると陶然となってしまう。

必死にハーゴンの優しい、悲しげな面影を心に浮かべ、弟の悲惨な最期を反芻する。それでもだんだんと意識は、少年に占められてていった。

「着せ方と脱がせ方も覚える」

勉強。とにかく幼い主人は勉強熱心だった。師範から取り上げた玩具を容赦なく使うかと思えば、どこかで読んだか聞いたかしてきた体位を、生き達磨に可能な限り再現させる。閉口したのは、穴の名前を一つ一つ尋ねたり、何故どれもちゃんと締まらないのかを尋ねる段になってだ。

「貴様らがそうしたんだろうが!!」

少年がじっと見返してくる。前の男のように暴力は振るわない。視線だけで十分なのだ。十束の剣に貫かれたように、奴隷は喘いで、言葉を改める。

「ご主人様の…前の…男がそうしたんです」

「もう戻らないのか?」

「多分…」

少年はちょっと考えると、指を短剣で切って、赤い血の滴るまま唇に押し込んできた。

「舐めろ」

「ぅっ…」

熱い体液を啜ると、全身が燃え立つのが分かる。しばらくすると、感覚のなかった括約筋が縮むのが分かった。

「嘘…何で…」

「分からない。だが俺の血にはそういう効果がある。前に馬と一緒に…倒れた時、たまたま俺の手を舐めた馬の怪我が治った」

「…まさか…ご主人様…あなたの名前は…」

「言わない」

「いいえ分かります。ズィータ様でしょう!!」

少年はぎょっとしたようすだった。神官の背筋を歓喜が駆け抜ける。運命が初めて微笑んだのだ。主人は探し求めていた世継ぎだった。失われたロンダルキア王家を再興するための。ならば何をされても構わない。ハーゴンへの不忠にも当たらない。この子供にすべてを捧げて死のう。弟の魂も報われる。竜王の覚醒のためならば。

「…俺をどうするつもりだ…」

「どう?私には…この体にはどうしようもありません…ですが…あなた様ならご自分で枷を断ち切って外へ出られるでしょう」

「外へ?俺はローレシアの王子だぞ。ここが俺の家だ」

「いいえ。あなた様はロンダルキアの正統な王位継承者、ヴィルタ王女の一粒種…我らまつろわぬ民、魔物と共に生きる同胞の希望の星なのです」

ズィータは驚きかつ、怯えたようだった。初めて目にした齢相応の幼さに、地獄の使いは胸が締め付けられるのを覚えた。ハーゴンや弟への疾しさが湧く。愛してしまった。この年端もいかない竜の御子を。

「母上は…ロンダルキアの王女?でも…皆は癲狂の…没落した貴族の娘だと…」

「何を言うのです!あの方は飢えに苦しむ民草を救うため、百年ぶりに国交を求めてロト三国を訪れ、卑劣な姦計に嵌まって捕われになった身。すべてはあの方の美貌を見初めたローレシアの王の邪恋のなせる業ですよ」

「嘘だ…父上が…父上がそんな事をするか!!!」

ローレシアの王子はぱっと立ち上がると、振り返りもせず駆け去っていた。片羽の女が必死に呼ばう声は、もう届かなかった。


ロンダルキアの世継ぎの来訪は絶えた。食事は変わらず運ばれてきたが、いつも老いた召し使いは何も云わずに去っていった。地獄の使いは孤独の中で少年に恋焦れ、すすり泣いた。もう一度主人に会えるなら、ハーゴンへの忠誠以外、何を投げ捨てても構わないとさえ思った。

ある日、常ならぬ時に檻の戸が開いた。急いで頭をもたげ、期待のこもった眼差しを投げたが、居たのは見たくもないあの男、剣術師範だった。

「最近、弟子は御見限りのようだなぁ」

「…く…うせろ…殿下はお前にここへ近付くなと云ったはずだ」

「おやおやいつからハーゴンから、あの忌み子の王子に宗旨変えしたのだぁ?まぁいいか。殿下はお前の体に飽きられてなぁ。また俺の玩具にしていいとさぁ」

「…もう…もうお前の好きにはならない!私はロンダルキアの戦士!新王に使える竜の牙だ!お前なんか…」

「ちょっと優しくされただけでもう恋人気取りかぁ?女ってのは都合のいい頭をしてるなぁ」

「だ、誰が恋人だ!私は…ただ…あの方を支える兵の一人になるんだ…だから…」

「お前その年まで恋を知らなかったみたいだなぁ…ははぁ…ハーゴン教団ってのはおぼこの集まりかぁ。さてとぉ。久しぶりにあれで可愛がってやろぅ」

「あ…あ…あ…」

心臓が早鐘を打つ。大神官から護身のために与えられた武器。受け取った時、誇らしくて震えた。ハーゴンが冷酷と残忍を望みながら、昔ながらの友には過剰な気遣いをするのを知っていた。あの杖が二人をつなぐ絆だと、勝手な想いを抱きもした。

それが堪え難い拷問の道具になり果てた。

「やめて…もう…やなの…せっかく…せっかく王子に治して戴いたのに…わたし…わたしまた…」

「ふーん。王子と会わせたのは悪くなかったねぇ。険がとれていい女の面になってきたなぁ。虐められればすぐ折れる、昔のちび便器の顔にさぁ」

防ぐための腕も、逃げるための脚もない。杖が準備もなく秘裂に捻じ込まれ、ぐいぐいと胎内まで突き入れられる。

「あっぐうううう…」

「さぁてぇ。また狂う前に言いたいことはあるかねぇ?」

「ぁっ…すけて…」

「なんだぁ?」

「助けてご主人様ぁあああ!!!ズィータ様ぁあああ!!」

ハーゴンではなかった。呼んでしまったのは。どちらも来るはずがない男。手に入るはずのない人。なのに選んだのは長年共に戦ってきた青年ではなく、顔を合わせて一ヶ月にもならない幼いロンダルキアの王子。地獄の使いは己の弱さを呪った。

「ははは。いかずちの杖よ、効果を示せ」

電流が突き抜ける。以前より強い。剣術師範が幾らか魔法に習熟し始めたのか、などと考える余裕は虜囚にはなかった。腹を内から灼く雷撃に、涙と涎と洟でぐしょぐしょになりながら、芋虫のような体をくねらせる。

「そうそぅ。そうでなくちゃなぁ。やっぱり邪教徒のお前は肉便器がふさわしいよなぁ」

秘所に続いて肛門。また稲妻が蛇の如く片羽の裸身を這う。神官は叫び続けながら、途切れ途切れに一つの名前を呼んだ。竜の御子を。

「おーぃ。起きてますかぁ?」

「あぎ…うぐ…ぁっ」

「さてと。今日はこのままいかずちの杖だけでぇ、徹底的に遊ぼうかぁ?それともしたい事あるかぃ?」

「ぁ…ぁ…ズィー…タ…さ…」

「ったく、本当に女ってのは嗤えるねぇ」

「あなたほどじゃない」

冷たい、子供らしからぬ重たい声が、後方から聞こえる。息を切らした少年が、檻の戸に手をかけて立っていた。

「言ったはずだ師範。こいつは俺のものだと」

「…殿下ぁ?私の責任もありますがぁ、あまり邪教徒の虜囚にこだわるとぉ」

「消えろ」

男はごくりと唾を呑んで、正面に向き合った子供を眺め降ろし、ややあって無言で立ち去っていった。王子はすぐに屈みこむと、手首の血管を食いちぎって、わななく奴隷の唇に当てた。

「飲め」

「ぁ…んっ…」

血が滾る。竜の力が注がれる。苦痛が熱に押し流されていった。赤く染まった華奢な腕が地獄の使いを起こし、しっかりと抱き締める。

「…悪かったな」

「ぇ…?」

「お前の言う通りだった…父上は…母上を破滅させた…この国は…ローレシアは…腐ってる!!俺はロンダルキアの王子だ。いずれ竜王としてあの国を継ぐ。そしてすべてに裁きをくれてやる」

「ああ…ああああ…ありがとうございます…ご主人様…ご主人様…これでハーゴン様も…」

「そいつの名を呼ぶな。お前の主人は俺だけだろ。そいつはお前をこんな危地に送り込んで自分で助けに来ようともしない。お前が仕える価値はない」

神官は首を振った。違う。そうではないと。だが少年の瞳に覗き込まれていると、すべてが溶け去り、虚しくなってしまう。

「ハーゴンを捨てて俺だけに仕えろ。いいな」

捨てる。大神官を。絶望の底から仲間を引き上げてくれたあの人を。悲しみに押し潰されそうになりながら戦っている指導者を。だが、ズィータの双眸は迷いを許さなかった。

「はい…ご主人様…私はハーゴンさ…ハーゴンを捨てます。ご主人様の…ご主人様だけの奴隷…肉便器になります…」

ロンダルキアの世継ぎは褒美を与えるように口付けをした。激しく、荒々しくも甘い、ドラゴンの口付けを。


三月というもの、地獄の使いは愛しい主人に奉仕して幸福な時間を過ごした。締まりを取り戻した菊座や陰唇を存分に蠢かせて、昔覚え込んだ娼婦の技を発揮し、年若い王子に快楽を伝授した。

だが主導権はすぐにズィータに移った。ドラゴンの血を引く体は疲れを知らず、生き達磨が音を上げても胎内や臓腑を掻き回すのを止めなかった。夜伽が終わると、シドーの信徒はいつも息も絶え絶えに礼を述べ、叫び疲れた顎で子供離れした巨根を咥え込み、また大きくさせた挙句嬲られるのだった。

「ご主人様ぁ。壊れるぅ。壊れますぅ!」

「また俺の種を飲め…多分それで大丈夫だ」

「ふぁっ…ひどぉい♪あひっ♪だめぇっ!!馬鹿になるぅ!私馬鹿になっちゃいますぅ!番う以外にご主人様のお役にぃ!立てないっ!馬鹿便器になっちゃいますぅっ」

「…ああ。いいぜ」

「あひぃいっ♪幸せぇっ!幸せなのぉっ…私ぃ最高に幸せぇっ。生まれてきてこんなにっ!こんなに幸せなの初めてぇっ!ズィータ様のお便器になれてぇっ!心の底から幸せですぅっ!」

朝起きて、食事をして、口を浄め、年下の主人を喜ばせるために穴の締め付けを保つ訓練をして、夜の調教を想像して自らを慰め、また食事をして、待って待って待って、身を清めて、化粧をして、できるだけ淫らな服を頼んで着せてもらい、来訪に備える。

やっと愛しい人がやってくると、張り型の捻じ込まれた尻を打ち振りながら、犬のように這い寄って雄をしゃぶらせてくれるよう懇願する。少年がうっとうしがると、悲しげに首を竦めてうずくまる。もうどこにも苛烈な女神官の面影はなかった。

頭を撫でて貰えると天にも昇るほど嬉しい。きちんとお預けができたり、主人が覚えた新しい技巧に合わせた芸ができると、誇らしくてならなかった。

いつものように二つの孔が充血するまで犯してもらったあと、後始末に秘具を舐っていると、王子がそっと手を伸ばして、切り株になった前肢に触れてきた。くすぐったさに首をもたげると、また思慮深い眼差しに当たる。

「俺の血や種を飲んでも、こいつは生えてこないな」

「ぷはっ…ひゃぃ…残念です…ご主人様のために武器が振るえないのは…」

「竜の血にも限度はあるって事か…」

「ぁ…どうか無茶をなさらないで下さいね…ロンダルキアの王族とて不死身ではないのですから…」

「ああそうだな…ところで聞きたい事があるんだが」

「はい。何でしょう」

ロンダルキア大洞窟の入り口は、とっくに忘却の呪文を破って話してしまったし、南海の孤島については本当に知らなかった。各地の隠れ里やハーゴンの伏兵に関しても把握している限りはすべて伝えたつもりだ。まだ何か教えていない情報があったろうか。地獄の使いは申し訳なさについうつむいた。

「ラーミアの民について何か知っているか?」

「さぁ…シドーの民と元は同じだと聞いていますが…サマルトリアには古くから信仰が生きているとしか…」

「そうか…昔このあたりにも居たんだな…」

ズィータは遠い目をした。誰かほかの人、女の事を考えているようだった。神官は胸が苦しくなるのを覚えながら、黙っていた。こういう時、少年が些かも己を愛していないのだとひしひしと伝わってくる。いや愛してはいるのかもしれない。釣り合いのよい剣や足の疾い軍馬を愛するように、具合のいい便器を。だがそれだけだ。いずれ学ぶべきものがなくなれば離れていくだろう。生き達磨は練習台に過ぎないのだ。ほかの誰かのための。それでも、それでもいい。今この瞬間だけでも、王子が求めてくれるのであれば。

「ご主人様…」

「何だよ」

「もう一度だけ…お情けを戴いてよろしいでしょうか」

少年は怪訝そうに眺め降ろしてきた。いつもなら興が乗ったあと連戦を求めるのは主人の方で、奴隷は最後には解放を嘆願するのだった。

「ああ。いいぜ」

「ありがとうございます…」

ごろんと仰向けになって股を開くと、用足しでもするような無造作さで圧し掛かってくるズィータの全身を観察する。成長期に差しかかった骨ばった体格、まだ小柄だが、いずれずっと伸びるだろう。ロンダルキアもローレシアも男は長身の家系だ。竜の御子が逞しい若者になった時、傍らにいるのは誰だろうか。考えるだけで切なくて、苦しくて、今性急に腰を使ってくる少年が一層愛しくなる。

「ズィータ…さま…」

「はっ…ん…なんだっ…」

「私を…忘れ…ないで…いえ…忘れて…くださ…い…」

「…?…っ…出る…」

「ぁああああっ…ぅっ…」

せめて抱き締める腕があったら、しがみつく脚があったら。けれど、芋虫のような虜囚にできるのはただ、見つめるだけ。

「…愛して…います…」

そして囁くだけ。


ロンダルキア王が嫡男を伴って騎士団の演習に出かけた日。地下牢という空閨で、肉便器の娘はぼんやりと宙を仰いでいた。王子が側にいてくれないだけで、胸にぽっかり穴が空いたようだった。二人の距離が開いていくのが感じられる気がした。

やがて檻の鍵が回る音がする。またあの剣術師範かと身構えたが、入ってきたのは長衣の青年だった。見習い神父の目立たない身なり。かつて地獄の使いが潜入に使ったのと同じ仮装だ。

「…ハーゴン様」

「遅くなりました…お陰でまた大切なものを失ってしまいましたね」

教団の総帥は蒼褪めた容貌を、真直ぐに腹心に向け、腕を差し延べた。娘はかすかに身をいざらせて避ける。不具を恥じたと思ったのか、大神官は安堵させるように笑みを浮かべた。

「帰りましょう…あなたの弟は…私の懐にあります…もう一握りの灰に過ぎませんが…だが…あなたは…まだ生きていてくれた…三人で一緒に、ロンダルキアへ…」

「できません」

地獄の使いのはっきりした拒否に、ハーゴンは顔を暗くした。

「なぜです」

「…いけないのです…私は…」

「あなた一人連れてルーラするのに訳はない…さぁ時間がありません。私がここに居るのをいずれローレシアの見張りが嗅ぎ付ける…」

「あなたは…来てはいけなかった…教団の総帥が…自ら敵の本拠地に乗り込むなんて…それでは…それではあなたの代わりに危険を犯した弟はどうなります!私は!」

違う。違う。そうじゃない。嘘だ。本当は許して欲しいだけなのだ。兄を裏切った勝手な妹を。卑怯でずるい女を。大義を捨てて束の間の幸せを求めた雌を。

「…私は…しかし…あなたを連れ帰らなくては…」

「今更遅いです!私は…もう戦えない!こんな体では…帰ったって…」

「戦わなくてもいい。あなたは十分に報いてくれた。ズィータ様の情報を齎してくれた。お陰で我々の教団は終わりのない戦いに目標を得られた。王家再興という目標を」

止めて。もう優しくしないで。私にだけ昔のハーゴンに戻らないで。生き達磨はおののきながら叫んだ。

「私はもう…ローレシアの王家に体を許しました。その人の奴隷なのです。愛しているの!心の底から!その人も私を必要としてくれてる!だから!ここに残ります!」

「…それは罠だ…ローレシアはいつも愛で縛り付ける。奴等の愛を信用してはいけない。ローレシアの男たちは手前勝手で、残忍な連中だ。愛された者を滅ぼすのです」

「…それなら大丈夫…私、愛されてはいないもの…ただ必要とされているだけ…今だけ」

ハーゴンは拳を握り締めた。蒼褪めた容貌が怒りに強張る。

「ああ…あああ…あなたがここに忍び込むのを許すのではなかった!あなたもヴィルタ様と同じだ…この城は…この一族は女を飲み尽くす…体も…心も…魂さえも…」

「お願い。帰って下さい。ローレシア王家の人たちが戻る前に。どうか…どうかハーゴン様は戦いを続けて。私や、弟の分も…」

「私は…あなた達が必要だと…失ってから気付いた…アクデンのように…どうしても帰らないというのですか?」

「はい」

「分かりました…では兄から妹にしてあげられる事が何かありますか」

「幻遊びを見せて下さいハーゴン様…私と弟と、あなたと…三人で楽しかった日を…」

「ええ。いいですよ」

マヌーサ。ムーンブルクの奴隷厩舎。年嵩の少年が、幼い姉弟を前に身振り手振りを交えて物語をしている。

”それでね。アークデーモンというのはこんなに大きいんです。でも気のいい奴なんです。詩が好きで”

弟がぴょんと跳ねて尋ねる。

”詩?うたってあのおうた?”

姉は生意気そうに口を尖らせて言った。

”わたし知ってる!歌えるよ、みづきのこはんに ぎんのふね…”

”あーねえさん!それハーゴンさまが教えたうただよ!ずるい”

”はは。いいんですよ。そんなうたでも。アークデーモンのアクデンは、詩ならなんでもござれでしたからね…”

幻燈が消える。ロンダルキアの大神官は、シドーの祝福の印を切って、悲しげに笑うと、牢獄をあとにした。地獄の使いは頭を垂れて、死の危険を厭わず救出に訪れたかつての指導者に感謝を捧げた。

互いのあいだには、ただ闇だけが残った。


再び訪問があったのは二日後。予想より早い帰還だった。娘はいつものように犬這いながら、尻を振って出迎えようし、客の足が二組あるのに気付いた。どちらも大人のそれだ。

「こやつです陛下ぁ。こやつがズィータ様を籠絡し、凶々しい知識を吹き込んでいるらしいのですぅ」

「そうか…」

片方は剣術師範の声。相変わらず虫唾の走るような間延びのした喋り方だ。もう一方は厳しく、凍てついて、どこか愛しい主人に似ていた。だが違いすぎる。少年の話す言葉にはどこか優しさがあった。、ロンダルキアの雪の原が春に花を咲かせるように、冷たさの奥に温もりを隠していた。だが今聞こえてきたのは、まるで死そのもののようだった。同じ声を、地獄の使いは一つしか知らない。敵に滅びを宣告するハーゴンだ。

「ハーゴンの神官はぁ。珍しく生け捕りにできたため、今日まで飼っていましたがぁ。よもやこのような次第になろうとはぁ」

「こやつ…いかずちの杖とやらを持っていたとか…」

「は、ここにあります」

「貸せ」

王は杖を受け取ると、生き達磨に狙いを合わせた。

「貴様等ロンダルキアにズィータはやらぬ。ヴィルタの子は渡さぬ」

「…いいえ…あの方の心はもうロンダルキアのもの。もう遅いわ!!」

誇らかに告げる奴隷に、眩い雷が襲い掛かり、たおやかな輪郭を枯木の如く燃え上がらせると、肉の焦げる匂いとともに灰に変えていった。かつて剣術師範が使ったのとは比べ物にならない威力だった。

「…ぉお…」

「よく知らせてくれた。そなたの忠誠には感謝に堪えぬ…だが…予に黙っていた事があるだろう?」

剣術師範はぎくりとして床の灰から注意を引き剥がした。

「さぁ」

「隠さずともよい。我が子ズィータが一人で神官を斃したと。ほかの者から聞き及んでおる。それを隠したのは、恐らくあれの身を案じてであろうが。ズィータはもはや若くとも一人前の騎士。無用な気遣いだ…」

「これは…私の浅慮でぇ」

「そなたには…ズィータを一人前に鍛えてもらった。…ついては新たな職務を命じたい」

「拝命いたします」

「我が第二王子アレフの剣の師についてくれ。あれにもズィータにしたのと同様に…いや…ズィータ以上の武芸を身に付けさせてやって欲しい」

「は…しかしアレフ様はまだぁ…」

「構わぬ。ハーゴン教団がこれほど脅威を増している時勢だ。子等には早く戦いの技を学ばせねばな…」

武術師範はいぶかるように王を盗み見た。この君主も考えが読みにくくなった。どこかあのムーンブルクの大御所に似てきたようだ。齢を重ねれば誰もがああなるのだろうか。ズィータも。

寒けがして師範は考えを振り払った。違う。少年の瞳に浮かんでいたのは、父王や月の都の翁とははっきり別の何かだった。ともかくも、癇癪持ちの王子の所有物を破壊した怨だけは受けたくない。すべて父王に押し付けるのだ。

「殿下には何とぉ…」

「予から言い聞かせておく。邪教徒と剣以外で語ってはならぬとな」

これでまた親子のあいだはさらにこじれるだろう。リリザの田舎郷士の三男坊は、為すべき使命を果たしたような気がして、ほっと溜息を吐いた。どこかで、ムーンブルクの大御所が、満足げに頷いたような気がした。


早々と帰還した父を追って、ズィータが戻ってきたのは半日後だった。すでに地下牢は浄められ、四肢なき奴隷のいた痕跡はあとかたもなかった。

「…ここにいた…あいつはどうした…」

新たに置かれた番人がおずおずと答える。

「陛下がお手討ちなされました。牢にあってなお邪教を広めようとしたとか」

「…手打ち…殺したのか」

「はい。いかずちの杖とかで…件の品は置いてゆかれました。ご指示がないのでまだ牢にありますが…」

王子は無言で檻の内に踏み込むと、壁に立てかけられた杖をにらんだ。ハーゴンとかいう、無責任の、愚かな、いんちき僧侶が、哀れな女の護身に与えた役にも立たぬ武器。

「くそったれ!!ローレシアだけじゃない…教団とやらもどうしようもない…くずだな…」

演習のあとで賜った銅の剣を振り上げ、一打ちで杖を真二つにする。見せてやるつもりだった。あの女に。父王が手ずから渡してくれた騎士叙勲の祝いを。一緒に刃紋を眺めて、良し悪しを話し合うつもりだった。同じ戦士として武器を監る目があると知っていたから。

「くそが…くそっ!くそっ!くそっ!何が騎士だ!何が…」

いつも氷のように冷たい第一王子が、感情を露にして、涙さえ流しているのを見て、かたわらの牢番はびっくりしていた。ローレシアに災いをなすと予言された、この忌み子が、ただの心細げな童児に見えたのだ。

竜の御子の慟哭は、分厚い石壁を貫いて地上へ溢れ、蒼穹に吸い込まれる。はるか高みでは、牢から解き放たれた幻の残滓が風に舞っていた。幼い姉と弟が、拙いロンダルキアの子守唄を歌いながら、ふざけあい、転げまわって、どこまでも自由に空の果てへ走っていった。

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